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【SS】齊藤想『休暇鳥』 [自作ショートショート]

第20回坊ちゃん文学賞に応募した作品その1です。
ネタとしては「ダジャレネタ」ですが、技法としては連作形式を採用しています。

※具体的な技法はこちらのニュースレターで紹介します。次回は3/5発行です。


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『休暇鳥』 齊藤 想

 最近、世界中で休暇鳥(きゅうかんちょう)が飛び回っている。休暇鳥が肩に止まり、その国の言葉で「キューカ、キューカ」と叫ばれると、休暇を取らなくてはならない。
 おかげでオーナーシェフの休暇で三ツ星レストランが臨時休業に追い込まれたり、主演俳優の休暇で映画撮影が中断されたりと、世界中で多少の混乱を引き起こしている。
 休暇鳥には不思議な性質がある。休暇鳥を追いかけると逃げていき、逆に休暇鳥を避けようとするとついてくる。
 社会人一年目の安田博之は、休暇鳥がくることを願っていた。就職したのは同業他社がひれ伏すほどのブラック企業。有給休暇は書類上だけの存在で、休暇のキュの字も言い出せない。定時退社など夢の世界で、終電に乗れたら良い方だ。
 たまには堂々と休んでゲームをしたい。特に今日はオンラインゲームのアップデートの日だ。そういう日に限って、休暇鳥は現れない。
 安田がゲームのことを思い浮かべながら、明日に迫ったプレゼン用の資料を作成していると、窓の外で光沢のある黒い鳥がホバリングしているのが見えた。
 休暇鳥だ。
 安田はさり気ない様子で、窓に近づこうとした。すると、目ざとい上司が即座に咎めてくる。
「窓を開けたらいかん。いまはそれどころではない」
 どうせ大した仕事はしていない。安田は上司を無視した。
「換気ですよ。感染症対策として、空気の入れ替えは必須ですからね」
 窓をさっと開けると、待ち焦がれていたかのように休暇鳥が飛び込んできた。上司が頭を抱える。休暇鳥が獲物を探し回るように、ぐるりと部屋を一周する。
 安田は期待に胸を膨らませた。今日こそ休暇を取りたい。一日中ゲームをしたい。ネット世界では、学生時代からのゲーム仲間が待っている。
 狙いを見定めたのか、休暇鳥がグライダーのようにすっと下りてきた。
「キューカ、キューカ」
 休暇鳥が選んだのは、事もあろうに安田の上司だった。上司の肩の上で、休暇鳥はサイレンのように同じフレーズを繰り返す。
 上司はため息をつくと、無念の表情を浮かべながら帰り支度を始めた。そして、安田の肩を叩く。
「仕方がない。あとは君に任せた。今日中に社長用の資料も仕上げておくように」
「え、なんでぼくなんですか?」
「仕方がないだろ。わが社は慢性的な人手不足の上に、だれかのせいで休暇鳥が来襲したのだから」
 安田は社内を見渡した。休暇鳥はさらに暴れまわっている。酒が入ると愚痴しか言わない同期も、能力不足を棚に上げて当たり散らすベテラン社員も、嫉妬心丸出しで若い女子社員をいじめるお局軍団も、休暇鳥の犠牲になっている。いや、人によってはご褒美か。
「ま、そういうことだ」
 上司は軽く答えた。
 安田は休暇鳥を恨んだ。だが、不思議なことに、ゴミが消えた社内の雰囲気が急に明るくなった。
 生き残った数少ない同期が、安田に声をかけてくる。
「大変だけど、みんなで頑張ろうぜ」
「おれたちの力を、あいつらに見せつけてやろうぜ」
 どこからともなく、お互いを励ましあう声が上がる。
 近くの電線で羽を休める休暇鳥の表情は、誇らしげに見えた。

 田尻幸三は、会社のデスクの上に飾ってある写真を手に取った。窓の外は気持ちの良いほどの快晴。しかも土曜日。
 今日は長男と次男の運動会。だが、幸三は仕事で会社にいる。子供の運動会は何年も見ていない。妻も夫はこないものと決めつけて誘わない。話もしない。
 夫婦のあこがれだったタワーマンションを購入したのは十年前だ。そこからはローンの返済に追われ、土日も関係なく働き続け、気がついたら、家族から離れてひとりぼっちになっている。
 幸三が外回りに出かけると、空から黒い鳥が下りてきた。休暇鳥だ。その鳥は蝶のようにゆったりと舞うと、幸三の肩に止まった。
 この鳥が「キューカ」と叫ぶと、休まざるを得なくなる。その分、給与が下がる。家のローンのことを考えると、休むわけにはいかない。
 幸三の願いが届いたのか、休暇鳥は肩に止まったまま一言も発しない。だが、飛び立つこともない。まるで長年連れ添ったペットのように、幸三の肩に座り続ける。
「仕事だから、早く飛び去ってくれよ」
 幸三は休暇鳥に話しかけるが、休暇鳥は幸三の言葉を無視するかのように、毛づくろいを始めた。休暇鳥は首をぐるりと回すと、大きなあくびをした。
 幸三は休暇鳥の頭を撫でた。休暇鳥の喉が鳴る。
「お前の言いたいことは分かったよ。だが、マンションのローンがなあ」
 ぼやいても、休暇鳥は動かない。ついに、首を羽の間に隠して眠り始めた。
 そのとき、幸三は休暇鳥が小さなメダルを握りしめていることを発見した。そのメダルは、幸三の子供たちがパパの日に贈ってくれた手作りのメダルだ。
 もしかしたら、子供たちがこの休暇鳥にメダルを渡して、空に放ってくれたのかもしれない。子供たちは待ってくれている。春休みも夏休みも冬休みも仕事で、正月やゴールデンウィークも家族をどこにも連れていけないどうしようもないパパなのに。
 幸三の目に涙がにじむ。
「そうだよな、いまだけだよな」
 幸三は決意をすると、自ら叫んだ。
「キューカ」
 その声を聞いた休暇鳥は、羽から首を出すと、すっと飛び去って行った。
 幸三は腕時計を見た。ここから小学校まで三駅だ。運動会には、まだ間に合うかもしれない。

 ある日、世界中から休暇鳥が消えた。渡り鳥のように、一斉に旅立ったのだ。
 休暇鳥が向かった先は、数年間続ている戦争の最前線だった。
 休暇鳥の大群は睨みあう両軍の兵士たちの肩に止まると、声が枯れるまでその国の言葉で叫び続けた。
「キューカ、キューカ」
 兵士たちは次々と武器を投げ捨て、家路についた。あるものは喜び、あるものは戦友との別れを惜しんだ。
 兵士たちが続々と戦場から引き揚げてくる様子を見た将軍たちは、兵士を戦場に留まらせようと銃を向けた。すると、その将軍の肩にもどこからともなく休暇鳥がやってきた。
「キューカ、キューカ」
 将軍も頭をかきながら、銃を下ろすしかなかった。
 この戦争を始めた最高指導者は、戦場を放棄する兵士たちを銃殺する命令に署名しようとした。だが、窓をつつく休暇鳥の姿を見て、諦めるしかなかった。
 休暇鳥は、帰りゆく兵士の後をついていった。そして、彼らを追い立てるように叫び続ける。
「キューカ、キューカ」
「キューカ、キューカ」
 もはや、だれも武器を取ろうとしなかった。
 兵士たちの故郷はもうすぐだ。
 母の温かいご飯とともに、戦争が終ろうとしている。

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最近の金融・投資【令和6年2月第4週】 [金融・投資]

〔先週の株式市場〕
先週の自分の持株は++ー++でそれなりにプラス。
2月トータルもプラスで終了しました。これで1月、2月と連続でプラス。
日経平均は4万円をうかがうレベルまで上昇していますし、さすがにそろそろ息切れするとは思いますが。
最近のニュースでは中国不動産に投資しているドイツ銀行が心配です。
破綻したらシリコンバレーバンクどころの話ではないので。

〔狙っていた株を諦めた話〕
狙っていた株は急落したあと、すぐに値を戻してしまった。
急落したあと横ばいになれば買おうかなと思っていたけど、どうも値動きが安定しないので見送ることにした。
まあ、頑張って勝負する必要もないわけだし。
日銀総裁がゼロ金利解除政策を解除することを匂わせている。
ということで地方銀行で値上がりが遅れている株を少しだけ買ってみる。配当も安定していて利回りも悪くない。まあ、少しだけですけど。
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