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【書評】井上桂一『パゴダと河の戦場~一兵士のビルマ戦記~』 [書評]

ビルマ戦線から命からがら生還した兵士の記録です。


パゴダと河の戦場―一兵士のビルマ戦記

パゴダと河の戦場―一兵士のビルマ戦記

  • 作者: 桂一, 井上
  • 出版社/メーカー: 戦誌刊行会
  • 発売日: 1985/08/01
  • メディア: 単行本



著者が入営したのは昭和18年4月です。すでに太平洋戦争は下り坂でした。
工兵隊に配属になった著者は半年間の訓練を経て、ビルマ戦線に投入されます。
太平洋方面では死闘を繰り広げられていましたが、まだビルマ方面は平穏で、病気になって休養したり、爆撃を避けながらとはいえ電車に揺られたり、牛を飼ったりと、のんびりとした日々が続きます。
インパール作戦が発動したのは19年3月です。
著者は無線担当となりますが、全局の様子を知るわけもなく、敗残兵が増えてくるのを見て作戦の失敗を悟ります。
日本軍が壊滅的状態になってからは、悲惨きわまる撤退戦です。
住民が逃げ出した集落に入り込み、食料を奪います。集落がないときは、タケノコや野草を食べます。次々と飢えと病気で倒れていきます。
そうしてひたすら撤退している途中で、終戦を迎えます。
さんざん議論されていることですが、制空権、補給がないなかでの作戦は無謀であり、それらの無理はすべて末端の兵士の生命に直結します。
兵士たちは作戦内容をしらされず、地図も渡されません。こうした秘密主義も、敗走時に死者を増やした原因なのではないかと思います。
途中で「良くしてもらった」という木村法務少尉の話が気になります。キャンプで再会して著者はお礼を言うために声をかけたのですが、相手は困惑の表情を浮かべるだけだったといいます。
実は終戦時に”法務少尉”という階級はなく、法務中尉からです。
著者も推測しているように、おそらく肩書きを偽って行動していたのでしょう。
ちょっとしたミステリです。

リアルなビルマ戦線を知りたいひとのために!
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【書評】七河迦南『七つの海を照らす星』 [書評]

第18回鮎川哲也賞受賞作です。


七つの海を照らす星 (創元推理文庫)

七つの海を照らす星 (創元推理文庫)

  • 作者: 七河 迦南
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2013/05/22
  • メディア: 文庫



舞台は田舎にある児童養護施設です。ここには様々な事情で親と一緒に暮らせない子供たちが、共同生活を送っています。
いわば日常の謎系のミステリで、短編連作になっています。
それぞれの短編は、エルキュールポアロシリーズのように、物語の途中で提示されるバラバラな素材が、謎解きとともにひとつに繋がる構成です。
また、7つの物語がそれぞれが別個の物語でありながら、最後にそれらがある一本の線でつながり、ひっくりかえるどんでん返しも用意されています。
文章についてですが、フラッシュバックが多用されているのが気にかかりました。
主要キャラ以外は、いささか性格が被っている部分があるため、物語に入り込むまで時間がかかりました。
けど、物語に入ってしまえば、独特の素材を生かした、しっかりとしたストーリー展開がされていると感じます。
一番、ミステリだったのが『夏期転住』です。
児童福祉の制度を熟知した著者でなければ思いつかないミステリだと思います。

鮎川哲也賞受賞作を読みたいひとのために!
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【書評】武田弘『失われた原始惑星~太陽系形成期のドラマ~』 [書評]

隕石に対する情熱を感じます。


失われた原始惑星―太陽系形成期のドラマ (中公新書)

失われた原始惑星―太陽系形成期のドラマ (中公新書)

  • 作者: 武田 弘
  • 出版社/メーカー: 中央公論社
  • 発売日: 2021/04/11
  • メディア: 新書



原始惑星とは、隕石の母体となる天体のことです。
太陽系を周回しているうちに、他の隕石を衝突し、バラバラになる。これが隕石の元です。
隕石となった原始惑星ですが、魚の群れのように集団で動いているので、隕石群の軌道と成分分析によって原始惑星の存在を推測できます。
本書の内容は隕石の研究がメインですが、そのなかでも興味深いのが「月の石」や「火星の石」が隕石として地球に落ちていることです。
月の石に至っては、月のどの部分から飛んできたのかも推測されています。
なぜ月の石や火星の石が地球まできたのかというと、大きな隕石が落下して地球まで弾き飛ばされたという推測がされていますが、いやはや信じられない話です。
隕石を分析すると、その石がどうやって生成されたのかが分かります。
そこから原始惑星の大きさや、石ができた年代なども分かることがあります。
専門用語が多く素人には読みにくいですが、隕石に対する知見が詰まっています。
なお、もっとも多く隕石が採取されたのは南極です。
雪に覆われているので、隕石が目立つというのが理由です。そこから考えると、隕石はそこら中に転がっているけど、他の石と見分けが付かずに気が付かないだけなんだろうなと思います。

隕石についていろいろと知りたいひとのために!
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【書評】葉真中顕『そして、海の泡になる』 [書評]

バブル絶頂期に魔女と称された尾上縫をモデルにしたミステリ小説です。


そして、海の泡になる

そして、海の泡になる

  • 作者: 葉真中 顕
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2020/11/06
  • メディア: 単行本



モデルとなった尾上縫は料亭の女将でありながら、「北浜の天才相場師」との異名を取り、数千億の資金を動かしました。
バブルの崩壊とともに破綻しましたが、最終的に金融機関からの延べ借入額は2兆7千億、破産時の負債総額は4300億円と、個人としては史上最高額となりました。
バブル時代の異常さを象徴する事件だと思います。
本作は小説なのであくまで架空なのですが、大まかには尾上縫の人生を、刑務所で一緒だった女性が関係者に取材をしながら辿るという形で進んでいきます。
書簡体の一種で、有吉佐和子『悪女について』と同じような形式です。
主人公はうみうし様という謎の神様を信じており、神様に祈ることで相場で成功し、また不都合な人物も祈ることでなぜか不慮の死を遂げます。
そして、最後に、全ての真相が明らかにされます。 
形式は異なりますが、構造としては松本清張『告訴せず』に近いと感じました。
『告訴せず』は小豆相場にのめり込み財産を築く話ですが、この小豆相場の話がトコトン面白く、グイグイ読んでしまうために途中の伏線にまったく気が付きません。そして最後になって、いきなりのドンデン返しがあり、著者が巧妙に埋め込んできた伏線に気が付かされます。
本書は純粋なバブル物語としても面白く、かつミステリとしての遊び心も含まれています。
使われている叙述トリックは、こんな手法もあるのかと驚きました。
とても楽しめる小説だと思います。

バブル時代に吹いていた風を感じたいひとのために!
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【書評】原ゆたか『かいけつゾロリなぞのスパイと100本のバラ』 [書評]

シリーズ第53作目です。





前作『なぞのスパイとチョコレート』の続きです。
女スパイに恋されたと勘違いしたゾロリが100本のバラを抱えて告白にいくところからストーリーは始まります。
さて、女スパイは機密書類を奪い返すためにある会社に潜入しますが、あえなく捕まってしまいます。
助けに行く部下の車に忍び込みあと追いかけたゾロリたちは、花束を抱えていたことから花屋と勘違いされてするりとセキュリティーを抜けていきます。女スパイの部下はあえなく通せんぼです。
もちろんゾロリたちは途中で拘束されるのですが、この騒ぎに乗じて女スパイは脱出に成功します。
とまあ、こんな感じで続いていくのですが、最後までゾロリの勘違いは続きます。
シリーズとしては、ストーリーを詰め込んでいるせいか、文字数は多めです。
ゾロリの無駄にかっこよく決める勘違いが、なんともおかしいです。

ゾロリファンのために!
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【書評】原ゆたか『かいけつゾロリの大かいぞく』 [書評]

シリーズ4作目なので初期の作品です。


かいけつゾロリの大かいぞく	(4) (かいけつゾロリシリーズ 	ポプラ社の新・小さな童話)

かいけつゾロリの大かいぞく (4) (かいけつゾロリシリーズ ポプラ社の新・小さな童話)

  • 出版社/メーカー: ポプラ社
  • 発売日: 1989/05/01
  • メディア: 単行本




長寿作品にありがちなこととして、主人公の顔がだんだん変わっていくことがあります。
最近のゾロリと比べると描いている線が細く、目も丸に近く、鼻の形も違います。
さて、ストーリーは、前作で魔法の杖をもらったゾロリが、溺れている海賊を助けます。
その海賊は死んでしまいますが、黄金のオウムを息子に届けるよう託されます。
そして、息子と一緒に宝さがしにでかけるのですが、お宝を独り占めしようとたくらむ部下に邪魔されます。
そこから先はドタバタです。
ゾロリは大砲で飛ばされてしまいますが、魔法の杖でクジラを海賊船にして戻ってきます。
大事な魔法の杖を敵に奪われますが、敵は使い方を間違えて自爆します。
最期は無事にお宝に到達しますが……もちろんゾロリたちとイメージしてるものとは違います。
さて、本作は初期だけあって、かなり絵本よりの作りになっていると思います。
文字数も少なく、基本的に絵で説明する姿勢かなと感じます。
ゾロリの歴史を感じました。

ゾロリファンのために!
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【書評】倉知淳『皇帝と拳銃』 [書評]

死神のような刑事「乙姫」が難事件に挑む倒叙ミステリです。


皇帝と拳銃と (創元推理文庫)

皇帝と拳銃と (創元推理文庫)

  • 作者: 倉知 淳
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2019/11/11
  • メディア: Kindle版



収録されているのは4編です。
いずれも由緒正しいと言いたくなるような、正統派倒叙ミステリです。
まず事件が犯人目線で語られ、主人公である刑事が関係者に聞き込みをしながら犯行を暴いてきます。
ただし、主人公である乙姫刑事の心情は一切語られません。
刑事の心情を書かないあたりが、刑事コロンボから続く倒叙ミステリの形式でしょうか。

『運命の銀輪』ですが、犯行が発覚する理由の意外性が印象に残りました。
ただ、自転車を外においておくのは不自然かな。洗い流したいなら、雨に打たれなくても、途中の公園で洗うかなにかすれば良いだけだし。
『皇帝と拳銃』は雰囲気が良いです。
ただ、皇帝が主張する外部犯行説は、そもそも外部の人間が大学に侵入する必然性がないから苦しいかな。
『恋人たちの灯』は読後感が良いです。
ただ、二人のSUICAの履歴からアリバイ工作がすぐにバレそうな気も。
『吊られた男と語らない女』は早い段階で真相が見えました。首吊り死体の現場には特徴的な跡が残るので、移動したかしないかは鑑識で分かると思う気が。

とまあ、つっこみたくなるところもありますが、よくできたミステリだと思います。
倒叙ミステリファンのために!
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【書評】井上靖『蒼き狼』 [書評]

チンギスハンの一生を圧縮した作品です。


蒼き狼 (新潮文庫)

蒼き狼 (新潮文庫)

  • 作者: 靖, 井上
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2021/03/27
  • メディア: 文庫



本書は井上靖の一連の西域小説のひとつで、モンゴルの英雄、チンギスハンの生涯を追います。
モンゴルは歴史を記録する風習が無かったため、史書が限られます。チンギスハンの生年も不明です。
そうした中で、井上靖は限られた史書から、ときおり直訳しながら書き進めているように感じました。
チンギスハンの母は拉致されたことがあります。
そのときに懐妊した可能性があるとして、チンギスハンの征服欲求は「狼の子孫である己の血筋を証明するため」という設定で物語を進めていきます。
正直に書くと、強引かな、というのが自分の感想です。
モンゴル人の戦い方は残虐で、反抗する敵は根絶やしにします。戦争に勝つと、略奪の限りを尽くし、男子は殺し、女子は持ち帰るという非生産的な侵略です。
戦いが強いのは分かりますが、なぜ、一代でここまでの大帝国を築くことができたのか、日本人的な感覚ではなかなか理解できません。
そのあたりについて、作者なりの解釈があれば良かったなと思ってしまったり。

チンギスハンの物語を読みたい人のために!
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【書評】井上靖『敦煌』 [書評]

西田敏行の主演で映画化された井上靖の代表作のひとつです。


敦煌 (新潮文庫)

敦煌 (新潮文庫)

  • 作者: 靖, 井上
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2021/03/24
  • メディア: 文庫



井上靖には西域小説とよばれる作品群があります。
その中でも、敦煌は代表作とみなされており、それだけの価値のある作品だと思います。
敦煌の舞台は中国の北西部で11世紀から13世紀にかけて栄えた西夏です。
主人公は北宋で官僚になるべき科挙試験を受けますが、失敗します。その後、西夏文字に出会い、この文字を読みたいと発起して西夏へと渡ります。
そこで武骨な漢人の部隊長と出会い、彼に信頼されることで相談役のような立場になります。
主人公は西夏文字を学び、仏教に傾倒します。
漢人部隊長が西夏に反乱を起こすときも行動を共にしますが、戦火で経典が失われることを憂います。
主人公は行商人の助けを借りて、入口を封鎖した石窟のなかに隠します。
隠匿された文書は、九百年もの時を経て、敦煌文書として発見されます。
という感じのストーリーです。

あくまで自分の読み取り方ですが、主人公は承認欲求を強く持っていると感じます。
科挙に失敗したことで、存在意義を見失いますが、凛とした西夏の女性と、彼女から渡された西夏文字を見て、人生の目的を転換させます。
西夏の女性というのがひとつのキーワードになっています。
主人公は西夏に渡り、一兵卒として散々な目にあいますが、「死んでも仕方がない」という思いと、「自分の存在する意味」を重ね合せて戦場を駆け巡るうちに、漢人部隊長と深い友情で結ばれます。
自分を認めてくれる存在と出会います。
主人公はその気になれば北宗に戻れるのに、西夏にとどまることを決意します。
テーマは、人生の目的だと思います。
ラストは敦煌文書と結びつけるために仏教を登場させたりしますが、これはおまけだと思います。
西域を思わせる雄大な景色といい、毎日芸術賞を受賞しているのも納得です。

ちなみにですが、本作はあくまで小説です。
主人公や漢人部隊長も架空の人物ですし、敦煌文章も戦火から逃れたというより、とりあえず不要な文書を保存したという説が濃厚です。
その点にご注意を。

西域小説の代表作を読みたいひとのために!
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【書評】中村文則『私の消滅』 [書評]

ドゥマゴ文学賞受賞作です。


私の消滅 (文春文庫)

私の消滅 (文春文庫)

  • 作者: 文則, 中村
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2019/07/10
  • メディア: 文庫



wikiでは重厚で陰鬱な作風と評されている著者ですが、本作でもその陰鬱さが存分に発揮されています。
ストーリーはミステリと純文学の融合です。
物語は、”小塚”になり替わろうとする男が、小塚が残した手記を読むところから始まります。
そこに医者が登場し、「あなたは小塚だ」と言われます。自分は誰かと考えたとき、主人公は自分の名前を思い出せないことに気が付きます。
テーマとしては、後書きにも書かれているように、「人間とは何か」だと思います。
小説には、宮崎勤や、洗脳の技法が描かれています。
人間の記憶を入れ替えようとする試みを通じて、人間が人間らしくいられるのは、なぜなのか、というのを逆説的に問いかけているような気がします。
ラストになって、冒頭のシーンが本当は何を表していたのかが明かされます。
個人的には、非常にあくどい医者である吉見のキャラに惹かれます。

純文学とミステリの融合を楽しみたいひとのために!
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