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【ショートミステリ】齊藤想『A棟の四〇二号室の住人』 [自作ショートショート]

TO-BE小説工房(第54回)に応募した作品です。
テーマは「隣人」でした。

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『A棟の四〇二号室の住人』 齊藤 想

 道路に面したA棟の四〇二号室の窓はいつも開いている。その窓から毎日のように母子が顔を出してる。
「ねね、ママ、バスだよ」
「うん、バスだね」
 おかっぱの女の子は大きな車が好きなのか、すぐ隣を走る国道を見ては黄色い声を上げる。それを長い黒髪が印象的な母親が、娘を包み込むような優しい相槌を打つ。その様子を、高島由紀子は毎日のように見上げていた。
 由紀子の夫は日本を代表するメーカーに勤めている。
 万単位の従業員がいるだけに社宅も大きく、ひとつの社宅に様々な職員が住んでおり勤務先も出勤時間もバラバラなので、同じ会社なのに隣同士でまったく知らないことが多々ある。四〇二号室の住人について、旦那に聞いても首を横に振るだけだ。
 今日も母子は顔を出している。子供が欲しいのになかなか授からない由紀子は、その光景をほほえましく思いつつも、うらやましく感じてしまう。だから余計に目につくのかもしれない。
「ねえ、ママ、トラックだよ。トラーック」
 女の子は小さな身体を伸ばし、一生懸命に車を指差す。二歳ぐらいだろうか。母親は娘が落ちないように、しっかりを胸に抱いている。
 二つの顔が寄り添って並んでいる。大きい顔と、小さい顔。
「うん、トラックだね」
 由紀子はだんだんと辛くなり、足早にA棟の前を通り過ぎた。
 旦那の帰りは遅い。由紀子は夕飯の用意をしながら、旦那に話しかける。行動範囲の狭い由紀子にとって、話題と言えば社宅内のことしかない。そうなると、どうしても四〇二号室のことに触れたくなる。
「ところでA棟の四〇二号室の奥さんだけど、最近髪の毛を切ったみたいなの」
「そりゃ、人間だもの。髪の毛ぐらい切るだろう」
 旦那に話しても、反応はそっけないものだ。むしろ避けているように感じる。
「だって、あんなに綺麗な黒髪を切り落とすんだもの。きっと何かがあったのよ」
「何かねえ」
「もしかして、二組の夫婦が住んでいるということはないかしら。だって、昔は部屋が足りなくてそういうときがあったんでしょ?」
「それはバブル時代の話だ。いまはもうない」
「四〇二号室の旦那さんはどんな人かしら」
 食事をしていた旦那が箸を茶碗の上に置いた。その仕草に、押し殺したような怒気をはらんでいる。
「あんまり他人の家について、詮索しないことだ。おれが四〇二号室について知ることは何もない。もう寝るぞ」
 夜更けの食卓には、料理が半分以上も残されていた。

 由紀子が住むB棟が建て替えることになった。市営住宅を斡旋されたが、駅から離れて不便になるのと、最近自殺者が出たという噂を聞いて由紀子が難色を示した。すると、A棟の四〇二号室をあてがわれた。
 その部屋にはあの母子が住んでいるはずではないか。これはどう考えてもおかしい。旦那を問い詰めると、ようやく重い口を開いた。
「あそこは、会社の帳簿上は無人なんだ」
「それってどういうこと?」
 もしかして幽霊、という考えを旦那は苦笑いで否定した。
「実は以前住んでいた夫婦がボランティアに積極的で、行く先のない母子家庭を一時的に預かっていたんだ。もちろん会社的にはNGな行為だが、強制的に追い出すわけにもいかずに黙認してきた。ところが、その夫婦が突如として交通事故で死亡して大騒ぎだ。
 いろいろ問題はあったものの、いきなり母子家庭を外に出すのもかわいそうと、行き先が見つかるまで特例で住み続けるのを許してきたんだ。とにかく大変だった。総務課が市役所と掛け合って、市営住宅の申し込みから生活保護の手続きまで全部代行して、とにかくてんやわんやで」
 たぶん、その総務課の職員とは旦那のことだ。A棟の四〇二号室について口が重くなる理由も理解できた。
「じゃあ、無事に黒髪の奥さんとおかっぱの娘さんの行き先も決まったわけね。今日も窓から車を見ていたから、心配していたの」
 それを聞いた旦那は不思議そうな顔をした。
「先週には退去している筈だけどなあ。お前、本当に母子を見たのか?」
 由紀子は、市営住宅で自殺があったことを思い出した。

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【ミステリ】齊藤想『違う夢を見ていた』 [自作ショートショート]

TO-BE小説工房(第53回)に応募した作品です。
テーマは「ぶどう」でした。

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『違う夢を見ていた』 齊藤想

「いつもありがとね、助かるよ。これがないと、ワイン詰めができないからな」
 明美の部屋を訪れる肇は、いつも陽気だった。営業車を兼ねる小型車でアパートに横付けすると、さっそく荷物を運びこんでいく。
 肇は小さなワインメーカーの社長で、手にしているのはコルクの可塑剤だ。ワインの蓋を作るのに欠かせない薬品だ。
 少しでも経費を節減するために、買い付けは化学薬品メーカーに勤めている明美が担当している。肇は会社が倒産したときに迷惑がかかるからと嫌がったが、明美は社内に安く買えるツテがあるからと強引に押し切った。
「いつも忙しそうだね」
 肇は活きいきとした表情で答える。
「明美のためにも、絶対にお父さんの農場を復活させてやるからな」
 一番大切なひとの言葉に、明美の胸が暖かな感情が流れ込んできた。
 明美の父は小さなワインメーカーを経営していた。だが、ワインが飛ぶように売れたバブル時代は遠く過ぎ去り、明美が知る父はいつも資金繰りに追われていた。
 気苦労が父の寿命を縮めたのだろう。父は昨年末に命を燃やし尽くたように、静かにあの世へ旅立った。
 明美も母も、父が生誕込めて土から作り上げた農園を手放すのは惜しい。しかし、家族経営の農園が大手資本に太刀打ちできる時代ではなかった。
 父の急逝にともない、ワインメーカーは解散するつもりだった。だが、食品メーカーに勤めていた恋人の肇が、経営を引き受けてくれたのだ。
 明美は期待をこめた目で肇を見上げる。
「それで、今日こそお願いしているものを持ってきてくれた?」
「もちろんだとも」
 肇が手にしているのは、数種類の新作ワインだ。赤、白、ロゼに辛口から甘口までひととおりそろっている。
 名もないワインメーカーが復活するには、インパクトのある新製品が必要だ。宣伝しなくても口コミで固定客をつかめて、それなりの価格帯で販売できる中級ワインを送り出さなければならない。
 目指すのは本当に良いワインを作り続けられる環境だ。そのためには売れなくてはならない。肇はそう熱く語っていた。
 明美は並べられたワインを光にかざした。数種類あるなかで、甘口の白ワインを選ぶ。
「これも販売するの?」
 肇は一瞬だけ口ごもった。
「試作品だから、まだ決まっていない」
 明美は慣れた手つきでコルク栓を抜くと、黄金色の液体をワイングラスに注ぐ。甘い香りが部屋中に広がる。明美は冗談めかながら、グラスを蛍光灯にかざす。
「もしかして、毒は入っていないよね」
「キャベツにすら発がん性物質が含まれている。毒性のない食品は存在しない。何事も過ぎたるは及ばざるがごとしだ」
「このワインの場合はどうかしらね」
 肇の冗談に明美は笑った。少し口に含み、舌の上でワインを転がす。取れたてのようなブドウ香と、濃厚な甘みが広がる。
 試飲だと思った肇が差し出したボールを無視するようにして、明美は飲み込んだ。
「とても美味しい。まるでワインの王様と呼ばれる貴腐ワインのよう。これ、肇さんも飲んだの?」
「飲みすぎない程度だけど」
「販売価格は?」
「……まだ決めていない」
「そうよね、決められないわよね。こんなにおいしいワインだもの。取れたてなのに、まるで数十年前から熟成されてきたみたいな重厚な味がするんだもの」
 肇は明美が何を言いたのか、すべてを悟ったようだ。気まずい沈黙のあと、肇はワインを片付けて部屋から出て行った。

 肇の車が遠ざかっていく。
 コルクの可塑剤の原料はジエチレングリコール。この薬品を極微量ワインに添加すると濃厚な甘みを得ることができる。違法な上に、有毒だ。大量に飲まななければ健康被害は生じないとはいえ、そのような問題ではない。
 肇が可塑剤を購入しようとしたとき、明美はその役目を強引に奪い取った。家族の思い出が詰まったワインメーカーを必死に立て直そうとする気持ちはわかる。だから、見て見ぬふりをしてきた。途中で気が付いてくれると思っていた。
 だが、今日のワインで確信した。肇は私たち家族とは違う夢を見ていたことを。
 肇の車が明美の部屋を訪れることはもないだろう。明美はいつもより大きく、肇の車に向かって手を振った。まるで、家族の思い出と決別するかのように。

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齊藤想『悪魔の兵器』 [自作ショートショート]

TO-BE小説工房(第52回)に応募した作品です。
テーマは「戦争」でした。

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『悪魔の兵器』  齊藤 想

 無人戦闘機が空中戦を繰り広げている様子を、息子は飽きもせず眺めていた。
「もう帰らないか」
 父は息子を歩くようほどこしたが、小さな体はかたくなに首を横に振る。
「だって、楽しいんだもん」
「それなら、日が暮れるまでだぞ」
「はーい」
 息子の嬉しそうな声は、翳り始めた夕日の中に溶けていった。
 第三次世界大戦後に締結されたガウス条約で人間同士の戦闘は禁止され、戦争は無人兵器同士で行うよう定められた。もっとも、第三次世界大戦の前から兵士は最新電子機器を扱う特殊技能集団へと変貌し、兵士に施す教育が各国とも重荷となっていたので、自動化の流れは動かしがたいものとなっていた。
 世界中の無人兵器に組み込まれている共通チップには、人間を殺せないシステムが内蔵されている。この共通チップは人工知能の中枢も兼ねており、外すと無人兵器が機能しなくなる。共通チップは条約の担保となる安全弁も兼ねていた。
 味方の戦闘機が火を噴いた。侵略者は凱歌を上げるように、旋回した。
「このままだとわが国は負けるかもしれないなあ」
「負けたらどうなるの?」
「あの国の要求はわが国が保有する小さな島の所有権の回復と、移民の積極的な受け入れだ。まあ、小さな島はくれてやっても大したことはないが、問題は移民のほうだな。自由民主主義を標榜するわが国が移住の自由を認めないのはけしからんと、まあ、建前はそのようなところだ。実情はというと、あの国は人口が膨らみすぎて、自国民を輸出しないと国が立ち行かないのだよ。戦争で人が死なないものだから、そのような理由で気軽に戦争が起きるようになってしまった」
「先生が言っていたけど、あの国は悪魔の兵器を開発したから、わが国より強いの?」
 父は考え込んだ。噂だけが世界中を駆け回り、実態はだれも知らない。だが、勝ち誇っているあの戦闘機を見ていると、悪い胸騒ぎがする。
「悪魔の兵器など存在しない。ただ単に、いままでの兵器より多少強力になったというだけだ」
「あの戦闘機がそうなの? それとも後ろにいるプロペラが二枚付いている大きなヘリコプターが悪魔の兵器なの?」
 父は、茜雲の下に見慣れぬヘリコプターが飛んでいるのを見つけた。子供のころに読んだ古代兵器図鑑で見たような気がするが、どうにも思い出せない。戦闘ヘリとは異なる太くて不恰好な機体が近づいてくる。このヘリコプターの侵入を防ぐわが国の戦闘機は見当たらない。わが国が投了する日も近いと、父は感じた。
「もう家に帰らないか」
 不吉な予感が父を揺さぶる。息子は渋った。
「だって、もし、あのヘリコプターが悪魔の兵器だとしたら、この目で見たと学校のみんなに自慢できるじゃないか」
「そんな自慢など、しなくて良い。もう戦争見物は終わりだ」
「自慢だけじゃないよ。だって、どのような兵器なのか写真に撮って役所に届ければ、感謝状をもらえるんだ」
 息子が手にしているカメラのレンズが光った。奇妙な兵器に夢中になっている。敵国の国旗が描かれた機体が、着陸の態勢に入った。
「いいからくるんだ。逃げるぞ」
 父は言い知れぬ恐怖にかられた。だが、幼いころなら簡単に抱えられたはずの体が、悲しいことに持ち上がらない。
 抵抗を排除できずにいるうちに、ヘリコプターは着陸し、中から人間がパラパラと出てきた。息子は笑った。
「まだ戦争は終わっていないのに、もう移民がやってきた。気が早い国だなあ」
 父は奇妙な兵器の名称を思い出した。そして、短く叫んだ。
「いや違う。あれこそ悪魔の兵器だ」
 目の前で着陸したのは輸送用ヘリコプターで、人間同士が戦っていた時代に人間や人間が使う武器を運ぶために開発されたものだ。
 機体から出てきた人間たちは兵士といい、手にする火器で容赦なく人間を撃ち殺す。当然のことながら、人間である彼らには殺人を抑制するチップは組み込まれていない。
 父は兵士たちに背中を向け、凶弾から息子を守ろうとした。しかし、そのような行為は無意味だった。悪魔の兵器たちは、この国の浄化を楽しむかのように、過去には機関銃と呼ばれていた銃器を親子に向けた。
 草むらの中に、大きな死体と、小さな死体が転がった。
 戦争が終わるのは、もうすぐだった。

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【掌編】齊藤想『麒麟児』 [自作ショートショート]

TO-BE小説工房(第51回)に応募した作品です。
テーマは「キリン」でした。

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『麒麟児』 齊藤 想

 小学二年生になる息子が、マンションの窓から公園の一角を指差した。
「あそこにキリンがいるよ」
 私は六階の窓から外を眺める。もちろんキリンなどはいない。数本のけやきと、ブランコをこいでいる女の子が二人いるだけだ。
「こんな街中にでキリンが歩いていたら大騒ぎだよ」
「そんなことないよ。だって、キリンがいても、ほとんどのひとは気が付かないもん。キリンって特別なひとにしか見えないんだ」
 私は笑いながら答える。
「動物園にもいるし、図鑑にものっているじゃないか」
「カタカナのキリンじゃなくて、漢字のキリン」
 私はビールのラベルを思い出した。確か中国の神話に現れる霊獣だったはずだ。
「麒麟には翼があるから、空も自由に飛べるんだよ。ほら、いま太陽に向かって駆け上がっている!」
 私は息子の視線に合わせて空を見上げた。必死に息子が麒麟だと思った何かを探すが、目に映るのは澄み切った青空のみ。街中でよく見かけるが、名前のしらない野鳥が視線を横切った。さすがにこれを麒麟とは呼ばないだろう。
 息子は無邪気に空の一点を指差している。
 そもそも、麒麟には翼がない。翼が生えているのは日本橋にある麒麟の像だけ。そういえば祖父母は銀座に住んでいる。幼いころから日本橋を見続けていれば、麒麟に翼があると勘違いするのも当然かもしれない。
 玄関が小さく二回ノックされた。示し合わせた合図だ。チェーンをつけたまま小さく開けると、妻が顔を出した。お互いににっこりとほほ笑むと、私は妻を迎え入れた。息子が「ママ」と言いながら妻に向って駆け寄る。二人は抱擁を繰り返す。
 物心ついたころから、息子はありとあらゆることにまれなる才能を発揮し、麒麟児と呼ばれていた。本当はサバン症候群。ただ息子が通常とは違うところは、知的障害がみられないのに、サバン症候群の特徴である常道を喫した記憶力、卓越した計算能力を持っていることだ。
 視力も尋常ではない。普通の人間には見えないものを目にすることができる。視力も脳内の処理能力に大きく影響しているので、異常な視力もサバン症候群の一種なのかもしれない。
 「キリンが見える」ことも、もしかしたら本当なのかもしれないと思わせるだけの能力が、息子にはあった。
 もちろん科学者たちは息子のことを研究材料にしようと躍起となった。息子が研究材料とされることに嫌悪感を示したため、いくら拒否しても科学者たちがしつこく付きまといときには拉致まがいなこともされたため、数年前から隠遁生活を送るようになった。
 息子を狙うのは、国内だけではない。海外からも怪しげな集団が目を光らせている。
 生活費は息子が稼いでいる。彼にしたら株価の推移を予測するのは簡単なようで、どんな相場でも黒字をたたき出すことができた。

「麒麟児は人類の突然変異である]

 ある研究者は私に向かってこういった。それは人類の希望であり、未来でもあると熱っぽく語ってきた。その一方で、こう告げることも忘れなかった。
「この子をそのままにするのは、不幸です」
 だれが不幸になるのかについては、言葉を濁された。麒麟は王が仁のある政治を行うときに現れる瑞兆とされる一方で、傷つけたり、死骸に出くわしたりするのは不吉なことだとされる。
「そろそろ追っ手がやってくるから、移動しようか」
 息子の言葉に従って、私たちは新しい住居を探す。息子は全人類の動きが手に取るように分かるようで、危機に陥ったことがない。
 科学者が言うように、息子は人類の進化形だ。しかもバージョンアップといった生易しいものではなく、新人類が旧人類を駆逐するような大変化だ。この進化が人類を不幸にするのか、幸福にするのかは分からない。息子はその気になれば、全人類を手の平で転がすことができる。研究者との鬼ごっこも、息子からしたら児戯にひとしく、人類の愚かさを確かめる実験なのかもしれない。
 私は少し悩んでいる。 この麒麟児をこのまま育てたほうが良いのか。それとも親としての愛より人類の未来を選ぶべきだろうか。
 ふっと、息子と目があった。二倍もある大きな目が、心の奥まで見透かすように射すくめてきた。

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【ミステリ】齊藤想『トイレの詰まり』 [自作ショートショート]

TO-BE小説工房(第50回)に応募した作品です。
テーマは「トイレ」でした。

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『トイレの詰まり』 齊藤 想

「またトイレが詰まっているわよ」
 と恭子が文句を言う。夫婦で二人暮らし。毎日のように建替え問題が話題になるほど古い団地とはいえ、水流はしっかりしてる。通常では詰まることは考えられない。
 夫の崔太郎が寝そべりながら新聞を開く。いつもの土日の光景だ。
「ちゃんと処理をしたのか?」
「いつも通りにしているわよ」
「それなら詰まるわけないけどなあ」
 崔太郎がめんどくさそうに半身を起こすと、トドのような体を揺らせながら、トイレに近づいていく。
 崔太郎が便器の内側をのぞき込むと、いまにも容器から溢れそうなほど汚水を湛えている。耳を澄ますと、わずかだがチョロチョロと流れている音がした。大きな物体が流れずに詰まったときに起きる現象だ。
「でかいものを流すときはちゃんと崩すようにと言っただろ」
 崔太郎が恭子を責めると「女性だもの」と口を曲げだ。
「いつまでも、それを言い訳にしたら困るんだよなあ」と文句を言いながら崔太郎はいつものワイヤーを取り出す。
 すでに何度も使っているので、便器に合う形状となっている。崔太郎は回転させながら奥までワイヤーを差し込むと、つまりの原因となっている物体を取り出す。丁寧に砕いてまた流す。
 渦を巻きながら、全ては排水溝の奥へと流されていった。

 ひと仕事終えると、二人は散策にでかける。
「高梨さん、今日も仲がいいわねえ」
「ええ、ありがとうございます」
 この団地は高度成長期に開発された。そのころに転居してきた夫婦がそのまま住み続けているため、老人が多い。世間から見捨てられたような団地の中で、高梨夫妻の若さは目立っている。
 この団地では、毎日のように住人が死に、誰かが行方不明になる。歯が抜けるようにして、住民が減っていく。
 崔太郎は小さな化学薬品メーカーを経営しており、平日は忙しい日々を送っている。それでも高梨夫妻は若いだけに、お手伝いのお声が次から次へとかかる。週末のたびに葬式の手伝いをして、行方不明者の捜索に狩り出される。
「そろそろ葬式の時間か」
 崔太郎がつぶやいた。恭子はそれを軽く聞き流す。また忙しい時間が始まる。

「美佐子さんしっかりしてください」
 老人だらけの葬式だ。何人かは足元がおぼつかない。それを介助するのは崔太郎の役目だった。特に身寄りのない老人は、親族がいないだけに、高梨夫妻に頼り切っている。
 高梨夫妻は副業として、身寄りのない老人の介助も仕事にしている。多少の金銭を受け取り、深夜の対応など、業者ではできないような手伝いをする。
 葬式とは別れの儀式だ。葬式中に「死にたい」とつぶやく老人は多い。子供も妻もなく、親しい友人を亡くしてしまったときには、本当に切ない。
 高梨夫妻はそうした老人を励まし、何度も話し合い、それでも死にたいという老人には最後の世話をすることにしている。
 金銭を受け取り、肉体の全てを薬品で溶かし、ゆっくりとトイレに流す。何日かたつと、どこかで行方不明の噂が立つ。形だけの捜索をして、時期を見計らって高梨夫妻が警察に届出を出す。いつものことだと、警察は事務的に処理していく。
 身寄りのない老人の行方など、だれも気にしない。警察もうすうす気がついているのかもしれないが、誰もが見てみぬふりをしている。行方不明になった老人は、だれもが死にたがっているのを知っている人間ばかり。むしろ、噂を聞きつけ、死ぬために団地に引っ越してくる老人もいるぐらいだ。人手不足の市役所も、手間と金のかかる老人たちが行方不明になって助かっている部分もある。
 トイレは全てを流していく。人生も全て。
 誰もがウイン=ウィンとなる関係が、ここにある。
 高梨夫妻は、今日も仕事に励んでいる。

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【掌編】齊藤想『修羅の国』 [自作ショートショート]

TO-BE小説工房(第49回)に応募した作品です。
テーマは「修羅場」でした。

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『修羅の国』 齊藤想

 国堺の長いトンネルを抜けると、修羅場であった。夜の底が白くなった。信号所には猛獣が溢れ、汽車から降りてくる戦士たちを待ち構えていた。
 向側の座席に座っていた相棒が立ち上がり、島村の前の強化ガラスをあげた。猛獣の唸り声が夜の闇に響く。
 この国の猛獣は夜行性らしい。雪の大地が夜のとばりに包まれても、活動をやめる気配がない。鳴りやまない唸り声と獣の匂いが、ここが修羅場であることを思い出させる。
「ヤツらまでの距離はどの程度だろうか」
 葉子が薄ら笑いを浮かべる。
「そんなこともわからぬとは、島村も耄碌したものだ」
 葉子の声は悲しいほど美しかった。その氷のような声に誘われたかのように、猛獣どもの唸り声が一気に高まる。
「近いわね」
 葉子は背中に抱えていたマスケット銃を構えた。視線と銃身と腕が一直線になる。
「キマイラまで残り五秒」
 葉子は猛獣までの間隔を、距離ではなく時間で測る。少し間があって銃声が聞こえる。屠場のような悲鳴と、何かが押しつぶされたような音がした。葉子は素早く次の弾丸を込める。
「ゲーリュオーンまで三秒」
 言い終わるや否や、再び銃身が火を噴く。
「足元にエキドナ」
 胴体が蛇の美女が乗降口から侵入しようとしている。島村は接近戦用の長刀を振り下ろし、美しき首を切り落とす。
 この調子では、いくら命があっても足りない。いつかは猛獣にやられてしまう。島村は伝声管に怒鳴った。
「何をしている。もっと石炭をくべろ。速度を上げないか!」
伝声管を通じて、車掌の声が返ってくる。
「これが限界です!」
「目的地の温泉まで千三百十二秒」
 島村は「あと二十二分か」と心の中で換算する。
「島村、あいつをなんとかしろ」
 葉子は百もの頭をもつ竜を指さした。ラードーンだ。葉子は近づく敵を銃で撃ち崩しているが、百の首まで手が回りそうにない。
 島村は運転席に移動すると、スコップで燃え盛る石炭を掬って大地に投げつけた。雪から顔を出している枯草に火が付き、雪の表面を這うようにして炎が広がっていく。一瞬、ラードーンがひるんだ。その様子を見て、島村は一転して石炭を炉にくべて汽車の速度を上げる。ラードーンは置き去りになった。
 客席に戻った島村を葉子は出迎えた。
「なかなかやるじゃないか。だが、この先も怪物は待ち換えているから油断するなよ」
「わかっている」
 そう答えながらも、島村は釈然としない思いを抱き続けていた。
「それにしても、なぜ、おれたちはこんな世界に放り込まれたのだ。鄙びた温泉に入りたかっただけなのに」
 猛獣を遠ざけた葉子は美しい声で答える。
「小説とは、進化するものである」
 氷のような声が、銃声でかき消される。マスケット銃は散弾も放つことができる。洋子の一撃で、人知れず接近していたスキュラは粉砕された。
「小説とは低俗な読み物として誕生し、いつしか芸術作品扱いされ、再び低俗なエンターテイメントに回帰しようとしている。小説という定義が揺らぐたびにジャンルは拡散し、混迷の度を増していく」
「それが、なんだというのか」
「小説とは楽しむもの。しかし、その楽しさはひとそれぞれ。だからこそ、面白い」
 そのとき、何かが頭の上を横切った。その何かは壁をけり、葉子に向かって牙をむく。
 島村は長刀を振り下ろす。何かは身体をひねって交す。怪物は音もなく着地した。
双頭の犬が、よだれを垂らしながら二人を睨みつける。
「オルトロスだ」
 葉子が冷静に分析しながら、会話を続ける。
「小説とは何のために書くのか。何のために読まれるのか。この世から無くなったとしても、だれも困らないのに」
 弾を込める余裕のない葉子は、銃をひっくり返すと、台座を振り回した。葉子を守らなくてはらない。島村は決心して葉子の前に出て、長刀を正眼に構えた。
 オルトロスは飢えているようだ。牙の隙間からたれる涎が止まらない。島倉は葉子に言った。
「いくら小説だからといって、このストーリーはない。ゆきすぎではないのか」
「冒頭を読んだかね。ゆきすぎではない」
 葉子は悲しいほど美しい声で答えた。
「これは『雪国』だ」

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【掌編】齊藤想『空の夢』 [自作ショートショート]

TO-BE小説工房(第48回)に応募した作品です。
テーマは「空」でした。

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『空の夢』 齊藤 想

 病室の中央では、だるまストーブが煌々と炎を上げ続けていた。天板に乗せられホーロー製の薬缶が湯気を吹き、薄い窓ガラスに水滴をつける。
 水蒸気を取り込み、成長した雫が重力に負け始める。周囲の水粒を巻き込みながら体積を増し、最後は窓枠を濡らして消える。
「今日のご機嫌はいかがですか」
 安政生まれという小太りの婦長が、龍之介に声をかける。婦長の兄は彰義隊に参加し、上野の山で戦死したという。
「気分は悪くない」
 そう言うそばから、龍之介は咳き込む。口元から腐臭が漂う。匂いは日を追うごとに強くなっている。もう長くない。自分の体は自分が一番良くわかる。
「じきに良くなりますよ。人生なんてものは、息を吸って吐いてなんぼのものですから」
 龍之介は直接答えず、顔を横に向ける。暗く沈み切った空気が、空の青さを際立たせている。
 こんな日に空を飛べたら、どれだけ気持ち良いだろうか。
「今日は特に青いな」
「空気が澄んでいるのは冬だからよ。それはそうと、辰野さんが好きそうなニュースを持ってきてあげたわ」
 龍之介は婦長が持ってきた新聞を開く。そこには大きく、亜米利加国でライト兄弟が世界で初めて有人動力飛行を成功させた記事が美文調で語られていた。
「少し先を越されたわね」
 婦長は年甲斐もなく、いたずら娘のようにささやく。龍之介も世界初を友人動力飛行の実現を目指して研究を進めてきた。ところが孟宗竹の骨組みに和紙を貼って作った大羽で滑空中に墜落し、胸部を強打。さらには肺炎にも侵された。
 入院中に世界初は奪われた。龍之介は新聞を婦長に返した。
「おれの人生は無駄に終わった」
 龍之介はうっすらと東西に伸びる筋雲を見上げた。スズメが雲の筋を直角に横切り、そのまま飛び去って行く。
「死ぬようなことを口にしたらダメですよ」
「そんなことを言っても、本当に死ぬのだから仕方がない。人間いつかは死ぬ。早く死ぬか、遅く死ぬかの違いにすぎぬ」
「どこかの誰かが言ったことを真似しても、心には響きませんよ。辰野さんの仕事は一日も早く体を治すことです。そのためには、まずは体を清潔に保つことです」
 婦長はそう言いながら濡れタオルを渡してきた。龍之介はおっくうそうに顔を拭う。
「おれはねえ」と龍之介はこぼす。ついついこの婦長には本音を話したくなる。
「悔しいんだよ。世界で初めて空を飛ぶ人間になりたかった。世界史に名前を残したかった。そのために必死に研究をしてきた。それがすべて無駄になった。おれは名のない一市民として、数十年もすれば、まるで春先の雪のように消えてなくなる」
「困った坊やね」
 婦長は駄々っ子をあやすような顔になった。
「私の兄はねえ、上野で戦死したの。バカみたいでしょ? 負け戦と分かっているのに、徳川様に特段の御恩があるわけでもないのに、寛永寺に駆け込んで、なれない鉄砲を抱えて、挙句の果てに流れ弾に当たって死んだ。本当に無意味な人生だと思った
 けどねえ、そうした名のない市民の声や行動が、世の中を動かすエネルギーになったんじゃないかと、いまでは思うの。確かに兄は無駄に命を落とした。けど、兄のような馬鹿がたくさんいて、初めて時代が動いていくんだって」
「すると、おれは時代を動かす燃料みたいなものか」
「そうそう、ガソリンよ。有人動力飛行だって好事家が世界中で研究したことでそういう空気ができ、その空気の中でたまたまライト兄弟が一番最初に成功しただけ。ある意味では、ライト兄弟の成功も、辰野さんのおかげなのよ」
「しかし、直接には関係ない」
「関係なくない。空気は世界中につながっている。時代の空気は一人では作れない。まあ、辰野さんが本当に空気になるのはまだ早すぎるけどね」
 婦長はそれだけいうと、龍之介の肩に手を置き、次に室内の全員からタオルを回収して次の病室へと向かった。
 自分はこれからも空気に作り出す一員になれるのだろうか。時代を後押しする一人になれるのだろうか。
 龍之介は、それを確かめるために、もう少し生きたいと願うようになった。
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【短編】齊藤想『冬の手品師』 [自作ショートショート]

14年前に「ゆきのまち幻想文学賞」に応募した作品です。
いやはや、なつかしい。

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『冬の手品師』 齊藤想

 多香子は、高校の校門を出たところで、頬に冷たい物が当たるのに気がついた。空を見上げると、灰色の空に白い粒がちらつき始めている。初雪だ。
 処女雪を頬で受け止めるていると、多香子は右手を強く引かれるのを感じた。クラスメイトの理奈だ。
「ね、ね、初雪だよ。今日は冬の魔法使いがやってくる日だよ。去年の初雪の日に約束したから、絶対にいるはずだよ」
 この町には、初雪の日にだけ現れる謎の手品師がいる。それを、理奈は魔法使いと信じている。もちろん、魔法と信じているのは理奈だけだ。
「あれは魔法じゃなくて手品なの。理奈は、クリスマスになると、いまだにわくわくしながら枕元に靴下をぶら下げるひとでしょ」
「別にワクワクしたっていいじゃない。多香子がなんと言おうと、あの人は手品じゃなくて魔法なの。じゃあ、先に行くから」
「ちょっと待ってよ!」
 理奈は多香子の手を離すと、一気に走り始めた。理奈は陸上部で短距離の選手だ。あの猛練習は、この日のためではないかと思うほど早い。多香子は呆れながら、自分のペースで理奈の後を追いかけた。
 多香子が駅前の広場に到着すると、いつもの手品師は、手品の準備をしているところだった。道行く人がコートの中で縮こまって歩いているのに、彼はしわ一つ無い燕尾服を着こなし、背筋を伸ばして黙々とテーブルを組み立てている。すでに陽は大きく傾き、うっすらと雪が積もり始めている。
 ようやく、多香子の息が整った。
「いくらなんでも、そこまで本気をだすことはないじゃない」
 多香子も運動部だ。だが、足の速さでは理奈にかなわない。
「ごめんごめん。後であったかい飲み物おごってあげるから」
「面白くなかったら缶ジュース二本ね。コーヒーにココア」
「了解!」
 口を尖らす多香子に、理奈は元気な敬礼で返した。
 手品の準備ができたようだ。手品師は組み立てたばかりのテーブルの前で、深いお辞儀をした。観客は、スーツを着た男性や大学生風のカップルなど、二十人ほどに膨れ上がっている。
 燕尾服の紳士は周囲をゆっくりと見渡すと、両手を薄暗くなった空にそっと持ち上げた。白い手袋をはめた指が交差した瞬間に、どこからともなくカードが現れた。バネのような指先でカードを弾くと、そのたびに新しいカードが現れては宙を舞う。背景の模様に雪の結晶をかたどったあの人独自のカードだ。不思議なことに、このカードはいつの間にかに消えてしまう。これも、理奈が彼を魔法使いと信じる理由の一つだ。
 手品師は観客の反応を楽しむように見回すと、今度は机から握り拳大の氷を取り出した。彼が力をこめて手をかざすと、氷は豆の木が成長するかのように伸びていく。杖ほどの高さになったところで彼が手を伸ばすと、その透明な塊は氷であることを証明するかのように凍りついたアスファルトの上でくだけた。
「みてみて、本当にすごいでしょ」
「こんなの簡単なトリックよ。カードは隙を見て裾やポケットから取り出して手の甲に隠し、あとは手を振るタイミングに合わせて観客に見せているだけ。氷が大きくなるのも、角度を変えれば簡単よ。あの机が丁度良い目隠しになっているの。なぜ、彼が手や腕を大げさに動かしたりする必要があるのか分かる? 一瞬の不自然な動作を隠すためのカモフラージュなの。あの手袋だって、手を大きくするための道具なのよ」
「それじゃあ、なぜ飛ばしたカードがなくなるの? なぜあの人が手を伸ばしただけで氷が砕けるの?」
「それは……何か仕掛けがあるのよ」
 その言葉を聞いた理奈が、勝ち誇ったように胸を張る。
「分からないのなら黙ってみてなさいよ。素直に魔法を楽しみなさい」
「私は理奈に付き合っているだけだもん」
 多香子はコートの襟を立て、亀のように首を隠した。二人の会話が聞こえたのか、手品師は理奈と多香子に軽くウインクをすると、繊細な指で袖口をつまんで肘まで捲り上げ、手袋も燕尾服にしまいこんだ。彼の腕はガラスのように白く、子供のように細かった。
 手品師は手のひらの美しさを自慢するように両手を観客に見せると、そのまま手のひらを合わせて口元で拝むような仕草をした。そして軽く手を膨らませると、指の隙間から白い粒があふれ出した。それは、点灯したばかりの外灯の光を反射して滝のように輝き、どことなく驚きの声が上がった。まさに魔法だった。彼が両手を空に突き上げると、残りの白い粉が勢いよく飛び散る。多香子が白い粒を受け取ると、ひんやりとした感触と共に水に戻った。
「見てみて! これは雪の結晶よ。多香子もこんな手品みたことないでしょ」
 多香子はしばらく目を丸くしていたが、おもむろに口を開いた。
「今度こそネタが分かったわ。あの人の口元を見なさいよ。こんなに寒いのに、息が白くなっていないじゃない。これは映画なんかでよく使われるテクニックなんだけど、冷たいものを口に含むと息が白くならないの。これこそ、口の中に雪を隠している証拠よ」
 理奈は多香子の袖を引いた。
「いくらなんでもそれは無理じゃないの。唾液で溶けちゃうわよ」
「それくらい何か道具を使えば防げるわよ」
 理奈は黙り込んだ。理奈も口元で拝む仕草に不自然さを感じていたのかもしれない。多香子はようやく勝った、と思いながら、同時に悲しくなった。いった私は何をしているのだろうか。誰のために、何のために、戦っているのだろうか。
 手品師は、両手を広げたまま、観客の反応を確かめていた。人壁の中で違う雰囲気を感じたのか、多香子と理奈の前で視線が止まった。彼は理奈を見ると、少し眉をひそめて悲しそうな顔をした。理奈は制服を包むコートの裾を両手で閉じた。その姿を見た多香子は、激しい後悔に襲われた。自分が理奈の夢を壊したのだ。
 彼は、頭が地面につくほど深いお辞儀をした。
「次が最後の手品になります」
 多香子は初めて彼の声を聞いた。冷え切った空気に合う、高くて澄んだ声だった。
 手品師は上着を脱ぐと、肩口を持って顔を隠すように掲げた。そのまま上下させて仰ぐと、彼が雪雲になったかのように、際限なく白い結晶が飛び出してきた。雪の帯が燕尾服の紳士を中心に広がっていき、それは瞬く間に観客達を飲み込んでいく。
 多香子は目を丸くした。理奈も呆然としている。観客から自然と上がった歓声が彼を包み、その中に二人の声も含まれていた。
 彼は上着で仰ぐ速度を増していった。風が粉雪を吸い上げ、桜吹雪のように散らす。
「それ!」
 手品師の掛け声が響き渡るのと同時に、上着が宙を舞った。後には何も残らなかった。

 多香子は目の前で起きたことが信じられず、今まで人間が立っていたはずの場所に駆け寄った。多香子は観客達に聞いてみたが、全員が首を横にふった。もしかして地面に隠れているのかと思い、つま先でアスファルトを叩いてみた。もちろん、ただのアスファルトだった。彼が投げ捨てた上着も、あったはずの机も、忽然と消えていた。多香子は理奈に何度も手品のタネを聞かれたが、ひとつも答えることができなかった。
 
 次の日、登校前に多香子は寄り道をして、冬の魔法使いがいた広場に向かった。同じ事を考えていたのか、先客として理奈がいた。すでに雪は溶け、地面が濡れた跡すら残っていない。
「やっぱり魔法だったでしょ?」
 理奈はそう言った。その言葉を聴いた瞬間、多香子は胃から鉛が抜け出たような安堵感に包まれた。
「それにしても不思議だなあ。まさか地面に隠れるわけないし、上着を上下させるところに秘密があることは分かっているけど」
 多香子はいつもの強がりを言った。けど、これが単なる強がりであることは理奈も理解している。雲ひとつ無い青空で、雪は降りそうに無い。
「きっとあの人は雪の化身だったのよ。だからいくらでも雪を出せるし、息も白くならない。最後の魔法だって、あの人は雪に戻っただけなんだわ」
 多香子はお腹を抱えて笑った。理奈の幼稚さを嘲る笑いではない。心から嬉しいのだ。
「理奈はすぐ夢を見るんだから。もっとも、それが理奈のいいところなんだけどね」
 多香子はお姉さんのように理奈のおでこを小突いて、理奈の腕を引く。
「こんなところでぼやぼやしていると遅刻するよ。宿題は来年に持ち越しだね」
 多香子は理奈の腕を引いた。今年はあと何回雪が降るだろうか。たくさん降ればいいな。幼い頃と比べてめっきり雪が降る回数の減った冬空を見ながら、多香子はそう願った。

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【掌編】齊藤想『天使のスモモ』 [自作ショートショート]

TO-BE小説工房(第47回)に応募した作品です。
テーマは「スモモ」でした。

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『天使のスモモ』

 私がまだ小学校低学年のころ、週末は家族で郊外にある祖父母の自宅に通っていた。
 両親は小規模な土木業を営んでいたが、業界に不況の波が押し寄せて仕事がなく、果樹園を営んでいる祖父母の手伝いをして家計の足しにしていた。
 家族が収穫に出かけると、私は遊び相手もなく、ひとり縁側で人形遊びをしていた。そうしたら、ある日、ガキ大将風の男の子が、ひょっこり顔を出してきた。
「お前、誰だ」
 その丸坊主の男の子は、まるで咎めたてるように言い立てた。私は憤慨するのと多少の恐怖で無視をしていたが、男の子は平気で庭に足を踏み入れ、近づいてくる。
「勝手に入ってこないで」
 祖父の家はひどく開放的で、庭と畑の境目がない。入るのも出るのも自由だ。男の子は叱責されても動じるそぶりがない。
「都会のもんか」
「教えてあげない」
 男の子は、ふん、といった表情をした。そして、突如として高橋と名乗った。
「スモモを食わないか」
 そういって、庭先にある祖父のスモモの木を指さした。
「あんたねえ、ひとの家に勝手に入ってきて、何を言い出すのよ」
 失礼な子だ。本当に不愉快だ。だが、その一方で、この男の子に興味を覚えてきたのも事実だった。汚いシャツに半ズボン。いつ散髪にいったのか分からない頭。都会に存在しない野生児そのものだった。
「スモモなんて、たくさん食べているわよ。おじいちゃんはスモモ農家なのよ」
 男の子は首を横に振った。
「売り物のスモモではなく、この庭に生えているスモモだ。なにせ、このスモモは特別だからな」
 野生児はケタケタと笑った。なぜ、そのことを知っているのだろうか。祖父は「このスモモは天使様のものだから」と言って、決して家族に振舞おうとはしない。
「この木はずいぶんと大切にされているみたいだなあ。剪定だって、肥料だって。古ぼけた木なのに」
 果樹園のスモモと比べると、老木で、樹勢が衰えていることは素人目にも理解できる。それでも、祖父が大切にしている木をバカにされると、怒りがこみ上げてくる。
「都会もんは、さぞかし旨い実がなるんだろうなあ、とか思っているだろ」
「おいしいに決まっているじゃない。これは天使様のものなんだから」
「その祖父の言うテンシは一粒も分けてくれないのか。ずいぶんとケチなテンシだなあ」
「そんなことない。これ以上、おじいちゃんを悪く言ったら許さない」
「おお怖い、怖い」
 男の子はおどけた。
「そんなに食べたいなら、勝手に食べればいいじゃない。その代わり、おじいちゃんに怒られてもしらないから」
「ひとりで食べたくないんだよなあ」
 男の子は急にはにかんだ。表情のあまりの急転に思わず噴き出してしまう。ペースに引き込まれていると思いながらも、ついつい心を許してしまう自分がいた。それに、前々から庭先のスモモに興味があったのも事実だ。
「二つぐらいなら分からないかなあ」
「たぶん、な」
 その一言で、私の気持ちは決まった。手の届く位置にあるスモモを二つもぎ取ると、男の子と一緒に食べた。男の子が言うように、酸っぱくて、お世辞にも美味しいとは言えなかった。祖父がなぜこのスモモを大切にしているのか、またその男の子がなぜこのスモモを食べたがったのか理解できなかった。
 スモモを食べると満足したのか、男の子は「じゃあな」と立ち去った。もちろん、祖父に見つかり、私はこっぴどく怒られた。

 それから数十年がたった。
 何気なく新聞を眺めていたら、そのときの男の子が過激な政治活動中に逮捕されたとの記事を発見した。その瞬間、すべての疑問が雪のように解けていった。
 祖父が言う「天使様」は、実は「天子様」、つまり天皇陛下のことだったのだ。
 祖父の庭にあったスモモは品種改良前の希少種で、献上品だったのだろう。男の子は既存の権威に反発する気持ちがあり、貴重なスモモを食べることで、溜飲を下げたのだ。いまから思うと他愛のない児戯だが、その子にしたら偉大なる冒険だったに違いない。
 あの野生児は、中年を過ぎても、野生児そのままだった。
 今年もスモモの季節がやってきた。
 あの日食べたスモモは、二度と味わっていない。

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【SS】齊藤想『隣の芝生は青い』 [自作ショートショート]

TO-BE小説工房(第46回)に応募した作品です。
テーマは「鏡」でした。

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『隣の芝生は青い』 齊藤想

「よう、元気か?」
 鏡の中の俺が声をかけてきた。ほほの肉は削げ落ち、目の周りには隈が這う表情は自分そのものだ。左手を上げれば鏡の中の自分も左手を上げるし、笑顔を作れば笑う。見た目は普通の鏡なのに、声だけが聞こえてくる。
「そんなことないぜ。お前はいたって正常だ」
 鏡の中の自分が、口を結んだままケタケタと笑う。精神の破滅が近いらしい。そう思いながら、奴隷のように職場へと向う。
 俺の会社はブラック企業として有名だ。土日出勤徹夜勤務は当たり前で、昨晩帰宅したのは一週間ぶりだ。
 上司の口癖は「仕事があるのは幸せなことだ」である。
 仕事をどんどん取るのに人は取らない。二十代前半で課長になれるが、裏返せば三十代まで体がもつ人間はほとんどいない。
 ひといきつけるのは、同僚と営業周りをするときぐらいだ。外出中も一時間ごとに報告が義務付けられているので、完全に安心ができるわけではない。
「最近なんだけど」と俺は営業車から降りると同僚に昨日のことを話した。車内はドライブレコーダーが回っているので、余計なことを口にできない。
「まだ、そんな段階か」
 同期は俺の悩みを笑い飛ばした。
「鏡の中の自分と会話を交わすなんてまだまだ甘い。早く入れ替わらないと、頭がおかしくなるぞ」
 話を聞く限りだと、同期の方が頭がおかしくなっているように思うが。
 俺の疑念を感じたのか、同期は人差し指を横に振った。
「鏡の自分と入れ替わるのはいいぞ。おれなんて現実世界に出てくるのは週一だから、こんなに元気というわけだ。あ、ちなみに今日は本物の田中だから安心してくれ」
 同期は鏡の中の自分と入れ替わる呪文を教えてくれた。会話ができるようになれば、壁を越えるのはあと少しだという。
 どうにも信じられない。そう思いながらも、気がついたら呪文をメモしていた。

「たまにはゆっくり休め」
 鏡の中の俺は、意気揚々と自宅を出た。鏡の中は意外と快適で、鏡だから当たり前かもしれないが、左右が逆であること以外は同じだった。好きなだけベッドで寝ることができるし、テレビを見ながらごろ寝もし放題。
 田中があんなに元気なのは、鏡の中で休んでいるからだと納得した。
 試しに家の外に出てみたら、左右が逆であること以外は現実世界と同じだった。空は快晴で、すがすがしい気持ちになる。
 十分に休んだところで、鏡の自分が戻ってきた。目に隈ができ、疲れた顔をしている。
「お前、よくこんな職場に耐えられるな」
「まあな」と休養十分の俺は余裕で答える。
「明日は変わってくれ。もう無理だ。鏡の世界に帰りたい」
「仕方がないなあ」
 俺は王様の気分だった。
 
 こうして、日替わりで現実と鏡の世界を行き来する日々が始まった。鏡の世界にも飽きてきたところで、試しに職場に向かったところ、いつもの上司も田中もいた。
「近頃、サボリ癖がついてきているじゃないか。今日は働いてもらうぞ」
「おいおい、ちょっと待て」
「なんだと、上司に口答えするのか」
 俺は首根っこをつかまれ、むりやりデスクに座らされた。明日もサボったら一晩中電話するぞ、との脅し文句とともに。

「今日は現実世界に戻させてくれ」
 俺は鏡の自分に懇願した。
「だいぶ慣れてきたのになあ。ずっと、こっちの世界にいてもいいぜ」
 鏡の中の俺は、ずいぶんと余裕をかましている。少しイラつく。
「お互いに元の世界に戻るだけだろ。何が問題あるんだ」
「はいはい、分かりましたよ」
 俺は現実世界に戻った。だが、やっぱり上司がいて調子の良い田中がいて、おまけに「近頃、サボリ癖がついてきているじゃないか」と脅された。慌てて鏡の世界に戻る。 

 あるとき、俺は思った。隣の芝生は青いというが、鏡の中と外も同じことなのかもしれない。
 それにしても、今日の俺がいるのは鏡の中の世界だろうか、それとも現実の世界だろうか。
 入れ替わりすぎて、俺には判断できなくなっていた。
 
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