【SS】齊藤想『武士の魂』 [自作ショートショート]
2022年超ショートショートに応募した作品です。
テーマは選択制ですが、「新聞紙」を選びました。
―――――
『武士の魂』 齊藤 想
「居合いは一瞬の判断が全てを決める」と山田五右衛門は、幾多の修羅場を潜り抜けてきた経験から体得していた。
相手が動き出すその刹那をとらえて、先に抜き、迷うことなく振り下ろす。相手が自分の間合いに入るまで、ただひたすら殺気を消して、石となる。相手が油断し、もしくは間合いを間違え、我の領域に入る。その瞬間を音もなくとらえる。
これが、居合いの秘術である。
だからこそ、得物は切れ味より抜きやすさを重視していた。手元にあっても自然で、目立たず、五右衛門と同じように石となれる武器こそふさわしい。
今日も敵がやってきた。敵は無駄に騒ぎながら部屋を一周すると、五右衛門のことを腑抜けだと思ったのか、目の前に座った。そして、炊き立ての白米に手を付けようとしている。
五右衛門は不埒なコバエに狙いを定めた。そして、そっと新聞紙を丸めた。
―――――
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テーマは選択制ですが、「新聞紙」を選びました。
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『武士の魂』 齊藤 想
「居合いは一瞬の判断が全てを決める」と山田五右衛門は、幾多の修羅場を潜り抜けてきた経験から体得していた。
相手が動き出すその刹那をとらえて、先に抜き、迷うことなく振り下ろす。相手が自分の間合いに入るまで、ただひたすら殺気を消して、石となる。相手が油断し、もしくは間合いを間違え、我の領域に入る。その瞬間を音もなくとらえる。
これが、居合いの秘術である。
だからこそ、得物は切れ味より抜きやすさを重視していた。手元にあっても自然で、目立たず、五右衛門と同じように石となれる武器こそふさわしい。
今日も敵がやってきた。敵は無駄に騒ぎながら部屋を一周すると、五右衛門のことを腑抜けだと思ったのか、目の前に座った。そして、炊き立ての白米に手を付けようとしている。
五右衛門は不埒なコバエに狙いを定めた。そして、そっと新聞紙を丸めた。
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【SS】齊藤想『ホルミシス効果』 [自作ショートショート]
第5回小説でもどうぞW選考委員版に応募した作品です。
テーマは「魔法」です。
―――――
『ホルミシス効果』 齊藤 想
呪いをかけることが、こんなに難しいとは思わなかった。
法子は、クラスメイトに嫌がらせのような呪いをかけ続けていた。武志に頭痛の呪いをかけたところ、なぜか勉強ができるようになった。俊博に不器用になる呪いを掛けたところ、不思議なことに指先が奇麗になった。美沙に太る呪いを掛けたところ、逆にお通じが良くなってスッキリする始末。
法子がクラスメイトに呪いをかけるようになったのは、ネット対戦型の戦闘ゲームによるいさかいからだった。
法子たち四人はチームを組んで参戦していたのだが、三人と比べて法子の技量は少しだけ劣っていた。チームの足をひっぱることがたびたびあり、そのうちゲームに呼ばれなくなった。法子から誘ってもさりげなくスルーされてしまう。
だから、これは法子による復讐なのだ。
呪いの方法はネットで調べた。本当は悪魔を呼び出したり、三人を異次元空間に吹き飛ばしたり、頭の上に岩を落としたりしたかったが、大けがをさせるのも怖い。
そこで中途半端な呪いをかけたところ、逆に三人は活きいきとしている。
これは失敗だ。
法子がウジウジしてひとりでゲームをしていると、母が洗濯物を抱えながら部屋にやってきた。
母は少し心配そうな顔をしてる。母は法子の横に座ると、唐突に話し始めた。
「ホルミシス効果って知っている?」
法子はゲームの手を止めた。
「人間には不思議な力があって、少しの毒なら、かえって健康になるの。筋トレすると筋肉がつくのと同じ」
つまり、呪いの力が中途半端だと。
「あまり強すぎてもダメだけど、そこそこならチャンスになることもあるから」
確かに、三人からのけ者にされなければ呪いをマスターしようとは思わなかった。
呪いのおかげで、私は強くなれるかもしれない。
「大丈夫、限度はわきまえているか」
法子が答えると、母は満足そうにうなずいた。そして、去り際に声をかけた。
「頑張ってね」
法子は呪いの研究に熱中した。苦手だったイモリやコウモリも掴まえた。準備は着々と進んでいる。三人とはゲームどころか学校でも口を利かなくなった。
今度の呪いは本格的だ。それは、三人の関係を破壊する魔法だ。この呪いをかけられると、三人は生涯の敵となる。
もちろん友人関係は木っ端みじんだ。
いまは深夜の二時。三人の髪の毛は採取済みだし、イモリとコウモリの黒焼きも完成した。魔法陣も描き終えた。
あとは呪文を唱えるだけ。すっと冷たい息をすう。
もし、と法子は思った。この呪いが中途半端に終わったら、ホルミシス効果で三人の関係はより強くなり、法子が入り込む余地はなくなる。成功したら、法子も含めてバラバラになる。
失敗しても成功しても、法子が戻る場所はない。楽しかった時間は二度と戻らない。
だから、どちらもいいじゃないか。
法子は呪文を唱え始めた。
法子が学校に行くと、久しぶりに武志が法子に話しかけてきた。
「いままでごめんな。ちょっと新しいゲーム始めたばかりで、なかなか誘いにくくて」
武志がこっそり学校に持ってきたゲームの画面を見せてきた。最近配信を始めたばかりの新しい対戦ゲームだった。もちろん近くに俊博と美沙もいる。
法子はあまりの効果に自分でも驚いた。
呪いをかける前に、法子は自分の髪の毛も抜いたのだ。そして、悪魔に願った。四人の関係が壊れますように、と。
法子の呪いは、見事なほどにホルミシス効果を発揮した。
けど、本当は呪いなど関係がなかったのかもしれない。ただ単にいままで法子がゲームに負けてすねるのを持て余していただけで、新作ゲームが配信されるタイミングを待っていただけかもしれない。
三人が見せてくれた新しいゲームは、アクションではなく、頭脳系だった。法子の得意分野だ。
三人の優しさに、法子はほろりときた。
法子は気が付いた。「雨降って地固まる」ということわざがある。母が口にした「ホルミシス効果」はこのことだったのだ。
仲たがいは仲よしになるチャンス。
これからは自分の力で頑張ろう。三人の笑顔を見ながら、法子はそう誓った。
―――――
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テーマは「魔法」です。
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『ホルミシス効果』 齊藤 想
呪いをかけることが、こんなに難しいとは思わなかった。
法子は、クラスメイトに嫌がらせのような呪いをかけ続けていた。武志に頭痛の呪いをかけたところ、なぜか勉強ができるようになった。俊博に不器用になる呪いを掛けたところ、不思議なことに指先が奇麗になった。美沙に太る呪いを掛けたところ、逆にお通じが良くなってスッキリする始末。
法子がクラスメイトに呪いをかけるようになったのは、ネット対戦型の戦闘ゲームによるいさかいからだった。
法子たち四人はチームを組んで参戦していたのだが、三人と比べて法子の技量は少しだけ劣っていた。チームの足をひっぱることがたびたびあり、そのうちゲームに呼ばれなくなった。法子から誘ってもさりげなくスルーされてしまう。
だから、これは法子による復讐なのだ。
呪いの方法はネットで調べた。本当は悪魔を呼び出したり、三人を異次元空間に吹き飛ばしたり、頭の上に岩を落としたりしたかったが、大けがをさせるのも怖い。
そこで中途半端な呪いをかけたところ、逆に三人は活きいきとしている。
これは失敗だ。
法子がウジウジしてひとりでゲームをしていると、母が洗濯物を抱えながら部屋にやってきた。
母は少し心配そうな顔をしてる。母は法子の横に座ると、唐突に話し始めた。
「ホルミシス効果って知っている?」
法子はゲームの手を止めた。
「人間には不思議な力があって、少しの毒なら、かえって健康になるの。筋トレすると筋肉がつくのと同じ」
つまり、呪いの力が中途半端だと。
「あまり強すぎてもダメだけど、そこそこならチャンスになることもあるから」
確かに、三人からのけ者にされなければ呪いをマスターしようとは思わなかった。
呪いのおかげで、私は強くなれるかもしれない。
「大丈夫、限度はわきまえているか」
法子が答えると、母は満足そうにうなずいた。そして、去り際に声をかけた。
「頑張ってね」
法子は呪いの研究に熱中した。苦手だったイモリやコウモリも掴まえた。準備は着々と進んでいる。三人とはゲームどころか学校でも口を利かなくなった。
今度の呪いは本格的だ。それは、三人の関係を破壊する魔法だ。この呪いをかけられると、三人は生涯の敵となる。
もちろん友人関係は木っ端みじんだ。
いまは深夜の二時。三人の髪の毛は採取済みだし、イモリとコウモリの黒焼きも完成した。魔法陣も描き終えた。
あとは呪文を唱えるだけ。すっと冷たい息をすう。
もし、と法子は思った。この呪いが中途半端に終わったら、ホルミシス効果で三人の関係はより強くなり、法子が入り込む余地はなくなる。成功したら、法子も含めてバラバラになる。
失敗しても成功しても、法子が戻る場所はない。楽しかった時間は二度と戻らない。
だから、どちらもいいじゃないか。
法子は呪文を唱え始めた。
法子が学校に行くと、久しぶりに武志が法子に話しかけてきた。
「いままでごめんな。ちょっと新しいゲーム始めたばかりで、なかなか誘いにくくて」
武志がこっそり学校に持ってきたゲームの画面を見せてきた。最近配信を始めたばかりの新しい対戦ゲームだった。もちろん近くに俊博と美沙もいる。
法子はあまりの効果に自分でも驚いた。
呪いをかける前に、法子は自分の髪の毛も抜いたのだ。そして、悪魔に願った。四人の関係が壊れますように、と。
法子の呪いは、見事なほどにホルミシス効果を発揮した。
けど、本当は呪いなど関係がなかったのかもしれない。ただ単にいままで法子がゲームに負けてすねるのを持て余していただけで、新作ゲームが配信されるタイミングを待っていただけかもしれない。
三人が見せてくれた新しいゲームは、アクションではなく、頭脳系だった。法子の得意分野だ。
三人の優しさに、法子はほろりときた。
法子は気が付いた。「雨降って地固まる」ということわざがある。母が口にした「ホルミシス効果」はこのことだったのだ。
仲たがいは仲よしになるチャンス。
これからは自分の力で頑張ろう。三人の笑顔を見ながら、法子はそう誓った。
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【掌編】齊藤想『神様予備軍』 [自作ショートショート]
第23回小説でもどうぞに応募した作品その2です。
テーマは「趣味」です。
―――――
『神様予備軍』 齊藤 想
人間界ではあまり知られていないが、神様と悪魔は同族である。人間を助けることが趣味になると神様と呼ばれ、逆に困らせることが趣味になると悪魔と呼ばれる。
人間を助けることが趣味の神様予備軍は、絶望の表情で雨ごいをしている人間の集団を発見した。彼らの田畑は干からび、作物は枯れ果てている。願いの切実さが伺われる。
神様予備軍は、さっそく会議を始めた。
「これは雨を降らさないといかんばい。このままだと集落は全滅だ」
「そうだそうだ」
「全員賛成!」
誰もが人間に感謝されたがる。感謝されれればお供え物がもらえる。すでにもらった気になって、よだれが止まらない神様予備軍もいる。
「ちょっと待て。お前らの考えは、あまりに浅いぞ!」
どの世界にもひねくれ者はいる。神様予備軍が、声の主を胡散臭そうに振り返る。
「この集落の近くに川が流れている。灌漑施設を作らせればよいではないか。安易に助けると人間どもは努力を忘れて、すぐに神様に頼るようになる。それでは、本当の慈悲とは言えない」
神様予備軍は相談を始めた。確かに彼の主張は一理ある。だが、集落が全滅したら元も子もない。お供え物ももらえない。おいしいお酒もお餅もお預けだ。
よだれが止まらない神様予備軍の長老が、木の杖で地上の一点を指した。
「貴殿は、あのやせ衰えた母子を見て哀れに思わないのか。神様としての情はないのか」
ひねくれ者は、長老を鼻で笑った。
「関係ないね。むしろ、中途半端な手助けをして、人類の進歩を止める方が罪悪だ」
「貴殿はなんと酷いことをいうのだ。お前は神様もふりをした悪魔ではないのか」
「酷いのは、人間からお供え物を搾り取るお前らじゃねえか。ほら見ろ、人間どもがお前らの大好物を持ってきたぞ」
雨ごいをする祭壇の前に、ひとりの少女が引き立てられた。少女は首をたれた状態で座らせている。両手を合わせ、必死に何かを祈っている。
小さな瞳には、かすかな涙。それを見た長老のよだれが、ますます溢れ出す。
「お前らは、ずいぶんと立派な神様予備軍だな。おれはこんなの願い下げだね。悪魔と呼ばれようが、人類に災厄をバラまいて、神様に頼らないように人間を鍛えてやる。戦争に疫病に天変地異。ああ、楽しみだ」
「き、貴殿は人間が困るのを見るのが趣味なだけだ。我々は、もっと崇高な志を持って、人類を導いているのだ」
「おっと、悪魔の尻尾が見えているぜ」
長老は慌てて臀部に手を這わせた。ひねくれ者の嘲笑を見て、すぐに一杯食わされたと気が付いた。
「どちらが神様になって、どちらが悪魔になるか千年後が楽しみだな。じゃあな。おれは世界に害悪をばらまいてくるぜ」
彼の手に小箱が抱えられている。それを見た神様予備軍が騒ぎ始める。長老が叫ぶ。
「それはパンドラの箱ではないか。それを開けると、人類が大変なことになるぞ」
「バカいえ、内心は嬉しいくせに。世界に災厄がばらまかれると、神様予備軍は大繁盛じゃねえか。神頼みが増えて、お供え物はたくさんもらえる。生贄だって山もりだ」
地上では少女の首が切り落された。ころりと小さな首が転がる。それを土民たちが、大事そうに天に掲げている。
まるで、さあ神様受け取ってください、と訴えているかのように。
動揺する神様予備軍の集団を横目に、ひねくれ者は飛び立った。
「おい、ちょっと待て」
「待つわけねえだろ。偽神は偽神らしく、楽しくやってろ」
ひねくれ者はパンドラの箱を抱えて、さっと飛び去った。愚か者の集団から離れると、思う存分、人類に災厄をばらまいた。
地上からは方々で悲鳴が聞こえる。
これで、おれは人間から何千年も悪魔と呼ばれ続けることになる。人類は想像の限りを尽くして、地獄を発明するだろう。そして、あの下心満載の神様予備軍が、神様として君臨するのだ。
だが、それがどうしたというのか。
ひねくれ者は、沙羅双樹の根元で災厄を出し切ったパンドラの箱を開いた。そして、箱の隅に残る輝く小さな粒を摘まみ上げた。
「人間が本当に必要としているのは、これなんだよなあ」
ひねくれ者が粒を空に投げると、それは霧状になり、世界中へと広がっていった。
人間が悪魔と呼ぶ存在によって地上に希望が広まったことは、まだ誰も知らない。
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テーマは「趣味」です。
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『神様予備軍』 齊藤 想
人間界ではあまり知られていないが、神様と悪魔は同族である。人間を助けることが趣味になると神様と呼ばれ、逆に困らせることが趣味になると悪魔と呼ばれる。
人間を助けることが趣味の神様予備軍は、絶望の表情で雨ごいをしている人間の集団を発見した。彼らの田畑は干からび、作物は枯れ果てている。願いの切実さが伺われる。
神様予備軍は、さっそく会議を始めた。
「これは雨を降らさないといかんばい。このままだと集落は全滅だ」
「そうだそうだ」
「全員賛成!」
誰もが人間に感謝されたがる。感謝されれればお供え物がもらえる。すでにもらった気になって、よだれが止まらない神様予備軍もいる。
「ちょっと待て。お前らの考えは、あまりに浅いぞ!」
どの世界にもひねくれ者はいる。神様予備軍が、声の主を胡散臭そうに振り返る。
「この集落の近くに川が流れている。灌漑施設を作らせればよいではないか。安易に助けると人間どもは努力を忘れて、すぐに神様に頼るようになる。それでは、本当の慈悲とは言えない」
神様予備軍は相談を始めた。確かに彼の主張は一理ある。だが、集落が全滅したら元も子もない。お供え物ももらえない。おいしいお酒もお餅もお預けだ。
よだれが止まらない神様予備軍の長老が、木の杖で地上の一点を指した。
「貴殿は、あのやせ衰えた母子を見て哀れに思わないのか。神様としての情はないのか」
ひねくれ者は、長老を鼻で笑った。
「関係ないね。むしろ、中途半端な手助けをして、人類の進歩を止める方が罪悪だ」
「貴殿はなんと酷いことをいうのだ。お前は神様もふりをした悪魔ではないのか」
「酷いのは、人間からお供え物を搾り取るお前らじゃねえか。ほら見ろ、人間どもがお前らの大好物を持ってきたぞ」
雨ごいをする祭壇の前に、ひとりの少女が引き立てられた。少女は首をたれた状態で座らせている。両手を合わせ、必死に何かを祈っている。
小さな瞳には、かすかな涙。それを見た長老のよだれが、ますます溢れ出す。
「お前らは、ずいぶんと立派な神様予備軍だな。おれはこんなの願い下げだね。悪魔と呼ばれようが、人類に災厄をバラまいて、神様に頼らないように人間を鍛えてやる。戦争に疫病に天変地異。ああ、楽しみだ」
「き、貴殿は人間が困るのを見るのが趣味なだけだ。我々は、もっと崇高な志を持って、人類を導いているのだ」
「おっと、悪魔の尻尾が見えているぜ」
長老は慌てて臀部に手を這わせた。ひねくれ者の嘲笑を見て、すぐに一杯食わされたと気が付いた。
「どちらが神様になって、どちらが悪魔になるか千年後が楽しみだな。じゃあな。おれは世界に害悪をばらまいてくるぜ」
彼の手に小箱が抱えられている。それを見た神様予備軍が騒ぎ始める。長老が叫ぶ。
「それはパンドラの箱ではないか。それを開けると、人類が大変なことになるぞ」
「バカいえ、内心は嬉しいくせに。世界に災厄がばらまかれると、神様予備軍は大繁盛じゃねえか。神頼みが増えて、お供え物はたくさんもらえる。生贄だって山もりだ」
地上では少女の首が切り落された。ころりと小さな首が転がる。それを土民たちが、大事そうに天に掲げている。
まるで、さあ神様受け取ってください、と訴えているかのように。
動揺する神様予備軍の集団を横目に、ひねくれ者は飛び立った。
「おい、ちょっと待て」
「待つわけねえだろ。偽神は偽神らしく、楽しくやってろ」
ひねくれ者はパンドラの箱を抱えて、さっと飛び去った。愚か者の集団から離れると、思う存分、人類に災厄をばらまいた。
地上からは方々で悲鳴が聞こえる。
これで、おれは人間から何千年も悪魔と呼ばれ続けることになる。人類は想像の限りを尽くして、地獄を発明するだろう。そして、あの下心満載の神様予備軍が、神様として君臨するのだ。
だが、それがどうしたというのか。
ひねくれ者は、沙羅双樹の根元で災厄を出し切ったパンドラの箱を開いた。そして、箱の隅に残る輝く小さな粒を摘まみ上げた。
「人間が本当に必要としているのは、これなんだよなあ」
ひねくれ者が粒を空に投げると、それは霧状になり、世界中へと広がっていった。
人間が悪魔と呼ぶ存在によって地上に希望が広まったことは、まだ誰も知らない。
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【掌編】齊藤想『お見舞い』 [自作ショートショート]
第23回小説でもどうぞに応募した作品その1です。
テーマは「趣味」です。
―――――
『お見舞い』 齊藤想
ぼくが頻繁に悠聖のお見舞いに行くのは、彼と仲が良かったわけでも、彼のことが好きだったわけでもない。悠聖の洋室が、この世で唯一優越感に浸れる場所だったからだ。
悠聖の病気はプロジェリア症候群。いわゆる早老症のひとつ。悠聖はぼくと同じ小学五年生なのに幼稚園児ほどの身長しかなく、皮膚は老人のようにしわだらけだ。
悠聖は限られた人生を、病院ではなく自宅で過ごすことを選んだ。だから、こうして気軽に顔を出すことができる。
もう悠聖の母親とも顔なじみだ。母親はぼくの好意を微塵も疑わない。冗談めかしてお見舞いが趣味と伝えている。
ぼくが部屋に入ると、悠聖は膝の上のパソコンを閉じて、嬉しそうに手を振った。
「やあ、渚。よく来たね。お見舞いが趣味だなんて、渚も変なヤツだなあ」
「今日はちょっと遅くなってさ」
「ははは。渚のことだから、また学校で居残りでもさせられたんだろ」
「まあ、そんなところかな」
ぼくは軽くはぐらかした。悠聖も深くは聞いてこない。ぼくは悠聖の膝に目をやる。
「新しいパソコンを買ってもらったんだ。無趣味のお前が珍しい」
「ああこれね」彼はパソコンを開いた。
「おれも死ぬ前に趣味を持とうと思って、いろいろなひとメールをしてるんだ。いわるゆメル友というやつ」
「へえ。病気のサイトかなにかかい?」
「やだね、そんなお通夜みたいなサイトは。普通の交流サイトだよ」
彼は、首から下を棺桶に突っ込んだような顔で笑いながら、画面をぼくに向けた。
「インターネット上では、ぼくは普通の小学五年生。ただ、ちょっと引きこもりという設定だね。病気をカミングアウトしていないだけで、ウソではないよね」
ぼくも彼につられて笑った。
「もう、体のアチコチが痛くて動けないからさ。それで、いまひとつ困っていることがあって、聞いてくれるかな」
「ああ、なんだい」
ぼくはベッドの脇に腰を掛けた。悠聖がいくらカッコいいことを言おうが、彼には未来がない。歩くことすらままならない。
この部屋でしか得られない優越感。
悠聖はパソコンの画面上で指を這わせると、ひとつのメールの上で指を止めた。
「この子と会って欲しいんだ。名前は咲良。ぼくや君と同じ小学五年生。とはいえ、自称だから分からないけど」
そのメールには、チャーミングな女の子の写真が添付されていた。
「おいおい勘弁してくれよ。どこの誰とも知らない女子と突然会うなんて」
「この子が積極的でさあ、引きこもりをなんとか外に出したいんだと」
「なんだよそれ。引きこもり設定なら断ればいいだろ」
「大丈夫、うちの親も一緒だから。もちろん相手の親もね」
「お互いの親が理解ありすぎだろ」
頼む、と彼は両手を合わせた。
その姿を見ていると、とても自分の親に相談するとは言えなかった。
当日は奇妙なことになった。
咲良と悠聖の母親がひたすらしゃべり、ぼくと咲良はファミレスのドリンクバーのジュースを手にしながら、黙り続けている。
そもそもぼくは陰キャなのだ。おまけに学校ではいじめられっ子。赤の他人と話せるわけがない。
お互いに自己紹介をして、好きなことや興味のあることを話すと、会話が途切れる。
沈黙が続き、気まずくなってきたころ、咲良は意を決したように口を開いた。
「実はね、私も悠聖君と同じ早老症なの」
えっ、とぼくは思った。咲良はぼくが身代わりであることを知っていた。
「ただ、私はウェルナー症候群。発症は最近だから、悠聖君よりは長生きできる。悠聖君が教えてくれたけど、渚君は病気のことを良く知っているから頼りになるよって。だから、ぜひとも君に紹介したいと」
ぼくは恥ずかしくなった。ぼくはそんな気持ちで彼に接していない。
「これは、悠聖君から渚君に伝えて欲しいと言われたことだけど」
咲良は手紙を開いた。
「今まで言えなかったけど、渚と話すことがぼくの大切な趣味。いままで趣味につきあってくれてありがとう。この趣味は咲良に引き継いでおくからヨロシクな」
悠聖は全て知っていた。他人との会話を求めていたのは、このぼくであることを。その上で、咲良を紹介してくれる優しさ。
ぼくは、涙を隠しきれなくなった。
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『お見舞い』 齊藤想
ぼくが頻繁に悠聖のお見舞いに行くのは、彼と仲が良かったわけでも、彼のことが好きだったわけでもない。悠聖の洋室が、この世で唯一優越感に浸れる場所だったからだ。
悠聖の病気はプロジェリア症候群。いわゆる早老症のひとつ。悠聖はぼくと同じ小学五年生なのに幼稚園児ほどの身長しかなく、皮膚は老人のようにしわだらけだ。
悠聖は限られた人生を、病院ではなく自宅で過ごすことを選んだ。だから、こうして気軽に顔を出すことができる。
もう悠聖の母親とも顔なじみだ。母親はぼくの好意を微塵も疑わない。冗談めかしてお見舞いが趣味と伝えている。
ぼくが部屋に入ると、悠聖は膝の上のパソコンを閉じて、嬉しそうに手を振った。
「やあ、渚。よく来たね。お見舞いが趣味だなんて、渚も変なヤツだなあ」
「今日はちょっと遅くなってさ」
「ははは。渚のことだから、また学校で居残りでもさせられたんだろ」
「まあ、そんなところかな」
ぼくは軽くはぐらかした。悠聖も深くは聞いてこない。ぼくは悠聖の膝に目をやる。
「新しいパソコンを買ってもらったんだ。無趣味のお前が珍しい」
「ああこれね」彼はパソコンを開いた。
「おれも死ぬ前に趣味を持とうと思って、いろいろなひとメールをしてるんだ。いわるゆメル友というやつ」
「へえ。病気のサイトかなにかかい?」
「やだね、そんなお通夜みたいなサイトは。普通の交流サイトだよ」
彼は、首から下を棺桶に突っ込んだような顔で笑いながら、画面をぼくに向けた。
「インターネット上では、ぼくは普通の小学五年生。ただ、ちょっと引きこもりという設定だね。病気をカミングアウトしていないだけで、ウソではないよね」
ぼくも彼につられて笑った。
「もう、体のアチコチが痛くて動けないからさ。それで、いまひとつ困っていることがあって、聞いてくれるかな」
「ああ、なんだい」
ぼくはベッドの脇に腰を掛けた。悠聖がいくらカッコいいことを言おうが、彼には未来がない。歩くことすらままならない。
この部屋でしか得られない優越感。
悠聖はパソコンの画面上で指を這わせると、ひとつのメールの上で指を止めた。
「この子と会って欲しいんだ。名前は咲良。ぼくや君と同じ小学五年生。とはいえ、自称だから分からないけど」
そのメールには、チャーミングな女の子の写真が添付されていた。
「おいおい勘弁してくれよ。どこの誰とも知らない女子と突然会うなんて」
「この子が積極的でさあ、引きこもりをなんとか外に出したいんだと」
「なんだよそれ。引きこもり設定なら断ればいいだろ」
「大丈夫、うちの親も一緒だから。もちろん相手の親もね」
「お互いの親が理解ありすぎだろ」
頼む、と彼は両手を合わせた。
その姿を見ていると、とても自分の親に相談するとは言えなかった。
当日は奇妙なことになった。
咲良と悠聖の母親がひたすらしゃべり、ぼくと咲良はファミレスのドリンクバーのジュースを手にしながら、黙り続けている。
そもそもぼくは陰キャなのだ。おまけに学校ではいじめられっ子。赤の他人と話せるわけがない。
お互いに自己紹介をして、好きなことや興味のあることを話すと、会話が途切れる。
沈黙が続き、気まずくなってきたころ、咲良は意を決したように口を開いた。
「実はね、私も悠聖君と同じ早老症なの」
えっ、とぼくは思った。咲良はぼくが身代わりであることを知っていた。
「ただ、私はウェルナー症候群。発症は最近だから、悠聖君よりは長生きできる。悠聖君が教えてくれたけど、渚君は病気のことを良く知っているから頼りになるよって。だから、ぜひとも君に紹介したいと」
ぼくは恥ずかしくなった。ぼくはそんな気持ちで彼に接していない。
「これは、悠聖君から渚君に伝えて欲しいと言われたことだけど」
咲良は手紙を開いた。
「今まで言えなかったけど、渚と話すことがぼくの大切な趣味。いままで趣味につきあってくれてありがとう。この趣味は咲良に引き継いでおくからヨロシクな」
悠聖は全て知っていた。他人との会話を求めていたのは、このぼくであることを。その上で、咲良を紹介してくれる優しさ。
ぼくは、涙を隠しきれなくなった。
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【SS】齊藤想『株式会社』 [自作ショートショート]
2022年超ショートショートに応募した作品です。
テーマは選択制ですが、「老人ホーム」を選びました。
―――――
『株式会社』 齊藤 想
平藤彦蔵はかんなを掛けさせれば一級品だった。
いまや木造住宅は工場生産された材木を組み立てる方式が主流だが、かんな掛けができる職人がいるのといないのとでは、出来映えに格段の差がある。
檜山美代子は長年保母として活躍してきた。彼女の手にかかれば、どんなに癇癪持ちの幼児も、たちまち寝息を立て始める。
久保田浩輔は離婚調停専門の弁護士として名を馳せてきた。彼は我慢強い交渉術で、他の弁護士事務所が音を上げた困難な調停を何回もまとめあげてきた。
三枚堂雪江はタクシードライバーだった。彼女は市内の道路だけでなく通学路や時間帯毎の混在度も把握しており、最新のカーナビよりはるかに早くかつ安全に、目的地まで送り届けることができる。
室岡弘幸は鉄工所を経営してきた。彼の溶接技術は市内では知らない者がいないほどで、どんなに複雑な形状であっても一発で完璧に溶接することができる。第一線を引いた後でも、彼に教えを乞う若者が後を絶たないという。
某老人ホームが特異な職能集団として、株式会社化される日も近いらしい。
―――――
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テーマは選択制ですが、「老人ホーム」を選びました。
―――――
『株式会社』 齊藤 想
平藤彦蔵はかんなを掛けさせれば一級品だった。
いまや木造住宅は工場生産された材木を組み立てる方式が主流だが、かんな掛けができる職人がいるのといないのとでは、出来映えに格段の差がある。
檜山美代子は長年保母として活躍してきた。彼女の手にかかれば、どんなに癇癪持ちの幼児も、たちまち寝息を立て始める。
久保田浩輔は離婚調停専門の弁護士として名を馳せてきた。彼は我慢強い交渉術で、他の弁護士事務所が音を上げた困難な調停を何回もまとめあげてきた。
三枚堂雪江はタクシードライバーだった。彼女は市内の道路だけでなく通学路や時間帯毎の混在度も把握しており、最新のカーナビよりはるかに早くかつ安全に、目的地まで送り届けることができる。
室岡弘幸は鉄工所を経営してきた。彼の溶接技術は市内では知らない者がいないほどで、どんなに複雑な形状であっても一発で完璧に溶接することができる。第一線を引いた後でも、彼に教えを乞う若者が後を絶たないという。
某老人ホームが特異な職能集団として、株式会社化される日も近いらしい。
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【掌編】齊藤想『雪化粧』 [自作ショートショート]
これは「5分ごとにひらく恐怖のとびら 百物語」に応募した作品です。
テーマは5つから選ぶことができて(1憤怒・憎悪、2邪悪・悪意、3嘆き、4不吉、5畏怖・恐れ)、本作では本作では3嘆きを選択しています。
―――――
『雪化粧』 齊藤 想
長い眠りにつく前のサキが一番好きだったのは、純白の雪景色だった。だから、この季節に目覚めたのかもしれない。
サキは、まっさらな雪に包まれた都市を、膝上まであるブーツで歩き続けた。潰された新雪たちが、リズムよく鳴声を上げる。
サキは、人類初となるコールドスリープの実験体だった。コールドスリープとは、人体を冷凍食品のように凍らせて、老化させることなく仮死状態のまま保存する技術だ。
大脳だけを冷凍保存する技術は前世紀の間に確立していたが、全身保存となると難易度は格段に上がる。
クローン技術で生み出された少年少女たちが何体も犠牲となり、ようやくある程度の目途が立ったとき、いよいよ治験段階として選ばれた被験者が、サキだった。八歳になったばかりだった。
サキが選ばれたのは、死亡率がほぼ百パーセントの難病にかかっていたからだった。ハッチンソン・ギルフォード・プロジェリア症候群。老化が急激に進行する早老症のひとつで、現在になっても治療法は皆無である。
未来になれば、彼女の命を救えるかもしれない。病気の影響で小柄だったことも、コールドスリープに好都合とされた。
両親の願いを込めて、サキは深い眠りについた。
保存施設には、何重もの防護策が取られている。
地震などの天災があっても冷凍状態が維持されるように、装置だけでなく施設全体に断熱材がコーティングされ、電力は地上にある太陽光発電と蓄電池、さらにはいざというときのための宇宙探査機で使用される原子力電池も用意されている。
目覚める条件はただひとつ。
「希望のある時代がきたとき」
ただ、それだけだった。
気の遠くなるほど長い時間が過ぎた。数えきれないほど季節がめぐり、両親も兄弟もその子供や孫たちもこの世を去った。
幼くして眠りについた少女のことを知るひとが地上からいなくなったころ、サキは目覚めた。
サキは久しぶりの命を堪能した。
空はどんよりとした雲に覆われ、いまが昼か夜かすら分からなかった。初めて見る豪雪は都市をまるごと包み込み、全てを純白に染めている。
「未来のお医者さんが、サキのことを治してくれるから」
眠りにつくまえ、そう言ってママは腕をさすってくれた。だが、サキの目に映るのは、廃墟となった都市だけだ。医者どころか人間すら目にすることがない。
サキはふらりと体をかたむかせると、ビルの壁に手をついた。こびりついた雪を払ってガラス窓の中を見る。
内部は荒れ果てていて、見たことのない樹木と雑草がはびこっている。長らく使用されていないのは確実だった。
サキは恐怖にかられて、次から次へとビルの中をのぞきこんだ。色あせた服たちが並べられているブティック。動かない時計が並べられている電気店。
ビルの隙間に、いまにも倒壊しそうな小さな一軒家があった。ドアは壊れており、入口から部屋の奥まで素通しだった。
門の隙間からのぞきこむと、玄関で耳を立てた犬のような獣が子育てをしていた。唸り声を上げられて、サキは慌ててその場から逃げ出した。
ここは、人類が死滅した未来だ。どこに希望があるのというのか。
さきほどの獣が、家から出てきて、遠巻きにサキのことをにらみつけてくる。その数は三匹。獣の姿は、狩人を思わせた。
サキは、自分が目覚めた理由を理解した。
希望のある時代になったから目覚めたのではない。この先いくら待っても希望がない、つまり今が最も希望のある時代だから、目覚めたのだ。
獣が牙をむき出しにして、雪面を跳ねた。うなり声が耳元まで聞こえてくる。
ああ、私は食べられるのだ。そう思ったとき、小さなつぶてが獣のほほを打ち、悲鳴とともに獣が逃げ去った。
ビルの陰から、少年が姿をあらわした。
「また人間が湧いてきた。お前もおれと同じくコールドスリープの生き残りだろ? まあお互いに大変な時代に目覚めちまったもんだな。食いもんなら少しだけあるから、こっちにこいよ」
サキは、氷のように冷たい、少年の手を取った。
この最悪な時代にも希望が残っている。サキは、そう信じることにした。
―――――
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『雪化粧』 齊藤 想
長い眠りにつく前のサキが一番好きだったのは、純白の雪景色だった。だから、この季節に目覚めたのかもしれない。
サキは、まっさらな雪に包まれた都市を、膝上まであるブーツで歩き続けた。潰された新雪たちが、リズムよく鳴声を上げる。
サキは、人類初となるコールドスリープの実験体だった。コールドスリープとは、人体を冷凍食品のように凍らせて、老化させることなく仮死状態のまま保存する技術だ。
大脳だけを冷凍保存する技術は前世紀の間に確立していたが、全身保存となると難易度は格段に上がる。
クローン技術で生み出された少年少女たちが何体も犠牲となり、ようやくある程度の目途が立ったとき、いよいよ治験段階として選ばれた被験者が、サキだった。八歳になったばかりだった。
サキが選ばれたのは、死亡率がほぼ百パーセントの難病にかかっていたからだった。ハッチンソン・ギルフォード・プロジェリア症候群。老化が急激に進行する早老症のひとつで、現在になっても治療法は皆無である。
未来になれば、彼女の命を救えるかもしれない。病気の影響で小柄だったことも、コールドスリープに好都合とされた。
両親の願いを込めて、サキは深い眠りについた。
保存施設には、何重もの防護策が取られている。
地震などの天災があっても冷凍状態が維持されるように、装置だけでなく施設全体に断熱材がコーティングされ、電力は地上にある太陽光発電と蓄電池、さらにはいざというときのための宇宙探査機で使用される原子力電池も用意されている。
目覚める条件はただひとつ。
「希望のある時代がきたとき」
ただ、それだけだった。
気の遠くなるほど長い時間が過ぎた。数えきれないほど季節がめぐり、両親も兄弟もその子供や孫たちもこの世を去った。
幼くして眠りについた少女のことを知るひとが地上からいなくなったころ、サキは目覚めた。
サキは久しぶりの命を堪能した。
空はどんよりとした雲に覆われ、いまが昼か夜かすら分からなかった。初めて見る豪雪は都市をまるごと包み込み、全てを純白に染めている。
「未来のお医者さんが、サキのことを治してくれるから」
眠りにつくまえ、そう言ってママは腕をさすってくれた。だが、サキの目に映るのは、廃墟となった都市だけだ。医者どころか人間すら目にすることがない。
サキはふらりと体をかたむかせると、ビルの壁に手をついた。こびりついた雪を払ってガラス窓の中を見る。
内部は荒れ果てていて、見たことのない樹木と雑草がはびこっている。長らく使用されていないのは確実だった。
サキは恐怖にかられて、次から次へとビルの中をのぞきこんだ。色あせた服たちが並べられているブティック。動かない時計が並べられている電気店。
ビルの隙間に、いまにも倒壊しそうな小さな一軒家があった。ドアは壊れており、入口から部屋の奥まで素通しだった。
門の隙間からのぞきこむと、玄関で耳を立てた犬のような獣が子育てをしていた。唸り声を上げられて、サキは慌ててその場から逃げ出した。
ここは、人類が死滅した未来だ。どこに希望があるのというのか。
さきほどの獣が、家から出てきて、遠巻きにサキのことをにらみつけてくる。その数は三匹。獣の姿は、狩人を思わせた。
サキは、自分が目覚めた理由を理解した。
希望のある時代になったから目覚めたのではない。この先いくら待っても希望がない、つまり今が最も希望のある時代だから、目覚めたのだ。
獣が牙をむき出しにして、雪面を跳ねた。うなり声が耳元まで聞こえてくる。
ああ、私は食べられるのだ。そう思ったとき、小さなつぶてが獣のほほを打ち、悲鳴とともに獣が逃げ去った。
ビルの陰から、少年が姿をあらわした。
「また人間が湧いてきた。お前もおれと同じくコールドスリープの生き残りだろ? まあお互いに大変な時代に目覚めちまったもんだな。食いもんなら少しだけあるから、こっちにこいよ」
サキは、氷のように冷たい、少年の手を取った。
この最悪な時代にも希望が残っている。サキは、そう信じることにした。
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【掌編】齊藤想『消えた祭り』 [自作ショートショート]
第22回小説でもどうぞに応募した作品その2です。
テーマは「祭り」です。
―――――
『消えた祭り』 齊藤 想
月泊村の冬祭りは、どこまでも幻想的だった。
夜空に七色の花火が打ちあがる。勢子たちが担ぐ神輿の上では、額に小さな傷のある能面をかぶった神主が松明を振り回して、裸の男たちの上に火の粉を散らす。白い息を吐く男たちの威勢の良い掛け声が、桃源郷のような山々にこだまする。
祭りの映像を見ていた三人の老人が、一斉にVRゴーグルを外した。彼らはかつて月泊村で行われていた冬祭りの経験者だ。
三人の顔ぶれは、八十代後半の元村長に勢子のとりまとめをつとめた元顔役。それと子供時代に祭りを見た元村人。
冬祭りが途絶えて五十年になる。もはや生存者は一握りしかいない。失われた祭りを保存するのは、民俗学を専攻する清野にとって喫緊の課題だった。
清野は村の記録や残された写真で祭りを復元してみたものの、何かが足りない。その何かを得るために経験者を呼んだのだが、彼らは「観衆に君島さんの奥さんがいる」とか「神主は田所さんかなあ」とか、研究には役にたたないことばかり話している。
「ところで若先生」
元村長が清野に語りかけた。清野は教授ではなく大学院生なので、先生と呼ばれるとくすぐったい。
「若先生は、打ち上げられている花火は借景ということをご存じですか?」
清野はうなずいた。
「ええ、知っています。確か、この花火はお隣で打ち上げているものですよね」
「そうそう」と元顔役が引き継ぐ。
「月泊村は金が無くてなあ。だから、となりで開催される冬の花火大会の日程に合わせて冬祭りを開催するようにしたんだ。どうせ花火を見るなら、おれっちの村でみんなで見ようと。経費の節減にもなるしな」
「それが伝統的な村の冬祭りと結びついて、幻想的な風景に生まれ変わったと」
「まあ、そんな御託はどうでもいいんだ」
赤ら顔の元顔役は、お茶を飲んだ。お茶がリキュールに見えた。
「ところで、なんで若先生は月泊村の冬祭りを保存しようとするんだい? この世から失われるものはたくさんある。祭りだけでなく、言葉も文化も、いつかは無くなる。消えてしまったのは仕方がねえ。生き残ったおれたちは、そいつらの墓標に、花束を手向けてやればいいんだ」
思わぬ反発に清野は戸惑った。失われつつある文化を守ることは、無条件で正しいものと信じていた。
「つまり、寝た子は起こすなと」
「そうだ、そうだ」と元顔役は腕を組んで大げさに首を縦にふった。
元市長が遠くを見るような目をした。
「先生は、この冬祭りがなぜ無くなったのかご存じですか?」
「住民の減少のためと聞いていますが」
そうです、と元市長は小さく答える。
「直接的には村が合併で消滅したからです。元々二千人程度の小規模な集落でしたから、この規模ではゴミ収集も道路管理も消防もままなりません。となりの市に吸収合併されたことがきっかけで村民の流出が止まらなくなり、冬祭りは寿命を迎えたのです」
「寿命ですか」
清野は違和感を覚えた。元村長であるならば、村が消えるのは悲しいはず。それなのに、なぜ淡々と話せるのか。それが五十年の歳月というものか。
いままで黙っていた元村民が、急に声を上げた。
「ウソばかり言うなよ。村の合併は、村予算の流用が隠せなくなったからだ。冬祭りがなくなったのは、流用を告発しようとした神主を自殺に追い込んだからだ。なにしろ、神主は村役場職員だからな」
元顔役が椅子を跳ね上げる。
「君は何を言うんだね。証拠はどこにある」
元村民は傷のある能面を取り出した。神主がかぶっているお面と同じだ。
「おれは田所の息子だ。証拠はすべてこの中にある」
そういって、元村民は古いテープをテーブルの上に放り投げた。
「昔のことだから諦めようと思ったが、ここまでデタラメを言われたら話は別だ。間違った事実を残されるのは赦せねえ」
黙る村長と元顔役を前に、清野は思った。
確かにこの祭りは消えるべきだったのかもしれない。五十年前の行いを表に出して、誰が喜ぶのだろうか。
だが、清野は信じていた。良いことも悪いことも、人間が生きてきた痕跡を、何らかの形で残すべきではないかと。
それが文化であり、歴史なのだから。
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テーマは「祭り」です。
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『消えた祭り』 齊藤 想
月泊村の冬祭りは、どこまでも幻想的だった。
夜空に七色の花火が打ちあがる。勢子たちが担ぐ神輿の上では、額に小さな傷のある能面をかぶった神主が松明を振り回して、裸の男たちの上に火の粉を散らす。白い息を吐く男たちの威勢の良い掛け声が、桃源郷のような山々にこだまする。
祭りの映像を見ていた三人の老人が、一斉にVRゴーグルを外した。彼らはかつて月泊村で行われていた冬祭りの経験者だ。
三人の顔ぶれは、八十代後半の元村長に勢子のとりまとめをつとめた元顔役。それと子供時代に祭りを見た元村人。
冬祭りが途絶えて五十年になる。もはや生存者は一握りしかいない。失われた祭りを保存するのは、民俗学を専攻する清野にとって喫緊の課題だった。
清野は村の記録や残された写真で祭りを復元してみたものの、何かが足りない。その何かを得るために経験者を呼んだのだが、彼らは「観衆に君島さんの奥さんがいる」とか「神主は田所さんかなあ」とか、研究には役にたたないことばかり話している。
「ところで若先生」
元村長が清野に語りかけた。清野は教授ではなく大学院生なので、先生と呼ばれるとくすぐったい。
「若先生は、打ち上げられている花火は借景ということをご存じですか?」
清野はうなずいた。
「ええ、知っています。確か、この花火はお隣で打ち上げているものですよね」
「そうそう」と元顔役が引き継ぐ。
「月泊村は金が無くてなあ。だから、となりで開催される冬の花火大会の日程に合わせて冬祭りを開催するようにしたんだ。どうせ花火を見るなら、おれっちの村でみんなで見ようと。経費の節減にもなるしな」
「それが伝統的な村の冬祭りと結びついて、幻想的な風景に生まれ変わったと」
「まあ、そんな御託はどうでもいいんだ」
赤ら顔の元顔役は、お茶を飲んだ。お茶がリキュールに見えた。
「ところで、なんで若先生は月泊村の冬祭りを保存しようとするんだい? この世から失われるものはたくさんある。祭りだけでなく、言葉も文化も、いつかは無くなる。消えてしまったのは仕方がねえ。生き残ったおれたちは、そいつらの墓標に、花束を手向けてやればいいんだ」
思わぬ反発に清野は戸惑った。失われつつある文化を守ることは、無条件で正しいものと信じていた。
「つまり、寝た子は起こすなと」
「そうだ、そうだ」と元顔役は腕を組んで大げさに首を縦にふった。
元市長が遠くを見るような目をした。
「先生は、この冬祭りがなぜ無くなったのかご存じですか?」
「住民の減少のためと聞いていますが」
そうです、と元市長は小さく答える。
「直接的には村が合併で消滅したからです。元々二千人程度の小規模な集落でしたから、この規模ではゴミ収集も道路管理も消防もままなりません。となりの市に吸収合併されたことがきっかけで村民の流出が止まらなくなり、冬祭りは寿命を迎えたのです」
「寿命ですか」
清野は違和感を覚えた。元村長であるならば、村が消えるのは悲しいはず。それなのに、なぜ淡々と話せるのか。それが五十年の歳月というものか。
いままで黙っていた元村民が、急に声を上げた。
「ウソばかり言うなよ。村の合併は、村予算の流用が隠せなくなったからだ。冬祭りがなくなったのは、流用を告発しようとした神主を自殺に追い込んだからだ。なにしろ、神主は村役場職員だからな」
元顔役が椅子を跳ね上げる。
「君は何を言うんだね。証拠はどこにある」
元村民は傷のある能面を取り出した。神主がかぶっているお面と同じだ。
「おれは田所の息子だ。証拠はすべてこの中にある」
そういって、元村民は古いテープをテーブルの上に放り投げた。
「昔のことだから諦めようと思ったが、ここまでデタラメを言われたら話は別だ。間違った事実を残されるのは赦せねえ」
黙る村長と元顔役を前に、清野は思った。
確かにこの祭りは消えるべきだったのかもしれない。五十年前の行いを表に出して、誰が喜ぶのだろうか。
だが、清野は信じていた。良いことも悪いことも、人間が生きてきた痕跡を、何らかの形で残すべきではないかと。
それが文化であり、歴史なのだから。
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【SS】齊藤想『新しい神輿』 [自作ショートショート]
第22回小説でもどうぞに応募した作品その1です。
テーマは「祭り」です。
―――――
『新しい神輿』 齊藤 想
「選挙は祭りですから、先生も楽しまないと損ですぞ。それにしても、”まつりごと”とは言いえて妙なものですなあ」
選挙参謀を務める地元商工会の会長が、赤い顔をしながら、高梨に向かって豪快な笑い声をあげた。
休耕地に設置されたプレハブの中には、奇妙な選挙グッズが並んでいる。必勝の鉢巻をしたティラノサウルと、高梨の名前が刻まれたアンモナイト。天井からは高梨の顔写真が貼られたプテラノドンがぶら下がっている。
高梨はいわるゆ落下傘候補だ。選挙区には縁もゆかりもない。これも地域の風習なのだろうと、珍妙な選挙グッズを受け入れるしかなかった。もちろん費用は高梨持ちだ。
地元を仕切る選挙参謀の笑い声に、高梨は自虐的に答えた。
「確かに選挙は祭りかもしれませんね。担ぐ神輿は軽い方がいいと言いますし」
選挙対策委員長は、酒臭い息を吐きながら高梨のことを叱りつける。
「先生がそんな気持ちでは困りますわ。神輿は神聖なものです。担ぎ手が胸を張れるような神輿でいてくれないと」
高梨はため息をついた。神輿が軽いことは否定しないらしい。
そもそも、高梨は国政選挙に出るつもりはなかった。
高梨が大学卒業後に入社した会社は、中央アジアやアフリカで採取された化石をマニアに横流しする違法業者だった。身の危険を感じて退社したときに、たまたたま国政選挙候補者の公募が目に付き、応募したらあれよあれよと候補者に祭り上げられた。
公認が決まり、党本部が作ったチラシを見て高梨は驚愕した。
「世界を股にかけて活躍した考古学者」
「国際経験豊かなビジネスマン」
「趣味は化石採取の庶民派」
ものは言いようとはいえ、ここまで脚色されるとは恐ろしい。考古学者と自称したことはないし、趣味が化石採取も初耳だ。化石採取が庶民派というのもよくわからない。
選挙対策委員長は、冷蔵庫からビールとつまみをだすと、豪快に飲み始めた。
「それにしても、こんなに立派な先生が立候補してくれるとは嬉しい限りですなあ。当選してくれたら、化石による町おこしは成功間違いなしですわ」
それで自分が候補者に選ばれたわけか。
運動員は、いつの間にかに配達された寿司とピザを食べ始めた。選挙費用だけでなく、公職選挙法違反の心配もでてきた。そもそも、休耕地に事務所を置くのは農地法違反にはならないのだろうか。
「さあ先生、そろそろ仕事ですわ」
高梨はげっぷが止まらない選挙対策委員長に背中を押されて、強引に軽トラックに載せられた。
「えーっ、こちらはタカナシ……うっぅぷ」
飲みすぎの選挙対策委員長の声はグタグタだった。ときおり車を止めては道端に吐物をまき散らす。
「こうすりゃウンがつくというもので」
それは大便のことではないか、と思ったが黙っていた。
三十分もしないうちに、選挙対策委員長は助手席で寝息を立て始めた。高梨はやけくそだった。マイクに向かって声をからし、道行くひとに手を振り続けた。
落選するまで、せめて祭りを楽しもうと。
こんなことが起こっていいものか。
ライバル候補者が選挙活動中に不倫が発覚し、しかもそれが地元有力者の妻であったことから急激に失速した。
その他のライバルは一部には熱狂的に支持されていても広がりを持たない候補だったこともあり、押し出されるようにして高梨が当選してしまったのだ。
「どうもありがとうございます」
高梨は支持者に頭を下げ、握手をして回った。だが、選挙対策委員長は浮かない顔をしていた。
「喜んでくださいよ。これも選挙対策委員長のおかげですから」
彼は、いやいやと、首を横に振った。
「祭りなんてものは、終わってしまえばつまらないものです。今日からは、次の祭りの準備ですわ」
「またどこかで選挙があるのですか?」
「ここにいるのは祭りが大好きな人間ばかりですわ。ですから、いつも仕掛けをしとるのです。なにはともあれ、次の祭りに向けて新しい神輿を用意しないといけませんなあ」
集まってきた記者たちが、高梨に公職選挙法違反や農地法違反の疑惑を聞いてくる。
困った高梨が選挙対策委員長を目線で探すと、電話をかけているところだった。
たぶん、新しい神輿を探すために。
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テーマは「祭り」です。
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『新しい神輿』 齊藤 想
「選挙は祭りですから、先生も楽しまないと損ですぞ。それにしても、”まつりごと”とは言いえて妙なものですなあ」
選挙参謀を務める地元商工会の会長が、赤い顔をしながら、高梨に向かって豪快な笑い声をあげた。
休耕地に設置されたプレハブの中には、奇妙な選挙グッズが並んでいる。必勝の鉢巻をしたティラノサウルと、高梨の名前が刻まれたアンモナイト。天井からは高梨の顔写真が貼られたプテラノドンがぶら下がっている。
高梨はいわるゆ落下傘候補だ。選挙区には縁もゆかりもない。これも地域の風習なのだろうと、珍妙な選挙グッズを受け入れるしかなかった。もちろん費用は高梨持ちだ。
地元を仕切る選挙参謀の笑い声に、高梨は自虐的に答えた。
「確かに選挙は祭りかもしれませんね。担ぐ神輿は軽い方がいいと言いますし」
選挙対策委員長は、酒臭い息を吐きながら高梨のことを叱りつける。
「先生がそんな気持ちでは困りますわ。神輿は神聖なものです。担ぎ手が胸を張れるような神輿でいてくれないと」
高梨はため息をついた。神輿が軽いことは否定しないらしい。
そもそも、高梨は国政選挙に出るつもりはなかった。
高梨が大学卒業後に入社した会社は、中央アジアやアフリカで採取された化石をマニアに横流しする違法業者だった。身の危険を感じて退社したときに、たまたたま国政選挙候補者の公募が目に付き、応募したらあれよあれよと候補者に祭り上げられた。
公認が決まり、党本部が作ったチラシを見て高梨は驚愕した。
「世界を股にかけて活躍した考古学者」
「国際経験豊かなビジネスマン」
「趣味は化石採取の庶民派」
ものは言いようとはいえ、ここまで脚色されるとは恐ろしい。考古学者と自称したことはないし、趣味が化石採取も初耳だ。化石採取が庶民派というのもよくわからない。
選挙対策委員長は、冷蔵庫からビールとつまみをだすと、豪快に飲み始めた。
「それにしても、こんなに立派な先生が立候補してくれるとは嬉しい限りですなあ。当選してくれたら、化石による町おこしは成功間違いなしですわ」
それで自分が候補者に選ばれたわけか。
運動員は、いつの間にかに配達された寿司とピザを食べ始めた。選挙費用だけでなく、公職選挙法違反の心配もでてきた。そもそも、休耕地に事務所を置くのは農地法違反にはならないのだろうか。
「さあ先生、そろそろ仕事ですわ」
高梨はげっぷが止まらない選挙対策委員長に背中を押されて、強引に軽トラックに載せられた。
「えーっ、こちらはタカナシ……うっぅぷ」
飲みすぎの選挙対策委員長の声はグタグタだった。ときおり車を止めては道端に吐物をまき散らす。
「こうすりゃウンがつくというもので」
それは大便のことではないか、と思ったが黙っていた。
三十分もしないうちに、選挙対策委員長は助手席で寝息を立て始めた。高梨はやけくそだった。マイクに向かって声をからし、道行くひとに手を振り続けた。
落選するまで、せめて祭りを楽しもうと。
こんなことが起こっていいものか。
ライバル候補者が選挙活動中に不倫が発覚し、しかもそれが地元有力者の妻であったことから急激に失速した。
その他のライバルは一部には熱狂的に支持されていても広がりを持たない候補だったこともあり、押し出されるようにして高梨が当選してしまったのだ。
「どうもありがとうございます」
高梨は支持者に頭を下げ、握手をして回った。だが、選挙対策委員長は浮かない顔をしていた。
「喜んでくださいよ。これも選挙対策委員長のおかげですから」
彼は、いやいやと、首を横に振った。
「祭りなんてものは、終わってしまえばつまらないものです。今日からは、次の祭りの準備ですわ」
「またどこかで選挙があるのですか?」
「ここにいるのは祭りが大好きな人間ばかりですわ。ですから、いつも仕掛けをしとるのです。なにはともあれ、次の祭りに向けて新しい神輿を用意しないといけませんなあ」
集まってきた記者たちが、高梨に公職選挙法違反や農地法違反の疑惑を聞いてくる。
困った高梨が選挙対策委員長を目線で探すと、電話をかけているところだった。
たぶん、新しい神輿を探すために。
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【掌編】齊藤想『公園新聞』 [自作ショートショート]
2022年超ショートショートに応募した作品です。
テーマは選択制ですが、「新聞」を選びました。
―――――
『公園新聞』 齊藤 想
早川宗太は、公園の掲示板に張り出される新聞、公園新聞を楽しみにしていた。
だれが書いて、だれが張り出しているのか分からない。記事の範囲は極端に限定されていて、公園内の出来事しか紙面に載らない。オオイヌフグリが青い花を付けましたとか、シラカシの木のうろにシジュウカラが巣を作りましたとか、ベンチで男子高校生が同級生の女子に愛をささやきましたとか、そんな他愛のない話題ばかりだ。
発行者は紙面に様々な工夫を凝らしている。スペースは限られているのにもかかわらず、四コマ漫画や読者投稿コーナだけでなく、『カマキリ殺虫事件』というミステリ小説まで押し込んでいる。作者はコウロギ太郎となっている。様々な恨みがこもっているのだろうなと思うと、少し笑みがこぼれてしまう。
この新聞を読んだところで、世の中のことが分かるわけではない。学校の成績が伸びるわけでもない。けど、この新聞を読めば公園のことが全てわかる。記事に不思議なぬくもりがある。なにしろ、公園に対する愛が溢れている。
そして、大人になった宗太は地元新聞の記者になった。いつか公園新聞のような不思議なぬくもりに溢れる記事を書きたいと思って。
―――――
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テーマは選択制ですが、「新聞」を選びました。
―――――
『公園新聞』 齊藤 想
早川宗太は、公園の掲示板に張り出される新聞、公園新聞を楽しみにしていた。
だれが書いて、だれが張り出しているのか分からない。記事の範囲は極端に限定されていて、公園内の出来事しか紙面に載らない。オオイヌフグリが青い花を付けましたとか、シラカシの木のうろにシジュウカラが巣を作りましたとか、ベンチで男子高校生が同級生の女子に愛をささやきましたとか、そんな他愛のない話題ばかりだ。
発行者は紙面に様々な工夫を凝らしている。スペースは限られているのにもかかわらず、四コマ漫画や読者投稿コーナだけでなく、『カマキリ殺虫事件』というミステリ小説まで押し込んでいる。作者はコウロギ太郎となっている。様々な恨みがこもっているのだろうなと思うと、少し笑みがこぼれてしまう。
この新聞を読んだところで、世の中のことが分かるわけではない。学校の成績が伸びるわけでもない。けど、この新聞を読めば公園のことが全てわかる。記事に不思議なぬくもりがある。なにしろ、公園に対する愛が溢れている。
そして、大人になった宗太は地元新聞の記者になった。いつか公園新聞のような不思議なぬくもりに溢れる記事を書きたいと思って。
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【SS】齊藤想『交流会』 [自作ショートショート]
2022年超ショートショートに応募した作品です。
テーマは選択制ですが、「老人ホーム」を選びました。
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『交流会』 齊藤 想
今日は、老人ホームの入居者が楽しみにしている園児との交流会だ。
「みんな、おじいちゃんやおばあちゃんの言うことを聞くんですよ」
幼稚園の先生はそう言ってたしなめるが、園児たちからすると老人ホームも楽しい遊び場だ。広々としているホールを無邪気に走り回ったり、展示されている入居者の作品を眺めたり、入居者に人生で一番の思い出を聞いたりしている。将棋やオセロで対戦する園児もいる。
園児たちは同じ名前の入居者を見つけると、積極的に話しかけた。年齢差を忘れて盛り上がっている様子は、まるで古くからの友人のようだった。
入居者も園児たちも大満足な一日だった。
「意外と元気そうで安心した。ぼくも八十年後には、こうなるんだね」
「私がおばあちゃんになったらどうなるかと思ったけど、幸せそうで安心した」
「絵が上達していてびっくりだ。おれもやればできるじゃない」
そう言って、園児たちは元の世界に帰るためにタイムマシンに乗り込んだ。八十年後の自分との交流で、受け取った元気を胸に抱きながら。
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『交流会』 齊藤 想
今日は、老人ホームの入居者が楽しみにしている園児との交流会だ。
「みんな、おじいちゃんやおばあちゃんの言うことを聞くんですよ」
幼稚園の先生はそう言ってたしなめるが、園児たちからすると老人ホームも楽しい遊び場だ。広々としているホールを無邪気に走り回ったり、展示されている入居者の作品を眺めたり、入居者に人生で一番の思い出を聞いたりしている。将棋やオセロで対戦する園児もいる。
園児たちは同じ名前の入居者を見つけると、積極的に話しかけた。年齢差を忘れて盛り上がっている様子は、まるで古くからの友人のようだった。
入居者も園児たちも大満足な一日だった。
「意外と元気そうで安心した。ぼくも八十年後には、こうなるんだね」
「私がおばあちゃんになったらどうなるかと思ったけど、幸せそうで安心した」
「絵が上達していてびっくりだ。おれもやればできるじゃない」
そう言って、園児たちは元の世界に帰るためにタイムマシンに乗り込んだ。八十年後の自分との交流で、受け取った元気を胸に抱きながら。
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