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【掌編】齊藤想『しゃぼんの本』 [自作ショートショート]

2022年超ショートショートに応募した作品です。
テーマは選択制ですが、「本」を選びました。
本作はブレインストーミングの技法を活用して作成しています。
具体的な技法はこちらの無料ニュースレターで紹介します。次回は5/5発行です。



・基本的に月2回発行(5日、20日※こちらはバックナンバー)。
・新規登録の特典のアイデア発想のオリジナルシート(キーワード法、物語改造法)つき!

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『しゃぼんの本』 齊藤 想

 言葉が浮かんでは、すぐに消える。まるで会話のようだ、と少女は思った。
 きっかけは近所の雑貨屋で購入した石鹸だ。その石鹸の包み紙には「しゃぼんの本」とプリントされていた。雑貨屋の主人に勧められ、お小遣いでも買える値段だったので、少女は買うことにしたのだ。
 少女がさっそく風呂場で泡立ててみると、不思議なことに、次から次へと泡に言葉が浮かび上がった。その言葉を並べるとある日は詩となり、ある日は学術書となり、ある日には恋愛小説にもなった。その石鹸で体を洗うと、全身に言葉が貼りつき、まるで耳なし芳一のようになる。
 少女は泡の本を心から楽しんでいた。せっかく生まれた言葉たち。少女は何度も泡の言葉を書き留めようとしたのだが、不思議なことに泡を流すと綺麗さっぱりに忘れてしまう。まるで、このうえなく心地よい夢のように。
 泡だから消えるのは仕方がないのかもしれない。
 少女はそう思いながら、今日も「しゃぼんの本」で泡を立てる。新しい言葉たちと出会い、至福の時間を過ごすために。

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【掌編】齊藤想『愚者のカード』 [自作ショートショート]

第30回小説でもどうぞに応募した作品その2です。
テーマは「トリック」です。これはキャラの表現に工夫を凝らした作品です。
具体的な技法はこちらの無料ニュースレターで紹介します。次回は5/5発行です。



・基本的に月2回発行(5日、20日※こちらはバックナンバー)。
・新規登録の特典のアイデア発想のオリジナルシート(キーワード法、物語改造法)つき!

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 『愚者のカード』 齊藤 想

 これは、ぼくが中学時代の話だ。
 クラスに少し変わった同級生がいた。頭と手が妙に大きく、頭髪はまるでアフロヘア―かと思うほど、強烈な天然パーマだ。
 ある日のこと、ぼくの仲間がタロットカードを持ってきた。「これで彼を占う」というのは名目で、愚者のカードを出してからかおうというのだ。
 ぼくの仲間のうち、リーダー的存在の男が同級生の前に座った。
「タロットカードで占ってやる」
 彼の興味を引いたようだ。大きな頭をこくりと動かす。天然パーマがわさわさと揺れ、仲間たちは小さな笑い声をあげる。巨大な毛玉が揺れると、どうしても目に付く。
「いまからよーく切るかなら」
 そういって、リーダーはこれみよがしに、激しくシャッフルを始めた。
 トリックとしては単純だ。愚者のカードは一番上に置いておき、最初のシャッフルで一番下に持っていく。あとは最後のシャッフルで一番上に戻すだけけだ。
 リーダーはおごそかに一番上のカードをめくると、予定通り愚者のカードが出てきた。みんなが一斉に笑う。
「やっぱりお前は愚者だなあ」
 リーダーたちがはやし立てるが、彼は不思議そうに愚者のカードに触れると、いつものようにニコニコしている。
「面白いねえ。もう1回試してみてよ」
 何度繰り返しても、やっぱり愚者のカードがでてくる。トリックは全部同じ。そのたびに仲間たちは笑う。
 彼は感心した声を上げる。
「この占いは本物だ。すごいねえ。もしかして、ぼくにもできるかなあ」
「ああいいよ」
 リーダーはタロットカードを彼に渡した。その際に、愚者のカードを中央に差し込むことを忘れなかった。
 彼が占う相手として指名したのは、なぜかぼくだった。彼はごく普通にシャッフルしているように見えた。
「もういいかな。開くよ」
 そういって彼がめくると、出てきたのは愚者のカードだった。リーダーが笑う。
「すごい偶然だなあ。お前ら最高のペアになりそうだ」
「ちょっと待て。もう一回やってよ」
 ぼくは抗議の声を上げると、愚者のカードを慎重にタロットカードの束の中央に差し込んだ。彼が普通にシャッフルする。手を動かしながら首を振るので、天然パーマがワサワサと揺れる。視界が邪魔される。
 彼がカードをめくると、やはり出てきたのは愚者のカードだった。彼はニコニコとしている。
「占いって凄いなあ。何度やっても同じ結果になるんだね」
「そんなわけないだろ」
 ぼくが文句を言うと、彼は何度も占ってくれた。愚者のカードしか出てこない。最後にシャッフルを1回に制限してみた。カードの行方を目で追った。今度は下にあるはず。それでも、出てくるのは愚者のカードだった。
「こんに愚者のカードが続くわけがない。何か仕掛けがあるんだろ」
「別に何もしていないよ。それに、このカードは君たちのものじゃないか」
 彼の反論に、誰も言い返せない。
 あまりの気持ち悪さに、タロットカード遊びは自然解散となった。不吉なカードということで、タロットカードはぼくに押し付けられた。
 あまりの不思議さに、ぼくは卒業式の日に彼に聞いた。彼はあっさりと答えた。
「愚者のカードに触れた時に、爪で縁を少し削ったんだ」
 ぼくは驚いた。カードの縁を少し削ると、揃えた時にくぼみができる。そのくぼみを目印に、カードの操作をする。カードマジックの基本トリックだという。
 彼はにこにこしながら、付け加えた。
「愚者のカードって、トリックスターの意味があるじゃない。トリックのスター。つまり手品師だね。ぼくにピッタリ。占いは本当に当たるんだなあと思って」
 ぼくは家に帰ると、机の奥からタロットカードを取り出した。愚者のカードを何度も確かめた。縁に触った。しかし、傷ひとつない。彼は卒業するまで手品師だった。ネタは明かさない、ということらしい。
 この経験がきっかけとなり、ぼくは手品師への道を歩き始めた。なにせ、ぼくは彼に「トリックスター」のカードを出されてしまったのだからね。
 彼の手品のネタは分かったのかって?
 大きな手と天然パーマがヒントとだけ伝えておこう。ネタを明かさないのが、トリックスターのルールだから。

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【SS】齊藤想『ボトルシップ』 [自作ショートショート]

第30回小説でもどうぞに応募した作品その1です。
テーマは「トリック」で、キャラをトリックから逆算して作っています。
具体的な技法はこちらの無料ニュースレターで紹介します。次回は5/5発行です。



・基本的に月2回発行(5日、20日※こちらはバックナンバー)。
・新規登録の特典のアイデア発想のオリジナルシート(キーワード法、物語改造法)つき!

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『ボトル・シップ』 齊藤 想

 娘の恋人であるこの青年が、私の書斎に入るのは初めてだだろう。青年は緊張した様子で本革のソファーに腰を沈めると、落ち着きのない視線が室内をさまよう。
 私が黙っていると、沈黙に耐えきれなかったのか、青年から口を開く。
「書棚の中に飾られているボトルシップは、実に見事です」
「ああこれかね」と、私は億劫そうに椅子から腰を上げるとボトルシップを手に取った。
「このボトルシップは私の唯一の趣味でね、この細い首から材料を入れ、専用のピンセットで組み立てる。集中力が必要でね」
「確かに、これは大変そうです」
 青年は平凡な回答をした。実につまらない男だ。青年は私からボトルシップを受け取ると、見え透いた演技を始める。
「この精密さ、とても内部で組み立てたとは思えません。特に甲板に使われている木材は、口より大きく見えます」
 私は、内心をおくびにも出さずに答える。
「ガラス越しでは分からないと思うが、材料は全て折りたためるようになっているのだよ。船も人間も、バラバラにして折りたたむと意外と小さくなるものでね」
 奇妙な話の展開に、青年が少し変な顔をした。そろそろ頃合いだろうか。私は青年に向き直った。
「さて、本題に移ろうか。君は私の娘と交際をしているそうだね」
 青年が「ええ」と言いかけたのを遮って、一方的に話を続ける。
「君の祖父は、日本を代表する企業のオーナーだ。娘の相手として相応しい。そう思っていたのだが、君は名うてのプレイボーイとの悪い噂も聞いてね」
「それは誤解です。だれよりも美沙さんのことを愛しています」
「君はその言葉をいままで何人の女に吐いたことやら。愛の言葉はブランドと同じで、多ければ多いほど価値が落ちる。いまや、君の愛の言葉は百円ほどの価値もない」
「そのような事はありません。美沙さんに聞いてくれれば分かります」
「それは無理だな。なにしろ、美沙は君の女性関係を苦にして自殺したのだから」
「えっ」と青年の体が固まった。目が所在なく泳ぎ続ける。
 私は、できるだけ冷静に先を続ける。
「私はこの復讐をどうすべきか考えた。君を社会的に抹殺するのは簡単だ。だが、それだけでは物足りない。君だけでなく、君の一族を破滅させなければ気が済まない。そこで、ひとつのトリックを思いついた」
「トリックですか?」
「そうだ。この書斎は入口に監視カメラがあり、そこ以外に出入口はない。ガラス窓は全て嵌め込み式で開けられない。つまり、この書斎は密室なのだ。そして、監視カメラには娘がこの部屋に入った映像を挿入してある」
「それで……」
「監視カメラ上では、この部屋には私と君と娘の三人がいることになっている。この状態で、部屋から娘の死体がでてきたらどうなるかね。君は殺人容疑で逮捕され、君の父と祖父もただでは済まない。企業のオーナーに留まることは不可能だろう」
 青年の顔が真っ青になっていく。
「まさか美沙さんはこの部屋で自殺を……」
「死んだのは自分の部屋だ。君への恨みつらみを書き連ねた遺書が残っていたよ」
 私は通気口のフィルターを取り外した。
「この穴は、人間をバラバラにして折りたためばちょうど入る大きさだ。あのボトルシップと同じでね」
 私が合図をすると、通気口から得体のしれない物体と、血のりのついた糸鋸が流れ込んできた。青年が悲鳴を上げる。
「さあ、君はどう言い訳をするつもりかね。百円の価値もない愛の言葉を、この状態でも吐くことができるかね」
 私は電話機を差し出した。
「それとも、祖父に助けを求めるかね」

 執事に書斎の後片づけをさせていると、ふいに娘が顔を出してきた。私は笑いながら、愛娘に語りかける。
「ヤツは豚の内臓に恐れをなして、泣きながら祖父に電話をしていたよ。これでお前も目が覚めただろう。所詮はあの程度の男だ」
「ふん」と娘がむくれる。
「それで、パパがヤツの会社の株を奪ったというわけね。これが目的で私のことをヤツに近づけさせたんでしょ。まあ、将来は私の会社になるからいいけども」
「適正な取引と言って欲しいところだな。それに、この程度のトリックを見破れないようなら、いずれ会社は取られていたさ。ビジネスは弱肉強食で、生きるか死ぬかの世界なのだから」

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【SS】齊藤想『ひねくれものの宝物』 [自作ショートショート]

第20回坊ちゃん文学賞に応募した作品その2です。
これは古い自作のリライトです。

設定勝負の作品ですが、オチの作り方で工夫しています。
具体的な技法はこちらの無料ニュースレターで紹介します。次回は5/5発行です。



・基本的に月2回発行(5日、20日※こちらはバックナンバー)。
・新規登録の特典のアイデア発想のオリジナルシート(キーワード法、物語改造法)つき!
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『ひねくれものの宝物』 齊藤想

 母は、輝くような純白の外壁が気に入って、この家を購入した。だから、自慢の外壁に落書きされたのを見て怒り狂った。
「私の可愛いお家がこんな目に……。許せない。絶対に許せない」
 ぼくは壁に描かれた落書きを眺めた。落書きというよりイラストだ。中世風の城門が描かれ、古そうなポンコツ車が鉄門の奥から顔をのぞかせている。かなり粗いタッチで色彩も単調。画材屋が販売している絵具をそのまま塗りつけたような感じで、それなりに上手いかもしれないが、お世辞にも芸術的とはいえない。
「こんなひどい絵を描かれて、孝之もひどいと思うでしょ」
 心が和むような絵ではないが、ひどいというのは言い過ぎだ。母に同意を求められて、つい、ひねくれものの顔をのぞかせてしまった。
「アメリカで壁に描かれた落書きを消したら、実はそれが数十万ドルの価値がある絵であることが判明して大騒ぎになったことがあったそうだよ。残しておけばすごいことになるかもよ」
 母はキツネのように目を釣り上げた。
「これが数十万ドルの価値があるというわけ」
「そういうわけではないけどさ」
「それなら今すぐ消しなさい。キレイにしないとお小遣い無しよ」
 問答無用の通告だった。特殊塗装の外壁で、簡単に洗い流せるのが救いだった。

 次の日、また壁は汚されていた。
「孝之! 本当に洗い流したの」
「あの後、綺麗になったのを母さんも確認しただろ。絵も少し違うし」
「昨日と一緒じゃないの」
「ほらほら、ここを見てよ」
 ぼくは絵の中央を指さした。
 粗いタッチも単調な色彩も同じだったが、城門の奥にあったはずの古いポンコツ車が少しだけ前に出ている。エンジンをかけたのか、背後から白煙が上がっている。運転席にもだれか座っている。
 絵の内容からして、同一犯であることは間違いない。
「だから何だというのよ。落書きは落書きよ」
 母の目が厳しい。仕方なく今日も壁を掃除した。
 ところが、次の日も落書きは続いた。
 どうやら絵は連作となっているようだ。ポンコツ車がお城から飛び出し、いままさに加速しようとしている。視線の先には小さな黒粒。いまからこいつを追いかけようとしているのだろうか。
「犯人を捕まえるために、防犯カメラをつけたほうがいいのかしら……」
 母は顔の見えない犯人に気色悪さを感じているようだ。しかし、犯人が明確になれば、気色悪さは恐怖に変わる。その一方で、ぼくは落書きを楽しみ始めていた。
「とりあえず様子を見ようよ。ぼくが洗い流せばいいんだから」
「そのうち犯人も諦めるかもしれないしね」
 母はほっとした感じで、その場をまとめた。

 平凡な壁は、映画館のスクリーンとなった。ポンコツ車は誇張された起伏のある田舎道を走り抜ける。小さな黒粒の正体は高級車だった。窓ガラスは割られ、助手席にいる少女は大粒の宝石を抱えている。こいつらは泥棒で、お宝を抱えて逃亡中に違いない。
 ポンコツ車が泥棒に迫る。光る宝石。割れた窓から少女が拳銃を向ける。危ない! そう思ったのもつかの間、追跡中のポンコツ車は見事にかわす。
 この後の展開は予想できる。それではつまらない。姿を見せない作者の意図を妨害するように、無意味にカラスを描き加えてみた。するとどうだろうか。次の日、ぼくの意志を引き継ぐかのように、カラスは宝石をくわえて飛び立った。
 ぼくの筆が物語を動かした。これは面白い。ぼくは夢中になった。
 落書きは次々と塗り変わっていく。母はすでに諦めたようだ。現実を拒否するかのように壁から目を背けている。ぼくは物語のキャッチボールに胸を弾ませ、暇さえあれば空想を広げるようになっていた。
 この宝石に不思議な力があったらどうだろう。泥棒が実は善人で、追いかけるポンコツ車が悪人というのもよい。
 ぼくが少し筆を入れる。そのたびに物語は大きく動く。少女はカラスの羽を打ち抜いて宝石を奪い返した。設定は詳細になっていく。少女はこの国のお姫様で、国王である父が不思議な力を持つこの宝石を悪用しようとした。だから奪って逃げた。高級車を運転する男性はお姫様の恋人だ。しかし、実は敵国のスパイで、お姫様を助けるふりをして宝石を狙っている。ポンコツ車で追いかけるのは、全てを知った親衛隊だ。お姫様を何とか助けたいと願っている。
 これからの展開はどうしよう。落書きはぼくが消すか何かを描き加えないと更新されない。ぼくは学校の授業そっちのけで考えた。そうだ。カラスだ。カラスを宝石の守護者にしよう。お姫様の意思とは関係が無く、宝石を移動させるものを許さない。だからカラスは何度も宝石を狙う。それぞれの思惑が入り交じり、宝石を中心に大きな渦がわき上がる。
 このアイディアを落書きに加えなくては。
 ぼくは、学校が終わると急いで自宅に駆け戻った。しかし、壁が無くなっていた。瓦礫が散乱したままの庭でぼくが呆然と立ちつくしていると、玄関から母がでてきた。
「落書きがおさまらないから、思い切って壊したの。これから壁のあった場所に庭木を植えようと思っているんだけど、どれがいいかしら」
 ぼくは母が開いたカタログを発作的に叩き落した。土の上でだらしなく広がったカタログを見て、ぼくは無性に寂しくなった。いくら怒っても壁は元には戻らない。
 ぼくは、自分の力で、物語の捌け口を求めるしかないのだ。

「それがアニメ監督になったきっかけなのですか」
「まあ、それは結果論に過ぎないんだけどね」
 大勢の子供たちの前で、ぼくは優しく語りかけた。夢が実現するまで、というテレビ局の企画で子供たちとの対談がセッティングされたのだ。
「最初は同人誌からスタートして、それからコンテストに応募するようになった。新人賞を受賞したことがきっかけとなりアニメの原作を依頼され、いつしか映画監督にまで祭り上げられた。まあ、そういうわけだ」
 子供たちは奇跡を発見したかのように、ぼくのことを見つめている。けど、ぼくは奇跡ではない。教祖をあがめるかのような雰囲気のなかから、ひとりの少女が手を挙げた。
「落書きの犯人は分かったのですか?」
「いい質問だ」
 ぼくは白髪をかき上げた。何度もかき上げた。そして、必要最小限の言葉で答えた。
「ぼくは物語を作るのが好きだったんだ」
 質問をした女の子は笑った。いい瞳だ、とぼくは思った。その瞳の奥には宝物がつまっている。昔のぼくが持ち、この年齢になると欲しくてたまらなくなる宝物だ。
 対談は終わり、テレビ局は撤収した。打ち上げも早々にぼくは仕事に戻った。
 子供たちから貰った光を零してしまう前に、何かを残せるような気がしたから。
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【掌編】齊藤想『持つべきものは』 [自作ショートショート]

第29回小説でもどうぞで最優秀賞をいただいた作品です。

本作はある女性作家の短編小説の構造を研究し、その構造をベースに作成した作品です。
自分は印象に残った作品のマネをよくします。自分が良いと感じた作品のエッセンスを吸収したいからです。
ということで、ベースとなった作品を知りたい方は、こちらの無料ニュースレターで紹介します。
次回は4/5発行です。



・基本的に月2回発行(5日、20日※こちらはバックナンバー)。
・新規登録の特典付き!

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〔高橋源一郎 小説でもどうぞ〕
https://koubo.jp/article/26038

〔作品 齊藤想『持つべきものは』〕※作品はこちらからお読みください。
https://koubo.jp/article/26040

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【掌編】齊藤想『声神様』 [自作ショートショート]

第7回小説でもどうぞW選考委員版で佳作をいいただいた作品です。
テーマは「神さま」です。
組織としての成長物語ですが、この成長を表現するのに、ちょっとした小道具を利用しています。
具体的な技法はこちらの無料ニュースレターで紹介します。次回は4/5発行です。


・基本的に月2回発行(5日、20日※こちらはバックナンバー)。
・新規登録の特典付き!

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〔小説でもどうぞW選考員会版(第7回・結果発表、選考会)〕
https://koubo.jp/article/23761

〔作品〕※作品はこちかららお読みください。
『声神様』 齊藤想
https://koubo.jp/article/23963

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【SS】齊藤想『影武者』 [自作ショートショート]

第29回小説でもどうぞに応募した作品その1です。
テーマは「癖」です。
これは3のリズムを意識した作品です。
具体的な技法はこちらの無料ニュースレターで紹介します。次回は4/5発行です。



・基本的に月2回発行(5日、20日※こちらはバックナンバー)。
・新規登録の特典付き!

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『影武者』 齊藤 想

 「総統の影武者になれ」と秘密国家警察局長から命じられたのは、演説会のわずか3日前だった。
 選ばれた理由というのが、立ち姿と顔が総統に似ていること、声帯模写の達人であること、そしてなにより私が身寄りのない売れない芸人であり、急にいなくなってもだれも怪しまないことだという。
 怪しげな笑みを浮かべる局長に、私は親しみよりも恐怖を感じた。
「まさか、私が総統の身代わり、ということはありませんよね」
 私は、総統に暗殺予告がでているのではないかと疑った。その私の問いに、局長は沈黙で返した。無言で演説原稿と映像フィルムを手渡してくる。
「いまから三日間で総統になりきってくれたまえ。声帯模写だけでなく、身振りや手振りも全てだ。総統は全身全霊を使って演説をされるのだからな」
 私は人里離れた山荘に連れていかれて、そのまま監禁された。この任務は極秘らしく、仕上がり具合をチェックするのは局長のみ。
 三日間の猛練習の結果、私は声や仕草だけでなく、小指と親指で口ひげを挟むという総統の細かいクセまでコピーすることに成功した。局長は「そこまで真似せんでもよい」と苦笑しつつも、満足の様子だった。
 私は演説会の演壇に立ち、だれにも気が付かれないまま演説を終え、聴衆全員からの拍手喝さいを浴びた。
 最高の一日だった。周りから注目を浴びることが、これほどまでに気持ちがいいとは思わなかった。
 局長から命じられた次の任務は、外国首脳を招いての晩餐会だった。
「君なら大丈夫。だが、例のクセだけは注意するように。君のような庶民には分からないかもしれないが、口ひげに触れることは、貴人たちに対しては失礼に当たるのだ」
 私は局長の忠告に従い、口ひげに触れることなく総統の役割を完全に演じた。
 ひと月も経つと、私にも事情が呑み込めてきた。最初は総統の安全確保上の措置かと思っていたのだが、どうやら総統は重病で表に出られないらしい。
 総統不在による国内の混乱を恐れて、局長は影武者を立てることにしたようだ。おかげで、毎日は何事もなく過ぎていき、国内は平和そのものだった。
 影武者生活が慣れるとともに、私は一日の大半を総統として過ごすようになった。私は本物の総統になった気分で、局長を総統室に呼び出した。
 局長は憮然とした表情をしながらも、周囲に衛兵がいるのをみて、表面上は総統に対する礼を取った。
「何かお呼びでしょうか」
「君が秘密国家警察局長に任じられてから3年だったかな。君の忠節は我が国民の鏡であり、いつも感謝しておる」
「有りがたき幸せ」
 局長は、不思議そうな顔をしながら、頭を下げる。
「そこでだ。いままでの感謝を込めて、君に休暇を与えよう。それも永い休暇だ」
 私は口ひげを親指と小指で挟んだ。総統の例のクセだ。それを見た局長は真っ青になった。衛兵がさっと局長の両脇を固める。
「国内を騒擾させる良からぬ噂を消すのが君の仕事なのに、総統が二人いるという噂を自ら流すとは残念だ」
「そ、それは……」
「いいから連れていけ!」
 局長の言い訳を私は無視した。しばらくして、窓の外からのどかな銃声が響く。
 私は気が付いていた。様々な映像と資料を突き合せた結果、総統の例のクセが秘密の暗殺命令であることを。このクセを初めて局長に見せたときの反応、さらには晩餐会での局長からの注意で、推測は確信に変わった。
 私は局長が残した書類の全てを焼却することを命じた。もう本物の総統の生死はどちらでもよい。いまは私が総統であり、それを疑う者はだれもいない。
 私は地図を広げると、勲章を数えきれないほどぶら下げた将軍たちを呼び寄せた。少し前まで遥か高みにいた将軍たちが、いまではこの私に頭を下げている。
 この高揚感。だれにも止められない興奮。全てが手のうちにある万能感。私の命令ひとつで、数百万の人間が一斉に動き出す。
 私は地図の一点を指さして、シンプルな命令を下した。将軍たちが慌ただしく部屋を出る。官僚たちが命令文を起案する。次々を上がってくる書類に、私は目を通すこともなく機械的にサインをする。
 私は幸福な気分だった。
 戦争の行く末など、知ったことではない。

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【SS】齊藤想『休暇鳥』 [自作ショートショート]

第20回坊ちゃん文学賞に応募した作品その1です。
ネタとしては「ダジャレネタ」ですが、技法としては連作形式を採用しています。

※具体的な技法はこちらのニュースレターで紹介します。次回は3/5発行です。


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『休暇鳥』 齊藤 想

 最近、世界中で休暇鳥(きゅうかんちょう)が飛び回っている。休暇鳥が肩に止まり、その国の言葉で「キューカ、キューカ」と叫ばれると、休暇を取らなくてはならない。
 おかげでオーナーシェフの休暇で三ツ星レストランが臨時休業に追い込まれたり、主演俳優の休暇で映画撮影が中断されたりと、世界中で多少の混乱を引き起こしている。
 休暇鳥には不思議な性質がある。休暇鳥を追いかけると逃げていき、逆に休暇鳥を避けようとするとついてくる。
 社会人一年目の安田博之は、休暇鳥がくることを願っていた。就職したのは同業他社がひれ伏すほどのブラック企業。有給休暇は書類上だけの存在で、休暇のキュの字も言い出せない。定時退社など夢の世界で、終電に乗れたら良い方だ。
 たまには堂々と休んでゲームをしたい。特に今日はオンラインゲームのアップデートの日だ。そういう日に限って、休暇鳥は現れない。
 安田がゲームのことを思い浮かべながら、明日に迫ったプレゼン用の資料を作成していると、窓の外で光沢のある黒い鳥がホバリングしているのが見えた。
 休暇鳥だ。
 安田はさり気ない様子で、窓に近づこうとした。すると、目ざとい上司が即座に咎めてくる。
「窓を開けたらいかん。いまはそれどころではない」
 どうせ大した仕事はしていない。安田は上司を無視した。
「換気ですよ。感染症対策として、空気の入れ替えは必須ですからね」
 窓をさっと開けると、待ち焦がれていたかのように休暇鳥が飛び込んできた。上司が頭を抱える。休暇鳥が獲物を探し回るように、ぐるりと部屋を一周する。
 安田は期待に胸を膨らませた。今日こそ休暇を取りたい。一日中ゲームをしたい。ネット世界では、学生時代からのゲーム仲間が待っている。
 狙いを見定めたのか、休暇鳥がグライダーのようにすっと下りてきた。
「キューカ、キューカ」
 休暇鳥が選んだのは、事もあろうに安田の上司だった。上司の肩の上で、休暇鳥はサイレンのように同じフレーズを繰り返す。
 上司はため息をつくと、無念の表情を浮かべながら帰り支度を始めた。そして、安田の肩を叩く。
「仕方がない。あとは君に任せた。今日中に社長用の資料も仕上げておくように」
「え、なんでぼくなんですか?」
「仕方がないだろ。わが社は慢性的な人手不足の上に、だれかのせいで休暇鳥が来襲したのだから」
 安田は社内を見渡した。休暇鳥はさらに暴れまわっている。酒が入ると愚痴しか言わない同期も、能力不足を棚に上げて当たり散らすベテラン社員も、嫉妬心丸出しで若い女子社員をいじめるお局軍団も、休暇鳥の犠牲になっている。いや、人によってはご褒美か。
「ま、そういうことだ」
 上司は軽く答えた。
 安田は休暇鳥を恨んだ。だが、不思議なことに、ゴミが消えた社内の雰囲気が急に明るくなった。
 生き残った数少ない同期が、安田に声をかけてくる。
「大変だけど、みんなで頑張ろうぜ」
「おれたちの力を、あいつらに見せつけてやろうぜ」
 どこからともなく、お互いを励ましあう声が上がる。
 近くの電線で羽を休める休暇鳥の表情は、誇らしげに見えた。

 田尻幸三は、会社のデスクの上に飾ってある写真を手に取った。窓の外は気持ちの良いほどの快晴。しかも土曜日。
 今日は長男と次男の運動会。だが、幸三は仕事で会社にいる。子供の運動会は何年も見ていない。妻も夫はこないものと決めつけて誘わない。話もしない。
 夫婦のあこがれだったタワーマンションを購入したのは十年前だ。そこからはローンの返済に追われ、土日も関係なく働き続け、気がついたら、家族から離れてひとりぼっちになっている。
 幸三が外回りに出かけると、空から黒い鳥が下りてきた。休暇鳥だ。その鳥は蝶のようにゆったりと舞うと、幸三の肩に止まった。
 この鳥が「キューカ」と叫ぶと、休まざるを得なくなる。その分、給与が下がる。家のローンのことを考えると、休むわけにはいかない。
 幸三の願いが届いたのか、休暇鳥は肩に止まったまま一言も発しない。だが、飛び立つこともない。まるで長年連れ添ったペットのように、幸三の肩に座り続ける。
「仕事だから、早く飛び去ってくれよ」
 幸三は休暇鳥に話しかけるが、休暇鳥は幸三の言葉を無視するかのように、毛づくろいを始めた。休暇鳥は首をぐるりと回すと、大きなあくびをした。
 幸三は休暇鳥の頭を撫でた。休暇鳥の喉が鳴る。
「お前の言いたいことは分かったよ。だが、マンションのローンがなあ」
 ぼやいても、休暇鳥は動かない。ついに、首を羽の間に隠して眠り始めた。
 そのとき、幸三は休暇鳥が小さなメダルを握りしめていることを発見した。そのメダルは、幸三の子供たちがパパの日に贈ってくれた手作りのメダルだ。
 もしかしたら、子供たちがこの休暇鳥にメダルを渡して、空に放ってくれたのかもしれない。子供たちは待ってくれている。春休みも夏休みも冬休みも仕事で、正月やゴールデンウィークも家族をどこにも連れていけないどうしようもないパパなのに。
 幸三の目に涙がにじむ。
「そうだよな、いまだけだよな」
 幸三は決意をすると、自ら叫んだ。
「キューカ」
 その声を聞いた休暇鳥は、羽から首を出すと、すっと飛び去って行った。
 幸三は腕時計を見た。ここから小学校まで三駅だ。運動会には、まだ間に合うかもしれない。

 ある日、世界中から休暇鳥が消えた。渡り鳥のように、一斉に旅立ったのだ。
 休暇鳥が向かった先は、数年間続ている戦争の最前線だった。
 休暇鳥の大群は睨みあう両軍の兵士たちの肩に止まると、声が枯れるまでその国の言葉で叫び続けた。
「キューカ、キューカ」
 兵士たちは次々と武器を投げ捨て、家路についた。あるものは喜び、あるものは戦友との別れを惜しんだ。
 兵士たちが続々と戦場から引き揚げてくる様子を見た将軍たちは、兵士を戦場に留まらせようと銃を向けた。すると、その将軍の肩にもどこからともなく休暇鳥がやってきた。
「キューカ、キューカ」
 将軍も頭をかきながら、銃を下ろすしかなかった。
 この戦争を始めた最高指導者は、戦場を放棄する兵士たちを銃殺する命令に署名しようとした。だが、窓をつつく休暇鳥の姿を見て、諦めるしかなかった。
 休暇鳥は、帰りゆく兵士の後をついていった。そして、彼らを追い立てるように叫び続ける。
「キューカ、キューカ」
「キューカ、キューカ」
 もはや、だれも武器を取ろうとしなかった。
 兵士たちの故郷はもうすぐだ。
 母の温かいご飯とともに、戦争が終ろうとしている。

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【掌編】齊藤想『ライオンの時間』 [自作ショートショート]

2022年超ショートショートに応募した作品です。
テーマは選択制ですが、「ライオンの像」を選びました。
本作は「掌編」と「ショートショート」の差を意識して書いた作品です。

※具体的な技法はこちらのニュースレターで紹介します。次回は3/5発行です。


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『ライオンの時間』 齊藤 想

 デパートの前に飾られているライオン像。このライオン像が深夜に散歩していることを知る顧客はまだ少ない。
 デパートとしての威厳を守るため、昼間のライオン像は仕方なくすまし顔で座っている。子供に鼻面を叩かれたり、荷物置き場として使用されたり、さらには背中に乗られて写真を撮られても、まばたきもせず我慢している。
 だからこそ、人通りが絶える深夜はライオンの時間なのだ。特に定休日前の深夜は最高だ。最後の従業員が帰宅し、終電が終わり、タクシーの波も途絶えたころを見計らって、ライオンは走り出す。
 街灯を避けながら路地を疾走し、ときには漆黒の空に咆哮を轟かせる。野良犬も野良ネコもドブネズミも、みんなが百獣の王たるライオンにひれ伏す。
 人間どもは恐れるに足りない。目撃されても、睨みつけるだけで、人間どもの記憶を吹き飛ばす力をライオン像は持っているのだ。
 十分に体を動かし、満足したらライオン像はデパートに戻る。そして、元と同じ姿勢で座り続ける。
 ライオン像はデパートの威厳を守るため、今日も行き交う人々を見守り続けている。

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【SS】齊藤想『禁酒禁煙禁ギャンブル』 [自作ショートショート]

第28回小説でもどうぞに応募した作品その2です。
テーマは「誓い」です。
これは「擬人法」の応用と、エスカレーションの技法を組み合わせた作品です。

※具体的な技法はこちらのニュースレターで紹介します。次回は3/5発行です。


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『禁酒禁煙禁ギャンブル』 齊藤想

 おれは、これ以上にないほどの強い決意で誓いを立てた。
 禁酒、禁煙、禁ギャンブル。
 なにしろ、この3つを止めない限り別れると彼女から通告されている。昨日も彼女から着信があり「誓いを一週間守るまで電話もしないで」とけんもほろろだ。
 確かにスナックで深酒をしすぎて強面のお兄さんに店から叩き出されたり、寝たばこでボヤ騒ぎを起こしてアパートから追い出されたり、ボーナス全額を競馬につぎ込んで彼女に迎えに来てもらったりして、彼女からはたびたび怒られている。
 だからこそ、今度こそ誓いを守らないといけない。おれは変わったことを彼女に認めてもらい、プロポーズにОKをもらうのだ。
 まずは禁酒だ。冷蔵庫から日本酒とワインとビールを取り出す。
 しかし、酒は飲むだけではない。日本酒は料理酒として使えるし、ワインも煮込み料理に欠かせない。ビールなんて水みたいなものだから、酒に入らない。
 よし、これで禁酒は完了。次は禁煙だ。
 決断したからには、紫煙とは潔く縁を切らないといけない。おれは吸いかけの煙草の箱を取り出すと、親の敵とありとあらゆるものをハサミで細かく切り刻む。
 テーブルの上にできた山を見て、おれはひらめいた。酒は料理に使えるように、刻まれた葉もアロマとして使えるのではないか。
 おれは刻まれた葉を皿の上に盛り、いろいろと混ぜてから火をつけた。柔らかな煙が立ち上がる。
 うん、これはいい。気持ちよくなる香りが部屋を包み込む。皿がインテリアに早変わりだ。
 おれはソファーに深く腰を下ろすと、輸入物の缶を開けて、水とよく似た液体をぐっと腹の底に注ぎ込んだ。パチパチとした炭酸が喉をすり抜けていく。
 やってみれば、禁酒も禁煙も簡単じゃないか。おれはやればできる子だ。
 残る誓いは禁ギャンブルか。
 ギャンブルからは完全に足を洗う。そもそも、ギャンブルなんて子供の遊びだ。チンケなお金を賭けて、勝った負けたと騒ぐのはバカらしい。
 大人がたしなむのは投資だ。株式にFXに先物投資。最近はネット環境が整備されて、美術品や切手など素人には手を出しにくかった分野にも気軽に参加できる。
 投資は、自分がよく知る分野に注ぎ込むのが鉄則だ。素人が玄人に戦いを挑んではいけない。
 こうしておれはギャンブルから足を洗い、投資に力を注ぐことに決めた。もちろん、自分が良く知る競馬という分野に。
 あとは一週間、誓いを守るだけだ。
 月曜日が終わり、火曜日になった。水曜日に禁断症状が出たが、なんとか水と料理酒とアロマと競馬投資で我慢する。
 木曜日になると先が見えてくる。金曜日を迎えたころには自信がでてきた。
 そして、ついに土曜日も乗り越え、日曜日の夜になった。あともう少しで、時計の針が0時を越える。
 ついに一週間。たかが一週間。だが、自分にとって、どれほどまでに長く、辛い一週間だったか。
 時計の針が0時を越えた瞬間に、おれは彼女に連絡した。そして、誓い守ったことを伝える。
「ありがとう。ここまで頑張れたのも、レナのおかげだよ」
「本当に? いまから確かめに行くから、そのままの状態で待ってて」
 レナはおれが止めるのも聞かずに、部屋まで押しかけてきた。荒れ放題の部屋を見て、レナが呆れる。
「この空き缶の山は何よ。さらに、馬だらけの雑誌まで山積みになって」
 おれは一生懸命言い訳する。
「好きなことを我慢するには、代替品が必要なんだよ。ビールの代わりに外国産の炭酸水をがぶ飲みして、競馬の代わり一口馬主に投資をして……こいつが将来有望で……」
 レナはおれの言い訳を無視して、アロマの皿の焦げかすを指につけて、匂いを嗅ぐ。
「これ大麻じゃない。妙な匂いの原因はこれだったのね。辛うじて認めていいのは炭酸水だけど、これも高い輸入物はやめて国内産にしなさい。あとは全部禁止よ」
 レナは紙にでかでかと「禁大麻、禁輸入炭酸水、禁一口馬主」と書いて、壁に貼り付けた。
 おれの部屋は、この手の禁止事項で埋まりつつある。禁寝坊、禁徹夜、禁浮気、禁万年床、禁朝食抜き、禁課金、禁煙草、禁酒、禁ギャンブル、禁大麻、禁輸入炭酸水、禁一口馬主、さらに……。

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