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【書評】倉知淳『日曜の夜は出たくない』 [書評]

倉知淳のデビュー作かつ猫丸先輩シリーズの処女作です。


日曜の夜は出たくない (創元推理文庫―現代日本推理小説)

日曜の夜は出たくない (創元推理文庫―現代日本推理小説)

  • 作者: 倉知 淳
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 1998/01/30
  • メディア: 文庫



収録されているのは7編+2編のおまけです。
ありえないはずの高さから墜落した事故死の謎を解く『空中散歩者の最期』や、生首がしゃべる謎を解く『生首幽霊』といったかなり強引な作品もあれば、『日曜の夜は出たくない』という「恋人が殺人者では?」と疑いを持ってしまった女性の、オチが見えていてもほっこりしてしまう作品もあります。
個人的に一番印象に残っているは『約束』です。
会社の不正経理に手を染めてしまい、自首しようか悩んでいるおじさんと、少女との交流を描きます。それが、少女と約束した翌日におじさんは自殺してしまいますが、その謎を猫丸先輩が鮮やかに解いて見せます。
最期の『蛇足―あるいは真夜中の電話―』ですが、『寄生虫館の殺人』の解決に違和感を覚えていました。この違和感の謎がここで明かされるのと当時に、この作品集全体に込められた真の意味も明らかになります。
短編連作に、こんな技法もあるのだなと思いました。
この蛇足の前にある『誰にも解析できないメッセージ』は、ラストにつなげるための目くらましてきな作品です。
最後に『163人の目撃者』に言及すると、本作は舞台上で起こった殺人事件の謎を解きます。トリックとしては既存技法の組み合わせですが、強引かなという印象です。
なかなか楽しめるミステリ短編集だと思います。

倉知淳のデビュー作を読みたいひとのために!
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【書評】倉知淳『豆腐の角に頭をぶつけて死んでしまえ事件』 [書評]

バラエティに富む短編集です。


豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまえ事件 (実業之日本社文庫)

豆腐の角に頭ぶつけて死んでしまえ事件 (実業之日本社文庫)

  • 作者: 倉知 淳
  • 出版社/メーカー: 実業之日本社
  • 発売日: 2021/02/05
  • メディア: 文庫



基本的にミステリですが、ミステリ外も混じっています。
『変奏曲・ABC殺人事件』は便乗殺人を狙っていた悪人が、予想外の展開に頭を抱える話。『社内偏愛』はAIに執着されたサラリーマンの喜劇。『夜を見る猫』は正統派ミステリですが、やや苦しいか。『猫丸先輩の出張』はさすがに途中で真相に気が付く。
とここまではいまひとつな感じ。
ですが、『薬味と甘味の殺人現場』は異色ミステリながらツボに入りました。
被害者はパティシエですが、なんと被害者の口に長ネギが突っ込まれている。さらに、遺体の周囲にはケーキが置かれている。
犯人はすぐに判明するのですが、この口に長ネギの謎が刑事たちを苦しめます。いわばバカミスの系統です。
表題作である『豆腐の角に頭をぶつけて死んでしまえ事件』も同じくバカミスです。そもそも空間がひっくり返る装置とか、エネルギー源が自転車だとか、実験室に豆腐があることとか。なにはともあれ、ここまで奇想天外な推理も、たまには良いかも。

風変わりなミステリを楽しみたいひとのために!
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【書評】倉知淳『作家の人たち』 [書評]

作家あるあるともいえる短編小説集です。


作家の人たち (幻冬舎単行本)

作家の人たち (幻冬舎単行本)

  • 作者: 倉知淳
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2019/04/10
  • メディア: Kindle版



著者はあとがきで「ただの悪ふざけですので、平にご容赦を」と書いているように、悪ふざけ全開です。
最初の『押し売り作家』は人気作家の紹介をもらって、編集者にごり押しをしてくる売れない作家の悲哀と断る編集者の苦闘を描きます。
『夢の印税生活』は新人賞を受賞してデビューしたものの、新刊の売り上げは右肩下がりで、ついに5年目でバイト生活に突入してしまう新人作家の悲劇。
『持ち込み歓迎』では、勘違い君の大量発生を『らのべっ!』では本の内容よりイラストを優先して売れる本を作る優秀な編集者を『文学賞選考会』では植木賞というどこかで聞いたような有名賞で、芸人が書いた本しか売れなくなった未来の文学賞選考会を描きます。
『悪魔のささやき』は三部作で、作家が亡くなると作品が取り上げられる風潮を、もっともらしいけど中身のないいいかげんな書評を、作家の才能を絞りつくす編集者を、ジョークにしています。
一応フィクションですが、明らかにモデルが分かるものが多数含まれており、よく出版で来たなあとか思ってしまったり。
最後の『遺作』だけは、悪ふざけではなく、作家としての宿痾を描いた良作だと思います。

作家あるあるを楽しみたいひとのために!
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【書評】戸部誠『戸部流振り飛車で攻め勝つ!』 [書評]

狙いの分かりやすい良著だと思います。


初めてでも指せる!  戸辺流振り飛車で攻め勝つ (NHK将棋シリーズ)

初めてでも指せる! 戸辺流振り飛車で攻め勝つ (NHK将棋シリーズ)

  • 作者: 戸辺 誠
  • 出版社/メーカー: NHK出版
  • 発売日: 2012/06/14
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



取り上げられているのは「先手中飛車」「ゴキゲン中飛車」「石田流三間飛車」の3つです。
細かい変化に踏み込むマニアックな戦術書が多い中で、本書は作戦の狙いを明示して、「とにかく攻める」という分かりやすい本です。
将棋は守るより攻めた方が有利なゲームです。
攻めに特化して、この局面ではこうといった手を覚えるのではなく「このように考える」という方針を明確にしているだけに、異なる局面でも応用が利きます。
初段前後にぴったりの本だと思います。

攻める振り飛車を体感したいひとのために!
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【書評】杉本昌隆『杉本流相振りのセンス』 [書評]

相振り飛車の戦術本です。


杉本流相振りのセンス

杉本流相振りのセンス

  • 作者: 杉本 昌隆
  • 出版社/メーカー: マイナビ出版(日本将棋連盟発行)
  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Kindle版



相振り飛車には様々な形があり、それだけに定跡化されにくい部分があります。
その中でも相三間飛車を中心に、手順を細かく解説していきます。
ただ、実戦で相振り飛車になることはなかなか少なく、その中でも相三間飛車はかなりレアです。
先手中飛車に対する後手三間飛車はけっこありますが、普通に考えれば左玉に構えるのがよさそうですが、その手順は他の本で紹介しているからとバッサリ切られています。
幅広く知りたいひとには向きませんが、相三間飛車を深く知りたいひと向けだと思います。

相振り飛車の研究をしたいひとのために!
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【書評】萬年甫『動物の脳採集記~キリンの首をかつぐ話~』 [書評]

解剖学者が、戦後間もない時期に様々な動物の脳を採集したときの抱腹絶倒記です。


動物の脳採集記―キリンの首をかつぐ話 (中公新書)

動物の脳採集記―キリンの首をかつぐ話 (中公新書)

  • 作者: 万年 甫
  • 出版社/メーカー: 中央公論社
  • 発売日: 2021/05/01
  • メディア: 新書



時期としては昭和20年代後半から30年代が中心です
文献もなくぶっつけ本番で挑むのですが、キリンの話が傑作です。
当時は高速道路もなく、研究費もなく、移動はすべて電車でした。
動物園に頼み込んで、死亡したキリンを解体し、脳をホルマリンの瓶にいれたまでは良かったですが、さて現場では脊髄が取り出せない。
キリンの首を切り取って研究室に電車で持ち帰ることにしたのですが、布でぐるぐる巻きにして駅員に呼び止められたら「釣り竿です」とごまかそうとしたのに、途中で死後硬直が解けて、キリンの首がへたって頭の上に乗っかってきた話はとにかく面白い。
ゾウの話では、いろいろと脱線して、戦後まもなくの時期に公開された映画『ゾウを食った連中』の話になり、さらに調べてシナリオを探し出したりして、とにかく自由奔放な筆がさえまくります。
ちなみにハンドウイルカの命名を提案したのは著者だそうです。

とにかく面白い新書を読みたいひとのために!
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【書評】井上靖『天平の甍』 [書評]

昭和32年発表の、芸術選奨文部大臣賞です。


天平の甍(新潮文庫)

天平の甍(新潮文庫)

  • 作者: 井上 靖
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2014/02/07
  • メディア: Kindle版



第10回遣唐使で派遣された4人の若い留学僧たちが、鑑真を日本に招きいれるまでを描いた歴小説です。
小説なので、実在の人物と架空の人物が混じっています。実在の人物についても、その人物の行跡はほとんど知られていないので、ストーリーのほとんどが作者の想像です。
主人公は普照です。彼が4人の中間地点に位置します。
鑑真招聘にもっとも力を入れるのが栄叡。
留学僧という立場を放棄し、唐土を放浪して世の中をもっと知る道を選ぶのが戒融。
唐人と結婚し、家庭を築いたのが玄朗。
この4人以外に、架空の人物ですが、過去の遣唐使船で来唐し、貴重な経典を日本に持ち帰るためにひたすら写経に没頭する業行が登場します。
歴史小説ではありますが、歴史的な事実より、日本を遠く離れた土地で暮らす4人の若者たちの生きざまを、長い時間軸で写し取って行くことに主眼がおかれています。

これはあくま自分の捉え方ですが、著者は業行に普通の人々が健気に生き続ける姿を投影し、シンパシーを送っているように感じます。
業行はひたすら写経をするだけで、仏教における真理を理解することも、教義の深淵を除くこともできませんでした。
そして、自らが写し取った写経とともに帰国の途につき、難破し、自らの命とともに生涯をかけてなしえた仕事の成果を失います。
残ったのは、偶然にも南方に置き去りされた2箱分の写経のみです。
普照は帰国後に、この業行の姿を思い浮かべます。
これが著者なりの人生観なのかなと感じました。

井上靖の歴史小説を読みたいひとのために!
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【書評】杉本昌隆『必修!相振り戦の絶対手筋105』 [書評]

藤井聡太の師匠である杉本昌隆の相振り本です。


必修!相振り戦の絶対手筋105 (マイナビ将棋BOOKS)

必修!相振り戦の絶対手筋105 (マイナビ将棋BOOKS)

  • 作者: 杉本 昌隆
  • 出版社/メーカー: マイナビ出版
  • 発売日: 2015/04/24
  • メディア: Kindle版



棋力向上を目的とする将棋本は大きく分けて2種類あります。
特定の戦型について定跡を深く掘り下げる定跡型。
詰将棋、次の一手、手筋といった練習型。
本書は両者の中間型で、特定の戦型に頻出する手筋を解説です。
相振り本を多数出しているだけに、序盤の考え方、目標とする陣形など、簡潔にまとまっていて分かりやすいです。
定跡を覚えるのではなく、戦型を理解する。
このコンセプトが、ちょい指しの将棋好きにはぴったりです。

相振り飛車のコツを掴みたいひとのために!
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【書評】宇田川武久『江戸の炮術~継承される武芸~』 [書評]

江戸時代の砲術について、関流砲術を題材に紹介です。


江戸の炮術―継承される武芸

江戸の炮術―継承される武芸

  • 作者: 宇田川 武久
  • 出版社/メーカー: 東洋書林
  • 発売日: 2021/04/22
  • メディア: 単行本



戦国時代や幕末には、多数の剣豪が登場しました。
様々な流派が生まれたわけですが、それは火縄銃でも同じでした。
各地で砲術が誕生し、各地で様々な工夫を凝らしたわけですが、そのうちのひとつが関之信を始祖とする関流です。
戦国時代の砲術家は特定の技能を持って仕える職人のような扱いで、武士とは違いました。
江戸時代になると各大名が武芸振興のために砲術家を抱えるようになり、先祖伝来の家業となっていきました。
火縄銃は数十メートルのイメージだったのですが、江戸時代には大きな銃も登場し、数キロ先まで届くような銃も登場します。
大掛かりな発砲である町打ちは殿様の隣席で行われ、成功すると褒美がでるなど、砲術家として大きな名誉であり、修行の節目になったようです。
当時の日本人は記録魔で、いつどのような修行をした。何発放って何個命中したとか細かく残っています。
だからこそ、現代のひとたちが、当時の生活を想像することができます。
それにしても、これは日本人の特色だと思いますが、本当に秘密主義です。そして神秘に包まれた名人を作りたがります。
この特色が多くの職人を産み出した原動力だとは思うのですが、オープン主義ならもっと技術も進んだのかなと思ったり。

知られざる江戸時代の砲術を知りたいひとのために!
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【書評】井上桂一『パゴダと河の戦場~一兵士のビルマ戦記~』 [書評]

ビルマ戦線から命からがら生還した兵士の記録です。


パゴダと河の戦場―一兵士のビルマ戦記

パゴダと河の戦場―一兵士のビルマ戦記

  • 作者: 桂一, 井上
  • 出版社/メーカー: 戦誌刊行会
  • 発売日: 1985/08/01
  • メディア: 単行本



著者が入営したのは昭和18年4月です。すでに太平洋戦争は下り坂でした。
工兵隊に配属になった著者は半年間の訓練を経て、ビルマ戦線に投入されます。
太平洋方面では死闘を繰り広げられていましたが、まだビルマ方面は平穏で、病気になって休養したり、爆撃を避けながらとはいえ電車に揺られたり、牛を飼ったりと、のんびりとした日々が続きます。
インパール作戦が発動したのは19年3月です。
著者は無線担当となりますが、全局の様子を知るわけもなく、敗残兵が増えてくるのを見て作戦の失敗を悟ります。
日本軍が壊滅的状態になってからは、悲惨きわまる撤退戦です。
住民が逃げ出した集落に入り込み、食料を奪います。集落がないときは、タケノコや野草を食べます。次々と飢えと病気で倒れていきます。
そうしてひたすら撤退している途中で、終戦を迎えます。
さんざん議論されていることですが、制空権、補給がないなかでの作戦は無謀であり、それらの無理はすべて末端の兵士の生命に直結します。
兵士たちは作戦内容をしらされず、地図も渡されません。こうした秘密主義も、敗走時に死者を増やした原因なのではないかと思います。
途中で「良くしてもらった」という木村法務少尉の話が気になります。キャンプで再会して著者はお礼を言うために声をかけたのですが、相手は困惑の表情を浮かべるだけだったといいます。
実は終戦時に”法務少尉”という階級はなく、法務中尉からです。
著者も推測しているように、おそらく肩書きを偽って行動していたのでしょう。
ちょっとしたミステリです。

リアルなビルマ戦線を知りたいひとのために!
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