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【SS】齊藤想『ひねくれものの宝物』 [自作ショートショート]

第20回坊ちゃん文学賞に応募した作品その2です。
これは古い自作のリライトです。

設定勝負の作品ですが、オチの作り方で工夫しています。
具体的な技法はこちらの無料ニュースレターで紹介します。次回は5/5発行です。



・基本的に月2回発行(5日、20日※こちらはバックナンバー)。
・新規登録の特典のアイデア発想のオリジナルシート(キーワード法、物語改造法)つき!
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『ひねくれものの宝物』 齊藤想

 母は、輝くような純白の外壁が気に入って、この家を購入した。だから、自慢の外壁に落書きされたのを見て怒り狂った。
「私の可愛いお家がこんな目に……。許せない。絶対に許せない」
 ぼくは壁に描かれた落書きを眺めた。落書きというよりイラストだ。中世風の城門が描かれ、古そうなポンコツ車が鉄門の奥から顔をのぞかせている。かなり粗いタッチで色彩も単調。画材屋が販売している絵具をそのまま塗りつけたような感じで、それなりに上手いかもしれないが、お世辞にも芸術的とはいえない。
「こんなひどい絵を描かれて、孝之もひどいと思うでしょ」
 心が和むような絵ではないが、ひどいというのは言い過ぎだ。母に同意を求められて、つい、ひねくれものの顔をのぞかせてしまった。
「アメリカで壁に描かれた落書きを消したら、実はそれが数十万ドルの価値がある絵であることが判明して大騒ぎになったことがあったそうだよ。残しておけばすごいことになるかもよ」
 母はキツネのように目を釣り上げた。
「これが数十万ドルの価値があるというわけ」
「そういうわけではないけどさ」
「それなら今すぐ消しなさい。キレイにしないとお小遣い無しよ」
 問答無用の通告だった。特殊塗装の外壁で、簡単に洗い流せるのが救いだった。

 次の日、また壁は汚されていた。
「孝之! 本当に洗い流したの」
「あの後、綺麗になったのを母さんも確認しただろ。絵も少し違うし」
「昨日と一緒じゃないの」
「ほらほら、ここを見てよ」
 ぼくは絵の中央を指さした。
 粗いタッチも単調な色彩も同じだったが、城門の奥にあったはずの古いポンコツ車が少しだけ前に出ている。エンジンをかけたのか、背後から白煙が上がっている。運転席にもだれか座っている。
 絵の内容からして、同一犯であることは間違いない。
「だから何だというのよ。落書きは落書きよ」
 母の目が厳しい。仕方なく今日も壁を掃除した。
 ところが、次の日も落書きは続いた。
 どうやら絵は連作となっているようだ。ポンコツ車がお城から飛び出し、いままさに加速しようとしている。視線の先には小さな黒粒。いまからこいつを追いかけようとしているのだろうか。
「犯人を捕まえるために、防犯カメラをつけたほうがいいのかしら……」
 母は顔の見えない犯人に気色悪さを感じているようだ。しかし、犯人が明確になれば、気色悪さは恐怖に変わる。その一方で、ぼくは落書きを楽しみ始めていた。
「とりあえず様子を見ようよ。ぼくが洗い流せばいいんだから」
「そのうち犯人も諦めるかもしれないしね」
 母はほっとした感じで、その場をまとめた。

 平凡な壁は、映画館のスクリーンとなった。ポンコツ車は誇張された起伏のある田舎道を走り抜ける。小さな黒粒の正体は高級車だった。窓ガラスは割られ、助手席にいる少女は大粒の宝石を抱えている。こいつらは泥棒で、お宝を抱えて逃亡中に違いない。
 ポンコツ車が泥棒に迫る。光る宝石。割れた窓から少女が拳銃を向ける。危ない! そう思ったのもつかの間、追跡中のポンコツ車は見事にかわす。
 この後の展開は予想できる。それではつまらない。姿を見せない作者の意図を妨害するように、無意味にカラスを描き加えてみた。するとどうだろうか。次の日、ぼくの意志を引き継ぐかのように、カラスは宝石をくわえて飛び立った。
 ぼくの筆が物語を動かした。これは面白い。ぼくは夢中になった。
 落書きは次々と塗り変わっていく。母はすでに諦めたようだ。現実を拒否するかのように壁から目を背けている。ぼくは物語のキャッチボールに胸を弾ませ、暇さえあれば空想を広げるようになっていた。
 この宝石に不思議な力があったらどうだろう。泥棒が実は善人で、追いかけるポンコツ車が悪人というのもよい。
 ぼくが少し筆を入れる。そのたびに物語は大きく動く。少女はカラスの羽を打ち抜いて宝石を奪い返した。設定は詳細になっていく。少女はこの国のお姫様で、国王である父が不思議な力を持つこの宝石を悪用しようとした。だから奪って逃げた。高級車を運転する男性はお姫様の恋人だ。しかし、実は敵国のスパイで、お姫様を助けるふりをして宝石を狙っている。ポンコツ車で追いかけるのは、全てを知った親衛隊だ。お姫様を何とか助けたいと願っている。
 これからの展開はどうしよう。落書きはぼくが消すか何かを描き加えないと更新されない。ぼくは学校の授業そっちのけで考えた。そうだ。カラスだ。カラスを宝石の守護者にしよう。お姫様の意思とは関係が無く、宝石を移動させるものを許さない。だからカラスは何度も宝石を狙う。それぞれの思惑が入り交じり、宝石を中心に大きな渦がわき上がる。
 このアイディアを落書きに加えなくては。
 ぼくは、学校が終わると急いで自宅に駆け戻った。しかし、壁が無くなっていた。瓦礫が散乱したままの庭でぼくが呆然と立ちつくしていると、玄関から母がでてきた。
「落書きがおさまらないから、思い切って壊したの。これから壁のあった場所に庭木を植えようと思っているんだけど、どれがいいかしら」
 ぼくは母が開いたカタログを発作的に叩き落した。土の上でだらしなく広がったカタログを見て、ぼくは無性に寂しくなった。いくら怒っても壁は元には戻らない。
 ぼくは、自分の力で、物語の捌け口を求めるしかないのだ。

「それがアニメ監督になったきっかけなのですか」
「まあ、それは結果論に過ぎないんだけどね」
 大勢の子供たちの前で、ぼくは優しく語りかけた。夢が実現するまで、というテレビ局の企画で子供たちとの対談がセッティングされたのだ。
「最初は同人誌からスタートして、それからコンテストに応募するようになった。新人賞を受賞したことがきっかけとなりアニメの原作を依頼され、いつしか映画監督にまで祭り上げられた。まあ、そういうわけだ」
 子供たちは奇跡を発見したかのように、ぼくのことを見つめている。けど、ぼくは奇跡ではない。教祖をあがめるかのような雰囲気のなかから、ひとりの少女が手を挙げた。
「落書きの犯人は分かったのですか?」
「いい質問だ」
 ぼくは白髪をかき上げた。何度もかき上げた。そして、必要最小限の言葉で答えた。
「ぼくは物語を作るのが好きだったんだ」
 質問をした女の子は笑った。いい瞳だ、とぼくは思った。その瞳の奥には宝物がつまっている。昔のぼくが持ち、この年齢になると欲しくてたまらなくなる宝物だ。
 対談は終わり、テレビ局は撤収した。打ち上げも早々にぼくは仕事に戻った。
 子供たちから貰った光を零してしまう前に、何かを残せるような気がしたから。
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最近の金融・投資【令和6年3月第4週】 [金融・投資]

〔先週の株式市場〕
2日プラスに3日マイナス。
この時期は権利落ちとかいろいろあって、3/28に一気に3桁万オーバーのマイナスを食らう。
さすがに週単位だとマイナスですが、3月トータルではプラスの結果となりました。
ちなみに3月第中旬にも1日で3桁万オーバーのマイナスを食らっていますが、それでも月トータルプラスという結果は意外です。
来月はカードの支払いがすごいことになるので(大学入学金等)、来月もプラスになると嬉しいですが、さてさてどうなることやら。

〔たんかんが届いた話〕
ヒューリックの株を長期保有しているので、株主優待として選べるギフトから2つもらえる。
その1つめの「たんかん」が届いた。
柑橘系の果物だが、生産量が少なく珍しいかな、ということでチョイス。
味わいだが、基本的にぽんかんですね。
皮は厚めですがポンカンより剥きやすく、ミカンに近いです。
僅かに酸味もあります。悪くはないですね。
ただ、いろいろあつ柑橘系の中で、あえて「たんかん」を選ぶかと言われると、少し考えるかも。
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