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【SF】齊藤想『無人島にて』 [自作ショートショート]

TO-BE小説工房第73回に応募した作品です。
テーマは「島」です。

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『無人島にて』 齊藤想

 松尾隆之は、奇妙な爆発音とともに、飛行機が不規則に揺れるのを感じた。
 色鮮やかな制服を身にまとったキャピタルアテンダンドが慌ただしく動き始める。ざわめく乗客たち。隆之は時計を確かめた。目的地まであと五時間。しかし、飛行機は明らかに降下している。
 天井から酸素マスクが降ってきた。
 機長から「落ち着いてください」とか「緊急事態のため不時着を目指します」といったアナウンスが流れたが、それが不可能であることはだれもが分かっていた。
 なにしろ、ここは太平洋の真ん中なのだ。
 隆之は愛しい家族の顔を思い浮かべた。結婚して五年になる妻。まだ幼い二人の娘。妻と「子供たちが成長したら、綺麗な無人島で時間に追われない生活をしたいね」と将来の夢を語っていたのが、遠い昔に感じる。
隆之は、なぜこの飛行機に乗ってしまったのだろうかと回想を始めた。大手IT企業に就職し、なぜかアメリカ出張を命じられて、強制的にチケットを渡されて、それから……

 隆之が目覚めると、そこは南の島だった。
 色とりどりの小鳥たちが春を歌い、イグアナのような爬虫類が、突如として現れた闖入者を見つめている。
 隆之は砂浜から身を起こした。飛行機がどこに落ちたのかも、他の乗客がどうなったのかも分からない。ヤシの葉がそよ風に揺れる様子は、まるで楽園のようだ。
 ここはあの世かとも思ったが、ほほをつねると痛いし、神様も天使もいる気配がない。
 どうやら、無人島に流れ着いたようだ。
 命が助かったのはありがたいが、まずは救助を呼ばなくてはならない。枯れ木を集めて煙を出そうかと思ったが、ライターもなければ火おこしの道具もない。
 このままではどうにもならない。隆之は島の中を探し始めた。いくら無人島とはいえ、漁船が上陸したことぐらいはあるだろう。ライターぐらい落ちているかもしれない。
 そう思って歩き始めたら、すぐにこの島は奇妙な生物相であることに気が付いた。
 あらゆる国の生物が混じり合っている。
 南国のイグアナのような爬虫類がいると思えば、その前をシベリアに住むトナカイが横切っていく。ニホンザルが叫び声を上げたと思えば、樹上で寝そべるチンパンジーが集団で果実をもぎっている。
 ここはサファリパークなのだろうか。
 どこからか人間の声がした。青空から聞こえてくるようだ。
「あと…すこ…で、ふた……」
「せいこ……しっぱ……か」
 雲の隙間に一瞬だけ人間の姿が映ったように見えたが、すぐに消えた。
 どうやら、あまりの人恋しさに、妄想に侵されているらしい。
 隆之はもといた砂浜に戻ってきた。陽が落ちると満天の星空だった。
 この夜空を家族に見せてあげたいなあと思いながら、隆之はふと頭に浮かんだ疑問を口にした。
「おれはいつ腹が減るのだろうか」

 大手IT企業の会議室では、開発中の新技術についてのブリーフィングが実施されていた。
「意識を電脳空間に移植する実験は確実に進んでいます。イグアナといった爬虫類から始まり、トナカイといった哺乳類、さらには類人猿であるニホンザルとチンパンジーまで成功しています。ただ、人間になると途端に難しくなり、成功したのはまだ1例です」
「それがこの男か」
 会議の主催者は、まだ若い男性の写真を一瞥すると、興味なさそうに投げ捨てた。
「人間の意識は複雑で、本人の積極的な意志がなけれは成功しません。彼は無人島に強い興味を持っていたため、移植が可能だったものと推測されます」
「では、家族はどうか」
「この男は家族に常々無人島に連れていくと約束していたそうですが、家族はだれひとりとして興味がなく、困り果てていたようです。無人島を買うために給料を注ぎ込んたこともありました。だからこそ、家族から実験の同意を得ることができたのですが」
「それで、彼の体はどうなっているのか?」
「研究室で眠り続けています。ただ、彼の意識は、無人島で幸せな生活を送っていることでしょう」
 会議の主催者は大きく頷いた。
「家族としても、うるさい夫がいなくなる上に、夫の給与が振り込まれ続けているので満足ということだな。まあ、次の実験対象者が見つかるまで、彼は無人島で過ごしてもらうしかないな」
 この一言で、会議は終了した。

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