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【SF】齊藤想『旅のリレー』 [自作ショートショート]

第13回YOMEBAショートショートに応募した作品です。
テーマは「旅」です。

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『旅のリレー』 齊藤想

 季節外れの暑い日が続く晩秋のころ。
 電車の中で、上田は旅のバトンを渡された。このバトンを受け取ると、一週間旅にでなければならない。一時帰宅も許されない。
 新人サラリーマンだった上田は、慌てて車内を見渡した。だが、後ろ手に渡されたこともあり、だれがこのバトンを渡してきたのか分からない。だれもがすまし顔で通勤電車に揺られている。クーラーの音だけが車内に響く。
 「まいったなあ」と思いながら、休暇を取るために上田は仕方なく会社に電話した。ワンコールで上司が出た。経緯を簡単に説明すると、上司からはバカモノと叱責されながらも、受け取ってしまったものは仕方がないと休暇を認めてくれた。
 上司はバトンに興味津々だ。
「ところで、そのバトンにはどれぐらい地名が書いてあるのかね」
 このバトンを受け取った者は、旅先をバトンに書き込むのが決まりだ。しかも、既に書かれている地名は旅行先として選べない。バトンを受け取るのが後半であるほど苦しくなる。上田は電車の中だったこともあり、小さな声で返答した。
「北海道から九州まで細かくびっしりっと」
 うむ、と上司は考え込んだ。これは難儀だなと同情したのかもしれない。
「ひとまず終点まで乗り続けない。その先のことはそれから考えようではないか」
「はい」
 上田は小さな声で頷いた。

 終点についたら、上田は駅前の書店で地図とサインペンを購入し、バトンに書かれている地名を塗りつぶしていった。
 真夏のような日差しに悩まされながら作業を続けると、日本地図はほとんど真っ黒に埋め尽くされた。
 これでは行き先を選べない。上田は相談のために上司に連絡した。
「いま旅行先を探しているのですが、もう行く場所がありません。海外に飛ぼうにも、突然だったのパスポートは自宅です。旅行が終わるまで家に帰れないので、取りに戻れません」
「これは困ったな。旅のバントには、あとどれだけ書き込めるスペースがあるか」
「残り一か所か二か所だと思います」
「うむ」と上司は考えこんだ。
「もしかしたら、ゴールに向かえということなのもしれない」
「ゴールですか?」
「リレーには必ずスタートとゴールがある。この旅のリレーをだれが始めたのか分からないが、このバトンは次々と受けつがれていき、書き込む場所があとひとつかふたつということは、上田君が最終走者として選ばれたのかもしれない」
「ゴールはどこにあるのですか?」
「それが分かれば苦労はせん。それを探すのも旅のひとつではないのかね。旅の期限として一週間ある。それまでに何とかクリアーして会社に戻ってきて欲しい。仕事のことは気にするな。上田君が戻るまで全力でサポートしておくから」
「ありがとうございます」
 上田は電話を切った。
 旅のゴールかあ……と上田はひとりで呟いた。
 地名を見ると、北海道から順番に南へと向かっている。日本縦断だ。最初は大きな文字で書かれていた地名が、南に下るにつれて小さくなっている。まるでゴールを拒否しているかのように見える。
 順番通りに進むなら、沖縄の離島にいくしかない。そこがゴールだとして、何が待っているのだろうか。
 こんな不思議なバトンを作るとした神様しかない。するとゴールは神社なのか。だが、交通安全の神様や航海の神様ならいるが、旅の神様など聞いたことがない。沖縄の南端に旅の神様がいる保証もない。
 いや、もしかしたら違う可能性もあるのではないか。
 ゴールが「あの世」だったどうなるのか。あの世への旅立ちだ。上司もこのことに気が付いて、言葉を濁したのしれない。
 このバトンを受け取った瞬間に、死が決まる。そんなこと許されるわけがない。まだ二十代なのに死んでたまるか。最後までもがいてやる。
 上田はそう決意すると、ふたたび電車に乗り込んだ。

 一週間後、上田は会社に電話をした。上司が受話器を取る。上田は噴き出る汗をタオルで拭う。この一週間で、地球はますます暑くなっている。まさに異常気象だ。
「やっと答えが分かりました」
 上田の声は自信満々だった。
「あなたは上司の皮をかぶった死神ですね。死ぬ運命のひと、もしくは死んで欲しいひとに、このバトンが渡るように仕組む。そう考えるしか説明がつきません」
 上司は余裕のある声で答えた。
「なぜ、そう思うのかね」
「だいたい、電話番は新人の役目です。いつも上司がワンコールで電話にでるのがおかしいのです。だから、この上司は偽物だと勘づきました。そしてこの謎のバトン……人生の旅の終わりは死を意味します。つまり、これから死ぬ人間に、最終走者となるバトンを渡しているのです」
 上司はからりと笑った。
「まだまだ君は知らないことが多いから、そう考えるのもやむを得ない。このバトンについて、君にあと2つ情報を上げよう。実はこのバトンは世界中で出回っており、だれもが一回は受け取っている。つまり、リレーは全世界で行われているのだ。もうひとつは、リレーの結果を受け取るのは、最終走者だけではないというとこだ。リレー選手は一心同体だ。ゴールするのは最終走者だけでなく、全員でゴールする。ここまで言えば、バトンの意味は分かるね」
 上田は絶句した。上司は死神としての口調で、楽しそうに語った。
「最後ぐらいは、旅行を楽しんでから死んで欲しいという死神からの恩情だ。今日は太陽が元気だねえ、元気すぎるぐらいだ」
 死神はそう言うと、にやりと笑った。
 太陽が爆発して地球が飲み込まれるまで、あと二時間五分。

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