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【掌編】齊藤想『魔法の効果』 [自作ショートショート]

HPを持っていた時代(ブログの前)にUPしていた作品です。
更新日からして平成13年7月に書いたと思われます。
恥ずかしい作品ですが、記録という意味でブログに乗せてみました。昔はこんな感じだったということで……。



・基本的に月2回発行(5日、20日※こちらはバックナンバー)。
・新規登録の特典のアイデア発想のオリジナルシート(キーワード法、物語改造法)つき!

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『魔法の効果』 齊藤 想

 形だけのホームルームの終了を告げるチャイムが鳴った。大学受験を間近にひかえた高校生にとって、クラスメイトと会うのはこのホームルームだけだ。ホームルームが終わると、それぞれ自習をするか受験対策の特別講習に参加するかになる。
 教室が生徒達の移動で騒がしくなった。下げられた椅子が、後ろの机とぶつかる音がする。窓際の方では、進学を諦めて勉強する気がない者が不必要に大声をあげている。
 千草はチャイムを聞くと、図書館で自習をするために席を立とうとした。すると、隣の隆志がいつもの調子で話し掛けてきた。
「おい、ところで千草は何大学の何学科を受けるんだったけ」
 千草は口を膨らました。どうせ、隆志は私が魔法学科にいきたいと思っていることを馬鹿にするに決まっている。
 隆志の軽口にはいつも腹を立てているのだが、意外と女の子にはもてる。その軽口が楽しいという人もいるのだ。千草も少しは分かる気がするが、腹を立てる事の方が圧倒的に多い。
「そういう隆志はどこなの」
「俺はT大学の物理学科だよ。これからは科学技術の時代だからな。今の時代に魔法なんてするヤツはいないからな。あ、千草はひょっとしてW大学の魔法学科志望だったけ」
 すべて知っているのに、わざわざ聞くところに腹が立つ。無視して立ち上がろうとしたら、隆志が抑えるようなしぐさをして、続けて言った。
「今の時代に魔法なんて何の役に立つんだよ。これからは科学の時代だよ。せっかく千草は勉強が出来るからもったいないなあと思ったんだよ。友達としてさ」
 魔法を馬鹿にされた千草は、むきになった。
「いろいろと役に立つのよ。例えば…背の届かないところの物を、こっちに運んできたり」
「そんなの脚立を使えばいいじゃないか。魔法を唱えるにしても1分かかるし。しかも運べるのは辞書ぐらいがせいぜいだ。文明の利器の方が、早くて便利だよ」
 確かにその通りだ。魔法は徐々に時代遅れになっているのは否めない。当たっているだけに腹が立つ。
「そんなことないわよ。努力次第でどんな重いものも運べるわよ。像を持ち上げる人もいたという記録もあるし」
「あくまで、一部の天才の話だろ。千草にそんなに才能ないじゃん」
 隆志はいつも一言多い。
 千草は馬鹿にされると、なんとしても隆志をやっつけたくなる。腕組みをして考えた。
「テレポーテーションはどう。科学では瞬間移動なんて出来ないわよ。テレポーテーションで旅行でもしようかしら」
 隆志は驚いた顔をして、続けて大きく首を振った。
「おい、テレポーテーションなんてやめとけよ。物理系魔法で、一番難しいやつじゃないか。ただでさえ不器用な千草がそんなことしたら、空中に現れて大怪我するに決まってるじゃないか」
 いちいち余計なことを言うやつだ。自分で不器用で下手くそを自覚しているだけに、よけいに隆志がにくにくしい。
 もっとも、テレポーションが危険なのは事実だ。正確に地面上に現れるのが難しく、木の上にあわられたり、半分地面にめり込んだ状態で現れたりして、大怪我をする人が絶えない。法律でも18歳未満のテレポーテーションを禁止しているほどだ。
 考え込む千草を横目に隆志が続けた。
「旅行するなんて言っても、移動距離は隣町がせいぜいじゃないか。しかも体力の消耗が激しいから、一日3回が限度だろ。そんなんじゃ旅行にならないじゃないか。素直に電車とか飛行機使ったほうが楽だよ。しょせん、魔法は科学に勝てないのだから」
 隆志は勝ち誇ったように胸をそらせたと思ったら、急に千草に顔を近づけた。
「ところで魔法にもいろいろあるけど、大学でどんな魔法を勉強するんだい」
「精神系の魔法を勉強したいな。仕事上の悩みを持っている人とか、人間関係で苦しんでいる人を助けてあげるの。解決できなくても、楽にしてあげることは出来るわ。人間の心の問題は、科学の手の届かない分野じゃないの」
 千草は今度は勝っただろうという気分で隆志を見た。隆志が屁理屈をつけるに困っている顔が、目の前に浮かぶようだ。しかし、隆志はまたもやことなげに首を振った。
「けど、知ってるか。精神系といっても人の心を100%管理できるわけじゃないんだぞ。平たく言えば、元々もっている心の動きを、増幅させる効果しかないんだよ。つまり、“みんな友達になれ~”という魔法を回りにかけても、“その人と友達になりたい”と思っている人にしかかからないんだ。逆に“お前なんか嫌いだ~”と思っている人には、なんの効果もないんだよ」
「それはそうだけど…。けど、あれ」
 隆志が魔法について知っていることに、千草は意外な気がした。いつも科学を褒め称えて、魔法を馬鹿にする隆志が。
「隆志って、意外と魔法に詳しいんだ…」
 千草はさぐるような目で隆志を見た。隆志は慌ててかぶりをふった。
「なに勘違いしているんだよ。俺にとってはこんなこと常識なんだよ。小学生レベルの知識だよ」
「あっそう」
 千草はわざと興味が無いように話を切って、後ろを向いた。横目で隆志の目をちらっと見る。隆志の目は、千草の後姿を追いかけている。
 隆志は場の雰囲気をごまかすように言った。
「それにしても、千草は魔法オタクのわりには何もできねえなあ。少しぐらい俺に魔法というものを見せてみろよ」
 千草は隆志の方に向き直って、隆志の目を見た。隆志と視線が合った。意外とやさしい目をしている。いつも失礼な軽口のほうに頭が向いていて、隆志の目をこれほど真剣に見るのは初めてかもしれない。隆志の別の一面がかすかに見えたような気がする。
 視線をはずしたのは隆志の方だった。千草の思考をかき乱すように、いつもの軽口が始まった。
「魔法はどうなったんだ。やっぱり千草は魔法が出来ないのか。口ばっかしだな」
「違うわよ。どんな魔法をかけようか考えていただけよ」
 千草は、垣間見えた隆志の一面を、どうしても確かめたくなった。一つは実は魔法が好きかも知れないという一面と、もう一つは…。
 いままでは、そんなこと思いもしなかったのに、今日は不思議だ。それとも、いままでが不思議だったのかも知れない。何かのきっかけを求めていたのかも知れない。
 窓の外を見ると、イチョウがすっかり黄色に染まっていた。風がイチョウを通り抜けると、まだ青い葉が二枚、絡まりあいながら飛んでいった。
 隆志は、早く魔法をかけてみろと千草をせかした。
 千草は小さくうなずくと、目を閉じた。そして、小さな声で呪文を唱えだした。呪文が心地よいリズムで風に乗り、徐々にテンポが速くなっていった。
 花瓶に挿してある花が、振り子のようにゆっくりと左右にゆれた。周りの音が薄くなり、呪文のリズムだけが隆志の腹の中に響く。
 隆志は柔らかな風に包まれた気分がして、こそばゆい感触が体を這った。風の先端が、舌のように隆志の首筋から耳の中へと滑り込んでいく。
 隆志はどうにも我慢が出来なくなった。
 “バーン”という大きな音で、千草は目を明けた。隆志が呪文の邪魔をしようと、両手をシンバルのように叩いたのだ。
 隆志は、わざとらしい声で千草に言った。
「ははは。やっぱり何も起らなかったか。まったく千草は魔法が下手だなあ。そんなんじゃあ魔法学科は受からないぞ」
「そんなこと無いわよ。魔法はかかっているかも知れないじゃない。隆志が邪魔したから分からないけど」
「強がりもほどほどにしておけ」
 千草は隆志の目を見た。わずかに揺らいでいる。
 千草に見つめられた隆志は、なにか言いたそうだ。口をもごもごさせている。千草が隆志に軽く促すと、限界まで吸ったスポンジのように、隆志の口から言葉がにじみ出た。
「ところで、今はどんな魔法をかけるつもりだったんだい。何も起らなかったから、わからなかったよ。いいから教えてくれよ」
 いつもの隆志なら、そんなこと聞かないはずだ。千草は隆志をからかうような口調になった。
「そんなに知りたいの。何で知りたいのよ」
「隠すこと無いじゃないかよ。お前、魔法がかからなかったから恥ずかしいんだろ。俺なら千草の魔法を3日でマスターして見せるよ」
「ふ~ん。隆志が魔法の勉強をするんだ」
 千草はわざと横目で隆志を見た。
 隆志は慌てて首と手をうちわのように振った。何故か、ひざまで同じテンポで動いている。
「そんなんじゃないよ。ただ、千草に格の違いを見せ付けようかなと思っただけだよ」
 千草は面白かった。口ではああいっているが、千草の魔法の効果で隆志はすっかり魔法が好きになったようだ。千草は魔法がかかったことより、魔法が効いたことが嬉しかった。精神系の魔法は、本人にその気がないとかからないのだから。千草の顔が、隠そうとしても自然にほころんでくる。
 千草がかけた魔法のうち一つは確実に効いている。もう一つの魔法が効いているかどうか、いや効くはずという確信が、千草にはある。あのやさしい目を見た瞬間から。
「だれに魔法を教えてもらいたいの」
「別にだれだっていいよ」
「あっそう」
 千草はわざとぶっきらぼうに答えて、机の中に手を差し込んだ。そして、教科書をそろえる振りをした。隆志も口を曲げて、黙りこくった。
 千草は隆志を上目遣いに見た。口は曲がっているが、目はまっすぐなやさしい目をしている。千草は隆志の目に吸い込まれそうになった。しかし、隆志の目が揺らいでいるのを見逃さなかった。
 お互いに意地を張っているが、もう、その必要は無かった。隆志に魔法が効いているから、千草は黙っていればいいはずだった。
 しかし、先に口を開いたのは千草だった。
 駆け引きではない。千草は少しだけ素直になれた気がした。
「私に教えてもらいたいんじゃないの」
「千草なんかに教えてもらっても役にたたないだろうな。本人が出来ないんだから。けど、千草がどうしても教えて欲しいのなら、教わってやるけど」
「ふうん。私に教えてもらいたいんだ。どうしようかなあ」
 千草は後ろを向いて、考える振りをした。隆志を盗み見ると、また口をもごもごさせている。言葉に困っているようだ。そんな隆志が、いつもとは違ってかわいく見える。
 隆志は、舌をかみながら何かを言った。千草に悪態をつく一方で、千草に魔法を教えて欲しいという事を。千草は笑いながら聞いていた。
「結局、私に教えてもらいたいんだ。ところで、隆志は特別講習の時間じゃないの」
 隆志は慌てて自分の腕時計をみた。小さな叫び声をあげたが、すぐに諦めが顔に現れた。
「う~ん。もうはじまっちゃったからいいや。こうなったのもお前のせいだぞ」
 千草は素直にうなずいた。確かに自分の魔法のせいだ。だが、かかった隆志にも責任がある。
「お前のせいで、特別講習に行けなくなったんだからな。昼飯は千草のおごりな。お前のダメ魔法で忘れさせようとしても無駄だからな。俺の脳細胞は千草とは違うんだから。もっとも千草に魔法をかける方が無理だろうけど」
 もう千草は隆志の軽口に腹が立つことは無かった。逆におかしくて、口を限界まで開いて笑った。隆志も千草につられるように、一緒に笑った。
 千草は隆志にかけた魔法を教えようか迷ったが、しばらく秘密にしておく事にした。
 いつの間にかに教室は二人だけになっていた。
 教室に入ってくる風が暖かかった。

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