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【ショートサスペンス】齊藤想『石女』 [自作ショートショート]

TO-BE小説工房(第56回)に応募した作品です。
テーマは「石」でした。

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 『石女』 齊藤想

 留梨子には秘密があった。子供が産めない体なのだ。
 日本を代表する財閥令息である鯵山光太郎と出会ったのは、有名人が集まる婚活パーティーだった。モデルのまねごとをしていた留梨子も呼ばれ、光太郎に見初められた。
 付き合ってみると、光太郎には金持ちにありがちな放漫さはなく、留梨子をとても大切に扱ってくれた。交際開始から半年後にプロポーズされた。
 鯵山家といえば、化学薬品を中心とする世界的な大企業の創業家であり、いまも親族が経営権を握っている。彼も現社長の一人息子として、将来はこの企業群を率いることが既定路線となっている。
 留梨子には学歴がなく、頭の回転も良くない。光太郎の話についていけないこともしばしばだ。
 光太郎は一人息子で、将来は鯵山家の全財産を継ぐことになる。友人からは玉の輿と羨ましがられたが、むしろ恐ろしさが先に立った。
 留梨子が後継ぎを産めない体であることは光太郎に言えなかった。光太郎の愛情を失うのが怖かった。素直に言えば、光太郎のことを愛していた。
 ついに光太郎が留梨子を鯵山家に紹介する日になった。
「マナーなんてものは、単なる形だから」
 光太郎は、緊張する留梨子をそういたわってくれたが、心配しているのはマナーの問題ではない。
 早々に留梨子の心配が的中した。料亭の個室で、光太郎の祖母は凛として宣言した。
「鮎山家では子供は一人と決まっています。財産が分散し、力を失ってきた旧家は腐るほど見てきました。鯵山家は没落した彼らと同じ道を歩ませません」
 祖母が言うには、戦前は家督相続だったので問題はなかったが、戦後に相続法が変わり兄弟間で平等となると、ひと悶着があった。数年に渡る愛憎劇の末に、当主以外の兄弟はすべて財産を放棄する代わりに、関連会社の社長に就任することで収まった。
 お家騒動に懲りた鯵山家では、それ以来、子どもは一人と決められた。先々代は一人娘だったため、婿養子を迎え入れている。
「留梨子さんが子供をたくさん欲しかったのならごめんなさいね」
「いえ、そんなことは……」
 留梨子は言葉を濁した。いつかは言わなければいけない。だが、それを口にする勇気がなかった。
「聞くところによると、留梨子さんはお堅いらしいわね。そこが気に入ったわ」
 意味は分からなかったが、旧家独特の言い回しなのだろう。あいまいにうなずくと、あとは世間話となった。光太郎がバツの悪そうな顔をしているのが、妙に気にかかった。
 結婚生活は順調だった。
 質実剛健を旨とする鯵山家だけに、新居は普通の一軒家だった。光太郎はそこから電車で会社に通う。その姿からは、あの大企業グループの次期社長とは思えないだろう。
 子供ができないことについて、光太郎は何も言わなかった。最初の一年間で諦めたようなところがあった。二人が三十代半ばに差し掛かったころ、光太郎が言った。
「そろそろ養子を取ろうか」
 留梨子はほっとした。ようやく重荷が取れた思いだった。留梨子には養子を選ぶ自信もコネもなく、光太郎も多忙だったこともあり、祖母に一任した。祖母はどこかしら家柄の良い、賢そうな赤ん坊を連れてきた。
 仕草がとてもかわいらしく、一目見て気に入ったが、この子を手放した両親のことを思うと胸が痛んだ。
「すみません」と留梨子が頭を下げると、祖母は当然のことのように言った。
「気になさることなんてありませんことよ。一人息子である光太郎の結婚相手ですもの、徹底的に調べました。留梨子さんが石女であることは、最初から分かっていました」
「石女(うまずめ)とは、何ですか?」
「うばずめとは、子どもを産めない女性のことです。どこの馬の骨とも分からない留梨子さんの子供より、養子を連れてきた方が鯵山家にとって確実ですから。光太郎はずいぶんと実子にこだわっていたみたいだけど、相手が石女ではどうしようないわね。酷い人だとお思いになるかもしれませんが、鯵山家を守るということは、こういうことなのです」
 目が落ちくぼみ、皺だらけの表情を前にして、留梨子は怒りよりも恐怖が前面に立った。
「離婚したいのならしてもけっこうよ。留梨子さんの代わりはいくらでもいます。それに少し考えてみなさい。三流モデルに過ぎないあなたが、なぜあのパーティーに呼ばれたのか、疑問に思いませんこと?」
 祖母は冷たく笑った。

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