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【掌編】齊藤想『約束の場所』 [自作ショートショート]

第3回小説でもどうぞW選考委員版に応募した作品です。
テーマは「約束」です。

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 『約束の場所』 齊藤 想

 義雄は壊れかけた膝をいたわりながら、母校である小学校の裏山を目指した。
 なぜ、ミヨとあんな約束をしてしまったのだろうか。というより、75年前の約束を守る自分が律儀すぎるのか。
 義雄の記憶は、ミヨと約束を交わした小学五年生の冬に戻っていく。
 その年、世間はハレー彗星の75年ぶりの再来に沸きあがっていた。その熱気は小学生を夢中にさせ、当時流行していたノストラダムスの大予言を完全に吹き飛ばした。
「みんなで一緒に学校の裏山でハレー彗星を見よう!」というのは子供たちにとって恰好の夜遊びの理由であり、親を説得する最良の材料ともなった。
 クラスの有志で裏山に集まったのだが、その日はあいにくの曇りだった。
 同級生たちは、ハレー彗星そっちのけで、夜の裏山で遊びまわっている。
 裏山が騒がしくなるなか、ひとりで静かに座っていたのがミヨだった。
 少し病弱な女の子で、体育はいつも見学していた。小学校も休みがちだった。極端に無口で、声を聞いたことのある同級生はほとんどいない。
 そして、ミヨは義雄がひそかにあこがれていた女子でもあった。
 義雄は、病弱なミヨが裏山まできたことに意外な思いがした。ミヨはダブダブのダッフルコートをはおり、夜空を見上げている。
 息がとても白かった。ミヨの横顔は、まるでこの世の生き物ではないかのように、色を失っていた。
 義雄はミヨに近づいた。こういう特別な時でない限り、近づけない気がしていた。
 義雄は、できるだけ自然な様子で、ミヨに話しかけた。同級生たちの騒ぎ声が、ふっと、遠くなる。
「よくご両親が許してくれたね」
 ミヨは驚いたように、顔を少し上げた。思わぬ目線に義雄の心臓が高鳴る。義雄はごまかすように、曇り空を睨みつけた。
「75年に一度なのに、曇るなんて最悪だよな。次にハレー彗星がくるときには、二人はおじいちゃんとおばあちゃんだ」
 義雄は明るく笑ったが、ミヨは寂しそうに軽く首を横に振った。たぶん、それまで生きられない、という意味なのだろう。
 今夜、外にでることを両親が許したのも、そういうことなのかもしれない。
 義雄は、嫌な予感を振り払うように、大きくかぶりを振った。そして、小指をミヨの鼻先に差し出した。
「指切りげんまんの約束は絶対なんだ。だから、75年後に一緒に見る約束をしよう。もっとも、ぼくが約束を忘れなければだけど」
 彼女のほほが少し緩んだ。
「そうだな。75年後に、あの木の下で、今日と同じ時間で」
 ミヨの首が縦に動いた気がした。そして、氷のような指が、義雄の指に絡まった。
 一か月後、ミヨは転校した。大きな病院と入院するとの噂もあったが、大人たちは口を閉ざしたので本当のところは分からない。
 そして、75年がたった。
 少子化の波が襲う中、小学校は辛うじて維持されていた。予算不足から建て直しはできず、醜い耐震化補強と塗り替えだけでお茶を濁されているようだ。
 小学校の裏山もそのままだった。この周辺は開発の波から取り残されており、いまや静かな片田舎だ。
 義雄は歩みを進めるたびに、小学校時代を思い出した。家族一緒で楽しかった運動会。冷たかった学校のプール。同級生たちと栗拾いをした裏山。
 全てが遠い昔のことだ。義雄が死ねば、他愛のない思い出はこの世から消え去る。
 約束の木は、まだあった。形もほとんど変わっていない。
 義雄が腰を下ろしたとき、木の根元に長方形の石が立っていることに気が付いた。
 明らかに人工物だ。
 義雄は石の表面にこびりついた泥を取り除いた。すると、そこにはくっきりと、名前が書かれていた。
「今橋ミヨ」
 名前以外には何も書いていない。石は何も語らない。
 ああそうか、と義雄は思った。ミヨが生きているかどうかは分からないけど、約束を守るために、誰かに頼んで名前を刻んだ石を置いてもらったのだ。
「今日は晴れるといいなあ。さすがに次の75年後はしんどいからなあ」
 義雄はひとりで笑った。きっと、ミヨがいたら一緒にほほえんでくれただろう。
 義雄は空を見上げた。約束の時間まで、あと三時間。

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第16期マイナビ杯挑戦者決定戦(甲斐智美女流五段VS加藤桃子女流三段) [将棋]

甲斐女流五段が久しぶりのタイトル挑戦のチャンスです。

〔主催者HP〕
https://book.mynavi.jp/shogi/mynavi-open/

甲斐女流五段はタイトル通算7期の強豪ですが、初タイトルはマイナビ杯でした。
そこからタイトル獲得を重ねるものの、四強の台頭とともにここ数年はタイトルから遠ざかり、タイトル戦も2019年清麗戦ぐらいです。
甲斐女流五段の対局姿を生で見たことがあります。対局時の姿勢が非常に良く、背筋を伸ばし、まるでロボットのように正確な動作で駒を動かします。形勢や時間にかかわらず、表情には変化がなく、仕草も一定でした。
感情の揺れが表情や手つきに現れる女流棋士も多いなか、甲斐女流五段の姿勢は異彩を放っていました。
そんな甲斐女流五段は3年ぶりのタイトル戦挑戦のチャンスを迎えています。
さあ思い出深いタイトル戦で、挑戦を決めることはできたでしょうか!

〔棋譜〕
https://book.mynavi.jp/shogi/mynavi-open/result/16/mynavi202303030101.html

ということで将棋です。
先手の加藤女流三段は居飛車党。後手の甲斐女流五段は振り飛車党なので、すんなりと対抗形へと進みます。
後手甲斐女流五段は三間飛車から真鍋流に構え、先手加藤女流三段は銀冠穴熊とがっちり固めます。
中央で争いになりますが、後手の飛車角が奇麗に捌けますが、後手も先に香得という主張があります。
加藤女流三段はその香車を端にセットして反撃を狙いますが、評価値からすると少し無理のある構想だったのかもしれません。
穴熊とはいえ後手の二枚飛車の睨みが厳しく、後手玉は広くて橋が突破されてもまだ余裕のある形です。
加藤女流三段は後手玉の弱点である桂頭を攻めますが、一手遅れている印象です。
甲斐女流五段は102手までそのまま押しきり、西山朋佳女王への挑戦を決めました。

女流王位戦第1局は、4月4日(火)に神奈川県秦野市「元湯 陣屋」で行われます!
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第81期順位戦【A級・最終一斉対局】 [将棋]

名人挑戦者決定はプレーオフにまでもつれ込みました。

[A級]
https://www.shogi.or.jp/match/junni/2022/81a/index.html

最大5人のプレーオフの可能性を残しているA級順位戦。
注目の藤井戦が最も早く終わり、

・09藤井 聡太(7勝2敗) ○-● 10稲葉 陽(4勝5敗)

となり、早々に藤井竜王がプレーオフ以上確定。先手角換わりから攻め倒しての完勝でした。強いです。
後は広瀬章人八段の結果待ちです。
その広瀬八段ですが、お互いに4枚穴熊の対抗形となります。じりじりと広瀬八段がリードを広げます。

・08菅井 竜也(5勝4敗) ●-○ 05広瀬 章人(7勝2敗)

これで藤井竜王と広瀬八段とのプレーオフとなりました。
後は来季の順位をめぐる戦いです。

・01斎藤 慎太郎(5勝4敗) ●-○ 06永瀬 拓矢(6勝3敗)
・04豊島 将之(6勝3敗) ○-● 03佐藤 天彦(3勝6敗)
・02糸谷 哲郎(1勝8敗) ●-○ 07佐藤 康光(1勝8敗)

来季の3位は豊島九段、4位は永瀬王座、5位が斎藤八段、6位が菅井八段、7位が稲葉八段、8位が佐藤天八段となりました。
最後の降級者同士の一戦は、全敗だった佐藤九段が最後に白星を挙げました。
将棋界で少数派の受け棋風の佐藤天八段、振り飛車党の菅井八段はA級残留です。

渡辺名人へに挑戦するのは藤井竜王になるのか広瀬八段になるのか、いまから対局が楽しみです!
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