SSブログ

【掌編】齊藤想『これは遊びではない』 [自作ショートショート]

第16回小説でもどうぞに応募した作品その1です。
テーマは「遊び」でした。
―――――

『これは遊びではない』 齊藤 想

「これは遊びではないんだ」とゲング隊長は部下達を叱咤した。
 ジリのモニターに映るのは、ドローンのカメラに捉えられた敵軍の兵士。敵は迷彩服に身を包み、タコ壺陣地の中で、旧式銃を抱えてじっとしている。
 ドローンに気がついたのか、兵士は顔を上げた。状況を理解しているはずなのに、彼はマトリョーシカのように動かない。
 疲れ切ってしまったのか、それとも絶望してしまったのか。
 ジリは、十字に切られた標準を、タコ壺陣地の中央に合わせた。兵士の体に合わせる気持ちにはなれない。
 ジリが手元のボタンを押すと、ひょろひょろと情けない音を立てながら、小型爆弾が落下した。タコ壺陣地の中央で小さな爆発が起きる。煙が消えると、ぐったりとした兵士が画面に写った。
 ゲンク隊長がうれしそうにガッツポーズをする。
「ストライク!」
 ジリはため息をついた。ゲンク隊長のテンションにはついていけない。
「今日だけで、わがチームは三十もの陣地に爆弾を放り込んだ。これはわが軍の進撃を容易にし、反撃への糸口となる成果である。陣地をひとつ潰せば、10人ものわが軍の兵士と国民の命が救われる。君たちはいま、たいへんな人命救助をしているのだ」
 ひとを殺しておいて、人命救助とは妙な話だ。あえて喩えるとしたら、市民を殺し続ける殺人鬼と対決する保安官のようなものか。
 だが、殺人が行われるのは画面の向こう側。画面の中で名前の知らない誰かが死に、画面の外で見たこともない誰かが助かる。
 いま行われているあらゆることに、ジリは実感がもてない。
 ジリは自分を納得させようとした。これはゲーム。スコアを競い合う遊び。隊長の指示に従ってドローンを飛ばし、画面を見て、ボタンを押す。単純作業の繰り返し。
 ゲンク隊長がジリの肩に手を乗せた。
「君のスコアはチームでも抜群だ。いつも沈着冷静で、攻撃するタイミング、反撃に対する回避能力、さらには咄嗟の事態に対する判断力も卓越している。だから、私は連隊長へ君に新型ドローンの操作権限を与えるよう推薦しておいた。受けてくれるよな」
 隊長がジリに同意を求めるのは、もちろん形式だけのことだ。拒否などありえない。
 ゲング隊長はジリの手元にあるキーボードを操作すると、画面に新型ドローンを表示させた。ドローンというより飛行機だ。その形状は巨大な三角形で、翼も胴体も黒一色に塗装されている。
「新型ドローンは、いままでの玩具のドローンとは違う」
 ジリは、その玩具で、たくさんのひとを殺してきた。
「新型ドローンはいままでの10倍もの爆弾を積みながら音速で飛ぶことができる。しかも、ステルス性を備えており、敵のレーダーには映らない。君の任務は新型ドローンで敵地奥深くまで進入し、首都に新型爆弾を落とすことだ。君の任務は重要だ」
 画面に映る新型爆弾は、手足のないブタのようだった。ブタの下腹には、核のマークが描かれている。この新型爆弾を落とせば、画面に映らない数十万人が死ぬ。名前も顔をも知らない誰かが。
 しょせん、これはゲーム。ただの遊び。
 無表情なジリを見て、ゲンク隊長は勘違いしたようだ。
「ためらう君の気持ちも分かる。だが、これは報復なのだよ。この映像を見てくれ」
 ゲンク隊長は再びジリのキーボードを操作した。生まれ故郷の光景が画面に広がる。畑と牧場に囲まれた小さな集落。そこにロケットが飛んでくる。雲の隙間を突き抜け、地上に落ちる寸前に爆発する。
 画面に広がるキノコ雲。
「この映像が事実か確認したいかね」
 ゲンク隊長は、ジリに特殊な軍事用電話を渡した。ジリは電話した。故郷にいる親にも、兄弟にも、友達にも。ジりの耳に届いたのは、無機質な機械音のみ。
「攻撃対象として、なぜ、ここが選ばれたのか不明だ。威嚇のつもりで人口密集地帯を避けたのかもしれない。しかし、わが国の罪なき市民が殺され、国土が汚染されたことには変わりがない」
 今回はいままでと違う。名前も顔もあるひとたちが、画面の内側で死んでいる。
「やってくれるよな」
 ゲンク隊長の言葉に、ジリは黙ってうなずいた。
 ジリは、強い決意を持って、レバーを握りしめた。
 これは、遊びではない。

―――――

この作品を題材として、創作に役立つミニ知識をメルマガで公開しています。
無料ですので、ぜひとも登録を!

【サイトーマガジン】
https://www.arasuji.com/mailmagazine/saitomagazine/
nice!(5)  コメント(0) 
共通テーマ: