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【掌編】齊藤想『夢毛虫』 [自作ショートショート]

小説でもどうぞ第10回に応募した作品です。
テーマは「夢」です。

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 『夢毛虫』 齊藤 想

 雪菜にとって、高校生初日は最悪な入学式から始まった。来賓の造花を胸に付けたハゲ頭が、演壇の上から使い古されたフレーズを浴びせてくる。
「新高校生の諸君。夢は諦めなければ叶う。だから頑張ってくれたまえ」
 そういうお前の夢はどうなったのか。ハゲるのが夢なのか、それとも若者に向かって偉そうに講釈を垂れるのが夢なのか。
 叶わなかった夢の後始末は、だれがしてくれるのか。
 入学式のあとで、そのような文句を友達の美沙子に話していたら、美沙子は奇妙な虫の噂を口にした。
「夢毛虫といって、傷ついた夢を食べる虫がいるらしいよ」
 どんな都市伝説かと思って笑っていたら、美沙子はいつになく真剣だった。
「この毛虫のおかげで、私はこの高校に入学できたようなものだもん」
「それ、どういうこと?」
「夢が叶わなかったときって、けっこう引きずったりするじゃない。そのとき、夢毛虫を耳の奥に入れると、夢の残りかすを綺麗に食べてくれるの」
 雪菜は、耳の奥に毛虫が這っていく様子を想像して、鳥肌が立った。
「私って、本当は県立高校が第一志望だったの。だけど成績が伸びなくて、悩んでいたときに夢毛虫を使ったの。おかげで、目標を私立にスパっと切り替えることができたわ。雪菜も使いたいときがあれば、いつでも声をかけてね」
 そんな気持ち悪い虫を耳の奥に入れることはないだろう。そう思いながら、雪菜は美沙子と別れた。
 高校生活は順風満帆だった。バトミントン部に入部し、早々にレギュラーになることができた。先輩との交際も始まり、成績も上位陣をキープした。
 問題が生じたのは二年生になってからだ。
 三年生になった彼氏の浮気から始まり、怪我もありレギュラーから転落。精神面も不安定となり、成績も下降する一方だった。
 ある日の放課後、少し距離を置いていた美沙子が近づいてきた。
「そろそろ、あの虫を使うときじゃない?」
 美沙子の肌はくすみ、どこか人生に絶望しているように感じる。これは夢毛虫の悪影響だ。夢毛虫は美沙子から夢を奪うとともに、生きる力となる希望を食い散らかしたのだ。
「ねえ、美沙子。あの虫を使うのは止めなよ。だって、すごい疲れた顔をしているよ」
「何を言っているのよ。私はこんなに元気なんだから」
 美沙子は空元気を見せるかのように、力こぶを見せつけた。貧相な腕だった。美沙子がパサパサな髪をかきあげたとき、一瞬だけ耳穴から赤い糸くずのような毛虫がのぞいた。
 その虫は、すぐに耳の奥へと消えた。
「絶対にヤバイって。すぐにお医者さんに行った方がいいって」
「なによ、私が親切で話しているのに」
 美沙子はぷいっと背中を向けて、教室の外に出てしまった。
 美沙子が自殺したのは、それから一週間後のことだった。希望のない人生に耐えきれなかったのだろう。
 しばらくして、雪菜はクラスメイトと一緒に美沙子の家まで焼香をあげにいった。美沙子の母は、もう立ち直ったのか、明るい顔でクラスメイトたちを迎えてくれた。
「わざわざ、美沙子のためにありがとうね」
 美沙子の母は紅茶とお菓子でもてなしてくれた。遺影を前にして、美沙子の思い出を楽しそうに話し続ける。
 寂しさを紛らわすためかなと思っていたら、 ふと、美沙子の母の耳から赤い糸くずが落ちるのが見えた。
 その糸くずは風もないのに動き、カーペットの隙間に隠れていく。
 悲しそうな顔をしているクラスメイトの制服に、赤い糸くずが取りつき始めている。
 美沙子は、ふっと別れた彼氏のことを思い浮かべた。すると、赤い糸くずが集まってきて、スカートのひだに隠れながら這い上がってくる。雪菜は慌てて糸くずをはねのける。
 雪菜は理解した。この虫は希望を失った人間を嗅ぎ分ける能力がある。そして、人間の精神を食い尽くすのだ。
「もうそろそろ帰ります」
「あら、もっとゆっくりしてもいいのに」
「お母さんも、夢を希望を失わないようにしてください」
「あれ変なことを言うのね。娘も死んで、私には生きる目的などないのに」
「それでも、頑張って、生きてください」
 何があっても、夢毛虫を近づけてはいけない。雪菜はそう思いながら、美沙子の家を後にした。


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