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【掌編】齊藤想『電気イグアナ』 [自作ショートショート]

小説でもどうぞW選考委員第1回に応募した作品です。
テーマは「出会い」です。

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『電気イグアナ』 齊藤想


 電気ウナギならぬ、電気イグアナがいるとの手紙が、生物学者の高見沢に届いた。送り主は南洋の漁師だ。高見沢は毎年のようにその島に行くので、漁師とは顔なじみだった。
 漁師の話によると、網にかかったイグアナを放りだそうとしたら、腕に電気が走ったのだという。
 高見沢は情報の真偽を疑った。漁師は貧しく、金銭目的でガセネタを流す。むしろ正しい情報の方が珍しいぐらいだ。船を出すなら魚を捕るより学者を乗せた方が稼げる。
 それでも、高見沢は釣られてしまう。学者としての好奇心もあるし、なにより大学の経費で研究旅行に行けるのが楽しみでしかたがない。
 高見沢が現地に着くと、漁師は自分の船を使うのが当然のように、こう言った。
「あいつは珍しいから、一か月は海の上で待ち続けいないとなあ」
 それなら他の船に頼むというと「あいつの居場所はオレしからない」と追いすがる。
 これは、いつものパターンだ。高見沢は一か月分の船賃に多少の色を付けて、漁師に捕獲を依頼した。
「任せとけ」
 漁師は力強く言ったが、その後の行動は想像できる。懐が温かいうちに、この島にひとつしかない酒場に繰り出すのだ。
 高見沢は島唯一の宿に荷物を置くと、山へと向かうことにした。漁師の妻が「おわびに」と珍しい場所を案内するという。
 道すがら「あのひとはいつもいい加減で」と言い訳を繰り返した。膝が痛いのか、杖を突き、ときおり休みながら三歩前を歩く。高見沢は漁師の妻を気遣う。
「無理をしなくても良いですよ」
「いや、どうしても先生に見て欲しい場所があるんです」
 そのとき、万華鏡の中身をぶちまけたような鮮やかな蝶が、老妻の前を横切った。その蝶が新種であることは、自分しか知らない。
 島民には秘密にしているが、この島は新種の宝庫だった。島民たちは貧しく金にがめついので、うかつに公表すると島民たちが取りつくす恐れがある。
 新種発見のタイミングは保護と同時に行わなければならない。それは、一介の学者には困難な仕事であった。だから、いまは沈黙を守るしかない。
 漁師の妻は話を続ける。
「あの人は電気イグアナの作り話をえらく気に入ってしまい、この島にくるのは先生で三人目です」
 高見沢は漁師のがめつさにあきれた。
「あの人は金を目当てにアチコチに連絡して困りました。だから、あの人を懲らしめようと思い、こいつを使ったのです」
 老婆が高見沢に見せたのは、スタンガンだった。なぜ、漁師の妻がこのような物騒なものを持っているのだろうか。
「あのひとが漁をしてるときに、こいつでひじのところを軽くバチンとして、イグアナを海に投げ込んだら、あのひとは「電気イグアナは本当にいた」と驚き、慌ててタカミザワセンセイに連絡したわけです」
 漁師の妻はケタケタと笑った。高見沢もつられて笑う。
「なるほどですね。それで、先に来た学者たちはどうなりましたか?」
「さあ、私にはとんと知らない話で」
 老婆は口をつぐんだ。奇妙な沈黙だった。
 高見沢は不気味なものを感じた。
 道は荒地に入りつつある。剝き出しで赤茶けた岩たちが、この場所が未踏の地であることを示している。
 この場所でスタンガンを使われたら、確実に気絶する。しかも、この炎天下だ。放置されたら半日と持たない。
 そもそも、なぜ、老婆がいまスタンガンを持ち歩く必要があるのだろうか。
 漁師の妻は、岩陰に隠れていた大腿骨を蹴とばした。この島に大型哺乳類はいない。
 疑問への答えが見つからないまま、漁師の妻が最後の岩場を乗り越えた。そして、老婆が眼下の景色に高見沢を誘う。
「ほらご覧ください」
 意を決して高見沢が漁師の妻の横に立つと、目の前に新種のイグアナの群れが広がっていた。イグアナたちは、時間を忘れたかのように草をはみ続けている。
「センセイは新種の蝶を見てもひとことも言いませんでした。だから、この生き物たちをセンセイにゆだねようと思います。いままで学者を見てきて、信じられるのはセンセイだけです」
 漁師の妻は口をつぐんだ。老婆は全て知っていたのだ。学者の虚栄心も、成果のためには全てを踏みつける汚さも。
 高見沢は、報告できない新種を、じっと眺め続けた。


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