『エスカレーター』 平渡敏さん [ショートショートの紹介!]
ショートストーリーブログトーナメント(テーマ『エスカレーター』)で見事に優勝を果たした平渡敏さんの『エスカーレーター』を紹介します。
【結果発表ページ】
https://novel.blogmura.com/tmt_rank684.html
また、現在はテーマ「袖」で参加作品を募集中ですので、ぜひとも参加してください。
【袖にまつわるショートストーリー】
https://book.blogmura.com/tment_ent/9_752.html
【平渡敏のブログ】
http://hiratobin.blog109.fc2.com/
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『エスカレーター』 平渡 敏
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「課長のバカヤロー。偉そうに威張りやがって……」
会社からの帰りに一杯ひっかけて、駅の長いエスカレーターに乗ったところで、つい愚痴が声に出てしまった。
「しまった」と周りを見回したら、自分のすぐ前にくたびれた感じの中年オヤジがいた。
聞かれてしまっただろうか? まぁいいや、本当のことなんだから。しかし変だぞ。さっきは俺の前に人なんかいなかったはずなのに。いつの間に現れたんだろう。
そんなことを考えているうちにエスカレーターは上のフロアに近付いてきた。すると、前のオヤジの体がだんだんと小さくなってきた。まるでエスカレーターの段差がなくなってくるのに合わせるかのように。そして、オヤジは乗降口の隙間に吸い込まれるようにして消えてしまった。
俺は自分の目を疑った。あれは幻覚だったのだろうか。そんなに酔っているつもりもなかったのだが……。何だか納得がいかないまま家に帰ったが、家に帰ってかみさんに怒鳴られているうちに、いつしか忘れてしまった。
翌日の帰宅時、しらふの俺は前日のことを思い出しながらエスカレーターに乗った。すると、予想どおりというべきだろうか、またしてもあのオヤジがいきなり俺の前に現れた。しかも、今度は奴の方が酒を飲んでいるらしく、真っ赤な顔で気持ちよさそうに鼻歌を歌っている。音程がデタラメなのでよく分からないが、スーダラ節のようだ。
「ご機嫌ですね」
何だか操られたように声をかけてしまった。
「いやー、人生ってホント楽しいねぇ」
オヤジは振り向いて、実に幸せそうに返事をしてきた。そんなこと言われても俺のはそんなに楽しくもないんだが……。
「そうですね。楽しくお酒を飲めるっていいですよね」
俺はお愛想を言って、少しゆがんだ笑いをオヤジに向けた。オヤジは満面の笑みを浮かべながら小さくなって、手を振りながら乗降口に飲み込まれていった。
うーん、幻覚ではなさそうだが、さて、それでは一体……。
更に翌日。注意して見ていると、オヤジはミニサイズで乗降口からはき出されてきて、エスカレーターの段差が大きくなるのに比例するように大きくなっている。道理で突然現れたように見えるわけだ。
オヤジは頬についた口紅のキスマークをハンカチで拭きながら、俺の方に振り向いて話しかけてきた。
「こんばんは」
「あっ、こんばんは。あの……、あなたは一体何者なんですか?」
色々と聞きたいことはあったが、とりあえず根本的な質問をしてみた。
「もうおわかりでしょう。私はエスカレーターの住人です」
「エスカレーターの?」
「そう、なかなか楽しい所ですよ」
オヤジはうっとりした目を上の方に向けた。おおかた先ほどの情事を思い出してでもいるのだろう。俺は少しうらやましくなった。かみさんとは随分と長い間セックスレスだし、浮気をするような相手もいない。
「そんなにいい所なんですか?」
「ええ、あなたもおいでになりますか?」
「えっ、いいんですか? 行きます」
思わず即答してしまった。まあいいだろう、会社にも家族にも別段未練があるわけではないのだから。
エスカレーターが上階に近づいた。
すると驚いたことに、オヤジは小さくならず、上のフロアですたすたと降りていってしまった。その代わりに俺が小さくなって乗降口に吸い込まれた。
エスカレーターの中は暗くてじめじめしている。俺は急に不安になって周りを見回した。中には小さな部屋があってどうやらここで寝起きするらしい。部屋の隅には口紅が転がっている。
俺は全てを理解した。
やられちまったな。まぁ仕方がない。俺もカモを探すしかないのだろう。あのオヤジがやったみたいに。
(終わり)
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さてさて、ショートショートの猛者である平渡さんと一緒に、小噺集を作ろうと思っています。
一休とんち大賞応募作……と最初は限定していましたが、いまのところ参加者が2名(4作品)だけなので、間口を広げて小噺であればOKにしたいと思います。
電子書籍は明日か明後日にUPする予定ですが、UP後も随時、参加を受け付けます。
ということで、お気軽にお声かけをしていただければ助かります!
【該当記事】
http://takeaction.blog.so-net.ne.jp/2011-09-29
【結果発表ページ】
https://novel.blogmura.com/tmt_rank684.html
また、現在はテーマ「袖」で参加作品を募集中ですので、ぜひとも参加してください。
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【平渡敏のブログ】
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『エスカレーター』 平渡 敏
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「課長のバカヤロー。偉そうに威張りやがって……」
会社からの帰りに一杯ひっかけて、駅の長いエスカレーターに乗ったところで、つい愚痴が声に出てしまった。
「しまった」と周りを見回したら、自分のすぐ前にくたびれた感じの中年オヤジがいた。
聞かれてしまっただろうか? まぁいいや、本当のことなんだから。しかし変だぞ。さっきは俺の前に人なんかいなかったはずなのに。いつの間に現れたんだろう。
そんなことを考えているうちにエスカレーターは上のフロアに近付いてきた。すると、前のオヤジの体がだんだんと小さくなってきた。まるでエスカレーターの段差がなくなってくるのに合わせるかのように。そして、オヤジは乗降口の隙間に吸い込まれるようにして消えてしまった。
俺は自分の目を疑った。あれは幻覚だったのだろうか。そんなに酔っているつもりもなかったのだが……。何だか納得がいかないまま家に帰ったが、家に帰ってかみさんに怒鳴られているうちに、いつしか忘れてしまった。
翌日の帰宅時、しらふの俺は前日のことを思い出しながらエスカレーターに乗った。すると、予想どおりというべきだろうか、またしてもあのオヤジがいきなり俺の前に現れた。しかも、今度は奴の方が酒を飲んでいるらしく、真っ赤な顔で気持ちよさそうに鼻歌を歌っている。音程がデタラメなのでよく分からないが、スーダラ節のようだ。
「ご機嫌ですね」
何だか操られたように声をかけてしまった。
「いやー、人生ってホント楽しいねぇ」
オヤジは振り向いて、実に幸せそうに返事をしてきた。そんなこと言われても俺のはそんなに楽しくもないんだが……。
「そうですね。楽しくお酒を飲めるっていいですよね」
俺はお愛想を言って、少しゆがんだ笑いをオヤジに向けた。オヤジは満面の笑みを浮かべながら小さくなって、手を振りながら乗降口に飲み込まれていった。
うーん、幻覚ではなさそうだが、さて、それでは一体……。
更に翌日。注意して見ていると、オヤジはミニサイズで乗降口からはき出されてきて、エスカレーターの段差が大きくなるのに比例するように大きくなっている。道理で突然現れたように見えるわけだ。
オヤジは頬についた口紅のキスマークをハンカチで拭きながら、俺の方に振り向いて話しかけてきた。
「こんばんは」
「あっ、こんばんは。あの……、あなたは一体何者なんですか?」
色々と聞きたいことはあったが、とりあえず根本的な質問をしてみた。
「もうおわかりでしょう。私はエスカレーターの住人です」
「エスカレーターの?」
「そう、なかなか楽しい所ですよ」
オヤジはうっとりした目を上の方に向けた。おおかた先ほどの情事を思い出してでもいるのだろう。俺は少しうらやましくなった。かみさんとは随分と長い間セックスレスだし、浮気をするような相手もいない。
「そんなにいい所なんですか?」
「ええ、あなたもおいでになりますか?」
「えっ、いいんですか? 行きます」
思わず即答してしまった。まあいいだろう、会社にも家族にも別段未練があるわけではないのだから。
エスカレーターが上階に近づいた。
すると驚いたことに、オヤジは小さくならず、上のフロアですたすたと降りていってしまった。その代わりに俺が小さくなって乗降口に吸い込まれた。
エスカレーターの中は暗くてじめじめしている。俺は急に不安になって周りを見回した。中には小さな部屋があってどうやらここで寝起きするらしい。部屋の隅には口紅が転がっている。
俺は全てを理解した。
やられちまったな。まぁ仕方がない。俺もカモを探すしかないのだろう。あのオヤジがやったみたいに。
(終わり)
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さてさて、ショートショートの猛者である平渡さんと一緒に、小噺集を作ろうと思っています。
一休とんち大賞応募作……と最初は限定していましたが、いまのところ参加者が2名(4作品)だけなので、間口を広げて小噺であればOKにしたいと思います。
電子書籍は明日か明後日にUPする予定ですが、UP後も随時、参加を受け付けます。
ということで、お気軽にお声かけをしていただければ助かります!
【該当記事】
http://takeaction.blog.so-net.ne.jp/2011-09-29
転載、ありがとうございます。
ブログトーナメントはなかなか面白い企画でした。
川越さんの構想では次回はとんちトーナメントとのことです。
是非参加して下さい。
それから「新しい世界へ」、登録やらが面倒でまだ購入していないのですが、必ず買って読ませて頂きます。
by 平渡敏 (2011-10-07 13:05)
>平渡敏さん
とんちトーナメントは面白そうですね。
頑張って参加してみます!
『新しい世界』の購入宣言本当にありがとうございます。
感謝、感謝です。
by サイトー (2011-10-08 05:27)