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【掌編】齊藤想『箱屋』 [自作ショートショート]

第20回Yomeba!ショートショート公募に応募した作品です。
テーマは「箱」です。

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 『箱屋』 齊藤 想

 江戸っ子気質の浩三が、孫の海玲から誕生日プレゼントをせがまれて、連れてこられた店は「箱屋」だった。
 店といっても、ショッピングモールの通路を粗末な衝立で区切っただけで、大きさも祭りのテキ屋と変わらない。浩三がそっと入口らしい隙間から中をのぞくと、テーブルの上に大小色とりどりの箱が並べられていた。
 一番奥に座っている店主らしい初老の男性と目が合った。男は腕組みをして「うむ」と唸ると、妙に長いあごひげをなで始めた。
 典型的なこけおどしだ。実にいかがわしい。人生七十年の経験に照らし合わせても、三本の指に入る怪しさだ。君子危うきに近づかず、孫は怪しさに近づかせずだ。
 浩三は自分が衝立になった気分で、海玲の前に立ちふさがった。
「なあ、海玲。せっかくの誕生プレゼントだから、もっとよいものを……」
「あっ、この箱とってもかわいい!」
 海玲はするりと浩三の脇を抜けると、あっという間に品定めを始めた。海玲はガラス玉が散りばめられたルービックキューブほどの大きさの箱を手に取ると、照明にかざす。
 海玲の手の中で、小さな箱が七色に輝く。浩三は慌てて海玲を止めようとする。
「お店の方に断らないで、勝手に触ってはだめじゃないか」
「うむ」
 男が変な相づちを打つ。男の手があごにのびる。
「その箱は喜び箱だな。なかなか良いセンスだぞ。お孫さんは将来有望だ」
「喜び箱?」
「そうだ。その箱の中には喜びが詰まっておる。お主もびっくり箱ぐらいは聞いたことがあるだろう。元々は驚きが詰まった箱だったのが、いつの間にかに、ひとを驚かすための箱と誤って伝えられ、いまでは子供のおもちゃになっておる。嘆かわしいことだ」
 男はまたあごひげをなでた。どうやら彼のクセらしい。
「じゃあこれは?」
 海玲は少し捻れた形をしている箱を手に取った。ゴム製なのか柔らかそうで、地面に叩きつければいかにもよく弾みそうだ。
「うむ。それは笑い箱だ。その中にはとっておきの笑いが詰まっておる」
 浩三が男に聞く。
「例えば、どんな感じだ」
「それは開けてからのお楽しみ……と言いたいが、少しだけ教えてやる。”ふとんが吹っ飛んだ”レベルのギャグが無限に詰まっておる。どうだ、最高だろう」
 期待しただけ損をした。浩三の気持ちとは反比例するように、男は満足そうにあごひげをなで続けた。
 浩三は台形状の箱を手に取った。全体的に木目が付けられており、上面だけ白色に塗られている。珍しくシンプルだった。
「では、この箱はなんだ」
「見れば分かるだろ。それは跳び箱だ」
「小学校の体育で使う跳び箱のミニチュアか?」
「失礼なことを申すでない。これもびっくり箱と同じく、世間に間違って伝えられたものだ。この箱こそ本物の跳び箱なのだ」
「本物だと、何が違うのかね」
「聞いて驚くなよ。開けたら空高く跳びあがることができるのだ。こんな天井の低い場所で箱の力を解放したら、お主は照明に頭をぶつけて死ぬであろう。注意するように」
 そんな物騒なものを置くなよ、と浩三は心の中で思った。
 それにしても、この店には色形ともに奇妙な箱がそろっている。海玲は次から次へと目移りしている。海玲は、青色の少し大きめの箱を手に取った。全体的に丸まっており、箱というより、巨大なしずくに見える。
「おじさん、この箱はなに?」
「うむ。それは悲しみ箱だ。その中には悲しみが一杯に詰まっておる。人生は悲しみの連続だからのう」
 変なものを置くなよ、と浩三は思う。
「ふーん。じゃあこれは?」
 次に、海玲はひときわ大きな箱を指さした。全体的に灰色で、禍々しい黒色がとぐろを巻いている。見ているだけで不快感をもよおしてくる。嫌な予感がする。
 男はひときわ目を輝かせた。
「それは苦しみ箱だ。いまも世界中でたくさんのひとが苦しんでいる。世界は喜びの何倍もの苦しみで一杯だからのう。だから、この箱がひときわ大きいのだ」
 ケケケ、と男は笑った。幼い子供を怖がらして、何が楽しいんだ。
「こんな店、もう出よう。ここにいるのも不愉快だ」
 浩三がそう言って海玲の手を引こうとしたとき、海玲はひとつの箱を指さした。
「私、これ欲しい!」
 海玲が求めたのは、苦しみ箱だった。
「やめなさい。こんな箱。海玲には、もっとふさわしいプレゼントがある」
「これじゃなきゃダメなの。だって、自分がこれだけの苦しみを引き受ければ、きっと、誰かが幸せになってくれるはずだから」
「海玲……」
「そのかわり、おじいちゃんはこれを手にして」
 海玲が浩三の手に乗せたのは、小さな喜び箱だった。
「これは傑作だ」
 男がうれしそうにあごひげをなでる。
「老い先短い男には少しの喜び、人生これからの子供には大いなる苦しみ。これぞ人生の真理なり」
「うるせいやい」
 浩三は怒鳴った。もう我慢できなかった。江戸っ子の血が騒いだ。
「ガタガタ言わず、老い先短いこのおれが、悲しみも苦しみも全部買ってやる。ああ、ついでに跳び箱もだ。なに、買わなくてもすぐに天国に跳べるのにだって? しゃらくせえ、閻魔様が間違えて地獄に落とそうとしたときのための用心だ。ご託はいいから、とっとと袋につめやがれ」
「毎度あり」
 男は嬉しそうに、店中の箱をビニール袋に詰め始めた。

 まるでサンタクロースのようだ、と浩三は自嘲した。大小様々な箱を袋に詰め込んだ老人が、トナカイではなく孫を連れて歩いている。箱屋の口車にすっかり乗せられてしまったザマが、この姿だ。
「おじいちゃん、そんなにたくさんの箱を持って大丈夫なの?」
「何を言うか。じじいだからこそ、悲しみも苦しみも抱え込むんじゃないか」
「だって、おじいちゃんは、若いときの苦労は買ってでもしろって、よく言うじゃない。だから海玲が苦しみ箱をもらおうと思ったのに」
「バカ言え。それは嫌なことから逃げるなという意味で、子供がひとさまの余計な苦労など背負わなくても良い。そんなものは、大人たちが智恵を出し合って解決するものだ。ひとさまの苦労は、海玲が大人になったときに背負ってやれ」
「じゃあ、喜び箱だけもらおうかな」
「ダメだ。あんな怪しいおっさんの商品など、大切な孫に渡せるか」
「結局独り占めじゃない。おじいちゃんのケチ」
 そう言いながらも、海玲は楽しそうに飛び跳ねている。
 本当に大切な箱は目の前にあるんだよなあ、と浩三は思った。老人を毎日楽しませてくれる、目の前で飛び跳ねている小さな宝箱が。

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最近の金融・投資【令和5年7月第3週】 [金融・投資]

〔先週の株式市場〕
先週の自分の持ち株は、2日上昇、3日下落でトータル少しマイナス。6月トータルも少しマイナス。
6月は調整に入って下落すると思ったいたのだが、マイナスとはいえイーブンに近い。
なかなか予想は当たらないものです。
NISAの枠が15,000円ほど余っている。
この価格帯で購入できる株がないかと探し見てると、けっこうある。
ほとんど配当0円だけど、日本コークスという会社が配当を出していることを知り、枠を使い切る目的で購入する。
購入時120円で予想配当3円。配当利回りが2.5%です。
まあ、100株で300円だけと、ちりも積もればの気分で。

〔スクロールの株主優待が届いた話〕
注文したのはイチョウエキスを抽出した、記憶力サポートサプリ。
いやあ、この手の商品を信じているわけではありませんが、もらえるものはもらっておこうかなと。
袋を開けてみると、まるで小さな大豆のような粒になっていた。
1日2粒で20日分。
まあ、とりあえず飲んでみます。はい。
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