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【掌編】齊藤想『プレゼント』 [自作ショートショート]

第20回坊ちゃん文学賞に応募した作品その3です。
本作はミスディレクションを活用しています。

具体的な技法はこちらの無料ニュースレターで紹介します。次回は6/5発行です。



・基本的に月2回発行(5日、20日※こちらはバックナンバー)。
・新規登録の特典のアイデア発想のオリジナルシート(キーワード法、物語改造法)つき!

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 『プレゼント』 齊藤 想

 美礼が淳史から誕生日のお祝いをされるのは、今年で五回目だった。
 淳史は自称詩人だが、まともな収入はない。淳史は申し訳なさそうに、こたつの上に深紅のリボンが結ばれた小さな箱を置いた。
「美礼の誕生日なのに、ちゃんとしたプレゼントができなくてごめん」
 淳史が頭をさげた。いつものことだ。美礼は箱を軽く振った。紙がこすれる音と、小さくて堅い物が箱にあたる音がした。
「来年こそはと、毎年思っているんだけど……」
 ふん、と美礼が首を横に振る。
「言い訳はもういいよ。あんたにお金がないことは知っているし、来年も再来年も同じ状態であることは容易に予想がつくからさ」
「そう言われると、余計に傷つくよ」
「あー、そう。けど、私はこういう言い方しかできないから」
 美礼は、淳史に呆れていた。
 そもそも、令和の時代に詩作で生計が立てられるわけがない。アイドル歌手の作詞を担当できれば別だが、そのようなうまみのある仕事にありつけるのは、芸能界にコネのある特権階級だけだ。淳史がお世話になっている雑誌の掲載料などたかが知れている。自費出版の詩集はいつも赤字だ。
 美礼はインスタントコーヒーをひとくち飲んだ。ディスカウントストアで購入した、お湯に色を付けただけのまがい物。
「じゃあ開けるよ」
 美礼はリボンに手を付けた。
「うん……」
 淳史がさらに小さくなる。いつもにまして自信がなさそうだ。
 美礼はガサガサと、小さな箱のリボンを取った。どうせいつもの自作の詩だろう。甘くて、センチメンタルで、夢ばかりを語る空虚な言葉たち。それに河原で拾った奇麗な石を添える程度。そう思っていたら、見慣れない一枚の紙と、指輪が入っていた。
 その紙には、すでに淳史の名前が書かれている。残すは美礼の署名のみ。美礼は真っ青になった。
「あんた、何考えているのよ。生活能力もないくせに。こんなの、私は絶対に嫌だから」
「これも、自分なりに考えたことなんだ」
 淳史が必死に言い訳をする。
「このままダラダラといまの状態を続けるのはお互いに良くないかなと」
「思いあがるのもいい加減にしなさい」
 美礼ははねつけた。
「この部屋を借りているのは私だし、家具や家電製品どころか冷蔵庫の中身まで全部わたしの物。おまけに、淳史が詩作で使っているノートパソコンも私が買ったもの。あなたのものは、この部屋には何もない。その意味が分かって?」
「美礼にはとても感謝している。美礼がいなかったら、いままで詩作に没頭できなかったと思う。だから、逆説的かもしれないけど、ぼくなりの精一杯の愛の形を、この1枚の紙に染みこませて……」
「何よその陳腐な言葉は。詩人の癖に」
 美礼は箱の中にある指輪をつまみ上げた。プラチナ製のシンプルな作りだ。美礼は指輪の内側を見た。二人の名前が刻印されている。
 美礼は冷たい視線を淳史に送る。
「この指輪をどうしようというのよ」
「いや、その、もし美礼がいらないというのなら、売れば多少のお金になるかもしれないし」
「あんたは本当にバカね。こんなイニシャル入りの指輪が売れるわけがないじゃない。だからあんたは生活能力がゼロなのよ。バイトだって詩作に夢中になるとすっぽかしてクビになる。古書店に行っては、お金もないのによく分からない本を買い漁る。スーパーの割引クーポンはすぐに無くす。もう、全てがダメダメで」
 淳史は黙り込んだ。美礼は指輪を淳史に押し付けると、敦史の目の前で、箱の中に入っていた粗末な紙を引きちぎった。緑色の紙が、ヒラヒラと部屋の中を舞う。
「淳史はいつになったら理解してくれるのよ」
 美礼が淳史に詰め寄る。
「私は贅沢な暮らしがしたいわけでも、高価なプレゼントが欲しいわけでもない。私があなたに求めるのは夢だけ。この小さな箱に入れてプレゼントして欲しいのは、淳史の絶対に叶わない馬鹿みたいな夢だけなの。私は……私は、絶対に淳史と離婚しないから」
 粗末なアパートの床に、引きちぎられた離婚届が散らばる。淳史が頭を下げ、カーペットに小さなシミを作る。ちぎられた離婚届も涙にぬれていく。
「こんなぼくを捨てずにいてくれて……美礼……ありがとう……。どう感謝の気持ちを伝えたらいいのか……」
「淳史は詩人なのに、大事なときに言葉がでないんだから。分かったから、はやく指輪をつけなさい。これからも敦史のことを支えてあげるから」
「はい」
 返事をして、淳史は指輪を左手の薬指にはめた。
 きっと来年も再来年も、こんな生活が続くのだろう。けど、それがいい。淳史が横にいてくれるだけで。ただ、それだけで。
 今年も素敵な一年でありますように。美礼は、空っぽの箱に願いを込めた。

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