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【掌編】齊藤想『死後の仕事』 [自作ショートショート]

第20回小説でもどうぞに応募した作品その2です。
テーマは「仕事」です。

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 『死後の仕事』 齊藤 想

 死ねば全ての仕事から解放される。
 そう思ってビルの屋上から飛び降りたのに、気がついたら黒縁メガネのサラリーマンの前で正座させられていた。左右を見ると、大勢の魂が同じように正座している。
 彼は少しいらついているようで、やたらと足を踏み鳴らしている。
 ここは天国でも地獄でもない。どんよりとした雲の中。
 メガネサラリーマンは背中からこん棒を取り出すと、いきなり順番に殴り始めた。自分も横面を張り倒され、後ろに吹っ飛ぶ。
「おい、新入りたち。そのたるんだ顔はなんだ。死んだような眼をしやがって」
 自分は恐怖に震えた。ブラック企業から抜け出すために自殺したのに、あの世は現世以上の超絶ブラックではないか。しかも、今度は死んで逃げることができない。
「お前らは人生から逃げ出した敗北者だ。死んだら楽になると思う意気地なしだ。その腐った根性をこの俺様が叩き直してやる。そのために、お前らに仕事をやろう。まずはクズらしく昆虫の魂を集めてこい」
「昆虫?」
 自分が素っ頓狂な声を上げると、メガネサラリーマンがにらみつけてきた。
「昆虫にも動物にも魂はある。あの世は人間の特権だと思うな。クズの上に思いあがっているお前はゴキブリ担当だ。今日のノルマは五万匹。分かったか」
「五万匹!」
 不平を漏らしそうになったが、メガネサラリーマンがこん棒を撫でているのを見て、慌てて地上に向かった。
 自分は必死になって魂を集めた。
 害虫駆除をした飲食店、散らかり放題の一軒家、ゴミ捨て場など、思いつくところはすべて回った。ゴキブリは魂になってもゴキブリだ。表面はヌメヌメとして、カサカサと動く。目を背けながらゴキブリの魂を素手でつかみ、袋に放り込む。
 袋の中で動くゴキブリの魂たち。
 なんとかしてノルマを達成してメガネサラリーマンの元に戻った。ミミズやカマドウマの魂を集めていた同期も集まっている。
 メガネサラリーマンは部下たちの成果を確かめると、鼻で笑った。
「新入りにしては上出来じゃないか。ご褒美として、明日のノルマは二倍にしてやろう」
 同期から不満の声が上がると、メガネサラリーマンは一喝した。
「お前らにはおれの優しさがわからないのか。先輩たちもこうして鍛えられて、立派な魂に成長したのだ」
 どこかで聞いたようなセリフ。まさに超絶ブラック。自殺は間違いだと気が付いたが、もう遅い。
 同期がざわめく中、ひとりがメガネサラリーマンに土下座した。
「二倍と言わず三倍にしてください。私は早く先輩のような立派な魂になりたいです」
 こいつ、抜け駆けしやがった。自分が非難の目を向けると、メガネサラリーマンに速攻で見つかった。
「お前の反抗的な目つきはなんだ。少しはこいつを見習え。罰として、お前はゴキブリに加えてハエの魂も集めてこい」
 そのとき、メガネサラリーマンの胸が震えた。彼は内ポケットから携帯電話を取り出すと、ひたすら頭を下げている。
 どうやら上司に叱責されているようだ。我慢して出世しても上司に叱られ、さらに出世しても、さらなる上司にこき使われる。
 二日目にして、ほとほと嫌になった。あの世なんて、ろくなものじゃない。

 いまはツバメの季節。ハエの魂を集めるには、ツバメの後を追いかけるのが一番だ。
 空を飛びながら、ふと、ビルの屋上を見ると、いまにも柵を乗り越えようとするサラリーマンがいた。
 手すりに革靴がかかっている。
「自殺なんてろくなもんじゃない。生きている方が何倍もマシだぜ」
 声をかけるが、もちろんあの世の言葉は届かない。
 サラリーマンに気を取られた隙に、袋からハエの魂が逃げ出した。慌てて手を伸ばしたが、ハエは指の間をすり抜けて、サラリーマンの鼻に止まる。
 その瞬間、サラリーマンが何かを感じたのか手でハエを払う動作をした。その反動で彼はバランスを崩し、背中側にひっくり返る。
 彼がむき出しのコンクリートの床に転がった。空は快晴で、雲ひとつない。彼は急に笑い出した。自殺がバカらしくなったのかもしれない。
 こんな自分でも、できることがあるじゃないか。
 自分は、この仕事を頑張ろうと思った。

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