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【SS】齊藤想『コツ粗しょう症』 [自作ショートショート]

TO-BE小説工房第80回に応募した作品です。
テーマは「骨」です。

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 『コツ粗しょう症』 齊藤 想


 おれはいつも上司から不器用だと言われる。
 封筒の糊付けですら普通にできない。テープを使えば途中で捩じれてしまう。スティックノリならのりしろからはみ出て、封筒とテーブルを合体させてしまう。
 電話番でも通話中に受話器を落とすのはしょっちゅうだし、おまけに、電話のたびにコードが激しく絡まる。
 金曜日の終業時に全社員で行う会社の掃除だって、ほうきで埃を集めているつもりが、気が付いた逆にゴミを散らかしてしまい、お局軍団から露骨に嫌な顔をされてしまう。
 ありとあらゆることが、こんな調子だ。普通の新入社員がこなすべき雑用が、まったくできない。
 入社してから半年以上も辛抱強く見守り続けた上司も、さじを投げた。
「ちょっと病院に行ってみないか。良い先生を知っているから」
 ついに病気扱いされてしまった。
 落ち込むおれを、上司は容赦なく病院まで引っ張っていく。そこで医者から日常生活についての様々な質問をされ、簡単な計算問題を出され、さらには血液検査から、МRIまで受けさせられた。
 検査に同行している上司は、自慢の口ひげをいじりながら、待合室で語り掛ける。
「私も昔は君と同じでなあ、この病院に助けられたんだよ」
「はあ」とおれは答えるしかなかった。
 検査の結果はすぐに出た。医者は難しい顔をしながら、奇妙な病名を伝えてきた。
「コツ粗しょう症状です」
「高齢者に多い、骨がスカスカになる病気ですか?」
「それは骨粗しょう症。あなたの症状は骨ではなくコツが足りないコツ粗しょう症です。МRIで撮影した脳の断面図を見てください。脳のこのあたりがコツなのですが、スカスカでしょう」
 おれは医者が指す場所を見るが、どこがスカスカなのか分からない。
「ご安心ください。幸いにも、あなたの知能は正常です。むしろ標準以上でしょう。いまから治療すれば間に合います」
「変な薬でも飲まされるのですか?」
「何を言うのですか。コツ不足を解決するのは、古来よりたったひとつの方法しかありません。他人のコツを盗むのです。その盗んだコツを、脳のこのスカスカな部分に注入してやるのです。そうすれば、あたなのコツ不足はすっきり解決です」
「ではコツを盗まれたひとは……」
「コツを失う分だけ、コツ粗しょう症になるでしょうなあ。けど、世の中はそういうものです。お互いに盗みあって、なんぼの世界ですから」
 医者はことなげなく口にした。隣に座っている上司がニヤリと笑った。
「気にすることはない。おれも様々なひとからコツを盗んで、ここまで出世したんだ。これからコツの盗み方を教えてやる」
 会社に戻ると、お局軍団がほうきでゴミを丁寧に集めているところだった。
「ほれ、あいつらのコツを盗んでこい」
「どうやって……」
「さっき説明しただろ。まず彼女たちの動きをよく見て、真似して、タイミングが合ったと思ったら思い切って後頭部に指を突っ込むんだ。先生にコツの場所を教えてもらっただろ。ほれ、このように」
 上司がさり気なく女子社員に近づくと、その動きを真似したと思ったら、まるで髪留めについたゴミを払うかのように指先を後頭部に差し込み、彼女の頭から黄色い何かを引き出した。
「こいつがコツだ。コツは自分で盗まないと身につかない。自分でやってみろ」
 お局たちは、急に掃除が下手になって、不思議そうな顔をしていた。
 その日から、おれは誰かのコツを盗むことに集中した。テープの切り方、掃除の仕方、受話器の持ち方、書類の整え方など、ほんとうに身近なことから始めた。
 コツが溜まると、医者のもとにいき、コツを注入してもらった。医者もおれの回復具合に目を見張っていた。
 ある日、おれはひときわ大きなコツを手に入れた。重さといい、色艶といい間違いなく一級品だ。
 そのコツを一目見た医者は言った。
「これは、あたなの上司のコツですね」
 おれは頷いた。おれは様々なコツを盗み、そのコツを上司が盗み続けていた。そのコツを盗み返したのだ。元はと言えばおれのコツでもあり、だれかのコツでもある。
「それをどうする気ですか?」
「だれかに盗ませるさ。世の中はそういうものだろ」
 おれはニヤリと笑った。


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