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齊藤想『なりたい』 [自作ショートショート]

この作品は、2002年6月作成のようです。
いやー、懐かしいなあ。ちなみに文章は当時のまま。まったく手を加えていませんのであしからず(汗)

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 齊藤想   『なりたい』

 康雄は川沿いの土手の石を蹴飛ばした。職場では分からず屋の上司に怒られる。家に帰れば、ジャージ姿の妻に邪魔もの扱いされ、中学生になった子供は友達の家に遊びに行ったきり帰ってこない。たまに旧友と顔をあわせれば、酒を片手に仕事の愚痴ばかり。いったい、何のために俺は生きているのだろう。こうして、僕は何事も無く死んでいくのだろうか。
 そう考えると、康雄は全てが馬鹿らしくなった。鞄を放り投げると、土手を駆け下りた。無遠慮に伸びきった雑草を革靴で掻き分け、口は生み出されたばかりの酸素を吸い込む。両足を動かすたびに、靴の裏を通して青草の柔らな感触が伝わってくる。
 なまっている体に急激な運動はこたえる。あっさりと白旗を揚げた両足を心で讃えながら、康雄は空を見上げた。
 とんびが両羽を先端まで伸ばし、風を支配しているかのように飛んでいる。背骨に鉄筋が入っているように、体を伸ばしたまま微動だにしない。まるで、自分の領土を巡回している王様のような風格があった。
 康雄は呟いた。自分が鳥に成れたら、どんなに気楽だろうか。今日は西へいき、明日は東にいく。仕事も人間関係も気にしなくていい。全てを風に聞き、お日様に道案内をお願いする。
 康雄は草むらに寝転ぶと、一人で呟いた。
「全てのしがらみから抜け出し、自由に生きたい。気ままに生きたい。あの鳥のように……」

 あー、まったく嫌になってくるよ。巣に帰れば子供たちが餌をせがんで口を空けてやがる。子供だけならまだしも、妻までも口を空けて並んでやがる。餌をとってもとっても、俺の口には入らねえ。寝てても「蛇よ蛇!」という妻の声で起こされる。気がついたなら、自分で追っ払えっちゅうんだ。
 まったく。今日も餌とりばっかりだ。そうそう、餌が簡単に捕まえられるかっていうんだ。働いても働いても楽にならねえよ。
 あんなところでアホそうな人間が俺のことを見てやがる。きっとやつらは何も考えていないんだろうな。口なんかぽかーんと空けて、悩みのかけらも見えてこねえ。
 あーあ、自由になりたい。気ままに生きたい。あの人間のように……。

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実はこの作品、意外と公表で、当時もっていたHPにUPしていたところ、感想をいただけた数少ない作品のひとつです。
そういう意味で、思い入れがあったりして。
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