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【短編】齊藤想『プルート大作戦』 [自作ショートショート]

第9回星新一賞に応募した作品です。

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『プルート大作戦』 齊藤想

 ミッキーマウスの愛犬プルートが、『ミッキーの陽気な囚人』で銀幕デビューを果たしたのは、1930年のことである。ミッキーの愛犬の名前が、わが敬愛する老師、グライド・トンボーが同年に発見した太陽系第9惑星、冥王星に由来しているのは有名な話である。
 カーチスは、自身が設立した私設天文台に集合した数十人の「冥王星を愛する会」のメンバーを前に、熱弁を振るい続けてきた。
 太陽系には九つの惑星があるが、冥王星ほど人々に愛されている惑星はほかにない。小さな体で太陽系の辺縁をけなげに回っている姿は、だれもが応援したくなり、まるで自分の子供のように抱きしめたくなる。
 カーチスの言葉に聴衆は酔い、心地よい時間を共有していく。
 「冥王星を愛する会」のメンバーは実業家だったり、科学者だったり、町工場の社長だったりと、社会的階層も職業も学歴もバラバラだ。
 ただひとつ一致しているのは、冥王星を愛する心だ。
 メンバーは、国際天文学会が2006年に冥王星を太陽系の惑星から外し、準惑星に降格する愚かな決定に憤りを覚えていた。かわいそうな太陽系の末弟が、再び正当な地位を取り戻すために、会は活動を続けていた。
 そして、その夢を実現するための壮大なる計画「プルート作戦」が、いよいよ発動される日を迎えていた。今夜は「プルート作戦」の結果を見届けるための集会だった。
 カーチスは一本の杖を掲げた。これは、晩年のトンボーが肌身離さず持ち続けた杖だ。
 トンボーは、冥王星を惑星として残すかどうかの議論が湧き上がるたびにこの杖を支えにして会場まで足を運び、ときにはこの杖で講壇を叩き、並み居る聴衆を前に冥王星の弁護を続けてきた。
 これはただの木の棒ではない。トンボーの魂が込められた聖杖だ。カーチスはトンボーの杖を、冥王星の方角に向けてかざした。
「私たちはトンボーの杖に誓う。冥王星を惑星から外すのは許さない。いまこそ我々の手で冥王星を正しい位置に、太陽系第9番目の惑星の座に戻すのだ」
 カーチスの檄に、メンバーは壮大な拍手で応えた。会場は、まるで爆発してしまいそうな熱気に包まれていた。

 カーチスは、プロジェクターを起動させると、さっそく冥王星を惑星に復帰させる「プルート作戦」の説明を始めた。
 惑星の定義は以下の3つである。

1)太陽の周りを公転していること。
2)自己の重力によって球形になるほど十分な質量を持っていること。
  物理的な表現を使えば、自己の重力により重力平衡形状になっていること。
3)軌道上のほかの天体を排除していること。

 次に準惑星の定義だ。準惑星の定義は以下の4つである。

1)太陽の周りを公転していること。
2)自己の重力によって球形になるほど十分な質量を持っていること。
  物理的な表現を使えば、自己の重力により重力平衡形状になっていること。
3)軌道上の他の天体を排除していないこと。
4)衛星ではないこと。

 ポイントは3)だ。愚かなる国際天文学会は、惑星と準惑星の違いを、軌道上の他の天体を「排除している」か、「排除していない」かで分類した。
 カーチスはこの定義を、冥王星を貶めるためのまやかしだと断言した。木星や土星の軌道上には小惑星がたくさん浮いており、「軌道上の他の天体を排除している」とは言えない。海王星と冥王星の軌道は交差しているが、海王星は冥王星を排除していない。
 惑星と準惑星の定義は、はなはだ不完全なものである。
 カーチスが力強くこぶしを高く掲げる。
「冥王星が惑星から排除される理由はひとつしかない。ようするに、冥王星が”小さい”からだ。それ以外に理由などない。国際天文学会は、惑星の価値を大きさだけで決める愚か者の集まりだ」
 聴衆から賛同の拍手が送られた。カーチスのボルテージが上がり続ける。
「質量が地球の0.2%しかないからといって、それが何だというのか。冥王星とほぼ同じ大きさの小惑星が発見されたからといって、それがなんだというのか。大きな弟ができたからといって、小さな九男坊を捨ててもよいのか。そんな道理があってよいものか。冥王星を太陽系の惑星から外すのは、人間として許されない愚行である。いまこそ、この「プルート作戦」によって、国際天文学会の目を覚まさせるのだ!」
 最後は絶叫に近かった。会場は興奮のるつぼとなり、大きなうねりが生まれた。
 惑星の範囲は、歴史的経緯と世界中の人々の同意で決めるべきである。それが、カーチスと仲間たちの信念だった。
 トンボーが1930年に冥王星を発見したとき、世界中が新惑星の誕生を歓迎した。世界中の天文学者とアマチュア観測隊が、まるで赤ん坊をあやすようにして、冥王星を眺め続けてきた。それこそ、世界中の人々から冥王星が太陽系の兄弟として認められている証拠だ。
 冥王星と比べて、21世紀になって発見されたエリスはどうか。図体こそ冥王星より大きいが、世間的にはまったく話題にならなかったし、惑星として歓迎されることもなかった。もちろん、ディズニーのキャラクターにも登場しない。
 冥王星は惑星で、エリスは惑星ではない。世論の支持が、そう訴えている。カーチスと仲間たちにとっては、議論するまでもない自明のことだった。
 最初、カーチスたちは国際天文学会と掛け合い、惑星の定義を変えようと試みた。だが、長年の議論の末に国際会議で決まった定義を変更するのは困難だった。カーチスとその仲間たちは、冥王星の歴史的経緯を理解できない堅物たちを説得するのは不可能だと断念した。
 そこで、カーチスと仲間たちは第二作戦に移行した。定義が変わらないなら、冥王星を惑星の定義に合わせてしまえばよい。この第二作戦こそ、「プルート作戦」だった。
 トンボーが冥王星を発見した時代から約百年がたち、パソコンが高性能化し、宇宙も近くなった。いまや個人で衛星を打ち上げられる時代だ。そのための技術を磨き、資金も集めてきた。
 「プルート作戦」を発動させる人工衛星は、十年前に打ち上げられている。計算では今夜にも冥王星に到達するはずだった。
 講堂に持ち込まれた時計の針が鳴った。合図の鐘だ。講堂のスクリーンに、カーチス自慢の天文台が捉えた冥王星の映像が映し出される。
 地上からの観測なのでぼやけた画像だが、冥王星はいつもと同じように、静かな姿をたたえている。
「いよいよ、時は満ちた。プルート作戦の発動が迫っておる。天文学者たちが自らの過ちを認めざるを得なくなる瞬間を、みなの目で確かめようではないか」
 カーチスは、聴衆の期待が高まっているのを感じていた。
 プルート作戦で打ち上げられた人工衛星は、小型化とコスト削減のため、宇宙凧を採用していた。太陽光を風の代わりにして加速していく人工衛星だが、宇宙には空気抵抗がないため、最初は遅くとも徐々に加速して驚くほど速くなる。
 カーチスが開発した宇宙凧は、羽を折りたためるタイプだ。宇宙に打ち出された人工衛星は、宇宙風の作用により極薄の羽を広げて、おどろくほど巨大化していく。しかも連凧になっており、ひとつが広がれば、次々と後ろに控える羽が広がり、さらに加速していく。
 メンバーたちが、リアルタイムで作戦の行く末を見守る。
 このまま冥王星に突っ込み、町工場たちの技術を集結した装置が作動すれば、冥王星は天文学者たちが惑星であると認めざるを得ない姿に変身するはずだ。

 冥王星の表面が、わずかに盛り上がる。
「成功だ!」
「おれらの努力が実ったのだ」
「まるで、キリストが降臨したかのように美しいわ」
 講堂に歓声が広がった。
 プルート作戦のメンバーは、基本的には下町に住む庶民であり、どこにでもいるおっちゃんとおばちゃんの集まりだ。全員がボランティアだ。
 アマチュアが打ち上げた人工衛星が、冥王星に到達しただけでも奇跡的なことなのかもしれない。
 だが、喜ぶのはまだ早い。装置が無事に作動してこそ、成功といえる。カーチスはメンバーたちをたしなめた。
「まだ第一段階を超えただけだ。本番はこれからだ」
 カーチスは腕組みをした。プルート作戦が成功するにはさらなる奇跡が必要だ。プルート作戦にスぺアは存在しない。すべてが、ぶっつけ本番だ。
 冥王星の周りを、まるで竜が舞うように何かが覆い尽くそうとしている。
 まるで、冥王星が大きくなったかのように。
「奇跡だ……」
 カーチスがつぶやくと、聴衆が喜びを爆発させた。成功だ。冥王星はみるみるうちに巨大化していく。
 プルート作戦とは、巨大な連凧を冥王星に周回させることで、冥王星を大きく見せる計画だった。
 さらに連凧には特殊なチャフが仕込まれており、これらが光や電波を乱反射し、さらに見かけ上の大きさを増している。
 小さな人工衛星に詰められる量は限られている。小さな量で大きな効果を得るには、いかに細かく鋭くするかが決め手なのだが、町工場のおじちゃん、おばちゃんたちは、一銭の得にもならないこの作戦のために日夜奮闘を続け、ついに成功まで導いたのだ。
 カーチスは成功を確信すると、ゆっくりとメンバーを見渡した。技術を開発してくれた町工場の社長さんたち、冥王星までの航路を計算してくれたプログラマーたち、民間の人工衛星打ち上げに便乗するために交渉してくれた商社マンたち、貴重な資金を提供してくれた篤志家たち、そして、応援してくれた幾多の仲間たち。
 ひとりひとりに感謝の意を込めて、全員で固い握手を交わしあった。
 翌日、カーチスは意気揚々と国際天文学会会長のオフィスを訪れた。カーチスは会長に証拠となる天文写真を見せる。
「ようやくプルートが惑星に戻る日が来ました。収まるべきところに収まれば、ミッキーも喜ぶことでしょう」
 カーチスは、嫌味を込めて、会長にプルートの縫いぐるみをプレゼントした。だが、会長はにべもなく却下した。
「あのねえ、君。冥王星が突然大きくなるわけがないじゃないか。君も惑星の定義をご存知かと思うが、3番の”軌道上のほかの天体を排除していること”に冥王星が該当しないのは明らかである」
「現に周囲の小惑星を圧倒するほど大きくなったのですから、3番に該当します。あなたも科学者の端くれなら、まずは観測結果を認めるべきです。3番を強調するなら、土星や木星はどうなるのですから。彼らも軌道上に多くの小惑星を有しています。また、海王星と冥王星は軌道が交差しているので、冥王星が準惑星なら海王星も準惑星にすべきです」
「それは定義の理解不足だ。木星や土星の周囲にある小惑星は、惑星の巨大な重力の支配下にある。冥王星と海王星の関係も同じであり、カイパーベルト内の3:2の共鳴軌道に固定したものであるため、海王星は軌道を占有していると言える。そんな初歩的なことは君も熟知しているはずだと思うのだが」
 会長はカーチスの底意を見破ったかのように、にらみつけてきた。
「ようするに惑星と准惑星の違いは、重力の強さの問題なのだよ。どうやって冥王星を大きくしたのかは知らないが、重力まで増えたわけではあるまい」
「つまり、重力が問題だと。仮に冥王星が海王星と同じぐらいの重力になれば、惑星に復帰できると」
 会長は大笑いをした。
「もし海王星と冥王星の重力が同じになったら、冥王星を惑星に復帰することもやぶさかではないし、だれも反対しないだろうな。もっとも、君が魔法使いだとしても、冥王星の重力を増やすことはできないとは思うがね」
 カーチスは会長の冷ややかな視線を背中で受けながら、オフィスを後にした。
 ビルの外に出たとたん、カーチスは腹の底からでる笑いを抑えることができなかった。
 まだ公表できる段階ではないが、実は次なる作戦が進行中だった。
 惑星に復帰するためのカギは重力なのだ。会長は冥王星と海王星の重力が同じになれば冥王星は惑星に復帰させると明言した。会長は見落としているが、冥王星の重力を増やせなくても、海王星の重力を減らすことはできる。
 海王星の主成分は水素だ。海王星は地球の17倍もの重力を持つ。中心部はかなり高圧になっている。ほんの一瞬でも人工的に核融合反応を起こすことができれば、反応は連鎖し、恒星としてまとまるだけの重力がないためほとんどが吹き飛んでしまうだろう。ようするに中心部で水爆を破裂させればよい。簡単なことではないか。
 プルートを大きくするのは間違っている。冥王星は小さいからこそ愛される。あるがままの姿こそ、美しい。
 次なる作戦は大掛かりとなるな。
 カーチスは、新たな闘志を燃やし始めた。

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