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【掌編】齊藤想『老妖怪たち』 [自作ショートショート]

第4回小説でもどうぞ!W選考員会版への応募作その2です。
テーマは「老い」でした。

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 『老妖怪たち』 齊藤 想

 妖怪だって年を取る。老化を食い止めるためにアンチエイジングに励んでいる。だが、よる年波にはかなわない。
 屋台を引くのっぺら坊は、最近人気のとんこつ味のラーメンを茹でながら、お客に向かって顔を上げた。
「お客様は、こんな顔を見たことがあるかい?」
 昔はこれで驚いてくれた。しかし、いまやのっぺらぼうの顔はしわだらけで、それがちょうど目や口に見えるものだから、逆にお客様から「こんな年まで働くなんて大変だねえ。年金も減る一方で困ったものだ」と同情される始末。
 ろくろ首も老化が著しい。
 若いころは自由自在に長い首を動かせたが、五百歳を超えたころから骨が固くなり、筋力も落ちたため、首が肩より上にあがらない。五十肩ならぬ五百首だ。
 いまや長くて重すぎる首を肩の周りに載せているだけなので、傍目には肌色のマフラーを巻いているように見える。
 おかげで夜中に繁華街を歩いても、夜遊びしている和服の貴婦人か銀座のママとしか見られず、スナックのスカウトたちが集まって次々と名刺を渡してくる。
 からかさ小僧はさらに酷い。いまや「からから小僧」ではなく「からかさ爺」となり、膝が痛くて立っているのがやっとだ。
 いつも壁にもたれかかっているので、置忘れの傘に間違えられて、鉄道の遺失物置き場まで運ばれたことは数知れずだ。
 このままでは、妖怪としての役目を果たせない。妖怪の仕事とは、人間を驚かし、未知に対する恐怖を覚えさせ、自然に対する敬意の念を起こさせることなのだ。
 人間どもはやりたい放題で、自然への敬意を失っている。
 森林破壊にとめどなく放出される二酸化炭素による温暖化。とめどなく生み出される核廃棄物に、次々と絶滅する動植物たち。
 このまま朽ちてなるものか。いまこそ妖怪たちの力が必要なのだ。
 老妖怪たちは、若返りのため、人間界に混じりながら極秘プロジェクトを開始した。
 のっぺら坊は美容整形クリニックで皺伸ばしをするのと同時に、美容液とパックで若々しい美肌を取り戻そうとした。
 ろくろ首は整骨院とマッサージ店に通いつつ、コルセットで固めて首の負担を軽減することにした。
 からから小僧は膝を守るサポーターを購入するだけでなく、筋力増強のために地元のサッカークラブに加入してトレーニングを開始した。
 人間に対抗することを諦めていたタヌキやキツネも、老妖怪たちの頑張りに元気を取り戻して化ける練習を再開した。
 往年の技を取り戻したタヌキとキツネたちは、老妖怪のために美容液や湿布やサポーターの購入に走り回るだけでなく、何匹かは政治家にまで昇りつめることに成功した。
 妖怪たちの出現の準備が整いつつある。だが、ここで地獄の閻魔様からストップがかかった。
「人間どもも少し反省を始めたようで、世界中で環境保護運動が盛り上がっている。しばらく様子を見ようではないか」
 老妖怪たちは閻魔様の指令にほっとした。
 いまや老妖怪たちは、人間界に完全に溶け込んでいた。
 のっぺら坊は評判のラーメン屋となり、毎日楽しそうに麺を茹で続けている。
 ろくろ首は銀座のママとして大活躍し、業界人や芸能人にも顔が効くようになった。
 からかさ小僧も片足のエースとしてテレビにも取り上げられ、チームで大活躍している。
 タヌキとキツネが化けた政治家たちは、もっともらしいことを演説して世の中を盛り上げている。
 老妖怪たちは思った
 若いころは人間たちを驚かし、畏怖されることに快感を覚えていた。しかし年をとり、そうした稚気がなくなると、なんとなく大きな心で人間界を見渡すようになっている。
 これが、大人になるということなのもしれない。
 妖怪たちが大人になるぐらいだから、人間も大人にならないわけがない。いつか人間界も発展と環境保護との折り合いをつけてくれるだろう。
 もし、関係性が破綻したときこそ、老妖怪たちは全力をつくして人間界をつぶさなくレはならない。
 破滅の日が、一生来なければいいのだが。
 そのような願いを込めて、老妖怪たちは今日も人間界を見守り続けている。

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