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【掌編】齊藤想『落ちていた靴下』 [自作ショートショート]

第17回小説でもどうぞに応募した作品その2です。
テーマは「家」でした。

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『落ちていた靴下』 齊藤 想

 朝の会まで、少し時間があった。
 クラスのガキ大将である剛司が、教室に泥まみれの靴下を持ってきた。何の変哲も無い無地の白い子供用の靴下だ。用務員室の裏側で落ちていたらしい。
 同級生たちが、なにが珍しいんだろう、という目をしている。しかし、剛司は教室内で思いっきり声をはりあげる。
「これで、三足目だ。おかしくないか」
 剛司は靴下をぐるぐる振り回した。泥が飛んで、女子が嫌な顔をする。
「だってさあ、大人用靴下が落ちているならまだ分かる。だが、子供用だぜ。なんで、用務員室の裏に子供用の靴下が何回も落ちているんだよ。お前のか、お前のか」
 剛司は同級生たちの足下をのぞき込む。キャアキャア言いながら、女子たちが逃げる。
「ちょっと、いい加減にしなさいよ」
 学級委員長をしている玲子が剛司の前に立ちふさがる。いつもこぎれいな恰好をしているお嬢様的な女子だ。玲子は、腰に手を当てて、剛司を威圧するように胸をそらす。
「子供用の靴下が見つかったぐらいで、ギャーギャー騒がない。ここは小学校よ。誰かが落としたに決まっているじゃない」
 剛司は呆れたような顔をする。
「玲子は学校の勉強はできるかもしれないけど、それ以外は世間知らずのお嬢様だな。靴下は履くものだぜ。どうやったら、靴下を落とせるんだよ」
 剛司とクラスの笑い声に、玲子がますますムキになる。
「世間知らずは剛司よ。替えの靴下を持ってきたのかもしれないじゃない。剛司の常識で決めつけないほうがいいわよ」
「雨の日ならそうかもしれない。だけど、今日は晴れの日だぜ」
「風で飛んだのかもしれない」
「ここ一週間はおだやかだ。玲子も思い付きでしゃべらず、少しは頭を使えって」
 嘲笑するような剛司の声に、玲子はきつい視線を飛ばす。
「そこまで言うのなら、なぜ学校に靴下が落ちているのか説明してみなさいよ。納得する説明がなかったら許さないから」
「よしよし、そうこないと」
 剛司はイスに深く座りなおした。そして、名探偵のように両腕を深く組む。
「頭の固い玲子に、真実を教えてやろう。ズバリ、それは、この学校に住んでいる子どもがいるということだ。つまり、この靴下は学校で干していたものが落ちたのだ」
「ばっきゃじゃないの」
 玲子の声が裏返る。
「そんなことあるわけがない。もうちょっと常識的に考えてよ」
「玲子は知らないと思うけど、世の中にはいろいろなことがあるんだよ。親が育児放棄しているかもしれない。DVに苦しめられているのかもしれない。そうした一時的な避難場所として、小学校が使われているかもしれない。用務員室には泊まれる施設があるし」
「妄想もいい加減にしなさい」
「それに、この小学校に幽霊がでる噂を聞いたことはないか? その幽霊だって、小学校に住んでいる子どもだと思えば辻褄が合う」
「あきれた名探偵ね。だれが信じると言うのよ、そんなヨタ話を」
 玲子は剛司に背中を向けた。その背中に向かって、剛司は投げかける。
「否定するだけじゃなくて、確かめたらいいじゃないか。いまからみんなで用務員室に行ってみようぜ」
「バカねえ。用務員さんが、部屋に入れてくれるわけないでしょ。あのひとは、ああ見えて堅物なんだから」
「あっ、おい。余計なこと言わずに、とっとと行ってみようぜ」
 剛司にあおられるようにして、クラスの全員で用務員室に向かうことになった。他のクラスが奇異の目で不思議な集団を見ている。
 玲子は恥ずかしかった。ずっとうつむき、トボトボとクラスの最後尾を歩く。まさか、こんなことになるなんて。
 階段を下りている途中で、先頭を歩いていた剛司が戻ってきた。玲子の横に立つと、周りに注意しながら、耳元でそっと囁く。
「本当に玲子は世間知らずだなあ。下手に隠そうとするより、完全に否定させた方が早いって。悪いようにはしないから」
 玲子は驚いた。いつから剛司は気が付いていたのだろうか。ガサツに見えて、とてつもない観察眼の持ち主なのかもしれない。
 用務員室が近づいてくる。まるで子どもたちを待っていたかのように、用務員が顔をだした。
 少し困惑したような、まるで作ったかのような顔だ。
 玲子は、足取りが軽くなるのを感じた。

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