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『歌を作った』 海野 久実  [ショートショートの紹介!]

今日は海野久美さんの『歌を作った』を紹介します。
掲載許可を頂いた海野さんに感謝です。

海野さんは今回紹介した作品以外にも、様々な短編小説・掌編小説をブログで発表されています。
ぜひともブログもお立ち寄りください。

それでは、作品をどうぞ~。

【海野さんのブログ】
まりん組・図書係
http://marinegumi.exblog.jp/

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『歌を作った』 海野 久実 


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突然歌を作りたくなった。

ブラッドベリの初期の小説に、こういう物語がある。
詩人がある日、一編の詩を書く。
自然の美しい風景を言葉によって紙にインクで書きつけると、その詩があまりに完璧な作品だったので、インクが乾くと同時にその自然の風景は紙の中に閉じ込められてしまう。
そして、現実の景色からはその美しい風景が失われる。
「詩」と言う短編だ。

その小説を読んだ時、僕にも同じような事が出来るような気がした。
いや、「同じよう」ではなく、全く反対の事だったが。

音楽が昔から好きだった。
自分でギターを弾いてヒット曲を歌うのが好きだった。
ギターを弾く事も好きで、趣味で弾いているにしては我ながら、かなりうまい方だと思っている。
譜面まで読めるようになり、初めての曲でも譜面さえあれば弾き語りができるまでになっていた。
そして「詩」と言うその物語を読んでから、自分で曲を作ってみたくなったのだった。

自然の風景を歌にする。
しかし僕が歌にするのは現実にある風景ではなく、あくまで頭の中だけで想像した風景なのだ。
すると、その歌と共にその風景が世界のどこかに出現する。
何もない所に、美しい景色が突然に現れて、たまたまそこに居合わせた人を驚かすのだ。
強くそう思いながら僕はいろんな歌を作った。
本当にそう信じて僕はたくさんの歌を作った。
紙に書きつけられた譜面のままでは、その風景は紙の中に閉じ込められている。
僕がギターを弾きながら声に出してその歌を歌う時、その歌われた情景が世界のどこかに出現しているのだ。

だけど、僕が歌い終わると同時に、その美しい風景は失われる。
それは歌と言う物の宿命だ。
世界から、その美しい風景は失われ、失われた風景は、譜面の中に閉じ込められてしまうのだった。
その譜面の中の風景は僕によって歌われない限りどこにも出現はしない。
実際にその風景が出現するのを自分が目にはしなくとも、それはどうしようもないほどの確信だった。

そんなある日、ある一人の少女の歌を作った。
それまでに作ったどの歌よりもそれは素晴らしい出来の歌だった。
黒髪を風になびかせて歩く少女。
大きなまっすぐな瞳には世界のあらゆる美しいものが映る。
形の良い唇から出る声は、いつまでも聞いていたい歌にも似ている。
少女が走ると、彼女が作ったかのような心地よい風が街に吹き渡る。
そう、その歌を僕が歌う時、彼女もまたこの世界のどこかに現れている。
どこかの若者が彼女を見つけると一目で恋に落ちてしまっている事だろう。
でも、僕が歌い終わると少女は若者の前からふっと姿を消すのだ。

僕はその歌が特に気に入った。
毎日のように歌い続けた。
他の歌を作りながらも、その少女の歌だけは毎日のように歌った。

ある雨の日の事。
少女の歌を歌っている僕の前にその歌の少女が現れた。
僕の部屋の窓の向こうに、彼女が僕の家へと近づいて来るのが見えた。
そして、何も言わずドアを開け、風が吹き込むように彼女は僕の前に立っていた。
僕は歌を歌い続けている。
僕は歌いながら、少女に一瞬で恋をしてしまっていた。
歌が終わると同時に、まだ弾き終わって弦が震えて音が出ているままのギターを立てかけて、彼女に手を差し伸べた。
彼女を抱きしめようと思ったのだ。
少女は近づいてくる。
でも、愛らしい唇は微笑んではいなかった。
それどころか、とても悲しげな表情をしていたのだ。
少女は後ろに隠し持っていたナイフを、彼女の全体重をかけて僕の左胸に押し込んだ。

僕はその痛みと、流れ出る血の温かさを感じながら、全てを理解していた。
彼女は苦しんでいたのだ。
僕が少女の歌を歌うと、彼女はこの世に生まれ、歌い終わると同時に「死」を経験する。
次の日に僕が歌うと、また生まれては死んでゆく。
そしてまた。
少女はその繰り返しに苦しみ続けていたんだと思った。
彼女の悲しげな表情はそのためだったんだと、薄れていく意識の中で理解していた。

ギターの弦が震えるのをやめると同時に彼女は安らかな微笑みを浮かべながら霧のように消えて行った。
それを見届けた僕の目も、もうそれ以上開けてはいられなかった。


(終わり)
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幻想の少女が、幻想のたびに生まれ、消滅させられる苦しみという発想が斬新で、面白いと感じました。
咲田哲宏さんの『竜が飛ばない日曜日』を彷彿としました。
冒頭にレイ・ブラッドベリを出すところも、ショートショート好きを刺激します。雰囲気もブラッドベリの世界を醸し出していましすね。

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コメント 7

雫石鉄也

いいですね。ブラッドベリの「詩」を読んだ時と同じ感動を味わいました。
結末も哀しく美しいです。
ちなみにブラッドベリの「詩」は、SFマガジン1970年5月号で紹介されています。
http://homepage2.nifty.com/sfish/seigun/sfm-44.htm

by 雫石鉄也 (2010-12-27 10:05) 

リンさん

海野さんのブログでも読ませていただきましたが、きれいな話ですね。
簡単に作れると思った歌が、歌うたびに重く悲しいものになってします。
歌の宿命っていう言葉もいいですね。
少女は最初から幻想なのに、消えてしまった悲しみがすごく伝わりました。
by リンさん (2010-12-27 11:25) 

春待ち りこ

このお話。。。よかったです。
文章は美しいですし。。。結末もいい。
ちょっと切ない余韻が残る素敵な作品ですね。

幻想の少女の悲しみ。。。
そこに視点が切り替わった時。。。はっとさせられました。
大変、勉強させていただきました。

ありがとうございます。

by 春待ち りこ (2010-12-27 15:31) 

海野久実

みなさん感想をありがとうございます。
なんて、自分のブログでもないのに、なんか変な感じ。

この作品は、昔読んだブラッドベリの「詩」を思い出してはみたものの、うろ覚えで、ストーリーが「詩」に書いたものが具象化するのか、「詩」に書いたらそれがなくなってしまうのか、どっちかだったよなーと思い、「どっちにしても反対の方のアイデアでお話ができるじゃん」と思って、ブラッドベリのどの短編集に入っていたのかと探し回りました。
日本で独自に編集された「黒いカーニバル」に入っていたのを発見したのは最後の最後でしたね。
素敵な作品でした。
長い間ブラッドベリを読んでなかったのですが、今、作品集を積み上げて、気に入った作品を時々読み返しています。
by 海野久実 (2010-12-28 01:58) 

サイトー

ブラッドベリはSFに幻想的要素を融合させることに成功し、後世への影響が大きい作家のひとりですよね。
最初に読んだときは、どうも、すっと頭の中に入ってこなかったのですが、こうしてコメントを読んでいるうちに、再読したくなってきました。

by サイトー (2010-12-28 04:43) 

海野久実

あ、 サイトー さん。今ごろ気が付いたんですが、海野久実が久美になっていますね。
女か男かわからない名前にしようと思って考えたペンネームですが、久美では女の子っぽ過ぎるので久実にしました。
「ユートピアを作ろう」の方は合っています。
by 海野久実 (2011-01-09 02:16) 

サイトー

>海野久実さん
すみませんです。
完全なる見落としです。ごめんなさい。
さっそく修正しましたので、よろしくお願いします。
by サイトー (2011-01-09 05:43) 

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