『夢話・壱 灼ける芝生の話』 大城 拓人 [ショートショートの紹介!]
デザイン作成をされているbigshere.com 代表の大城拓人さんから不思議な味わいのある掌編をいただきました。作品の掲載許可をいただきありがとうございます。
大城代表は美術大学を卒業されています。
センスを必要とされる仕事をされている方は、いろいろな面でセンスが磨かれるんだろうな、と思います。
美術と小説は繋がるのかもしれません。
それでは、不思議な世界にご招待~。
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『夢話・壱 灼ける芝生の話』 大城 拓人
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こんな夢を見ました。
私は高校生でした。校舎は完全に中学なのに、どうも高校のときの担任教師が出て来るし、とにかく高校生でした。
美しい従妹が違うクラスにいます。青いつなぎを来た用務員さん達がごったがえす掃除時間、手拭いで覆面をした仲間と一緒にゴミ捨てを終えた彼女は、階段で僕とすれ違ってもまったく僕を無視して、元のクラスに戻って行きました。
暫くの月日が流れ、何やら僕と、もう一人、仲の良いオタクの不良的なクラスで浮いているような、元サッカー部の男子学生が、つまり僕と「そいつ」の二人が処刑される運びとなりました。
罪状は解りません。
担任教師が巻物のような和紙を広げて言いました。
学校の隅にある体育館のような講義堂で、四月の終わりの六時間目が終わった午後四時から、僕達は揃って斬首されるようです。
四月の終わりと言っても、まだ相当時間があるし、何とかなるんじゃないの? みたいな心構えで、余裕で僕と「そいつ」は日々を送るんですけど、いざその執行日になると、僕はパニクってしまいました。
死を感じるとはこういうことです。誰も彼もが他人事。延々と寂しい眼で覆面仲間を引き連れ掃除をする従妹と、一緒。皆が僕と「そいつ」の命のことなんか無関心で、午後になり、処刑の時間が近付いて来ます。
時計の針が一時を指しました。
遂に僕は担任教師に、「何とかしてくれ、死にたくない」、と嘆願しました。
教師は、そういう話は執行人の方に相談しろ、と苦しそうに僕を突き放し、教室の奥にある、教材準備室の扉を開けてくれました。
淡い希望を抱き、僕は教材準備室に入りました。
そこでは青い帽子を目深に被った顔の見えない痩せ細った中年男性、一人の用務員さんが、錆びに錆びた電動ノコギリで何かの金属を切っていました。
困惑顔の担任教師がその中年男性に僕を指差しながら耳打ちし、中年男性は「カレーを食べて来る」、と言って部屋から出て行きました。
僕は、「ああ、まだ昼食を済ませていなかったんだな」、と思いました。
程なく、用務員さんは帰って来ました。
用務員さんはきびきびとした動きで木製の机に着くと、僕の顔を見ずに「どうして死にたくないんだ?」、と僕に訊きました。
僕は用務員さんに向かって涙ながらに、自分の生きている価値を訴えました。
確かに僕は不器用で、人の足手まといになることもあるのかも知れない、けれど僕にもやらねばならないことがあるのです、僕にしか出来ないこともあるのです……!
用務員さんは、ならば特別に赦そう、と言って僕の罪状が書いてあるらしい和紙に判を捺しました。
僕の処刑は免れました。
嬉しくなって、身が軽くなって部屋を飛び出そうとする僕に、用務員さんは言いました。
「無罪になった君は、もう一人の処刑を最初から最後まで見届けなくてはならない、そういう決まりだ」、と。
つまり、僕は「そいつ」が死に至る全ての工程を観なくてはならない。そういう責任を背負い、それから逃げたりしたら僕の訴えは全て嘘になってしまうと、そういうことなのです。
その使命を果たさなかったら、死より恐ろしい結果が待っているだろうことは容易に想像出来ました。
罪を認め、罪を償う処刑による死は清らかなものです。ですが嘘は醜い。生命は続いても生きる価値は剥奪されます。
勿論、僕は充分にそのことを了解していました。
部屋から出ると担任教師が僕に握手を求めて来ました。
握手が終わると、担任教師は幾人もの用務員さんに引っ張られ、教室の外に連れて行かれました。
僕は理解しました。「そいつ」とは担任教師、そのものだったのです。
こういう日に限って、六時間目は長引きました。
四時になる十分前、漸く授業は終わり、掃除時間になりました。
鞄を持ち、用務員さんと生徒の波を掻き分けて、僕は処刑会場である講義堂に急ぎました。
下駄箱で靴を履き替え、外に出ると、校庭の芝生が燃えていました。
サッカー部が火を放ったらしいのです。
所詮不良の集まりだ、と苦々しく思いながら、僕は講義堂に続く急坂を必死になって上りました。
熱さに耐え、迫り来るサッカー部員を押し退けて上りました。
足が重い、間に合うか……。不安だけが募りました。
講義堂に到着すると、既に四時半。
入り口には、ホール内部に入れなかった生徒達がぐったりと座っていました。
恐る恐る、僕は閉まったドアの窓からホールの中を覗きました。
黒いタキシードを着た司会者が扇情的な声で絶叫していました。
観客は皆、涙しています。
ホールの中央には血に染まったギロチン台があり、白い布を被った何かが担架で運ばれていました。
どうやらもう、「そいつ」の処刑は終わったようでした。
ドアが開き、担任教師が鬼のような真っ赤な形相で僕を睨み付けました。
「何をやってんだ」、と低く重く、彼は言いました。
その眼から逃げるように眼を逸らすと、ハンカチで眼を押さえていた観客達も冷たい眼で僕を見据えていました。
僕はどうにか言い訳を考えました。
時間通り来たんですけど、この生徒達みたいにホールが一杯で中に入れなかったのですよ、とか。
しかしそんな偽物の言葉が通用しないことは、僕には充分に解っていました。
圧倒的な殺意を感じ、理性を棄て、僕はその場から逃げ出しました。
担任教師が全力で僕を追って来ます。
僕も全力で彼から逃げました。
灼き尽くされた野原の中に、従妹が仲間と一緒に立っていました。
僕は彼女の元に駆け寄り、何でも良いから助けてくれ、と身も蓋もなく転がって泣きました。
従妹は薄い感情の膜が張った眼でその僕を見下ろし、手に持った竹箒を一本、そして手拭いを僕に渡してくれました。
竹箒を手にした僕は涙を拭き立ち上がり、手拭いで顔を隠し、彼らに混じって灼かれた地面を掃きました。
僕を探し求める担任教師の声がいつまでも、辺りに響いていました。
(終わり)
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不条理といえば不条理かもしれませんが、それだけでは括れないパワーを感じます。
実は大城さんとぼくとはリアル世界のお付き合いがあるのですが、大人の雰囲気を漂わせていて、物腰が柔らかくてとても丁寧な方です。
たぶん、女性にもてます。
それだけに、作品とのギャップに驚きました。
こうした意外な一面を知ることができるのも、お互いに作品を作りあっているからこその楽しみですね。
大城代表は美術大学を卒業されています。
センスを必要とされる仕事をされている方は、いろいろな面でセンスが磨かれるんだろうな、と思います。
美術と小説は繋がるのかもしれません。
それでは、不思議な世界にご招待~。
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『夢話・壱 灼ける芝生の話』 大城 拓人
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こんな夢を見ました。
私は高校生でした。校舎は完全に中学なのに、どうも高校のときの担任教師が出て来るし、とにかく高校生でした。
美しい従妹が違うクラスにいます。青いつなぎを来た用務員さん達がごったがえす掃除時間、手拭いで覆面をした仲間と一緒にゴミ捨てを終えた彼女は、階段で僕とすれ違ってもまったく僕を無視して、元のクラスに戻って行きました。
暫くの月日が流れ、何やら僕と、もう一人、仲の良いオタクの不良的なクラスで浮いているような、元サッカー部の男子学生が、つまり僕と「そいつ」の二人が処刑される運びとなりました。
罪状は解りません。
担任教師が巻物のような和紙を広げて言いました。
学校の隅にある体育館のような講義堂で、四月の終わりの六時間目が終わった午後四時から、僕達は揃って斬首されるようです。
四月の終わりと言っても、まだ相当時間があるし、何とかなるんじゃないの? みたいな心構えで、余裕で僕と「そいつ」は日々を送るんですけど、いざその執行日になると、僕はパニクってしまいました。
死を感じるとはこういうことです。誰も彼もが他人事。延々と寂しい眼で覆面仲間を引き連れ掃除をする従妹と、一緒。皆が僕と「そいつ」の命のことなんか無関心で、午後になり、処刑の時間が近付いて来ます。
時計の針が一時を指しました。
遂に僕は担任教師に、「何とかしてくれ、死にたくない」、と嘆願しました。
教師は、そういう話は執行人の方に相談しろ、と苦しそうに僕を突き放し、教室の奥にある、教材準備室の扉を開けてくれました。
淡い希望を抱き、僕は教材準備室に入りました。
そこでは青い帽子を目深に被った顔の見えない痩せ細った中年男性、一人の用務員さんが、錆びに錆びた電動ノコギリで何かの金属を切っていました。
困惑顔の担任教師がその中年男性に僕を指差しながら耳打ちし、中年男性は「カレーを食べて来る」、と言って部屋から出て行きました。
僕は、「ああ、まだ昼食を済ませていなかったんだな」、と思いました。
程なく、用務員さんは帰って来ました。
用務員さんはきびきびとした動きで木製の机に着くと、僕の顔を見ずに「どうして死にたくないんだ?」、と僕に訊きました。
僕は用務員さんに向かって涙ながらに、自分の生きている価値を訴えました。
確かに僕は不器用で、人の足手まといになることもあるのかも知れない、けれど僕にもやらねばならないことがあるのです、僕にしか出来ないこともあるのです……!
用務員さんは、ならば特別に赦そう、と言って僕の罪状が書いてあるらしい和紙に判を捺しました。
僕の処刑は免れました。
嬉しくなって、身が軽くなって部屋を飛び出そうとする僕に、用務員さんは言いました。
「無罪になった君は、もう一人の処刑を最初から最後まで見届けなくてはならない、そういう決まりだ」、と。
つまり、僕は「そいつ」が死に至る全ての工程を観なくてはならない。そういう責任を背負い、それから逃げたりしたら僕の訴えは全て嘘になってしまうと、そういうことなのです。
その使命を果たさなかったら、死より恐ろしい結果が待っているだろうことは容易に想像出来ました。
罪を認め、罪を償う処刑による死は清らかなものです。ですが嘘は醜い。生命は続いても生きる価値は剥奪されます。
勿論、僕は充分にそのことを了解していました。
部屋から出ると担任教師が僕に握手を求めて来ました。
握手が終わると、担任教師は幾人もの用務員さんに引っ張られ、教室の外に連れて行かれました。
僕は理解しました。「そいつ」とは担任教師、そのものだったのです。
こういう日に限って、六時間目は長引きました。
四時になる十分前、漸く授業は終わり、掃除時間になりました。
鞄を持ち、用務員さんと生徒の波を掻き分けて、僕は処刑会場である講義堂に急ぎました。
下駄箱で靴を履き替え、外に出ると、校庭の芝生が燃えていました。
サッカー部が火を放ったらしいのです。
所詮不良の集まりだ、と苦々しく思いながら、僕は講義堂に続く急坂を必死になって上りました。
熱さに耐え、迫り来るサッカー部員を押し退けて上りました。
足が重い、間に合うか……。不安だけが募りました。
講義堂に到着すると、既に四時半。
入り口には、ホール内部に入れなかった生徒達がぐったりと座っていました。
恐る恐る、僕は閉まったドアの窓からホールの中を覗きました。
黒いタキシードを着た司会者が扇情的な声で絶叫していました。
観客は皆、涙しています。
ホールの中央には血に染まったギロチン台があり、白い布を被った何かが担架で運ばれていました。
どうやらもう、「そいつ」の処刑は終わったようでした。
ドアが開き、担任教師が鬼のような真っ赤な形相で僕を睨み付けました。
「何をやってんだ」、と低く重く、彼は言いました。
その眼から逃げるように眼を逸らすと、ハンカチで眼を押さえていた観客達も冷たい眼で僕を見据えていました。
僕はどうにか言い訳を考えました。
時間通り来たんですけど、この生徒達みたいにホールが一杯で中に入れなかったのですよ、とか。
しかしそんな偽物の言葉が通用しないことは、僕には充分に解っていました。
圧倒的な殺意を感じ、理性を棄て、僕はその場から逃げ出しました。
担任教師が全力で僕を追って来ます。
僕も全力で彼から逃げました。
灼き尽くされた野原の中に、従妹が仲間と一緒に立っていました。
僕は彼女の元に駆け寄り、何でも良いから助けてくれ、と身も蓋もなく転がって泣きました。
従妹は薄い感情の膜が張った眼でその僕を見下ろし、手に持った竹箒を一本、そして手拭いを僕に渡してくれました。
竹箒を手にした僕は涙を拭き立ち上がり、手拭いで顔を隠し、彼らに混じって灼かれた地面を掃きました。
僕を探し求める担任教師の声がいつまでも、辺りに響いていました。
(終わり)
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不条理といえば不条理かもしれませんが、それだけでは括れないパワーを感じます。
実は大城さんとぼくとはリアル世界のお付き合いがあるのですが、大人の雰囲気を漂わせていて、物腰が柔らかくてとても丁寧な方です。
たぶん、女性にもてます。
それだけに、作品とのギャップに驚きました。
こうした意外な一面を知ることができるのも、お互いに作品を作りあっているからこその楽しみですね。
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