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【掌編】齊藤想『麒麟児』 [自作ショートショート]

TO-BE小説工房(第51回)に応募した作品です。
テーマは「キリン」でした。

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『麒麟児』 齊藤 想

 小学二年生になる息子が、マンションの窓から公園の一角を指差した。
「あそこにキリンがいるよ」
 私は六階の窓から外を眺める。もちろんキリンなどはいない。数本のけやきと、ブランコをこいでいる女の子が二人いるだけだ。
「こんな街中にでキリンが歩いていたら大騒ぎだよ」
「そんなことないよ。だって、キリンがいても、ほとんどのひとは気が付かないもん。キリンって特別なひとにしか見えないんだ」
 私は笑いながら答える。
「動物園にもいるし、図鑑にものっているじゃないか」
「カタカナのキリンじゃなくて、漢字のキリン」
 私はビールのラベルを思い出した。確か中国の神話に現れる霊獣だったはずだ。
「麒麟には翼があるから、空も自由に飛べるんだよ。ほら、いま太陽に向かって駆け上がっている!」
 私は息子の視線に合わせて空を見上げた。必死に息子が麒麟だと思った何かを探すが、目に映るのは澄み切った青空のみ。街中でよく見かけるが、名前のしらない野鳥が視線を横切った。さすがにこれを麒麟とは呼ばないだろう。
 息子は無邪気に空の一点を指差している。
 そもそも、麒麟には翼がない。翼が生えているのは日本橋にある麒麟の像だけ。そういえば祖父母は銀座に住んでいる。幼いころから日本橋を見続けていれば、麒麟に翼があると勘違いするのも当然かもしれない。
 玄関が小さく二回ノックされた。示し合わせた合図だ。チェーンをつけたまま小さく開けると、妻が顔を出した。お互いににっこりとほほ笑むと、私は妻を迎え入れた。息子が「ママ」と言いながら妻に向って駆け寄る。二人は抱擁を繰り返す。
 物心ついたころから、息子はありとあらゆることにまれなる才能を発揮し、麒麟児と呼ばれていた。本当はサバン症候群。ただ息子が通常とは違うところは、知的障害がみられないのに、サバン症候群の特徴である常道を喫した記憶力、卓越した計算能力を持っていることだ。
 視力も尋常ではない。普通の人間には見えないものを目にすることができる。視力も脳内の処理能力に大きく影響しているので、異常な視力もサバン症候群の一種なのかもしれない。
 「キリンが見える」ことも、もしかしたら本当なのかもしれないと思わせるだけの能力が、息子にはあった。
 もちろん科学者たちは息子のことを研究材料にしようと躍起となった。息子が研究材料とされることに嫌悪感を示したため、いくら拒否しても科学者たちがしつこく付きまといときには拉致まがいなこともされたため、数年前から隠遁生活を送るようになった。
 息子を狙うのは、国内だけではない。海外からも怪しげな集団が目を光らせている。
 生活費は息子が稼いでいる。彼にしたら株価の推移を予測するのは簡単なようで、どんな相場でも黒字をたたき出すことができた。

「麒麟児は人類の突然変異である]

 ある研究者は私に向かってこういった。それは人類の希望であり、未来でもあると熱っぽく語ってきた。その一方で、こう告げることも忘れなかった。
「この子をそのままにするのは、不幸です」
 だれが不幸になるのかについては、言葉を濁された。麒麟は王が仁のある政治を行うときに現れる瑞兆とされる一方で、傷つけたり、死骸に出くわしたりするのは不吉なことだとされる。
「そろそろ追っ手がやってくるから、移動しようか」
 息子の言葉に従って、私たちは新しい住居を探す。息子は全人類の動きが手に取るように分かるようで、危機に陥ったことがない。
 科学者が言うように、息子は人類の進化形だ。しかもバージョンアップといった生易しいものではなく、新人類が旧人類を駆逐するような大変化だ。この進化が人類を不幸にするのか、幸福にするのかは分からない。息子はその気になれば、全人類を手の平で転がすことができる。研究者との鬼ごっこも、息子からしたら児戯にひとしく、人類の愚かさを確かめる実験なのかもしれない。
 私は少し悩んでいる。 この麒麟児をこのまま育てたほうが良いのか。それとも親としての愛より人類の未来を選ぶべきだろうか。
 ふっと、息子と目があった。二倍もある大きな目が、心の奥まで見透かすように射すくめてきた。

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