SSブログ

【SS】齊藤想『乗り物王』 [自作ショートショート]

Yomeba! のショートショートコーナー第14回に応募した作品です。
テーマは「乗り物」です。

―――――

『乗り物王』 齊藤想

「おれは乗り物王になる!」
 物心ついたころには、両親にそう宣言していたというから、おれの乗り物好きは筋金入りだ。
 おれが生まれて初めてまたがった乗り物は、1歳のときの三輪車だった。おれは乗り物の魅力に取りつかれ、次から次へと新しい乗り物を欲するようになった。
 運転の才能もあったのだろう。
 幼稚園へ入園する前に自転車の補助輪は外れたし、バイクの免許も普通車の免許も制限年齢に達したらすぐに取得した。大型バイクや特殊車両の免許だって、お茶の子さいさいだった。
 とにかく、大きな乗り物に憧れた。
 それは、初めて三輪車にまたがったときから変わらない感情だ。もはや本能といってもいい。
 普通サイズの乗り物に飽き足らなくなったおれが、軍隊に入り、軍艦や空母を操縦するようになったのは自然な流れだろう。さらには戦闘機も遊び感覚で操縦して、大空の世界も堪能した。
 このおれに、乗りこなせいものはない。
 既存の乗り物に満足しなくなったおれは、新しい乗り物を開発することにした。
 目標は星間飛行も可能な巨大宇宙船だ。乗り物王たるおれの最後の乗り物として、これでほど相応しい乗機はない。
 おれは軍隊を退役すると、さっそくベンチャー企業を起こした。
 軍隊時代に築いた人脈をフル活用し、資金を集め、許認可を持つ官庁には適度に賄賂をばらまいた。
 権限のあるところに金は集まる。その金を利用して、さらに権限を買いあさる。まさに好循環だった。
 おれは軍隊時代の後輩たちをコントロールして、宇宙開発に関する権限を握ると、その権限を背景にさらに資金を集めることに成功した。
 この勢いで軍需産業に参入し、宇宙船開発で得た技術を民需にも応用して、いつしか軍産複合体企業として国を代表する企業にまで育て上げた。
 どうやら、おれには機械だけでなく、経営やとして企業を乗りこなす能力もあったらしい。
 自信を得たおれは、夢に向かってひたすら前を向き続けた。
 太陽系を大きく飛び越える有人宇宙船の開発は、一企業では不可能だ。世界中から協力を得なければならない。
 おれは世界中を駆け回り、崇高なる意義と利権を説きながら、次々と各国首脳から協力を得ることに成功した。
 エリート集団だけでなく、市民からの賛同も事業継続には必要不可欠だ。
 世論を作るにはインターネット空間を押さえることが重要だ。巨額な資金を投じてSNS企業を傘下に加え、異論を容易に排除できる体制を整えた。これで世界中の言論空間を支配したも当然だ。
 長年の夢がいよいよ叶うのだ。だれにも邪魔させないし、反対もさせない。
 世界初の星間宇宙船の建設が始まった。
 あまりに巨大なため地球上では完成させることができず、資材を静止軌道まで打ち上げ、宇宙空間で組み立てる計画だ。
 世界中の首脳がおれの会社に来て、今後の協力体制を議論する。そのついでに、世界中で起こる紛争や、経済問題に関する議論に発展することもある。
 些細なことから、各国の協力体制が崩れたら大変だ。おれが資金援助をチラつかせながら適切なアドバイスを送ると、みんな満足して従ってくれる。
 宇宙船の建設は順調だった。静止軌道上で日々大きくなっていく宇宙船を、画面越しに眺めるのが最大の楽しみだった。
 しかし、おれは老いた。
 おれの目が黒いうちにこの宇宙船が完成するこはないだろう。仮に完成したとしても、老境に入ったおれが乗り込むことはできそうもない。
 だが、この年齢になって満足する乗り物に出会えたことに、おれは幸せを覚えていた。この乗り物を運転する心地よさは、何事にも代えがたい。
 今日もまた世界中の首脳から指示を求める電話がかかってくる。忙しい一日が、また始まる。
 このおれは、いまや地球という最大の乗り物を乗りこなしている。
 夢をかなえた人生に、感謝を。

―――――

この作品を題材として、創作に役立つミニ知識をメルマガで公開しています。
無料ですので、ぜひとも登録を!

【サイトーマガジン】
https://www.arasuji.com/mailmagazine.html
nice!(7)  コメント(0) 
共通テーマ: