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【SS】齊藤想『自治区』 [自作ショートショート]

小説でもどうぞ第2回に応募した作品です。
テーマは「名前」です。

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『自治区』 齊藤 想

 私の昔の名前は碁零雷です。ゴレライと読みます。この名前の書かれた名刺を出すと、「ご両親は囲碁棋士ですか」とか「強そうな名前ですね」とか言われたものです。
 この名前にたいした意味はありません。自分が生まれたころ、大流行していたギャグから取ったらしいです。
 小学校の宿題で名前の由来を両親に聞いたとき、父は悪びれもせずこう言いました。
「いやあ、一発屋になるとは思わなかったんだよ」
 なんと愚かなのでしょう。母に至ってはこうです。
「相方の背の高い方がイケメンで、ゴレちゃんもそうなればいいなあと願って」
 開いた口がふさがりません。というより”ゴレちゃん”という響きに寒気を覚えます。
 誤解されないように付け加えますと”碁零雷”という漢字は素晴らしいです。気品といい風格といい大好きです。
 でも読み方がいけません。本来の発音なら良いのですが、私たちにはできませんから。
 それはともかく、一時の流行で名前を付けるなんて、子供からしたら本当に迷惑な話です。大流行したというギャグを動画で見ました。何度も見ました。必死になって考えました。しかし、どこが面白いのかまったく分かりません。
「時代の空気というのがあるんだよ」
 父はそう言いました。時代も気が迷うことがあるのでしょう。
「そのうち空気が変わるから、ゴレちゃんも安心して」
 母は何を期待しているのでしょうか。ゴレライが捲土重来する未来など想像できませんし、したくもありません。そのまま歴史の彼方に消え去って欲しいです。
 私からすれば、ゴレライは完全なる黒歴史です。
 小学校時代は地獄でした。すでに消えたギャクでしたが、だからこそ、からかいの対象となりました。
 中高から大学時代まで進むとそのギャグは忘れ去れていましたが、やはり気が付く人はいるのです。
 その気づかれたときの憐みの目というか、知っているけど言わないであげる慰めの表情というか、そうした視線に何度も苦しめられました。
 社会人になると、さらに反応が微妙になります。
 初対面で名刺を出すと、名前をジロジロ見られます。珍名なので、どうしても名前の話題になります。大人なので当たり障りのないところから、真綿で首を締めるかのように、ジワジワと探りを入れてくるのです。
 だからこそ、あの国民的慶事が起こったとき、私はもろ手をあげて賛成しました。歓喜したと言ってもいいかもしれません。なにしろ、堂々と改名できるようになったのですから。
 私は高揚した気分で、役所に改名届を提出しました。名前を見た担当者は、随分と驚いていました。
 もちろん改名届は即座に受理されました。
 新しい名前となり、私はすがすがしい気持ちで役所を後にしました。
 新しい名前は恩男にしました。”恩”はもちろんわが国に対する感謝の気持ちです。あの国民的慶事に恩義を感じない国民がいないわけがないじゃないですか。自分も新しい名前を気にいっております。古い友人に吹聴して回って、わざわざ改名通知のハガキをだしたぐらいです。
 けど、あれだけ嫌っていたゴレライですが、五十年も使い続けていたためか無意識のレベルで愛着があったのかもしれません。
 それでこの前、うっかり昔の名前を漢字でネットに書いてしまったんです。仕方ないですよね、こればかりは。
 
 憲兵さん、そういう経緯なんです。本当に他意はないんです。
 わが国の歴史についてはよく勉強しております。古来より貴人の名前をそのまま記するのは恐れ多いため、闕画といって字画の一部分を省略して書くことになっております。この禁を破ったものは厳罰に処されます。
 しかし、こればかりは、父も母はも思いもしなかったはずです。
 いまから十年前にめでたくも故郷が解放されて日本自治区となり、ご就任された新皇帝のお名前が私と同じ碁零雷様になるなんて。
 だから許してください。今回はちょっとした間違いです。
 碁零雷様を侮辱するつもりはこれっぽっちもありません。わが国を愛する気持ちはだれにも負けません。いまから叫びますから、よく聞いてください。
 日本自治区万歳! 碁零雷皇帝万歳!

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