SSブログ

【SS】齊藤想『愛の手を』 [自作ショートショート]

第18回坊ちゃん文学賞に応募した作品です。

―――――

『愛の手を』 齊藤 想

 福澤氏が、サラリーマン相手の一杯飲み屋とバス路線が集中するターミナル駅を降りると、コンコースには募金箱を持った少年少女が並んでいた。
「貧しい子供たちのために愛の手を」
 見慣れた光景とはいえ、少年少女の無垢な瞳に見つめられると福澤氏はついつい財布を開いてしまう。募金が本当に貧しいひとたちのために使われるのか怪しいものだが、それでも「いいことをした」という満足感は残る。
 福澤氏は数枚の硬貨を募金箱に落とした。
「ありがとうございます」
 三つ編みの少女が頭を下げる。
 くたびれたサラリーマンには、このひとことが、最高の清涼剤となるのだ。
 少年少女たちの隣には、中年のご婦人方が並んでいた。手すりに立て掛けてある看板には、ベッドに横たわる幼い笑顔が貼られている。
「難病で苦しむ少女に、心臓移植のチャンスを!」
 日本国内ではドナーが極端に少ないため、手術を受けるには海外に渡る必要がある。この少女が助かる一方で、この心臓を得られなかった海外の誰かが死ぬ。ある意味では、国際的な命の売買みたいなものではないかという疑問も無きにしもあらずだが、親として何としてもわが子を助けたい気持ちはわかる。自分も二人の幼い子を持つ親なのだ。
 福澤氏は、いつもより多めの金額を募金箱に入れた。
「本当に助かります」
 母親らしき夫人が頭を下げた。自分の子供の顔を思い浮かべる。子は宝だ。ぜひとも助かって欲しい。
 自宅のある郊外へと向かうバス停は、階段の下にある。その階段の手前に、交通事故遺児たちが並んでいた。
「ぼくたちのことを助けてください」
 彼らの訴えは切実だった。無保険車に一家の大黒柱をなぎ倒され、社会的には無一文の状態で路頭に放り出されたも当然だった。
 彼らが頼るのは母親の細々としたアルバイトだけ。生活保護も行政の財政悪化とともに認定が厳しくなり、水道もガスも止められ、まさに日々の糧を得るための戦いを毎日続けている。
 福澤氏は彼らの生活を思うと、涙が止まらない。テレワークが一般的になり、通勤回数が少なくなっているいま、彼らも募金集めが大変だろう。
 募金箱に書かれたストーリーが真実かどうかは検証しようがない。お涙頂戴を狙った創作で、純朴そうな顔をして「またカモをだましてやった」と悪魔の舌を出しているかもしれない。
 それでも、福澤氏は募金箱に札をねじ込むのを止めることができなかった。
「こころから感謝します。ぼくたち頑張って生きます」
 福澤氏は笑顔で手を振った。心の中で、子供たちにエールを送り続けた。
 階段を下りると、バス停のすぐ横で母親と二人の子供が並んで募金箱を抱えていた。よくみると、福澤氏の家族だ。いったい、ここで何をしているのか。
「父親が見境なく募金してしまうので、生活費が足りません。かわいそうな私たちのために、愛の手を」
 福澤氏は自分の子供たちのために何としてでも募金しようと思ったが、すで財布の中身は空っぽだった。
 福澤氏はポケットに残っていたなけなしの小銭を募金箱に放り込むと、家族の横に立ち、一緒になって声を嗄らした。
「かわいそうな私たちの家族のために、愛の手を」


―――――

この作品を題材として、創作に役立つミニ知識をメルマガで公開しています。
無料ですので、ぜひとも登録を!

【サイトーマガジン】
https://www.arasuji.com/mailmagazine.html
nice!(3)  コメント(13) 
共通テーマ:

第7期叡王戦挑戦者決定戦(出口若武五段VS服部慎一郎四段) [将棋]

まさに叡王戦ドリームです。

〔中継サイト〕
http://live.shogi.or.jp/eiou/

タイトル戦に昇格した第3期で、実質的な初代叡王の座を争ったのは高見泰地五段(当時)と金井恒太六段(当時)でした。
だれでも想像しなかった組み合わせでまさに叡王戦ドリームでしたが、今回も出口五段と服部四段んという叡王戦ドリームと言える組み合わせとなりました。
両者とも挑戦者決定戦進出は初です。
出口五段は1995年生まれ2019年プロ入り、服部四段は1999年生まれ2020年プロ入りです。
出口五段はデビュー当時こそ目立ちませんでしたが、近年様々な棋戦で快進撃を続けています。服部四段はデビュー時からその実力を高く評価されており、abemaTVトーナメントでもドラフトで選出されています。棋界では数少ない力戦系の将棋を好みます。
どちらが挑戦しても、大きな話題になることは間違いなしです。
さあ、叡王戦ドリームの切符を掴むのは、どちらの若手になったでしょうか!

〔棋譜〕
http://live.shogi.or.jp/eiou/kifu/7/eiou202204020101.html

ということで、将棋です。
戦型は矢倉となりましたが、現代は金矢倉に組みません。もちろん入城もしません。
が、本局はさらに激しく、お互いに居玉のまま戦いが始まります。
将棋の純文学とまで言われたゆったりと囲い合う矢倉は、遠い昔の記憶になりつつあります。
服部四段の右銀がするすると前進するのを見て、出口五段がその裏側を突きます。
若者らしくお互いに突っ張った指し手が続きます。
評価値上は服部四段が優勢の時間が長かったですが、複雑な局面なので、1手で評価値が激しく上下します。
これぞ令和の将棋という感じがします。
終盤、服部四段が抜け出したと思われる局面がありました。
ここで服部四段は激しくいかずに2一金と桂馬を補充しますが、振り返るとこれが痛恨の悪手だったようです。
1五歩と4五飛の交換を入れると、評価値は急降下して勝勢から敗勢へと急転直下です。
とはいえ、1分将棋なのでまだまだ分かりません。
出口五段はようやく掴んだ勝機を、1分将棋のプレッシャーをはねのけ見事に勝ち切り、これで出口汚五段がタイトル挑戦と六段昇段を決めました。

藤井叡王との五番勝負第1局は、4月28日(木)に東京都千代田区「江戸総鎮守 神田明神」で行われます
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー