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【SF】齊藤想『双子のパラドクス』 [自作ショートショート]

TO-BE小説工房第71回に応募した作品です。
テーマは「待ち合わせ」です。

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 『双子のパラドクス』 齊藤 想

 いつの時代でも、若い男女というものはロマンチックなものである。
 美紗は、宇宙飛行士として旅立つ多蔵の胸元で泣き続けた。なにしろ、多蔵はこれから地球時間で四十年もかかる太陽系外の惑星への探検に出航しようというのだ。
「もう、おれのことは忘れてくれ」
 多蔵の言葉に、美紗は全力で首を横に振った。
「四十年後でも、絶対に待っている。私にはあなたしかいないの」
 こうして固い契りを交わしたあと、多蔵は宇宙へと飛び立った。美紗は遠ざかるロケットに手を振り、宇宙船が雲の彼方に消えた後、大変なことに気が付いた。
 宇宙船と地球では、時間の進み方が違う。
 相対性理論によれば、早く動く物体ほど時間の進みが遅くなる。つまり、光速に近い速度で飛ぶ宇宙船に乗る多蔵と、地球上で待ち続ける美紗とは、時間にズレが生じてしまうのだ。
 四十年後に美紗が六十五歳になったとしても、多蔵はまだ若い。有名な双子のパラドクスである。
 美紗は慌てて計算した。
 多蔵が乗る宇宙船は、最大で光速の八十パーセントにも達する。さらに条件が良ければ亜空間を経由して……この亜空間上では時間は完全に止まるらしいので……ますます地球時間との乖離がひどくなる。
 計算結果に、美紗は絶望した。美紗が六十五歳になっても、多蔵はまだ三十二歳。これでは母子になってしまう。
 多蔵と再会するとき、せめて四十代には見えるように努力しなければならない。
 多蔵が旅立った翌日から、美紗はアンチエイジングに励むことにした。基本は運動、睡眠、よい食事。紫外線予防の日焼け止めも欠かせない。整形手術も必要だろうから、お金も貯めないといけない。
 通勤は運動も兼ねてウォーキング。睡眠不足に繋がる残業は絶対にしない。職場内の飲み会などもってのほか。金と健康と若さの浪費だ。
 職場の同僚からは健康オタクとか守銭奴とか散々な言われ方をした。その非難に、美沙は必死になって耐えた。すべては四十年後の待ち合わせのために。
 多蔵のことを諦めてしまえば、どんなに楽だろう。多蔵が戻ってきたとき、美沙が新しい恋人を作り、結婚し、子や孫に囲まれた生活を送っていても、文句を言う人はだれもいない。むしろ、それが普通なのだ。
 だが、どうしても美紗は諦めることができなかった。それだけ、多蔵のことが好きなのだ。
 時間は矢のように過ぎていく。
 美紗はひたすらアンチエイジングに励み続けた。だが、過行く年月は無常で、美紗から若さと美しさを鑢のように削り続けた。
 アンチエイジングなど、時間の前には蟷螂は斧にすぎない。美紗と多蔵との間には、十年ぐらいの若返りでは埋められないほどの年齢差がある。あまりの虚しさに、整形手術を受ける気にもなれなかった。
 それでも、美紗は多蔵を待ち続けた。恋人も作らず、遊びにも行かず、都会の片隅でうずくまるような暮らしを続けた。

 多蔵が乗る宇宙船は、予定より五年遅れて地球に帰還した。美紗は七十歳を越えた。計算によると、多蔵はまだ三十四歳だ。
 もはや親子以上の年齢差だ。美紗の心には絶望しか浮かばなかった。
 人類史上初の大冒険を成し遂げた宇宙船が滑走路に滑り込んできたとき、多くの群衆が飛行場を埋め尽くした。
 美紗は二種類の国旗を手に、群衆に紛れ込んだ。この二種類の国旗は、再会するときの目印にと二人で約束したものだった。
 この人波だ。多蔵は気が付かないだろうし、気が付いたとしても、そのまま通り過ぎるだろう。なにしろ、多蔵は英雄だ。みすぼらしい老婆など目もくれないに違いない。
 宇宙飛行士たちが赤いビロードの上を歩いていく。美紗と多蔵の間には、幾多もの群衆が挟まっている。
 だが、美紗の目には見えた。多蔵が二種類の国旗を両手に高く掲げて、大きく振り続けていることを。
 四十五年間は無駄ではなかった。
 ふっと、多蔵の目が美紗の方向に向けられた。美紗は慌てて国旗を背中に隠した。恋人を探す多蔵の目は群衆をかき分け、目的のひとを見つけ出すことができないまま、遠ざかっていく。
 これで良かったのだ。これが二人のため。
 美紗は、胸の奥から熱い感情が湧き出てくるのを、抑えることができなかった。

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