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【SS】齊藤想『ジジイの手紙』 [自作ショートショート]

小説でもどうぞ第4回に応募して、選外佳作に選ばれた作品です。
テーマは「記憶」です。

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『ジジイの手紙』 齊藤 想

 ワシは八十を超えたジジイだが、これから未来の自分に向けての手紙を書く。笑いたいなら笑え。ベッドに括りけられた余命幾ばくも無い老人だって、未来はあるのだ。
 さて、なぜワシが未来の自分に手紙を書くかというと、すぐに忘れてしまうからだ。しかも今日起こったことだけでなく、昔のことも全部だ。まるでワシの髪の毛のように、次から次へと脳細胞から記憶が抜けていく。
 人間は、あの世に名声も財産も勲章も持っていけない。思い出だけを胸に抱いて死んでいく。
 だが、いまのワシの調子だと、思い出すらあの世に持って行けそうにない。
 だから、いま覚えていることを手紙に残しておくのだ。死ぬ直前に読み返せば「ああ、ワシはこんな人生だったんだ」と満足してあの世に旅立てるかもしれない。
 未来の自分への手紙を書くことは、ワシに残された最後のライフワークなのだ。
 難しい話はあと回しだ。忘れる前にワシの人生を語ろう。
 生まれたのは、ずーっと昔のことで、どこかの田舎町だ。細かいことは忘れた。覚えていたらこんな手紙など書かん。
 それから小学校と中学校に通ったと思うが、これもあまり覚えていない。
 手紙を書き始めるのが遅すぎたか。だが、後悔先に立たず。ワシは、いまのワシの全力を尽くすのみだ。
 匂いの記憶は長く残るという。
 こう書くと、少し思い出してきた。小学校か中学校の横に畑の肥料にするための馬糞置き場があって、風向きが良い日は校庭が香しくなったものだ。
 では風がない日は安心かと言えば、そうではない。
 学校はどぶ川に取り囲まれており、風のない日は卵が腐ったような匂いに包まれる。
 それにしても、なんだこの手紙は。こんな記憶を胸に抱いて死ねというのか。
 まあいい。先を進めよう。
 高校はとにかく楽しかった。
 何が楽しかったのかと言われると、そんなものは覚えとらん。覚えていたらこんな手紙など書かぬ。とにかく良い高校だった。友達にも恵まれた。
 いま思いつた。家のどこかにある卒業アルバムを引っ張りだして、何人かに手紙を出せば、高校時代のエピソードを寄せてくれたかもしれない。
 だが、いまとなっては手遅れた。みんな鬼籍に入っているだろう。残念至極だ。
 さて、大学時代はどうだったかなあ。
 自分のことなら覚えていそうだが、この年になると自分のことか友人のことか、記憶が混濁しておる。
 自分の人生かと思ってつづっていたら、他人の人生だったなんてシャレにならない。赤の他人の思い出を胸に抱いて死ぬなんてまっぴらごめんだ。
 だから、確実に覚えていることしか手紙には書かん。だから大学時代はパスだ。
 ここからは確実な記憶だ。
 社会人になったワシは、結婚して、子供が生まれた。この子供がとにかくかわいくてなあ。毎日のように、寝ているわが子のほっぺたをつつき、寝ているのにわざわざあやしたものだ。
 人生で最良の時だったといえる。
 それなのに、子供の顔も名前も思い出せない。これはどうしたことか。ワシは重度の認知症なのか、それとも自分の記憶と思っていたものは、単なる妄想だったのか。
 もう手紙など止めた。自分の子供の名前すら忘れようでは情けない。所詮、ワシは何も残らぬつまらぬ人生だったのだ。
 情けない、実に情けない……。

 父が死んだとき、自宅のベッドの隙間に、こんな奇妙な手紙が挟まっていた。父は重度の認知症であり、最後は何も分からなくなっていた。だから、この手紙を読み返すこともなかったはずだ。
 父は間違っている。人間は思い出を抱いて死ぬのではなく、みんなの気持ちを胸いっぱいに詰め込んで旅立つのだ。
 私が知る父は、子供たちに甘くて、いつもとなりにいて、つまらないオモチャをいかにも楽しそうに一緒に遊んでくれた。
 この手紙にだって、子供の名前は忘れたと言いながら、幼かった頃の私の似顔絵が、手紙の右下隅に添えられている。
 介護生活は大変だったが、父との思い出が気持ちを支えてくれた。
「いままでありがとう」
 私は父の手紙にそう添えると、棺桶の中に手向けた。
 私の気持ちが、立ち上る煙とともに父の魂まで届きますように。

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