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【掌編】齊藤想『告白草』 [自作ショートショート]

Yomeba第11回ショートショート募集に応募した作品です。
テーマは「告白」です。

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『告白草』 齊藤想

 営業のために渡り鳥のように会社訪問を続けている途中で、見慣れぬ野菜が育っている畑を見つけた。形も大きさもバラバラで、葉の色も統一感がない。
 不思議な野菜もあるものだと思って通り過ぎようとしたら、道路の脇に立てられている古ぼけた看板が目についた。
”告白草いりませんか?”
 初めて聞く名前だ。地方の特産物かなと少し考えていたら、畑の中から仙人のような老人が顔を上げた。
「ほれほれ、そこのお兄さん。告白草を食べていかんかね」
「いや、仕事中なので」
 老人は自分の言葉を無視して、満面の笑みで近づいてくる。腰にぶら下がっている白いタオルが目についた。
「この畑は極上の告白草が取れるのじゃ。脳がとろけるほど美味しいぞ」
「脳がとろけるって……」
「そう、この野菜は脳に効くのだ。わしが見たところ、お前さんは人生に疲れておる。そういう大人こそ、この野菜が必要なのだ」
 老人が、ほれほれ、という感じで告白草を差し出してくる。確かに肉厚で、香りもよい。葉の表面には朝露が付いており、新鮮で、歯ごたえも良さそうだ。
「お金はかかるのか?」
「そんなもん、いらん。無料でええ」
 告白草への興味と、タダという言葉にまけて、自分は試しにこの野菜を口にした。
 前歯が葉肉をかみ切った瞬間、ふっと、ブルーベリーのような甘酸っぱい香りが鼻腔に広がった。
 場面が急転する。目の前に広がるのは、ホテルの一室だ。一糸まとわぬ妙齢の女性が、腹の突き出た中高年に寄り添っている。
 中年男性はベットの上で、弛緩しきった、満足そうな笑みを浮かべている。
「ねえ、社長さん」
 そう女性が声をかけた。そのとき、ホテルの扉が開け放たれた。スーツを着たいかつい男たちがなだれ込んでくる。真っ青になる中年男性。
 妙齢の女性が、意味ありげにほほ笑む。
「いまだから告白してあげる。私ねえ、実はこの筋のひとの愛人なの。いままで隠してきてごめんね」
 中年男性の顔が真っ青になる……。
 ここで現実に戻った。
「どうだい、驚いただろう」
 畑の老人は、ケケケ、と笑った。
「告白草は、だれかの告白を栄養にして育っている。都会は告白の集積地だ。たくさんの人が泣き、そして笑う。
 他人の不幸は蜜の味ってな。おまえも誰かの告白を知りたいだろう。ほら、これなんてどうかね」
 老人はひときわ鮮やかな告白草を指した。葉の先端はとがっており、都会らしいシャープさを感じる。
「二回目からは、金を取るという商売か」
「わしがそんなケチくさい男にみえるか。わしの楽しみはもっと別にある。金などいらん。好きだけ食え」
 自分は老人に言われるがまま、再び告白草を口に入れた。
 今度はミントの香りだ。爽快な空気が鼻腔を駆け抜ける。それと同時に、不思議な光景が頭を過った。
 どうやら告白の主は高校生のようだ。クラスのアイドルだった同級生に、思い切って告白をした。だが、あえなく振られた。
 まあ、そんなもんだよなと告白の主が軽く笑っていたら、その様子を遠くから幼馴染の女子が見つめていることに気が付いた。
 そのとき、彼は自分の愚かさに頭を殴りつけたい気持ちになった。本当に必要としているのは、キラキラしている女子ではなく、いつもそばにいてくれるひとだ。
 幼馴染は、いつもそばにいてくれた。大事なひとはすぐ隣にいた。
 彼は幼馴染に駆け寄った。風が吹き、セーラー服のスカートがふわりと膨らむ。
 彼は意味もなく、制服の裾を払った。
「バカなことしてごめん。おれ、実は……」
 彼がそう言いかけたとき、幼馴染が彼の言葉を制した。
「いまだから告白するけど、私ね、もう付き合っているひとがいるの。ケン君の気持ちがずっと分からなくて……」
 幼馴染が告げた交際相手の名前は、なんと幼稚園時代からの彼の親友だった。しかも、クラスのアイドルに告白するようけしかけた張本人だ。
 すべては親友の策略だった。彼は、絶望の淵に叩きとされた。
 老人の顔が、ぬぅっと近づく。
「どうだい楽しいだろう」
 自分は頷かざるを得なかった。他人の不幸が、なぜこんなにも楽しいのだろうか。
「もう一本食べても良いか」
「どうぞ、どうぞ。告白草の味を知ってくれたのなら、なによりだ。もちろん金はとらんから、安心してくれ。わしはなあ、他人の不幸を喜ぶ人間の顔を見るのが、なによりも大好きなのだ」
 老人は実に愉快そうだ。
 自分が選んだのは、地面に這いつくばるようにして生えている苔のような告白草だ。土ごとむんずと毟り取る。
「なかなかオツなものを選んだねえ。地面に近ければ近いほど、重苦しい告白を吸い上げてくれるからな」
 老人はケケケと笑った。
 おれは奇怪な笑いを無視して、告白草を口にした。ドブネズミのような陰湿な匂いが広がる。
 画面が切り替わった。男が取調室で刑事と対面している。
 みすぼらしい男が警察に訴える。
 全ては社会が悪い、食い詰めた上での犯行だ、生きるためにやむを得なかった、親も貧乏で成功するチャンスがなかった、人を殺めてしまったのは抵抗されたからで、あれは悲しい事故だ。
 男の勝手な言い草を聞いていた刑事が、祈るような形で両手を組んだ。
「どんな理由を付けようと、お前は間違いなく人殺しだ。人を殺すことが楽しくてたまらない殺人鬼だ」
 男は必死に言い訳をする。
 おれは悪くない、すべては不公平な世の中が、社会の目が……と言い続ける男に、刑事が迫る。
「早く楽になれよ。全てを認めちゃいなよ。お前は人を殺したいから、殺したんだ。ただ、それだけだ。それだけの男だ」
 そんなことはないと否定する男に、刑事は口元に笑みを浮かべた。そして、男の耳元で彼にだけ聞こえる小さな声でささやく。
「仲間だと思って告白するけどさ、人殺しは最高だよな」
 ここで現実に戻された。
「世の中には最低な人間がいるものだな」
「ええ、だれもが最低なのです。この私も貴方も、そして、この地球に住む人類全体も」
 そう言い終わると老人は消えた。畑もただの空地に戻り、その中央になぜか破壊されたお地蔵様が転がっていた。
 すべては夢だったのかもしれない。そう思うにはあまりに生々しく、重すぎた。
 告白草が吸い取っていたのは、他人の不幸を願う汚い心だ。あの告白草は、自分自身の心の反映だ。
 そろそろ自首する頃合いかもしれない。元刑事である自分は、ふと思った。

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