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第12期女流王座戦挑戦者決定戦(西山朋佳白玲VS加藤桃子女流三段) [将棋]

女流四強が順当に勝ち上がってきました。

〔中継サイト〕
http://live.shogi.or.jp/joryu_ouza/

初代女流王座は加藤桃子です。
第3期で里見香奈に敗れますが、第4、5期と連覇し通算4期。永世称号であるクイーン王座まであと1期に迫っています。
女流棋界は4強が抜けていますが、女流王座は特に目立っており、タイトル戦に4強以外が登場したのがわずか3回です。
第12期も四強での争いになることが確定しています。
西山白玲と加藤女流三段の直接対決ですが、連勝・連敗が多いという特徴があります。
最初は加藤桃子が4連勝し、その後西山朋佳が5連勝。白黒を挟んでまた4連勝したと思ったら、直近だと加藤桃子が連勝しています。
加藤女流三段としたら少し負け越しているので、ゲンの良い女流王座戦、しかも挑戦者決定戦という大勝負で、もう一番返したいところだと思います。
さあ、クイーン王座まであと1期の加藤女流三段ですが、里見女流王座への挑戦権を獲得することはできたでしょうか!

〔棋譜〕
http://live.shogi.or.jp/joryu_ouza/kifu/12/joryu_ouza202209070101.html

ということで、将棋です。
先手になったのは西山白玲で、ゴキゲン中飛車を採用します。
後手加藤女流三段は銀対抗から左美濃に構えます。順位戦でも本田五段が採用していました。流行かもしれません。
加藤女流三段はさらに銀冠まで発展させ、後手に不満はない展開だと思います。
桂馬交換になったあと、西山白玲はその桂馬を5六の好位に据えました。6四銀のあたりになっていますが、しかしここで7四歩が好手で、桂馬が空振りになってしまいました。
ややよしで終盤戦に入った加藤女流三段ですが、勢いよく攻めていきます。
4五桂馬からガジガジ先手陣を削りにかかります。
終盤、西山白玲は加藤玉を追い込もうとしますが、冷静に対処されて苦しい展開です。

最後まで冷静だった加藤女流三段が110手まで勝利し、里見女流五冠への挑戦を決めました。
五番勝負第1局は10月26日に東京都文京区「ホテル椿山荘東京」で行われます!
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第63期王位戦第5局(藤井聡太王位VS豊島将之九段) [将棋]

藤井王位の3勝1敗で迎えた第5局です。

〔中継サイト〕
http://live.shogi.or.jp/oui/

藤井王位は7月に20歳を迎えました。
十代でタイトル9期は圧巻の成績で、そもそも十代でタイトルを獲得した棋士は羽生善治(1期)と屋敷伸之(2期)のみです。
これだけ研究環境が整った時代に突出した成績を残すのは驚異的であり、空前絶後になる可能性が高いです。
その藤井王位ですが、誕生日の4日後に行われた関西囲碁記者クラブ賞を受賞してスポーツ紙に取り上げられ「食前酒をいただきました。えーっと、梅酒か果実酒だったと思う」とインタビューに答えています。
見出しは”最善酒”デビューです。
これだけ新聞に取り上げられる棋士は羽生善治以来ではないかなと思います。
どの分野であれ、ヒーローの存在は貴重です。
将棋界として、ぜひとも若いヒーローを大切にして欲しいと思います。

〔棋譜〕
http://live.shogi.or.jp/oui/kifu/63/oui202209050101.html

ということで、将棋です。
お互いの意地を見るかのように、本局も角換わりとなりました。
藤井王位は早めに4一飛車と回って先手豊島九段の攻めを誘い、開戦となりますが、すぐに二次駒組へと移ります。
先手は固さ優先の銀矢倉、後手はバランス重視の駒組です。
先手のちょっかいに、後手は8筋を突き捨ててから5七歩と垂らしたのが好判断だったと思います。
たれ歩の爆弾を除去するのに先手は時間がかかり、かつ形がゆがみます。
その隙に後手藤井王位が攻め、実戦的に十分な形勢になったと思います。
隙を見て先手も反撃しますが、コマ不足でパンチが続きません。
これはもう、藤井王位が強すぎる将棋だったと思います。
128手まで藤井王位が寄せきり、これで4勝1敗で王位防衛を決め、タイトル通算10期となりました。

藤井王位おめでとうございます!
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【書評】芦沢央『火のないところに煙は』 [書評]

実話形式のホラーです。


火のないところに煙は

火のないところに煙は

  • 作者: 央, 芦沢
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2018/06/22
  • メディア: 単行本



収録作品は6作です。
第1話だけ本人の体験談で、第2話~第5話は第1話を発表したあとにもたらされた情報を元に取材し、書いたという形になっています。
最終話はこの本をまとめた後に発生した怪異についてです。
もちろん創作ですが、第3話の『妄言』の印象が強かったです。
いかにもありそうで、あることないことを告口する隣人の鬼気迫る描写に迫力がありました。
もちろんラストにはドンデン返しが待っています。
作者の力量を見せてくれる作品集だと思います。

新感覚のホラーを楽しみたいひとのために!
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Yomeba!第17回ショートショート募集で『白絵』が優秀作に選ばれました [受賞報告・自作掲載]

優秀作としては初めてで、テーマは「絵」でした。

〔Yomeba!第17回ショートショート募集〕
https://yomeba-web.jp/ss/ss-offer17/

〔作品:齊藤想『古絵』〕
https://takeaction.blog.so-net.ne.jp/2022-05-16-5
※作品は上記URLを参照

本作は贋作つくりを生業とする老夫婦の話ですが、ドキュメンタリーで見た贋作制作の手法をなぞっています。
贋作に詳しく知りたい方は「ハン・ファン・メーヘレン」で検索してください。
ざっくり説明すると、カンバスや額縁からの年代鑑定をすり抜けるために、まず同時代の古絵画を買い求めます。
次にカンバスに描かれている古い絵をすべて剥ぎ取り、当時の絵具を用い、作家のタッチを模倣して描いてきます。
完成した絵は、年月を得ているように見せるため、加熱処理等を施して完成です。
本作では、このうち、古い絵を買い取るシーンを切り取って、短編にしてみました。
オチが「実は贋作のために古い絵を買い取っていた」なので、そこから逆算してキャラや設定を作っていますが、いまいちだったかもしれません。
むしろ「贋作つくりのために古い絵を探している」からスタートした方が良かったように感じます。
こうして、いろいろなパターンを考えるのが大事ということで。

―――――

……という感じで自分のメルマガでちょっとした解説を書いています。
毎月、創作に役立つミニ知識をメルマガで公開していますので、ぜひとも登録を。
もちろん無料です!

【サイトーマガジン】
https://www.arasuji.com/mailmagazine.html
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第5回ABEMAトーナメント【2回戦:チーム渡辺VSチーム天彦】 [将棋]

予選1位同士の対戦です。

〔主催者HP〕
https://abema.tv/video/title/288-32

<チーム渡辺>
 渡辺明名人、近藤誠也七段、渡辺和史五段

<チーム天彦>
 佐藤天彦九段、梶浦宏孝七段、佐々木大地七段

チーム天彦は予選無敗の佐藤天九段がいきなりの登場。
劣勢というより敗勢になりながらも最後に大逆転して佐藤天九段が予選から6連勝。
ですが、チームは勢いに乗れません。
佐々木七段は渡辺名人に第1局のお返しとばかりに逆転負けを食らい、梶浦七段も渡辺五段に打ち取られます。
佐藤天九段は第4局でのリーダー対決にも勝ち予選から7連勝となりますが、梶浦七段が渡辺五段との再戦で敗れて後がなくなります。
ここで佐々木七段が踏ん張ります。
近藤七段相手に敗勢となりながらも粘り、フィッシャー特有の逆転での勝利。チーム天彦はとにかく粘り強いです。
しかし、梶浦七段が3度目の対戦となった渡辺和に3連敗してしまい、5-3での敗戦となりました。
チーム渡辺ですが、いままでフィッシャー適性がいまひとつだった渡辺名人が安定して白星を稼いでいるのが大きいと思います。

来週は準決勝第1試合、チーム稲葉VSチーム永瀬です!

[トータル成績]
<チーム渡辺>
 渡辺明名人   6-2
 近藤誠也七段  3-5
 渡辺和史五段  6-2

<チーム天彦>
 佐藤天彦九段  7-0
 梶浦宏孝七段  2-6
 佐々木大地七段 4-5
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【将棋ウォーズ】8月の対局結果 [将棋日誌(目標二段)]

10分  対局なし(初段64.8%)
 3分  対局なし(初段53.3%)
10秒  18局対戦して、6勝12敗の勝率0.333でした。(初段37.0%)

〔将棋ウォーズ〕
https://shogiwars.heroz.jp/

一番苦手な10秒将棋に取り組む。
これで二段になれば、10分も3分も二段になれるかなとか思いまして。
ですが、うーん、なかなか難しいですね。
あの秒読みの声に焦らされるというか、悪手と分かっていても、他の手が思い浮かばずに悪手を指したり、感覚的には詰みあると分かっているのに、手順が読み切れずに逃したり。
ということで、もっと序盤の基礎を身に着けようとまたコンピューター将棋で練習しつつです。
新しい作戦を試したりしていますが、やっぱり、指しなれた作戦が自分には合っている様子です。
指した将棋を解析させて、途中から指しなおしたりと、いろいろと工夫しつつです。

しばらくは読書に集中するために、将棋を指す機会は減りそうです。
こんなライトな指す将ということで。はい。
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第2回ヒューリック杯白玲戦第2局(西山朋佳白玲VS里見香奈女流五冠) [将棋]

里見女流五冠の先勝で迎えた第2局です。

〔中継サイト〕
https://www.shogi.or.jp/match/hakurei/

ここ何年か女流棋界は西山白玲と里見女流五冠が中心になっています。
2019年と2020年は2人でタイトルを独占し、2021年は里見香奈が加藤桃子と伊藤沙恵相手にタイトルを2つ失ったものの、即座に加藤清麗への挑戦を決めて3連勝で奪還し、女流五冠に復帰しました。マイナビ杯では本線トーナメントで敗れたものの、女流名人戦では5戦全勝と挑戦に一番近い位置にいます。
棋界は居飛車全盛で振り飛車党はAI研究の普及もあり苦戦していますが、女流棋界の2トップがゴリゴリの振り飛車党というのが面白いです。
二人の対局はほぼ相振り飛車となりますが、毎回のように形が違うところが面白いです。
さあ、本局はどのような展開になったでしょうか!

〔棋譜〕
http://live.shogi.or.jp/hakurei/kifu/2/hakurei202209030101.html

ということで、将棋です。
いつもの通り相振り飛車になりますが、里見女流五冠は中央に金を二枚配置する珍しい形を採用します。
里見女流五冠がときおり見せるバランス重視、中央重視の形です。
序盤の山は里見女流五冠の4五角打ちだと思います。この角が活躍するかどうかです。
西山白玲は早見え早指しですが、本局では神経を使わざるを得ないのか、徐々に時間が削られていきます。
西山白玲は角を銀でもぎ取り駒得に成功しますが、自陣に打たされた角が逼塞しているため、駒効率で上回る後手が局面をリードします。
終盤は一気でした。2八歩の手筋で先手陣の金を僻地に押しやると、桂馬が乱舞して一気に西山玉を追い詰めていきます。
終盤まで時間を残した里見女流五冠がそのまま寄せ切り、これで開幕2連勝となりました。

第3局は9月10日(土)に、鹿児島県指宿市「指宿白水館」で行われます!
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【掌編】齊藤想『夢毛虫』 [自作ショートショート]

小説でもどうぞ第10回に応募した作品です。
テーマは「夢」です。

―――――

 『夢毛虫』 齊藤 想

 雪菜にとって、高校生初日は最悪な入学式から始まった。来賓の造花を胸に付けたハゲ頭が、演壇の上から使い古されたフレーズを浴びせてくる。
「新高校生の諸君。夢は諦めなければ叶う。だから頑張ってくれたまえ」
 そういうお前の夢はどうなったのか。ハゲるのが夢なのか、それとも若者に向かって偉そうに講釈を垂れるのが夢なのか。
 叶わなかった夢の後始末は、だれがしてくれるのか。
 入学式のあとで、そのような文句を友達の美沙子に話していたら、美沙子は奇妙な虫の噂を口にした。
「夢毛虫といって、傷ついた夢を食べる虫がいるらしいよ」
 どんな都市伝説かと思って笑っていたら、美沙子はいつになく真剣だった。
「この毛虫のおかげで、私はこの高校に入学できたようなものだもん」
「それ、どういうこと?」
「夢が叶わなかったときって、けっこう引きずったりするじゃない。そのとき、夢毛虫を耳の奥に入れると、夢の残りかすを綺麗に食べてくれるの」
 雪菜は、耳の奥に毛虫が這っていく様子を想像して、鳥肌が立った。
「私って、本当は県立高校が第一志望だったの。だけど成績が伸びなくて、悩んでいたときに夢毛虫を使ったの。おかげで、目標を私立にスパっと切り替えることができたわ。雪菜も使いたいときがあれば、いつでも声をかけてね」
 そんな気持ち悪い虫を耳の奥に入れることはないだろう。そう思いながら、雪菜は美沙子と別れた。
 高校生活は順風満帆だった。バトミントン部に入部し、早々にレギュラーになることができた。先輩との交際も始まり、成績も上位陣をキープした。
 問題が生じたのは二年生になってからだ。
 三年生になった彼氏の浮気から始まり、怪我もありレギュラーから転落。精神面も不安定となり、成績も下降する一方だった。
 ある日の放課後、少し距離を置いていた美沙子が近づいてきた。
「そろそろ、あの虫を使うときじゃない?」
 美沙子の肌はくすみ、どこか人生に絶望しているように感じる。これは夢毛虫の悪影響だ。夢毛虫は美沙子から夢を奪うとともに、生きる力となる希望を食い散らかしたのだ。
「ねえ、美沙子。あの虫を使うのは止めなよ。だって、すごい疲れた顔をしているよ」
「何を言っているのよ。私はこんなに元気なんだから」
 美沙子は空元気を見せるかのように、力こぶを見せつけた。貧相な腕だった。美沙子がパサパサな髪をかきあげたとき、一瞬だけ耳穴から赤い糸くずのような毛虫がのぞいた。
 その虫は、すぐに耳の奥へと消えた。
「絶対にヤバイって。すぐにお医者さんに行った方がいいって」
「なによ、私が親切で話しているのに」
 美沙子はぷいっと背中を向けて、教室の外に出てしまった。
 美沙子が自殺したのは、それから一週間後のことだった。希望のない人生に耐えきれなかったのだろう。
 しばらくして、雪菜はクラスメイトと一緒に美沙子の家まで焼香をあげにいった。美沙子の母は、もう立ち直ったのか、明るい顔でクラスメイトたちを迎えてくれた。
「わざわざ、美沙子のためにありがとうね」
 美沙子の母は紅茶とお菓子でもてなしてくれた。遺影を前にして、美沙子の思い出を楽しそうに話し続ける。
 寂しさを紛らわすためかなと思っていたら、 ふと、美沙子の母の耳から赤い糸くずが落ちるのが見えた。
 その糸くずは風もないのに動き、カーペットの隙間に隠れていく。
 悲しそうな顔をしているクラスメイトの制服に、赤い糸くずが取りつき始めている。
 美沙子は、ふっと別れた彼氏のことを思い浮かべた。すると、赤い糸くずが集まってきて、スカートのひだに隠れながら這い上がってくる。雪菜は慌てて糸くずをはねのける。
 雪菜は理解した。この虫は希望を失った人間を嗅ぎ分ける能力がある。そして、人間の精神を食い尽くすのだ。
「もうそろそろ帰ります」
「あら、もっとゆっくりしてもいいのに」
「お母さんも、夢を希望を失わないようにしてください」
「あれ変なことを言うのね。娘も死んで、私には生きる目的などないのに」
「それでも、頑張って、生きてください」
 何があっても、夢毛虫を近づけてはいけない。雪菜はそう思いながら、美沙子の家を後にした。


―――――

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【掌編】齊藤想『電気イグアナ』 [自作ショートショート]

小説でもどうぞW選考委員第1回に応募した作品です。
テーマは「出会い」です。

―――――

『電気イグアナ』 齊藤想


 電気ウナギならぬ、電気イグアナがいるとの手紙が、生物学者の高見沢に届いた。送り主は南洋の漁師だ。高見沢は毎年のようにその島に行くので、漁師とは顔なじみだった。
 漁師の話によると、網にかかったイグアナを放りだそうとしたら、腕に電気が走ったのだという。
 高見沢は情報の真偽を疑った。漁師は貧しく、金銭目的でガセネタを流す。むしろ正しい情報の方が珍しいぐらいだ。船を出すなら魚を捕るより学者を乗せた方が稼げる。
 それでも、高見沢は釣られてしまう。学者としての好奇心もあるし、なにより大学の経費で研究旅行に行けるのが楽しみでしかたがない。
 高見沢が現地に着くと、漁師は自分の船を使うのが当然のように、こう言った。
「あいつは珍しいから、一か月は海の上で待ち続けいないとなあ」
 それなら他の船に頼むというと「あいつの居場所はオレしからない」と追いすがる。
 これは、いつものパターンだ。高見沢は一か月分の船賃に多少の色を付けて、漁師に捕獲を依頼した。
「任せとけ」
 漁師は力強く言ったが、その後の行動は想像できる。懐が温かいうちに、この島にひとつしかない酒場に繰り出すのだ。
 高見沢は島唯一の宿に荷物を置くと、山へと向かうことにした。漁師の妻が「おわびに」と珍しい場所を案内するという。
 道すがら「あのひとはいつもいい加減で」と言い訳を繰り返した。膝が痛いのか、杖を突き、ときおり休みながら三歩前を歩く。高見沢は漁師の妻を気遣う。
「無理をしなくても良いですよ」
「いや、どうしても先生に見て欲しい場所があるんです」
 そのとき、万華鏡の中身をぶちまけたような鮮やかな蝶が、老妻の前を横切った。その蝶が新種であることは、自分しか知らない。
 島民には秘密にしているが、この島は新種の宝庫だった。島民たちは貧しく金にがめついので、うかつに公表すると島民たちが取りつくす恐れがある。
 新種発見のタイミングは保護と同時に行わなければならない。それは、一介の学者には困難な仕事であった。だから、いまは沈黙を守るしかない。
 漁師の妻は話を続ける。
「あの人は電気イグアナの作り話をえらく気に入ってしまい、この島にくるのは先生で三人目です」
 高見沢は漁師のがめつさにあきれた。
「あの人は金を目当てにアチコチに連絡して困りました。だから、あの人を懲らしめようと思い、こいつを使ったのです」
 老婆が高見沢に見せたのは、スタンガンだった。なぜ、漁師の妻がこのような物騒なものを持っているのだろうか。
「あのひとが漁をしてるときに、こいつでひじのところを軽くバチンとして、イグアナを海に投げ込んだら、あのひとは「電気イグアナは本当にいた」と驚き、慌ててタカミザワセンセイに連絡したわけです」
 漁師の妻はケタケタと笑った。高見沢もつられて笑う。
「なるほどですね。それで、先に来た学者たちはどうなりましたか?」
「さあ、私にはとんと知らない話で」
 老婆は口をつぐんだ。奇妙な沈黙だった。
 高見沢は不気味なものを感じた。
 道は荒地に入りつつある。剝き出しで赤茶けた岩たちが、この場所が未踏の地であることを示している。
 この場所でスタンガンを使われたら、確実に気絶する。しかも、この炎天下だ。放置されたら半日と持たない。
 そもそも、なぜ、老婆がいまスタンガンを持ち歩く必要があるのだろうか。
 漁師の妻は、岩陰に隠れていた大腿骨を蹴とばした。この島に大型哺乳類はいない。
 疑問への答えが見つからないまま、漁師の妻が最後の岩場を乗り越えた。そして、老婆が眼下の景色に高見沢を誘う。
「ほらご覧ください」
 意を決して高見沢が漁師の妻の横に立つと、目の前に新種のイグアナの群れが広がっていた。イグアナたちは、時間を忘れたかのように草をはみ続けている。
「センセイは新種の蝶を見てもひとことも言いませんでした。だから、この生き物たちをセンセイにゆだねようと思います。いままで学者を見てきて、信じられるのはセンセイだけです」
 漁師の妻は口をつぐんだ。老婆は全て知っていたのだ。学者の虚栄心も、成果のためには全てを踏みつける汚さも。
 高見沢は、報告できない新種を、じっと眺め続けた。


―――――

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