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【書評】戸部誠『戸部流振り飛車で攻め勝つ!』 [書評]

狙いの分かりやすい良著だと思います。


初めてでも指せる!  戸辺流振り飛車で攻め勝つ (NHK将棋シリーズ)

初めてでも指せる! 戸辺流振り飛車で攻め勝つ (NHK将棋シリーズ)

  • 作者: 戸辺 誠
  • 出版社/メーカー: NHK出版
  • 発売日: 2012/06/14
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



取り上げられているのは「先手中飛車」「ゴキゲン中飛車」「石田流三間飛車」の3つです。
細かい変化に踏み込むマニアックな戦術書が多い中で、本書は作戦の狙いを明示して、「とにかく攻める」という分かりやすい本です。
将棋は守るより攻めた方が有利なゲームです。
攻めに特化して、この局面ではこうといった手を覚えるのではなく「このように考える」という方針を明確にしているだけに、異なる局面でも応用が利きます。
初段前後にぴったりの本だと思います。

攻める振り飛車を体感したいひとのために!
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【書評】杉本昌隆『杉本流相振りのセンス』 [書評]

相振り飛車の戦術本です。


杉本流相振りのセンス

杉本流相振りのセンス

  • 作者: 杉本 昌隆
  • 出版社/メーカー: マイナビ出版(日本将棋連盟発行)
  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Kindle版



相振り飛車には様々な形があり、それだけに定跡化されにくい部分があります。
その中でも相三間飛車を中心に、手順を細かく解説していきます。
ただ、実戦で相振り飛車になることはなかなか少なく、その中でも相三間飛車はかなりレアです。
先手中飛車に対する後手三間飛車はけっこありますが、普通に考えれば左玉に構えるのがよさそうですが、その手順は他の本で紹介しているからとバッサリ切られています。
幅広く知りたいひとには向きませんが、相三間飛車を深く知りたいひと向けだと思います。

相振り飛車の研究をしたいひとのために!
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【書評】萬年甫『動物の脳採集記~キリンの首をかつぐ話~』 [書評]

解剖学者が、戦後間もない時期に様々な動物の脳を採集したときの抱腹絶倒記です。


動物の脳採集記―キリンの首をかつぐ話 (中公新書)

動物の脳採集記―キリンの首をかつぐ話 (中公新書)

  • 作者: 万年 甫
  • 出版社/メーカー: 中央公論社
  • 発売日: 2021/05/01
  • メディア: 新書



時期としては昭和20年代後半から30年代が中心です
文献もなくぶっつけ本番で挑むのですが、キリンの話が傑作です。
当時は高速道路もなく、研究費もなく、移動はすべて電車でした。
動物園に頼み込んで、死亡したキリンを解体し、脳をホルマリンの瓶にいれたまでは良かったですが、さて現場では脊髄が取り出せない。
キリンの首を切り取って研究室に電車で持ち帰ることにしたのですが、布でぐるぐる巻きにして駅員に呼び止められたら「釣り竿です」とごまかそうとしたのに、途中で死後硬直が解けて、キリンの首がへたって頭の上に乗っかってきた話はとにかく面白い。
ゾウの話では、いろいろと脱線して、戦後まもなくの時期に公開された映画『ゾウを食った連中』の話になり、さらに調べてシナリオを探し出したりして、とにかく自由奔放な筆がさえまくります。
ちなみにハンドウイルカの命名を提案したのは著者だそうです。

とにかく面白い新書を読みたいひとのために!
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【書評】井上靖『天平の甍』 [書評]

昭和32年発表の、芸術選奨文部大臣賞です。


天平の甍(新潮文庫)

天平の甍(新潮文庫)

  • 作者: 井上 靖
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2014/02/07
  • メディア: Kindle版



第10回遣唐使で派遣された4人の若い留学僧たちが、鑑真を日本に招きいれるまでを描いた歴小説です。
小説なので、実在の人物と架空の人物が混じっています。実在の人物についても、その人物の行跡はほとんど知られていないので、ストーリーのほとんどが作者の想像です。
主人公は普照です。彼が4人の中間地点に位置します。
鑑真招聘にもっとも力を入れるのが栄叡。
留学僧という立場を放棄し、唐土を放浪して世の中をもっと知る道を選ぶのが戒融。
唐人と結婚し、家庭を築いたのが玄朗。
この4人以外に、架空の人物ですが、過去の遣唐使船で来唐し、貴重な経典を日本に持ち帰るためにひたすら写経に没頭する業行が登場します。
歴史小説ではありますが、歴史的な事実より、日本を遠く離れた土地で暮らす4人の若者たちの生きざまを、長い時間軸で写し取って行くことに主眼がおかれています。

これはあくま自分の捉え方ですが、著者は業行に普通の人々が健気に生き続ける姿を投影し、シンパシーを送っているように感じます。
業行はひたすら写経をするだけで、仏教における真理を理解することも、教義の深淵を除くこともできませんでした。
そして、自らが写し取った写経とともに帰国の途につき、難破し、自らの命とともに生涯をかけてなしえた仕事の成果を失います。
残ったのは、偶然にも南方に置き去りされた2箱分の写経のみです。
普照は帰国後に、この業行の姿を思い浮かべます。
これが著者なりの人生観なのかなと感じました。

井上靖の歴史小説を読みたいひとのために!
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【書評】杉本昌隆『必修!相振り戦の絶対手筋105』 [書評]

藤井聡太の師匠である杉本昌隆の相振り本です。


必修!相振り戦の絶対手筋105 (マイナビ将棋BOOKS)

必修!相振り戦の絶対手筋105 (マイナビ将棋BOOKS)

  • 作者: 杉本 昌隆
  • 出版社/メーカー: マイナビ出版
  • 発売日: 2015/04/24
  • メディア: Kindle版



棋力向上を目的とする将棋本は大きく分けて2種類あります。
特定の戦型について定跡を深く掘り下げる定跡型。
詰将棋、次の一手、手筋といった練習型。
本書は両者の中間型で、特定の戦型に頻出する手筋を解説です。
相振り本を多数出しているだけに、序盤の考え方、目標とする陣形など、簡潔にまとまっていて分かりやすいです。
定跡を覚えるのではなく、戦型を理解する。
このコンセプトが、ちょい指しの将棋好きにはぴったりです。

相振り飛車のコツを掴みたいひとのために!
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【書評】宇田川武久『江戸の炮術~継承される武芸~』 [書評]

江戸時代の砲術について、関流砲術を題材に紹介です。


江戸の炮術―継承される武芸

江戸の炮術―継承される武芸

  • 作者: 宇田川 武久
  • 出版社/メーカー: 東洋書林
  • 発売日: 2021/04/22
  • メディア: 単行本



戦国時代や幕末には、多数の剣豪が登場しました。
様々な流派が生まれたわけですが、それは火縄銃でも同じでした。
各地で砲術が誕生し、各地で様々な工夫を凝らしたわけですが、そのうちのひとつが関之信を始祖とする関流です。
戦国時代の砲術家は特定の技能を持って仕える職人のような扱いで、武士とは違いました。
江戸時代になると各大名が武芸振興のために砲術家を抱えるようになり、先祖伝来の家業となっていきました。
火縄銃は数十メートルのイメージだったのですが、江戸時代には大きな銃も登場し、数キロ先まで届くような銃も登場します。
大掛かりな発砲である町打ちは殿様の隣席で行われ、成功すると褒美がでるなど、砲術家として大きな名誉であり、修行の節目になったようです。
当時の日本人は記録魔で、いつどのような修行をした。何発放って何個命中したとか細かく残っています。
だからこそ、現代のひとたちが、当時の生活を想像することができます。
それにしても、これは日本人の特色だと思いますが、本当に秘密主義です。そして神秘に包まれた名人を作りたがります。
この特色が多くの職人を産み出した原動力だとは思うのですが、オープン主義ならもっと技術も進んだのかなと思ったり。

知られざる江戸時代の砲術を知りたいひとのために!
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【書評】井上桂一『パゴダと河の戦場~一兵士のビルマ戦記~』 [書評]

ビルマ戦線から命からがら生還した兵士の記録です。


パゴダと河の戦場―一兵士のビルマ戦記

パゴダと河の戦場―一兵士のビルマ戦記

  • 作者: 桂一, 井上
  • 出版社/メーカー: 戦誌刊行会
  • 発売日: 1985/08/01
  • メディア: 単行本



著者が入営したのは昭和18年4月です。すでに太平洋戦争は下り坂でした。
工兵隊に配属になった著者は半年間の訓練を経て、ビルマ戦線に投入されます。
太平洋方面では死闘を繰り広げられていましたが、まだビルマ方面は平穏で、病気になって休養したり、爆撃を避けながらとはいえ電車に揺られたり、牛を飼ったりと、のんびりとした日々が続きます。
インパール作戦が発動したのは19年3月です。
著者は無線担当となりますが、全局の様子を知るわけもなく、敗残兵が増えてくるのを見て作戦の失敗を悟ります。
日本軍が壊滅的状態になってからは、悲惨きわまる撤退戦です。
住民が逃げ出した集落に入り込み、食料を奪います。集落がないときは、タケノコや野草を食べます。次々と飢えと病気で倒れていきます。
そうしてひたすら撤退している途中で、終戦を迎えます。
さんざん議論されていることですが、制空権、補給がないなかでの作戦は無謀であり、それらの無理はすべて末端の兵士の生命に直結します。
兵士たちは作戦内容をしらされず、地図も渡されません。こうした秘密主義も、敗走時に死者を増やした原因なのではないかと思います。
途中で「良くしてもらった」という木村法務少尉の話が気になります。キャンプで再会して著者はお礼を言うために声をかけたのですが、相手は困惑の表情を浮かべるだけだったといいます。
実は終戦時に”法務少尉”という階級はなく、法務中尉からです。
著者も推測しているように、おそらく肩書きを偽って行動していたのでしょう。
ちょっとしたミステリです。

リアルなビルマ戦線を知りたいひとのために!
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【書評】七河迦南『七つの海を照らす星』 [書評]

第18回鮎川哲也賞受賞作です。


七つの海を照らす星 (創元推理文庫)

七つの海を照らす星 (創元推理文庫)

  • 作者: 七河 迦南
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2013/05/22
  • メディア: 文庫



舞台は田舎にある児童養護施設です。ここには様々な事情で親と一緒に暮らせない子供たちが、共同生活を送っています。
いわば日常の謎系のミステリで、短編連作になっています。
それぞれの短編は、エルキュールポアロシリーズのように、物語の途中で提示されるバラバラな素材が、謎解きとともにひとつに繋がる構成です。
また、7つの物語がそれぞれが別個の物語でありながら、最後にそれらがある一本の線でつながり、ひっくりかえるどんでん返しも用意されています。
文章についてですが、フラッシュバックが多用されているのが気にかかりました。
主要キャラ以外は、いささか性格が被っている部分があるため、物語に入り込むまで時間がかかりました。
けど、物語に入ってしまえば、独特の素材を生かした、しっかりとしたストーリー展開がされていると感じます。
一番、ミステリだったのが『夏期転住』です。
児童福祉の制度を熟知した著者でなければ思いつかないミステリだと思います。

鮎川哲也賞受賞作を読みたいひとのために!
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【書評】武田弘『失われた原始惑星~太陽系形成期のドラマ~』 [書評]

隕石に対する情熱を感じます。


失われた原始惑星―太陽系形成期のドラマ (中公新書)

失われた原始惑星―太陽系形成期のドラマ (中公新書)

  • 作者: 武田 弘
  • 出版社/メーカー: 中央公論社
  • 発売日: 2021/04/11
  • メディア: 新書



原始惑星とは、隕石の母体となる天体のことです。
太陽系を周回しているうちに、他の隕石を衝突し、バラバラになる。これが隕石の元です。
隕石となった原始惑星ですが、魚の群れのように集団で動いているので、隕石群の軌道と成分分析によって原始惑星の存在を推測できます。
本書の内容は隕石の研究がメインですが、そのなかでも興味深いのが「月の石」や「火星の石」が隕石として地球に落ちていることです。
月の石に至っては、月のどの部分から飛んできたのかも推測されています。
なぜ月の石や火星の石が地球まできたのかというと、大きな隕石が落下して地球まで弾き飛ばされたという推測がされていますが、いやはや信じられない話です。
隕石を分析すると、その石がどうやって生成されたのかが分かります。
そこから原始惑星の大きさや、石ができた年代なども分かることがあります。
専門用語が多く素人には読みにくいですが、隕石に対する知見が詰まっています。
なお、もっとも多く隕石が採取されたのは南極です。
雪に覆われているので、隕石が目立つというのが理由です。そこから考えると、隕石はそこら中に転がっているけど、他の石と見分けが付かずに気が付かないだけなんだろうなと思います。

隕石についていろいろと知りたいひとのために!
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【書評】葉真中顕『そして、海の泡になる』 [書評]

バブル絶頂期に魔女と称された尾上縫をモデルにしたミステリ小説です。


そして、海の泡になる

そして、海の泡になる

  • 作者: 葉真中 顕
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2020/11/06
  • メディア: 単行本



モデルとなった尾上縫は料亭の女将でありながら、「北浜の天才相場師」との異名を取り、数千億の資金を動かしました。
バブルの崩壊とともに破綻しましたが、最終的に金融機関からの延べ借入額は2兆7千億、破産時の負債総額は4300億円と、個人としては史上最高額となりました。
バブル時代の異常さを象徴する事件だと思います。
本作は小説なのであくまで架空なのですが、大まかには尾上縫の人生を、刑務所で一緒だった女性が関係者に取材をしながら辿るという形で進んでいきます。
書簡体の一種で、有吉佐和子『悪女について』と同じような形式です。
主人公はうみうし様という謎の神様を信じており、神様に祈ることで相場で成功し、また不都合な人物も祈ることでなぜか不慮の死を遂げます。
そして、最後に、全ての真相が明らかにされます。 
形式は異なりますが、構造としては松本清張『告訴せず』に近いと感じました。
『告訴せず』は小豆相場にのめり込み財産を築く話ですが、この小豆相場の話がトコトン面白く、グイグイ読んでしまうために途中の伏線にまったく気が付きません。そして最後になって、いきなりのドンデン返しがあり、著者が巧妙に埋め込んできた伏線に気が付かされます。
本書は純粋なバブル物語としても面白く、かつミステリとしての遊び心も含まれています。
使われている叙述トリックは、こんな手法もあるのかと驚きました。
とても楽しめる小説だと思います。

バブル時代に吹いていた風を感じたいひとのために!
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