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【掌編】齊藤想『橋の下に住む友への手紙』 [自作ショートショート]

TO-BE小説工房第63回に応募した作品です。
テーマは「橋」です。

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 五月六日 雲黒彩 様
 やあ、久しぶり。大学卒業以来だ。というより、手紙を出すのは初めてか。
 こうして手紙を出す気になったのは、山井が……いまは雲(くも)、黒彩(くろあや)と名乗っているようだが、それはともかく山井が(旧友だから許せ)、橋の下に住み着いているとゼミ仲間から聞いたからだ。
 大学を卒業して一流商社に入社し、資源を求めて世界中を飛び回っていると聞いた。それがいつの間にかに商社をやめ、いまや橋の下の住人だなんてびっくりだ。
 それにしても、この手紙は届くのか?
 ゼミ仲間が言うには、「〇〇橋の下」で郵便が届くというが、信じがたい。
 だからこうして手紙を出してみた。
 まあ、どうせ宛先人不明で戻ってくるだろうから、とりあえず短めで。

五月三十日 雲黒彩 様
 あの手紙が届いたのには驚いた。なぜあんな住所で届く? 橋の下に郵便ポストがあるのか? 勝手に作ったのなら、河川法違反だ。自主的に撤去することを勧告する。
 何はともあれ、手紙が届いたのなら素早く返信するのが礼儀だろう。山井はそんな基本的なマナーも忘れてしまったのか。
 もしかして紙と鉛筆がないのか?
 仕方がないので、今度は封筒と紙と鉛筆と消しゴムをセットで送る。もちろんお年玉付き年賀状で当選した切手も貼付しておく。
 ここまでして返信をよこさないときは、覚悟を決めたまえ。永遠に雲黒彩を別の名前で呼んでやる。
 本当は直接会って旧交を温めたいところけど、遠いし、こちらにも事情があるのでちょっと無理だ。
 それにしても手紙は不便だ。スマホぐらい持っていないのか?

六月十三日 雲黒彩 様
 おれから手紙が来て驚いたと思うが、返事が来て嬉しいよ。世の中にはいろいろと不思議なことが起こるのだ。
 それにしても携帯もテレビもパソコンもないなんて、いったいどんな生活なんだ? インドを放浪して目覚めたなんて書いているが、それは目覚めたのではなく、惰眠をむさぼっているだけだ。
 いいから早く目を覚ませ。現実世界に帰ってこい。いつまでもデイズニーランドで遊んでいる場合じゃない。
 そういえば、そちらは先週から大雨が続いていると聞いた。山井のテントは大丈夫か?

六月二十九日 雲黒彩 様
 いまは仕事に没頭したいから橋の下にいるなんて、いったい何を考えているのやら。
 そもそも、山井の仕事は何だ。インドで何を学んだのだ? ヨガか? ヨガはそんなに稼げるのか?
 確かに山井は昔から天才肌だった。学生時代はおれたちのあこがれだった。だから商社に就職したときはがっかりした。山井ならでかいことをやってくれると信じていた。
 それがインドで消息を絶ち、いまや橋の下の住人なんて、いったい何をどう間違ったのか。今度あったらみっちりと問い詰めてやる。
 それにしても大雨で仮設トイレが流れてきたなんて、笑わせる。これぞまさに雲黒彩。

九月十五日 雲黒彩 様
 しばらく返事がこないがどうした?
 もしかして病気にでもなったか?
 必要ならば医薬品を送るので、なんでもおれに言ってくれ。
 だいたい、山井が橋の下で熱中する仕事って何だ?

十月八日 雲黒彩 様
 招待状をありがたく頂戴した。そんな仕事をしていたはびっくりだ。絶対に行く。百パーセントだ。
 天才雲黒彩の名を全世界に轟かせてくれ!

十一月五日 雲黒彩 様 
 素晴らしい出来栄えだった。雲を飛び越えて見に来たかいがあったよ。
 昔から山井は造形のセンスがあった。それを活かして橋脚を彫刻で飾るという依頼を受けて、その仕事を完遂するために橋の下に住み続けるなんて常人にはできないことだ。
 いままで手紙を取り持ってくれた菩提寺の住職には感謝するしかない。
 ここからは心の友として忠告する。
 もういいから普通の生活に戻れ。おれが住む世界にくるにはまだ早い。山井とは朝まで語り合いたいが、数十年後で十分だ。死ねばいくらでも時間があるのだから。
 一足先に天国にいる友より。
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