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【SS】『自殺願望』齊藤想 [自作ショートショート]

TO-BE小説工房第59回に応募した作品です。
テーマは「駅」です。

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『自殺願望』  齊藤 想


 人気のないホームに、ひとりの女子高生が立っていた。すでに陽は落ち、圧倒的な暗闇に抵抗するのはホームの屋根に点在する蛍光灯だけだ。
 その蛍光灯からの光を背に受けながら、彼女はそよ風に吹かれる柳のように、体を揺らせていた。
 四十代の平凡なサラリーマンである中山は、彼女の様子が気になって仕方がなかった。挙動がおかしいというより、まるで飛び込み自殺をする直前のように見える。
 彼女の体が、徐々に線路へと近づいていく。
 薄暗いホームに、ライトを付けた電車が滑り込んできた。特急なのでこの駅には止まらない。特急が速度を落とさずにホームを通過するとき、彼女はまるで電車に吸い込まれるかのように、体を前に倒した。
 危ない。瞬間的に中山は周囲を見渡した。他にいるのは、待合席で眠りこける初老のホームレス風の老人だけ。彼女を助けるのは自分しかない。
 中山はラグビー部の部長として鳴らした高校時代を思い出した。彼女の腰をめがけてタックルすると、素早く体を線路際から引き離し、彼女をホーム側に倒した。
 電車が駆け足でホームを通り過ぎていく。危機一髪だった。
「何をするんですか!」
 女子高生が怒気をはらんだ表情で、中山を突き飛ばした。中山はしりもちをつく。
「おいおい、命の恩人にそれはないんじゃないか」
 中山がそういうと、女子高生はうつむいた。
 様子からすると、彼女の自殺未遂は本気とは思えない。だからといって、突き放したら本当に自殺するかもしれない。数日後にネットニュースで彼女の自殺記事を発見したら、目覚めが悪いどころの話ではない。
 中山は彼女に声をかけた。
「何があったのか知らないが、自殺なんてするもんじゃない。まだ若いんだから、生きていればいいことなんていくらでもあるさ」
 あまりに平凡で、使い古されたセリフにげんなりする。彼女の表情を見ていても、心に響いていないことがありありと分かる。だが、続けるしかない。
「人間は忘れることができる生き物だ。辛いことも過ぎれば思い出になり、いつしか記憶の欠片となって消えていく。そうして、みんな大人になっていくんだ」
 彼女は黙っている。中山は自分の言葉の陳腐さに絶望的な気分になる。
「それにな、飛び込み自殺はみんなに迷惑がかかる。電車遅延による損害金に振替輸送費代、さらには清掃費用など、場合によっては数百万円にもなることがあるぞ。実際に請求されることは稀だし、このような田舎電車……じゃなかった、乗客が限られた路線だとそこまで高額にはならないかもしれないが、ご両親に迷惑をかけることは間違いない」
 なんか違う気がする。話せば話すほどズレていく。事前準備などないし、自分は彼女のことを全く知らないのだから仕方がない。
 彼女は急に大きな声を出した。
「”お金”の問題ではありません。これは尊厳の問題です」
 中山は彼女が”お金”を強調することに驚いたが、反応が現れたのは一歩前進だ。いまこそベテラン営業マンとしてのスキルを見せつけるときだ、と中山は思った。
「まあ、まあ、確かに。君の生き方の問題だ。私は君の生き方に干渉するつもりはない。ただ死ぬのはダメだ。君のご両親をはじめとして、さらに多くの悲しみを生み出してしまう。君が生きているだけで、喜んでくれるひとはたくさんいる。たとえば、このおれだって」
 中山は自分の胸を指さした。最後の最後まで平凡だったが、全力は尽くした。
「分かりました。もう少し生きてみます」
 彼女は立ち上がり、スカートの裾を払う。これで大丈夫だ。中山はほっとする。
「だから、この先は駅長室で話しましょう」
「ん?」
 彼女は大きく息を吸い込んだ。そして、いままでにない大音量で叫んだ。
「このひと痴漢です!」
 中山は慌てた。いつのまにかに、さきほどまで待合室で寝ていたホームレス風の老人が背後にいる。老人はいまにもつかみかからんとばかりに腕まくりをしていた。
「このおっさん、彼女に抱きついたあげく、お金がどうたらとか言っていたぞ。お金でごまかそうなんてトンデモない野郎だ。許しちゃおけねえ」
 こいつらグルだ。駅長室から駅員が出てきた。彼女は中山の耳元で囁いた。
「生きるためには、必要なものがあるの。それを少し分けてね」
 中山は、人生最大のピンチを迎えたことを悟った。

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第45期棋王戦第3局(渡辺明棋王VS本田奎五段) [将棋]

渡辺棋王の1勝1敗で迎えた第3局です。

〔中継サイト〕
http://live.shogi.or.jp/kiou/

折田翔悟アマの棋士編入試験が話題となりましたが、本田五段はデビュー間もないので第4局の試験官に指定されています。
その第4局が2月25日に行われ、その結果は折田アマの勝利となり、折田アマのプロ入りが決まっています。
本田五段は引き立て役となってしまいましたが、不利な局面になってからの粘りが素晴らしかったです。
複雑な局面からプロを寄せ切った折田アマを褒めるしかない内容だったと思います。
渡辺棋王ですが、叡王戦挑戦者決定戦の第3局に敗れ、叡王挑戦を逃すとともに、これまた挑戦権を獲得した豊島竜王名人の引き立て役になってしまった感があります。
若干調子落ちは心配ですが、順位戦の最終局は快勝で連敗を4で止めるとともに、A級を全勝で走り切りました。
この勢いを殺さぬよう、名人戦に向けて、棋王をきっちり防衛したいところだと思います。
デビュー1年の新人に番勝負で負けるわけにはいきません。
さあ、タイトルの行方を左右する重要な第3局の結果はどうなったでしょうか!

〔棋譜〕
http://live.shogi.or.jp/kiou/kifu/45/kiou202003010101.html

ということで、将棋です。
先手渡辺棋王の選択は矢倉でした。
一時期は後手急戦策が優秀で絶滅に近い状況にありましたが、早めに2五歩をつく、争点となる6筋を後で突くなど対策がでてきて、復活傾向にあります。
本田五段は急戦調の駒組でしたが、渡辺棋王はいったん上がった銀を下げて角筋を通すという柔軟性を見せると、一気に攻めかかります。
ここからは先手の独壇場でした。
本田五段は攻め合いにならないためひたすら受けますが、渡辺棋王の駒が急所に効いているため受けきれません。
5筋の歩を支えるために桂馬を打つといった根性を見せますが、悠々と角筋を転回させられ、一気の駒交換から受けがなくなり、81手まで本田五段の投了となりました。
渡辺棋王の快勝で、棋王防衛まであと1勝です。

棋王戦第4局は3月17日(火)、東京都渋谷区「東郷神社」で行われます!
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