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【掌編】齊藤想『消えた祭り』 [自作ショートショート]

第22回小説でもどうぞに応募した作品その2です。
テーマは「祭り」です。

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『消えた祭り』 齊藤 想

 月泊村の冬祭りは、どこまでも幻想的だった。
 夜空に七色の花火が打ちあがる。勢子たちが担ぐ神輿の上では、額に小さな傷のある能面をかぶった神主が松明を振り回して、裸の男たちの上に火の粉を散らす。白い息を吐く男たちの威勢の良い掛け声が、桃源郷のような山々にこだまする。
 祭りの映像を見ていた三人の老人が、一斉にVRゴーグルを外した。彼らはかつて月泊村で行われていた冬祭りの経験者だ。
 三人の顔ぶれは、八十代後半の元村長に勢子のとりまとめをつとめた元顔役。それと子供時代に祭りを見た元村人。
 冬祭りが途絶えて五十年になる。もはや生存者は一握りしかいない。失われた祭りを保存するのは、民俗学を専攻する清野にとって喫緊の課題だった。
 清野は村の記録や残された写真で祭りを復元してみたものの、何かが足りない。その何かを得るために経験者を呼んだのだが、彼らは「観衆に君島さんの奥さんがいる」とか「神主は田所さんかなあ」とか、研究には役にたたないことばかり話している。
「ところで若先生」
 元村長が清野に語りかけた。清野は教授ではなく大学院生なので、先生と呼ばれるとくすぐったい。
「若先生は、打ち上げられている花火は借景ということをご存じですか?」
 清野はうなずいた。
「ええ、知っています。確か、この花火はお隣で打ち上げているものですよね」
「そうそう」と元顔役が引き継ぐ。
「月泊村は金が無くてなあ。だから、となりで開催される冬の花火大会の日程に合わせて冬祭りを開催するようにしたんだ。どうせ花火を見るなら、おれっちの村でみんなで見ようと。経費の節減にもなるしな」
「それが伝統的な村の冬祭りと結びついて、幻想的な風景に生まれ変わったと」
「まあ、そんな御託はどうでもいいんだ」
 赤ら顔の元顔役は、お茶を飲んだ。お茶がリキュールに見えた。
「ところで、なんで若先生は月泊村の冬祭りを保存しようとするんだい? この世から失われるものはたくさんある。祭りだけでなく、言葉も文化も、いつかは無くなる。消えてしまったのは仕方がねえ。生き残ったおれたちは、そいつらの墓標に、花束を手向けてやればいいんだ」
 思わぬ反発に清野は戸惑った。失われつつある文化を守ることは、無条件で正しいものと信じていた。
「つまり、寝た子は起こすなと」
「そうだ、そうだ」と元顔役は腕を組んで大げさに首を縦にふった。
 元市長が遠くを見るような目をした。
「先生は、この冬祭りがなぜ無くなったのかご存じですか?」
「住民の減少のためと聞いていますが」
 そうです、と元市長は小さく答える。
「直接的には村が合併で消滅したからです。元々二千人程度の小規模な集落でしたから、この規模ではゴミ収集も道路管理も消防もままなりません。となりの市に吸収合併されたことがきっかけで村民の流出が止まらなくなり、冬祭りは寿命を迎えたのです」
「寿命ですか」
 清野は違和感を覚えた。元村長であるならば、村が消えるのは悲しいはず。それなのに、なぜ淡々と話せるのか。それが五十年の歳月というものか。
 いままで黙っていた元村民が、急に声を上げた。
「ウソばかり言うなよ。村の合併は、村予算の流用が隠せなくなったからだ。冬祭りがなくなったのは、流用を告発しようとした神主を自殺に追い込んだからだ。なにしろ、神主は村役場職員だからな」
 元顔役が椅子を跳ね上げる。
「君は何を言うんだね。証拠はどこにある」
 元村民は傷のある能面を取り出した。神主がかぶっているお面と同じだ。
「おれは田所の息子だ。証拠はすべてこの中にある」
 そういって、元村民は古いテープをテーブルの上に放り投げた。
「昔のことだから諦めようと思ったが、ここまでデタラメを言われたら話は別だ。間違った事実を残されるのは赦せねえ」

 黙る村長と元顔役を前に、清野は思った。
 確かにこの祭りは消えるべきだったのかもしれない。五十年前の行いを表に出して、誰が喜ぶのだろうか。
 だが、清野は信じていた。良いことも悪いことも、人間が生きてきた痕跡を、何らかの形で残すべきではないかと。
 それが文化であり、歴史なのだから。

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最近の金融・投資【令和5年8月第2週】 [金融・投資]

〔先週の株式市場〕
金曜日が祝日のため4日間です。
自分の持株は下落が3日、上昇1日でトータルマイナスです。
調整局面なのかな、と勝手に思っています。
自分が買増そうと思っていた株がかなり下がってきて、いい感じ。自分なりの基準に達したら、買増すかも。
あと少し様子見です。

〔百十四銀行の株主優待の話〕
名前から分かるように、明治5年の国立銀行条例により設立された銀行です。
設立年は明治11年で、本店は香川県高松市です。
株主優待は地域特産品で、香川県の地場産業の商品から選べます。
香川県といえばうどんとオリーブ(小豆島)のイメージが強いのですが、素麺とオリーブ素麺の組み合わせがあったので、これをチョイスしてみる。
しょうゆ豆とか気になる物産もあったのですが。とりあえず最初はベタにということで。
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