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『酒を飲みながら』  月太 [ショートショートの紹介!]

月太さんから素晴らしいショートショートを頂きました!
手前味噌で恐縮ですが、ぼくはいろいろと縁やらお誘いがあって、ショートショート講座を持つことになったのですが、月太さんはその生徒さんでした。
ぼくは作品にA評価をつけることは殆ど無いのですが、その数少ないA評価獲得者のひとりです。
前説が長くなってしまいましたが、月太さんはそれだけの実力者なのです!

参考までにぼくのショートショート講座は紹介はここにありますが、まずは作品をお楽しみください!
http://www.arasuji.com/saito/saitoindex.html

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『酒を飲みながら』  月太


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 彼女との待ち合わせまで少し時間があった。今日は私と彼女との間のちょっとした障害が無くなる記念日なので、私は気持ちが浮き立っていた。通りの向こうに、いつものバーのネオンが静かに光っている。気持ちを落ち着かせ間を埋めるのにちょうどよさそうだった。
 私が腰を下ろしたカウンターの端に、見るからにへべれけの男がグラスの底を眺めて座っていた。両肘で体を支えていて、グラスのふちに眼鏡がぶつかりそうだ。
 私の視線に気づいた男が、「乾杯」とさけんでグラスを差し上げた。私は愛想笑いを浮かべてそれに答えたが、男には格好の話相手に見えたのだろう、ふらふらと私の隣にやってきた。どこかで会ったかなという思いが頭をよぎったが、思い出せないのでおそらく勘違いだろう。
 「乾杯だ。私から妻を奪ったやつに」
 男は高くささげた、琥珀の液体が半分も入っているグラスを一息で干すと、バーテンにお代わりを注文した。私は時計を見て、この男の話を聞くのも良い時間つぶしかなと思った。
 「ほう、どんなヤツですか、そいつは」
 「性悪ですよ。根っからの。でもね、みんなそれに気づいちゃいないんだ。妻がそいつと親しいのは知ってましたよ。でも、ごく軽い付き合いだって言ってたし、私はもちろん妻を信じてました」
 「ところが、というわけですか」
 「そう。私がそいつのことを知らないのをいいことに、外でそいつと付き合ってたんですよ。結婚当初は私の前ではそんなそぶりはまったく見せなかったです。ずいぶん前に、もう付き合いは断ったと言ってたんで、私はそれを鵜呑みにしてました。ところがね、その間も頻繁に関係してたんです。様子がおかしいんで問い詰めてみると、彼女、そうよ、何が悪いのって開き直りましてね。そこからは毎日大喧嘩ですよ。叱りつける私に、そいつの素晴らしさを滔々と語る始末でした。まるでそいつと付き合おうとしない私のほうが悪いみたいに。そいつと口付けをすると、体が熱くなって幸せになるんだそうですよ。一晩中、何度も何度もキスをして過ごすんだそうです」
 男は最初私に向かって話していたのだが、次第に思いがこみ上げてきたのか目の前のグラスを両手で包み込み、それをにらみながら殆ど独り言のようにして話し続けている。
 「それでも私は妻を愛してました。妻も私を愛してくれていると思っていたので、ある晩遅く帰ってきた彼女に、俺とそいつとどっちが大事なんだって問い詰めたんですよ。そしたら、笑えますね。私、あっけなく振られました。そこからは私の気持ちが切れてしまったんで、彼女の言うなりに離婚の手続きが進みましてね。今日、全部の手続きが終わって、さっぱりとしたところです」
 私はかける言葉を捜していた。男の雰囲気は、異様な緊張感をはらむようになっていた。
 「でも、私今日になってむらむらと悔しくなりましてね。私から妻を奪ったやつと会わずにいられなくなったんです。妻の親しくしてるやつですから、私もどんなやつかくらいは調べてました。そうだ、写真を見ますか?私の妻の。いや、元妻か。ははは」
 私は出来れば断りたかった。なにか、不吉な予感がする。男はそんな私をよそに、手帳にはさまれた女性の写真を取り出し、見せてきた。泣きほくろが印象的な魅力のある女性だった。男はじっと私の顔を見ている。
 「魅了的でしょう?いうまでもなく。でね、この妻を奪ったやつに会いに、ここに来たんですよ、私」
 私は男の目から視線をはずせない。男は恐ろしいほど真剣な眼差しで、怒気をはらんだ声でこう言った。
 「こいつに」
 もう、ほんの少しこの間が続いたら、私は何を口走っていた分からない。男はグラスを指差しながら言う。
 「この、酒っていうくそったれにね」
 男はグラスを干すと、急に私への興味を失ったかのようにバーテンに愚痴り始める。飲めない男の、限界を超えた酔い方の見本がそこにあった。おそらく今日の記憶は無いだろう。
 私は足早にバーを出ると、この店での待ち合わせを辞めたことを彼女に伝える。電話に出た彼女は、もうバーの前まで来ていた。
 私たちは別の雰囲気の良いパブで気持ちよく飲み、今日を祝った。ボトルを殆どひとりで空けた彼女がご機嫌で私に絡んでくる。この飲みっぷりが彼女の最大の魅力だ。じっと見ていると彼女が聞いてくる。
 「何そんなに見とれてるの?」
 「かわいい泣きぼくろにね」


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酔いつぶれた男性のくだの巻き方が上手いですね。臨場感があります。伏線もしっかりと張られているところもなかなかです。
文章も簡潔で、余計な修飾がありません。基本に忠実で、お手本になるような文体だと思います。
個人的にとっても好みです~。



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おまけですが、冒頭で少し触れたぼくの講座について。
ぴこ山ぴこ蔵さんは面白い物語の書き方を教えている数少ない人(おそらく基礎理論から本格的という意味では、ぴこ蔵さんを入れて2人ぐらいだと思う)ですが、たまたまぴこ蔵さんが主宰していたショートショート大会でぼくが3回優勝し、それが切欠でぴこ蔵さんのメルマガに連載を持つようになりました。
もう3年以上、続いています。
そこから要望やら、いろいろありまして、ぴこ蔵さんから掌編講座を作らないかとの依頼があり、ぼくは素人なもので、素人が人に教えてもいいのかと気後れしながらも、㈱クリビッツ様より発行の運びとなりました。

人の縁とは、本当に、大切なものです。そのことを、日々、実感しています。
たくさんの生徒さんと卒業後もメールの交換をしたりして、ぼくにとって、大切な繋がりになっています。
このような機会を頂いたぴこ蔵さんには感謝です。


ということで、ぴこ蔵さんの宣伝をします。
いや、この方の理論と講評は本当に凄いです。人とは違う高い目線から作品を俯瞰しています。
ぴこ蔵さんとお話していると、目にウロコが何枚あっても足りません。

ということで、あらすじ.comのHPはこちらです。
 ↓  ↓  ↓
あらすじcom
http://www.arasuji.com/

ではでは、よろしくです~。
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コメント 5

雫石鉄也

文章は簡潔で読みやすいです。
ただ、途中でちょっと結末が読めました。もう、ひとひねりほしかったですね。
結局、「彼女」は男の元妻でしょう。だったら写真を見た時に、なんらかのひっかかりがあった方が良かったのではないでしょうか。
by 雫石鉄也 (2010-12-21 22:05) 

sumi

サイト―さん、はじめまして♪
とても分かり易くて、おもしろいストーリーでした。
ラストシーンが良かったです(^v^)
by sumi (2010-12-22 09:42) 

月太

サイトー様、掲載ありがとうございます。

>雫石鉄也さん
読みやすいと言っていただいてうれしいです。
オチ作りは課題です。なかなか以外なオチを思いつきません。

>sumiさん
分かりやすいと言ってもらえると救いです(笑)
呑み助の女性は魅力的ですね。だんなは大変でしょうけど(^_^;)
by 月太 (2010-12-22 15:15) 

せきた

月太さん
はじめまして。
現サイトー塾・塾生のせきたと申します。

深読みをできる、含みのある作品ですね。
含みを持たせながら、意図通りに物語を流すのは見事です。

私もサイトー先生、ぴこ蔵先生の元で勉強して、早く小説を上達させたいです。

素晴らしい先輩の作品に触れられて、幸せです。
有難うございます。
by せきた (2010-12-22 22:28) 

サイトー

>sumiさん
こちらこそ始めまして。
ちなみに作品はぼくではなく、月太さんの作品ですので、お間違えなきよう(笑)
もうちょっと、自作もUPするように心がけます(汗)
by サイトー (2010-12-22 23:28) 

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