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『あっしがミミズだったころ』 ぼんぼちぼちぼち [ショートショートの紹介!]

今日はぼんぼちぼちぼちさんの『あっしがミミズだったころ』を紹介します。
ぼんぼちぼちぼちさんはso-netブログランキングの映画部門で1位を獲得されている有名ブロガーです。
この作品にしてもbiceが今日時点で346、コメントが50と尋常な数ではありません。
それだけ、多くの方から愛されているブロガーだと思います。

そんなぼんぼちぼちぼちさんの作品をお楽しみください。
ではでは~。

【ぼんぼちぼちぼちさんのブログ】
冷たい廊下
http://bon-bochi.blog.so-net.ne.jp/


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『あっしがミミズだったころ』 ぼんぼちぼちぼち


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これは、あっしが前世で ミミズだったころのお話でやす。

あっしが物心ついたのは、ほんのりと甘い匂いの 根っこの元でやした。
その甘さと張り具合いから、根の主は、ピンク色でハート型の花弁の 小ぶりのゼラニウムであると解りやした。
孤を描いたざらざらの壁を辿り、あっしがいるのは 直径十センチほどの 素焼きの鉢であると知りやした。
賑やかな人の声と 車の音と 信号機の「通りゃんせ」の電子音から、あっしの住む鉢が置かれているのは、どこかの街の商店街の一角であるらしいと思いやした。



「これください」
あっしの世界がひょいと揺らぎ、しばらく ゆらゆらと揺れ、とても静かな ぽかぽかの場所で静止しやした。
あっしの住むピンク色のゼラニウムの鉢は 買われたのでやす。
声の感じから、買い主は、若いおじょうさんのようでやした。

おじょうさんは、毎朝、あっしの鉢に お水をくださいやした。
いえ、別に あっしにくださった訳ではありやせん。
あっしの頭上にこぼれるピンク色のゼラニウムを 枯らさないよう より美しく楽しめるよう 水を与えていたに過ぎやせん。
ゼラニウムは、愛らしいハート型の花弁を 次々とほころばせていたに違いありやせん。
何故なら、根っこに沿うて あっしが毎日 次から次へと 有機的な土を生み出していたからでやす。

おじょうさんは、毎朝 お水をくださったあと、同じ時刻に出かけ 同じ時刻に帰り 同じテレビ番組をご覧になってやした。
中でも 月曜九時のドラマはお気に召していたらしく、録画をしているのか、週末も くり返しくり返し 流していやした。
特に 若い青年であるらしい声の 優しくささやきかける台詞のところは、あっしもソラで言えるくらいに 何度も何度も 流していやした。

部屋に訪れる人は 誰れもいないようでやした。
あっしがおじょうさんの声を聴いたのは、「これください」からあと 一度きりでやした。
「すみません、今日は 休ませてください・・・コホコホ・・・」
その朝だけは お水やり・・・いえ、窓の開く音すらありやせんでやした。
けど、しとしと雨続きの毎日で、あっしの鉢も、底から水滴がしたたるくらいにしめってやした。

ジリジリと蒸し風呂のような毎日が過ぎ、さらさらと爽やかな日々も過ぎやした。
おじょうさんは、やはり 欠かさず お水をくださいやした。




身体が冷えて うねうねと前に進むのがおっくうに感じられるようになったある日。
窓は、開きやせんでやした。
次の日も その次の日も 開きやせんでやした。
雨は 降りやせんでやした。
しかし、その次の次の日も 次の次の次の日も、やっぱり 窓は 開きやせんでやした。
部屋の中からは 何も聴こえてきやせんでやした。
あっしの頭の上の土が カサカサになってやした。

おじょうさんの気配そのものが、まるで感じられなくなってやした。
おじょうさんがどうしたのか-----故郷へ帰ったのか、恋人ができて その人の部屋で一緒に暮らすことにしたのか、あるいは 交通事故で突然 死んでしまったのか、それとも自殺したのか・・・・
あっしには、かいもく解りやせんでやした。

いえ、別段 気にはなりやせんでやした。
おじょうさんが、とわの幸せをつかんだのか、目もおおいたくなるほどの悲惨なできごとに巻き込まれたのか、あっしには どうだっていいのでやした。
このまま おじょうさんがゼラニウムに水をくれなければ、あっしは身体全体ひからびて土になってしまうと 十二分に予測できやした。
けど、あっしは、また窓を開けてほしいと 願いやせんでやした。
これっきり窓を開けないであろうおじょうさんを 恨めしくも思いやせんでやした。



何故なら-----
あっしは、ミミズだったからでやす。
ミミズ以上のモノでもなければ ミミズ以下のモノでもない、判で押したようにミミズらしいミミズだったからでやす。
あっしは 自身を、情に欠けるとも 冷酷だとも 無欲だとも 気力がないとも 情けないとも 恥ずかしいとも 思いやせんでやした。
おじょうさんがあっしの住む鉢を選んだことにも、別に 運命も感じやせんでやした。
おじょうさんに選ばれて嬉しいとも 思いやせんでやした。
あっしは おじょうさんを喜ばそうという気で 土を有機的に変化させていたわけでもありやせん。
あっしは、ミミズとして当たり前の生をいとなんでいただけでやす。
あっしの鉢全体が カサカサのパラパラになった時、その時に あっしのミミズ人生は終わるのだと 最初から悟ってやした。
それを 引き延ばしたいとも 自らの意思で早く終えてしまいたいとも 思いやせんでやした。
あっしは ミミズ以外の何モノでもなかったのでやすから------

あっしの周りの土が カサカサのパラパラのポロポロになってきた時。
あっしは、あっしのしっとりとした身体が 細く しおしおになってゆくのを感じやした。
意識がもうろうとしてきやした。

こうして、あっしがミミズだったころの生は 終わりやした。


(終わり)
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ミミズが人生のことを考えながら一生を淡々とつづるという意味で、夏目漱石の『我輩は猫である』を想起しました(『我輩は猫である』はコメディー色が強いですけどね。禿問答のシーンは爆笑物の傑作だと思います)。
死んで終わる部分も、どこかシンクロさせるものがあると思います。

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コメント 6

雫石鉄也

いいですね。これ。一時、時間を忘れて読まされてしまいました。
ぼんぼちぼちぼちさんの文章は、リズム感があって、ちょっと酔わせるところがあります。
楽しませてもらいました。ありがとうございます。
ぼんぼちぼちぼちさん。
そして、この作品を紹介された、サイトーさん、ありがとうございます。
by 雫石鉄也 (2011-02-06 06:58) 

海野久実

あーなるほど。
ミミズの視点でその生死をつづるだけで、ショートショートになるというのは目からうろこ状態でした。
想像力、文章力がなくてはダメでしょうけどね。
作者さんのブログを見ると、どの記事もかなりのコメント数ですね。
まるで芸能人?
ちゃんとコメントを返してらっしゃるのもすごいですね。
by 海野久実 (2011-02-06 16:23) 

ぼんぼちぼちぼち

こんばんは、ぼんぼちぼちぼちでやす。
サイトーさん、「あっしがミミズだったころ」の紹介 ありがとーございやす。
雫石鉄也さん、 海野久実さん、お誉めの言葉 恐縮でやす・ぺこりっ。

あっしが自分が楽しくて書いたものを このような形で紹介していただけるとは
日曜文士なりに 大きな励みになりやす。
今年は、月一ペースで「あっしの前世シリーズ」なる短編を
公開してゆく計画でやす。

by ぼんぼちぼちぼち (2011-02-06 20:59) 

リンさん

ぼんぼちぼちぼちさんは、独特の世界を持っていますよね。
最初は短歌が好きで訪問していたのですが、お話もとても面白くて、前に書いていた「蟹田氏」が出てくるシリーズも好きでした。
今回の前世シリーズも楽しみにしています。
みなさんに読んでほしいですね。
サイトーさん、ありがとうございます。
by リンさん (2011-02-07 17:56) 

サイトー

>雫石鉄也さん
>海野久実さん
>ぼんぼちぼちぼちさん
>リンさん

ぼくのブログにコメントをつけていただきありがとうございます。
素晴らしい作品をこうして紹介できるのが、ぼくの楽しみかつ喜びです!
by サイトー (2011-02-07 22:16) 

津々井 茜

鳥肌が立ってしまいました。
気持ち悪い鳥肌ではなく、ミミズくん……そうだよねぇ、という、淡々とした感動というのでしょうか。

うまく感想が書けなくてすみません。
でもでも、こういう滋味あふれるようなストーリィは大好きです。

それから、斎藤さん、コメントへのレス、ありがとうございます。
斎藤さんのショートショートを書く秘訣も読ませていただきまして、アイデアではなく構成をぱくれ、というところにいたく感じ入ってしまいました。

それからそれから、パブーにも登録させてもらいました。
斎藤さんのブログにお邪魔するようになって、「書く」ことの世界が広がったようで嬉しいです。
by 津々井 茜 (2011-07-30 00:27) 

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