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【SS】齊藤想『人回し』 [自作ショートショート]

ちくま800字文庫に応募した作品です。
テーマは特にありません。

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『人回し』 齊藤 想

 ある田舎のバス路線での出来事だ。
 時刻は夕方。哲夫が仕事で温泉街に向かうバスに揺られていると、山間のバス停で一匹の猿が乗車してきた。このバスは定額料金の前払い制だ。猿はウエストポーチから財布を取り出すと、普通に料金ボックスに小銭を投げ込んだ。
 座席を占拠した猿はわがもの顔で鼻くそをほじり、片膝立ちで足の裏についたゴミを取り始めた。実にふてぶてしい。
 運転手は猿が乗車しても気にすることなく、普通にバスを出発させる。哲夫は慌てて運転手に声をかけた。
「ちょっと運転手さん。猿がいるんですけど」
 運転手はルームミラーに目を走らせたが、何事もなかったかのように、すぐに前を向いた。
「別にいいじゃありませんか。料金を払っているわけだし。お客様は神様です」
「お客様と言ってもサルだぞ、サル。だいたい、なんでサルがお金を持っているんだ」
 バスはゆっくりと右にカーブした。山がますます深くなる。体が軽く車体に押し付けられる。
「都会の方々は知らないかもしれませんが、このあたりのサルは金を稼ぐんですよ。なかなか芸達者で、大したものですよ」
「猿回しか。いくら芸達者でも、猿に給料は出ないだろ。それともこの辺りでは猿に金を払うのか」
「猿回しではありません。人回しです」
「人回し?」
「この集落では、猿が人に芸を仕込むのです。猿たちは人間たちの芸を楽しみ、その対価として山菜や木の実を置いていきます。その山菜や木の実を、猿が観光客相手に路上販売をして稼いでいるのです。天然ものですから人気があるんですよ。そういえば、貴方は芸の見込みがありそうですね。彼がスカウトしたがっていますよ」
 振り返ると、さきほどの猿が哲夫に熱視線を送っている。
「冗談を……」と言いかけて、哲夫は唾を飲み込んだ。猿は誇らしげに2本の縄を握りしめている。
 縄の1本は運転手の腰に、そして、もう1本は哲夫の腰に。


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