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いちだかずき 『式霊の杜』 [書評]

『檻の中の少女』『サイバーテロ・漂流少女』『キリストゲーム』と、ネットセキュリティーミステリーという新しい分野を開拓してきた一田和樹氏が、満を持して空想歴史ファンタジーに参戦です!
『式霊の杜』は漢楚戦争時代の古代中国をモチーフにした麗郷大陸を舞台として、式使と呼ばれる特殊能力を持った戦士たちが歴史上の人物と一緒になって縦横無尽に活躍するストーリーです。


式霊の杜 (講談社X文庫―ホワイトハート)

式霊の杜 (講談社X文庫―ホワイトハート)

  • 作者: いちだ かづき
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2012/06/01
  • メディア: 文庫





この本を読んで、ぼくが驚いたのが、エンターテイメント小説として必要な要素が全部詰まっていることです。

まずは、歴史ファンタジーの醍醐味である英雄たちの駆け引きや陰謀。中国大陸(作中では麗郷大陸)全土を巻き込む戦いは、これはもう歴史エンターテイメントには欠かせないところでしょう。もちろん、本作にもふんだんに盛り込まれていて、それにより主人公が危機に陥ったり脱出したりと、もう、大から小まで波乱が巻き起こります!
次なる要素は、手に汗握るアクションシーンです。様々な特殊能力を持った式使同士の戦いはバラエティーに富み、力だけでなく知恵も活かした迫力有る戦闘シーンこそ、作者の力量の見せ所です!
さらには外してはならない恋愛。
主人公は式使の使い手の少女ですが、お相手は幼馴染の式使である張良です。もちろん抜群の美男子。ところが、二人とも素直じゃなくて、気持ちを伝えられそうで伝えられない。そんなもどかしいながらも奥ゆかしい恋愛が、殺伐とした戦闘を背景としながらも、読者に安心感を与えてくれます。
また、いいかげんな英雄、劉邦(史実に近い)、劉邦の最大のライバルで、勇ましいけど情に流される項羽(これも史実に近い)、さらには絶世の美女でありながら恐怖の存在である虞姫と、魅力的なキャラクターも満載です。
一田和樹氏は、エンターテイメント作家として押さえるべきポイントを鷲づかみにして、まとめて読者に提供できる稀有な作家だと思います。

さて、これら4つの要素だけでも十分に読み応えのある作品に仕上げられるのですが、一田和樹氏はさらなる仕掛けを入れています。
それが、本作を奥底にひっそりと流れ続けている「悲しみ」です。
作品全体は明るいトーンで貫かれています。文章のひとつひとつは軽快で、心躍る調子で読み続けることができます。
ところが、主人公は式使の中でも邪悪な力として忌み嫌われている「邪式」の使い手です。扱いとしては被差別部落民に近いです。差別される対象であることを隠しながら、愛する人のために戦い、また差別される原因となった自分の力を呪い、悲しみながら敵を殺していきます。
そうした主人公の悲しみが、ストーリーのポイントで出てきます。
表層上の明るさと、深層部での悲しみ。この二つを同居させたことで、本作は少年少女のみを対象としたライトノベルから脱却し、大人でも十分に読み応えのある作品にすることに成功したのではないかと思います。

ライトノベルレーベルから出版していても、その後、一般向け文庫で再発売される作品があります。『式霊の杜』はレーベルこそライトノベルですが、一般向けでも出版できる力を持った作品だとぼくは思います。


ところで話は変わりますが、本作の終わり方から見て、これ、続編がでると思っているのですが、編集部さんいかがでしょうか~(笑)

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