ぷーぷーさん『幸せの臭い鳥』 [ショートショートの紹介!]
今日はぷーぷーさんの『幸せの臭い鳥』を紹介します。”青い”ではなく”臭い”です。
ここ数年で一番笑った作品かもしれません。
瞬発力に溢れた作品だと思います。
下ネタが苦手なひと……でも楽しめると思いますよ!
【ぷーぷーさんのHP】
http://poopoo999.blog.fc2.com/blog-entry-2.html#cm
【FC2小説:ぷーぷーさんのページ】
http://novel.fc2.com/user/497719/
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『幸せの臭い鳥』 ぷーぷーさん
(初出:FC2小説 H24.1.19)
→http://novel.fc2.com/novel.php?mode=tc&nid=129315
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母親が鳥を買ってきたのは、雪が解けた頃だった。その鳥はインコで、毛が青く、そしてなにより臭かった。
どのくらい臭いかというと、うんこだった。しかも、体調が悪い時に出てくるようなタチの悪いうんこだった。そんなくっせぇインコは鳥かごに入れられ、居間に鎮座するようになった。
俺はその日から、微かに漂ううんこの臭いで目が覚めるようになった。うんこの臭いを嗅ぎながら朝ごはんを食べて、うんこくせぇ制服で高校に行く。友達にはからかわれ、女子にはあからさまに避けられ、うんこくせぇジャージで部活をして、うんこくせぇ家に帰る。うんこくせぇインコの声を聞きながら、うんこくせぇ部屋でうんこくせぇ飯を食べて、うんこくせぇ風呂場でうんこくせぇ体をうんこくせぇ水で洗う。うんこくせぇ部屋でうんこくせぇ一家がうんこくせぇテレビを見ながらうんこくせぇ話をする。どんな会話かといえば、主にうんこくせぇって話。俺と父親がインコのことをうんこくせぇ、うんこくせぇって連呼するから母親はだんだん機嫌が悪くなっていき、しまいには喧嘩口調になって、険悪でうんこくせぇ雰囲気になる。うんこくせぇ雰囲気のうんこくせぇ部屋にいる理由もないから、俺は自分の部屋に戻って鼻にうんこくせぇティッシュをつめて、うんこくせぇ音楽を聴きながらうんこくせぇ漫画を読んでうんこくせぇベッドで寝る。それが俺のうんこくせぇ日常になっていた。
家がうんこくさいこともあいまって、日に日に家庭環境は劣悪になっていた。
解決策は簡単に思いつく。うんこくっせぇインコをこっそり逃がしてしまえばいい。だけど、事情はそんなに簡単ではなかった。
まず、問題なのは、うんこくせぇインコの値段だ。うんこくせぇインコがいくらしたのか。実に三十万円である。三十万円もした鳥を逃がすなんてことは俺にはできない。
問題が値段だけなら、俺はインコを逃がしたかもしれない。けど、もう一つ、無視できない問題があった。母親の心の問題だ。
くっせぇインコを飼い始めるまで母親は軽いうつ病のような状態で、家事を一切することなく、いつも布団に包まって寝ているばかりだった。だから、俺と父親が分担して、掃除、洗濯、炊事、買い物をやっていたわけだ。だが、このくっせぇインコを買い始めてから、無気力だった母親は元気になった。なぜか家事をバリバリこなすようになった。
逃がせば、再び母親が無気力になってしまうのではないかと思えて、俺はくっせぇインコを逃がしたくても逃がせなかった。
うんこくせぇインコを逃がす事が、単純で簡単な解決策にはならない。ではどうしたらいいか。俺と父親は話し合い、母親を説得する事になった。
夕食が終わり、俺がまず「うんこくせぇ」と母親に文句を言う。
母親は「我慢しろ」と言い、父親は「なぜそんなにインコに執着するのか」と問う。
母親は「くっせぇインコを飼っていれば幸せになれる」と言う。
俺は「騙されている。母さんはくっせぇインコを三十万円で買わされただけ」と言い聞かせる。
しかし母親は「そんなことはない」と何の根拠もない反論をする。
「具体的にどんな事が起きて幸せになるのか?」と俺が尋ねると、母親は「それは起こるまでわからない。宝くじも当たるまで当たってる事に気づけない」とわけのわからないことを言い出す。
「母さんはうんこ臭いインコをうんこ臭いとは思わないのか?」と聞くと、「うんこ臭いと思うからうんこ臭いと思う」とかなんとか言い出して、そんな問答を繰り返しているうちに母親がヒステリーを起こしてしまう。
俺たち三人はうんこ臭い居間で毎日、そんなやり取りを繰り返した。
うんこくせぇ生活が始まって一ヶ月が過ぎたある日の事だ。その日は日曜日で、学校は休みだった。俺は当然うんこの臭いで目が覚めた。既に俺の頭はおかしくなっていて、俺がうんこ臭くて、しかも、うんこが俺臭いみたいな、むしろ俺がうんこなのかもしれないとも思えた。俺は便器に片足を突っ込んでいた。棺桶ではなく。
俺が居間に行くと、朝ごはんが用意されていた。母親は洗濯物を干しているようだった。裏庭から鼻歌が聞こえてきた。
椅子に座って、うんこくせぇ朝食を見る。ご飯、味噌汁、目玉焼き等々。
箸を持って、飯を食べ始めると、くっせぇインコが「くっさ。お前、うんこ臭いよ」と呟き、羽をバタつかせた。
インコが人の言葉を話す事自体は珍しい事ではない。何度も言い聞かせれば話すようになる。俺がいつもうんこくせぇと文句を言っているので覚えてしまったのだろうと思った。うんこ臭いインコがうんこ臭いのを人のせいにしているのが許せなかったので、俺は「お前のほうがくっせぇよ」と俺が言い返してやった。
うんこくせぇインコを見ながら、うんこくせぇ味噌汁を飲むと、再びインコがうんこくせぇ声を発した。
「君たちはいつも私の事で言い争いをするが、そんなに私の臭いが嫌いかね?」
俺は少し馬鹿馬鹿しいと思いながらも、その問いに答えてやった。
「嫌いに決まってるだろ。このクソインコ野郎」俺がそう罵ると、すぐにウンコ臭いインコが返事をしてきた。
「クソインコとは君も口が悪いな」
俺はびっくりして飲み込みかけた味噌汁を吐き出し、咳き込んだ。
インコが意思を持ち、俺に話しかけてきた、ように俺には思えた。
俺とインコとの間で会話が成立しているのは、俺の脳みそがうんこくせぇ脳みそになって、俺の頭はもう狂ってしまったからではないかと思った。
「鼻の下に肛門があると思えば、うんこ臭いのも我慢できるのではないかね」インコが言った。
「できるわけねーだろ」
俺はインコと会話をする決心をした。苦渋の決断だったが、それが真実だった。
「君は私にどうして欲しいと言うんだ?」インコが言う。
「出て行って欲しい。鳥かごを開けてやるから。どこかに行ってくれない?」
「私が出て行けば、君の母親は前の状態に戻る。それでもいいというのかね?」
「インコがいなくなったからと言って、母さんが前の状態に戻るとは限らない」俺は味噌汁の入ったお椀をテーブルに叩きつけた。味噌汁が波打ち、汁で手が濡れた。「お前はさ、俺が学校でなんて呼ばれてるか知ってる?」
「さしずめウンコマンと言ったところか」
「正解。でも、嘘だよ。もう誰からも相手にされてないから、誰かに呼ばれるなんて事はないよ。うんこくさい人間は誰にも相手にされないんだよ。なぜ誰にも相手にされないかって? うんこくさいからだよ! もう学校に行きたくないよ!」
「うんこくさい、うんこくさいと嘆いても、君がうんこくさいことには変わりない。うんこくさいことを前提に、君がこれからどうしないといけないか。それを考えることが、今、君が一番やらなくてはいけないことではないかな?」
「ウンコくせぇのはお前のせいなのに! どうしてお前にそんなこと言われなきゃいけないねーんだよ」俺は持っていた箸を鳥かごに思いっきり投げつけた。「もう逃がす。逃がすっていうか、殺す」
「そうすることで君は満足かな? それで母親が以前の状態に戻ってもいいと?」
「だから、お前がいなくなっても、母さんが前の状態に戻るとは限らないんだよ」
「冗談、サラサラ。私がいなければ君の母親は駄目になる。それは確定事項なのだよ」
「根拠は?」
「根拠? 彼女がなぜ無気力な状態になっていたのか君は理解していないのかな?」
「知らねぇよ。病気だろ。病気」
「それでも君は彼女の息子かね? まぁいい。病気にも原因があるだろう。原因もなく病気にはならない。何にでも原因があり、その先に結果があるのだよ」
「じゃあ、言ってみろよ。母さんが心の病気にかかった理由を、くっせぇインコが知ってるって言うなら聞いてやるよ」
インコは一度羽を広げて、静かに折りたたんだ。一枚の羽が抜け落ち静かに床に落ちた。
「夫の給料は少なく、家計は厳しい。家のローンが何十年も残っていて、息子を大学に行かせられるかどうかもわからない。その息子はせっかく高校に通わせても勉強もしないで遊んでばかり。給料日前には食費にも困って、旦那はそれでもパチンコに行って無駄遣いをやめない。夫婦間の仲がうまくいかず、パートに行くようになって、相談する相手も時間もなくて、帰って来てご飯を作っても、旦那の帰りは遅くて、酔っ払って帰って来て、ご飯を食べずにすぐに寝てしまう。息子は話しかけても、反応が悪く、一言二言返事をするだけ。それでいて、ご飯を食べ終わったら自分の部屋に行ってしまう。家族と会話をする時間もなく、将来の見通しが立たず、お先真っ暗。そんな家庭が健全な家庭か、不健全な家庭かと言ったらどっちかね?」
「不健全」
「そんな健全ではない状況で君の母親が心の病気になってしまうのはある意味では?」
「当たり前」
「そんな暗闇の中で目の前に一筋の光が見えたらその方向に行ってしまうのは?」
「仕方がないのかもしれない」
「分かってきたようだね。この家庭に必要なのは対話だね。そして皮肉にも私を通して、君たちは再び対話をするようになった。君は私を嫌っているというのに、君は私を必要としているのだよ。こんな事になったのは君の責任でもある。そんな君が私に対してここから出て行けというのはおこがましいという他ない」
「対話が必要だというなら、これからそうするさ。だから、うんこ臭いインコはここから出て行けばいいよ」
「ノー。ノー。私の存在は会話の種という役割に一役買っているが、それ以外にも重要な役割を担っているのだよ。分かるかな? 君の母親は私を飼う事で幸せになれると信じている。それはとても重要な事だと思わないかな?」
「どこの誰にそんなことを言われたのか知らないけど、くせぇインコを飼うだけで幸せになるなんて、そんなことがあるわけない。インコがいなくなれば、母さんも気づくさ。いなくても、何も変わらないって。くっせぇインコがいるとか、いないとか、そんなことはまったく関係なかったんだって」
「彼女は将来が不安でたまらないのだよ。君と君の父親のせいだね。人は得てして先に見える幸せを想像して幸せだと感じ、先に見える不幸を想像して不幸だと感じるものだ。私を飼っていれば幸せになれる。そう信じる事が、既にそれが幸せなのだよ。もし私が出て行けば、彼女は希望をなくし、再び不幸だと思うだろうね」
「そんなの本当に幸せじゃない。騙されてるっていうか、洗脳されてるだけだから」
「本当の幸せというがね、絶対的な幸せの基準なんてものがあるのかね? 君の言う本当の幸せというのは、君にとっての幸せではないのかね? 君に他人の幸せを決める権利はない!」
「じゃあ、お前も母さんの幸せを勝手に語るなよ。インコは母さんから直接、母さんの幸せの条件を聞いたわけ? 全部インコの推測じゃねーの?」
「彼女の言動がそれを物語っているし、科学的に立証されているといってもいい。わざわざ聞くまでもない」
「その理屈はおかしいだろ」俺はため息をついた。
「どこがだね?」
「わかった。それじゃさ。母さんにインコが必要だというなら、それでもいいよ。だから、ウンコ臭いのだけはやめよ!」
「どうしてだね?」
「ウンコ臭いのが嫌だからだよ!」
「嫌だからこそ、それを我慢することに意味があると私は思うがね」
「意味なんてない。ウンコ臭いのを我慢する行為はただの苦痛でしかない」
「そう! 苦痛だ! 苦痛を我慢したら何か努力してる気がするだろう? 何もせずに幸せになれるとは思えないが、神社に行って神様にお祈りをしたら良い事が起こる気がする。そんな錯覚を君たちは抱くだろう? 私はね、努力に対して対価が生じるという感覚を満たしてあげているのだよ。この臭いでね!!」
「なるほど!」
「やっと納得してくれたかな、うん」
「ごめん。でも、俺、もううんこ臭いの我慢できない。お前を殺す」
俺は鳥かごを開けるとインコをわしづかみにした。
「ぐぐゅ」とインコが悲鳴を上げる。
俺は居間を出て、足早にトイレへと向かった。
「私を殺すということは、一人の人間を不幸にするという事なのだよ。君はそれを理解しているのね!」
「お前の存在が、一人どころか何人もの人間を不幸にしていると、なぜ気づかないのか! 色んな所にうんこの臭いを撒き散らして得る幸せなんてものは、俺は、許容しない!」
「君の母親がどうなってもいいと言うのかね!」
「母さんは元に戻るだけ! くっせぇインコで得た心の平穏なんていうものは水に流してしまうのが一番だ」
「後には戻れないぞ。よく考えたまえ!」
「くっせぇインコはあるべき場所に!」
俺は便器の水面にインコを叩きつけた。水滴がはねて顔面を濡らし、数枚の羽が周囲に飛び、インコの体が痙攣して水面に浮かぶ。
俺は静かに便器のフタを締めて、レバーを上げて水を流した。ゴポゴポと音を立ててインコが配管に流れていく。
「あるべき物はあるべき場所に……」
静かにゆったりとした時間が、再び家に流れ出した。
俺は今、自らの手で幸せを掴み取ったのだ。
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ラストにはいろいろな意見があるかもしれませんね。
インコに見せかけて実は喋る○○だった……という感じでしょうか(笑)
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ここ数年で一番笑った作品かもしれません。
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(初出:FC2小説 H24.1.19)
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母親が鳥を買ってきたのは、雪が解けた頃だった。その鳥はインコで、毛が青く、そしてなにより臭かった。
どのくらい臭いかというと、うんこだった。しかも、体調が悪い時に出てくるようなタチの悪いうんこだった。そんなくっせぇインコは鳥かごに入れられ、居間に鎮座するようになった。
俺はその日から、微かに漂ううんこの臭いで目が覚めるようになった。うんこの臭いを嗅ぎながら朝ごはんを食べて、うんこくせぇ制服で高校に行く。友達にはからかわれ、女子にはあからさまに避けられ、うんこくせぇジャージで部活をして、うんこくせぇ家に帰る。うんこくせぇインコの声を聞きながら、うんこくせぇ部屋でうんこくせぇ飯を食べて、うんこくせぇ風呂場でうんこくせぇ体をうんこくせぇ水で洗う。うんこくせぇ部屋でうんこくせぇ一家がうんこくせぇテレビを見ながらうんこくせぇ話をする。どんな会話かといえば、主にうんこくせぇって話。俺と父親がインコのことをうんこくせぇ、うんこくせぇって連呼するから母親はだんだん機嫌が悪くなっていき、しまいには喧嘩口調になって、険悪でうんこくせぇ雰囲気になる。うんこくせぇ雰囲気のうんこくせぇ部屋にいる理由もないから、俺は自分の部屋に戻って鼻にうんこくせぇティッシュをつめて、うんこくせぇ音楽を聴きながらうんこくせぇ漫画を読んでうんこくせぇベッドで寝る。それが俺のうんこくせぇ日常になっていた。
家がうんこくさいこともあいまって、日に日に家庭環境は劣悪になっていた。
解決策は簡単に思いつく。うんこくっせぇインコをこっそり逃がしてしまえばいい。だけど、事情はそんなに簡単ではなかった。
まず、問題なのは、うんこくせぇインコの値段だ。うんこくせぇインコがいくらしたのか。実に三十万円である。三十万円もした鳥を逃がすなんてことは俺にはできない。
問題が値段だけなら、俺はインコを逃がしたかもしれない。けど、もう一つ、無視できない問題があった。母親の心の問題だ。
くっせぇインコを飼い始めるまで母親は軽いうつ病のような状態で、家事を一切することなく、いつも布団に包まって寝ているばかりだった。だから、俺と父親が分担して、掃除、洗濯、炊事、買い物をやっていたわけだ。だが、このくっせぇインコを買い始めてから、無気力だった母親は元気になった。なぜか家事をバリバリこなすようになった。
逃がせば、再び母親が無気力になってしまうのではないかと思えて、俺はくっせぇインコを逃がしたくても逃がせなかった。
うんこくせぇインコを逃がす事が、単純で簡単な解決策にはならない。ではどうしたらいいか。俺と父親は話し合い、母親を説得する事になった。
夕食が終わり、俺がまず「うんこくせぇ」と母親に文句を言う。
母親は「我慢しろ」と言い、父親は「なぜそんなにインコに執着するのか」と問う。
母親は「くっせぇインコを飼っていれば幸せになれる」と言う。
俺は「騙されている。母さんはくっせぇインコを三十万円で買わされただけ」と言い聞かせる。
しかし母親は「そんなことはない」と何の根拠もない反論をする。
「具体的にどんな事が起きて幸せになるのか?」と俺が尋ねると、母親は「それは起こるまでわからない。宝くじも当たるまで当たってる事に気づけない」とわけのわからないことを言い出す。
「母さんはうんこ臭いインコをうんこ臭いとは思わないのか?」と聞くと、「うんこ臭いと思うからうんこ臭いと思う」とかなんとか言い出して、そんな問答を繰り返しているうちに母親がヒステリーを起こしてしまう。
俺たち三人はうんこ臭い居間で毎日、そんなやり取りを繰り返した。
うんこくせぇ生活が始まって一ヶ月が過ぎたある日の事だ。その日は日曜日で、学校は休みだった。俺は当然うんこの臭いで目が覚めた。既に俺の頭はおかしくなっていて、俺がうんこ臭くて、しかも、うんこが俺臭いみたいな、むしろ俺がうんこなのかもしれないとも思えた。俺は便器に片足を突っ込んでいた。棺桶ではなく。
俺が居間に行くと、朝ごはんが用意されていた。母親は洗濯物を干しているようだった。裏庭から鼻歌が聞こえてきた。
椅子に座って、うんこくせぇ朝食を見る。ご飯、味噌汁、目玉焼き等々。
箸を持って、飯を食べ始めると、くっせぇインコが「くっさ。お前、うんこ臭いよ」と呟き、羽をバタつかせた。
インコが人の言葉を話す事自体は珍しい事ではない。何度も言い聞かせれば話すようになる。俺がいつもうんこくせぇと文句を言っているので覚えてしまったのだろうと思った。うんこ臭いインコがうんこ臭いのを人のせいにしているのが許せなかったので、俺は「お前のほうがくっせぇよ」と俺が言い返してやった。
うんこくせぇインコを見ながら、うんこくせぇ味噌汁を飲むと、再びインコがうんこくせぇ声を発した。
「君たちはいつも私の事で言い争いをするが、そんなに私の臭いが嫌いかね?」
俺は少し馬鹿馬鹿しいと思いながらも、その問いに答えてやった。
「嫌いに決まってるだろ。このクソインコ野郎」俺がそう罵ると、すぐにウンコ臭いインコが返事をしてきた。
「クソインコとは君も口が悪いな」
俺はびっくりして飲み込みかけた味噌汁を吐き出し、咳き込んだ。
インコが意思を持ち、俺に話しかけてきた、ように俺には思えた。
俺とインコとの間で会話が成立しているのは、俺の脳みそがうんこくせぇ脳みそになって、俺の頭はもう狂ってしまったからではないかと思った。
「鼻の下に肛門があると思えば、うんこ臭いのも我慢できるのではないかね」インコが言った。
「できるわけねーだろ」
俺はインコと会話をする決心をした。苦渋の決断だったが、それが真実だった。
「君は私にどうして欲しいと言うんだ?」インコが言う。
「出て行って欲しい。鳥かごを開けてやるから。どこかに行ってくれない?」
「私が出て行けば、君の母親は前の状態に戻る。それでもいいというのかね?」
「インコがいなくなったからと言って、母さんが前の状態に戻るとは限らない」俺は味噌汁の入ったお椀をテーブルに叩きつけた。味噌汁が波打ち、汁で手が濡れた。「お前はさ、俺が学校でなんて呼ばれてるか知ってる?」
「さしずめウンコマンと言ったところか」
「正解。でも、嘘だよ。もう誰からも相手にされてないから、誰かに呼ばれるなんて事はないよ。うんこくさい人間は誰にも相手にされないんだよ。なぜ誰にも相手にされないかって? うんこくさいからだよ! もう学校に行きたくないよ!」
「うんこくさい、うんこくさいと嘆いても、君がうんこくさいことには変わりない。うんこくさいことを前提に、君がこれからどうしないといけないか。それを考えることが、今、君が一番やらなくてはいけないことではないかな?」
「ウンコくせぇのはお前のせいなのに! どうしてお前にそんなこと言われなきゃいけないねーんだよ」俺は持っていた箸を鳥かごに思いっきり投げつけた。「もう逃がす。逃がすっていうか、殺す」
「そうすることで君は満足かな? それで母親が以前の状態に戻ってもいいと?」
「だから、お前がいなくなっても、母さんが前の状態に戻るとは限らないんだよ」
「冗談、サラサラ。私がいなければ君の母親は駄目になる。それは確定事項なのだよ」
「根拠は?」
「根拠? 彼女がなぜ無気力な状態になっていたのか君は理解していないのかな?」
「知らねぇよ。病気だろ。病気」
「それでも君は彼女の息子かね? まぁいい。病気にも原因があるだろう。原因もなく病気にはならない。何にでも原因があり、その先に結果があるのだよ」
「じゃあ、言ってみろよ。母さんが心の病気にかかった理由を、くっせぇインコが知ってるって言うなら聞いてやるよ」
インコは一度羽を広げて、静かに折りたたんだ。一枚の羽が抜け落ち静かに床に落ちた。
「夫の給料は少なく、家計は厳しい。家のローンが何十年も残っていて、息子を大学に行かせられるかどうかもわからない。その息子はせっかく高校に通わせても勉強もしないで遊んでばかり。給料日前には食費にも困って、旦那はそれでもパチンコに行って無駄遣いをやめない。夫婦間の仲がうまくいかず、パートに行くようになって、相談する相手も時間もなくて、帰って来てご飯を作っても、旦那の帰りは遅くて、酔っ払って帰って来て、ご飯を食べずにすぐに寝てしまう。息子は話しかけても、反応が悪く、一言二言返事をするだけ。それでいて、ご飯を食べ終わったら自分の部屋に行ってしまう。家族と会話をする時間もなく、将来の見通しが立たず、お先真っ暗。そんな家庭が健全な家庭か、不健全な家庭かと言ったらどっちかね?」
「不健全」
「そんな健全ではない状況で君の母親が心の病気になってしまうのはある意味では?」
「当たり前」
「そんな暗闇の中で目の前に一筋の光が見えたらその方向に行ってしまうのは?」
「仕方がないのかもしれない」
「分かってきたようだね。この家庭に必要なのは対話だね。そして皮肉にも私を通して、君たちは再び対話をするようになった。君は私を嫌っているというのに、君は私を必要としているのだよ。こんな事になったのは君の責任でもある。そんな君が私に対してここから出て行けというのはおこがましいという他ない」
「対話が必要だというなら、これからそうするさ。だから、うんこ臭いインコはここから出て行けばいいよ」
「ノー。ノー。私の存在は会話の種という役割に一役買っているが、それ以外にも重要な役割を担っているのだよ。分かるかな? 君の母親は私を飼う事で幸せになれると信じている。それはとても重要な事だと思わないかな?」
「どこの誰にそんなことを言われたのか知らないけど、くせぇインコを飼うだけで幸せになるなんて、そんなことがあるわけない。インコがいなくなれば、母さんも気づくさ。いなくても、何も変わらないって。くっせぇインコがいるとか、いないとか、そんなことはまったく関係なかったんだって」
「彼女は将来が不安でたまらないのだよ。君と君の父親のせいだね。人は得てして先に見える幸せを想像して幸せだと感じ、先に見える不幸を想像して不幸だと感じるものだ。私を飼っていれば幸せになれる。そう信じる事が、既にそれが幸せなのだよ。もし私が出て行けば、彼女は希望をなくし、再び不幸だと思うだろうね」
「そんなの本当に幸せじゃない。騙されてるっていうか、洗脳されてるだけだから」
「本当の幸せというがね、絶対的な幸せの基準なんてものがあるのかね? 君の言う本当の幸せというのは、君にとっての幸せではないのかね? 君に他人の幸せを決める権利はない!」
「じゃあ、お前も母さんの幸せを勝手に語るなよ。インコは母さんから直接、母さんの幸せの条件を聞いたわけ? 全部インコの推測じゃねーの?」
「彼女の言動がそれを物語っているし、科学的に立証されているといってもいい。わざわざ聞くまでもない」
「その理屈はおかしいだろ」俺はため息をついた。
「どこがだね?」
「わかった。それじゃさ。母さんにインコが必要だというなら、それでもいいよ。だから、ウンコ臭いのだけはやめよ!」
「どうしてだね?」
「ウンコ臭いのが嫌だからだよ!」
「嫌だからこそ、それを我慢することに意味があると私は思うがね」
「意味なんてない。ウンコ臭いのを我慢する行為はただの苦痛でしかない」
「そう! 苦痛だ! 苦痛を我慢したら何か努力してる気がするだろう? 何もせずに幸せになれるとは思えないが、神社に行って神様にお祈りをしたら良い事が起こる気がする。そんな錯覚を君たちは抱くだろう? 私はね、努力に対して対価が生じるという感覚を満たしてあげているのだよ。この臭いでね!!」
「なるほど!」
「やっと納得してくれたかな、うん」
「ごめん。でも、俺、もううんこ臭いの我慢できない。お前を殺す」
俺は鳥かごを開けるとインコをわしづかみにした。
「ぐぐゅ」とインコが悲鳴を上げる。
俺は居間を出て、足早にトイレへと向かった。
「私を殺すということは、一人の人間を不幸にするという事なのだよ。君はそれを理解しているのね!」
「お前の存在が、一人どころか何人もの人間を不幸にしていると、なぜ気づかないのか! 色んな所にうんこの臭いを撒き散らして得る幸せなんてものは、俺は、許容しない!」
「君の母親がどうなってもいいと言うのかね!」
「母さんは元に戻るだけ! くっせぇインコで得た心の平穏なんていうものは水に流してしまうのが一番だ」
「後には戻れないぞ。よく考えたまえ!」
「くっせぇインコはあるべき場所に!」
俺は便器の水面にインコを叩きつけた。水滴がはねて顔面を濡らし、数枚の羽が周囲に飛び、インコの体が痙攣して水面に浮かぶ。
俺は静かに便器のフタを締めて、レバーを上げて水を流した。ゴポゴポと音を立ててインコが配管に流れていく。
「あるべき物はあるべき場所に……」
静かにゆったりとした時間が、再び家に流れ出した。
俺は今、自らの手で幸せを掴み取ったのだ。
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ラストにはいろいろな意見があるかもしれませんね。
インコに見せかけて実は喋る○○だった……という感じでしょうか(笑)
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http://www.arasuji.com/saitomagazine.html
面白かったです。
抱腹絶倒のままとんでもない落ちで終わるものと想像しながら読んでいくと、なかなか終わらず、ここまでうんこくっさいインコの存在意義を追求するのかー?とその徹底ぶりに感心しました。
ラストは、期待した「とんでもない落ち」ではなかったものの、余韻の残る、家族のこの後をいろいろ想像させる終わり方で、それはそれでよかったと思います。
あ、「うんこくっさい」ではなくて、「うんこくっせぇ」でしたね。
関西では、「うんこくっさい」になります(笑)
by 海野久実 (2012-01-29 10:55)
前半は、リズムがあって大変におもしろかったです。
ただ、長すぎましたね。
インコがしゃべる出す、手前で終わり、インコとの幸福論の議論はいらないのではないでしょうか。
by 雫石鉄也 (2012-01-29 16:05)
>海野久実さん
この前半のしつこさがリズムを産んでいますよね。
このクドさが面白さのコツかもしれませんね。
それにしても、関西では「うんこくっさい」なんですね。
知りませんでした(笑)
>雫石鉄也さん
コメントありがとうございます。
ちょっと後半は賛否が分かれるかもしれませんね。
ぼくは意外とすきなんですが(笑)
by サイトー (2012-01-29 23:17)