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【SS】齊藤想『恋の病』 [自作ショートショート]

第27回小説でもどうぞに応募した作品その2です。
テーマは「病」です。

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『恋の病』 齊藤想

 黄ばんだ白衣を身にまとった老人が、ハエを引き連れて研究室に飛び込んできた。英字新聞を開きながら刺身を食べている助手のマユミは、教授に冷ややかな視線を返す。
「神聖なる研究室にお友達を連れて来ないでください。それとも、ハエと仲良くなる研究成果でも披露したいのですか」
 マユミは教授にスプレーを吹きかけた。教授が咳き込み、ハエがさっと散る。
「わわ、止めてくれ。マユミ君はいつも手厳しいのう。だが、今回は本物だ。ついに政府から依頼された新薬が完成したのだ。それがこの秘薬、恋の病じゃ」
「鳥インフルエンザの魚版みたいなものですか?」
「勘違いしないでくれたまえ。”鯉の病”ではなく”恋の病”だ。少子化対策として、政府から依頼された若者たちを恋愛体質にする秘薬が完成したのだ」
「政府といっても、正確には政府の外郭団体の協力会社の下請け会社の隣にすむ怪しい老人からの依頼でしたよね」
「その通り。その老人とは、何を隠そうこのワシ……と、余計なことは言わんでよい。この秘薬の効力を見てくれ」
「人体実験ならお断りです。他の誰かに依頼してください」
「ふふふ、マユミ君は甘いのう。もう人体実験は進んでおる。実はこの薬をいけすの餌に混ぜておいたのだ。日本人の刺身好きは有名だからのう」
 教授は、マユミの手元にある刺身に目をやった。マユミは軽蔑の眼差しを教授に返す。
「残念でした。これは今朝スーパーで購入した刺身です。冷蔵庫にある刺身など、危なくて食べるわけがありません。半分はそこらへんの野良猫にあげときましたけど」
 教授はぶぜんとした。
「どうりで、うちの近所の猫が発情期でもないのにミャーミャーと。それで、残りの半分はどうしたのだ」
「外に捨てたら、ハエがぶんぶんと」
「だから、ワシの体にハエがたかっているのか。近くにいるハエたちも、研究の成果だと思うと愛おしいのう」
「それは違うと思います。それはともかく、少子化対策なら自分も考えました。いまからその研究成果をお見せします」
 マユミは悩まし気な目線を教授に向けた。教授の期待がドキンと跳ね上がる。マユミは小瓶をテーブルの上に出した。小瓶の中で、茶色い液体が揺れる。
「これは”病の恋”です」
「なぬ、ワシと同じ発明か」
「違います。その逆です。世の中には、異性に恋をすると害悪を及ぼす存在がいます。例えばストーカーとか、性犯罪者とか、黄ばんだ白衣を着た老人とか」
「ふむ、それは誰のことかのう」
「彼らがいるから、世の女性たちは恋に臆病になってしまうのです。彼らの特徴は、自分たちが異性に害悪を及ぼす自覚がないことです。そういった自覚のない人たちにこの薬を使うと、異性に好意という名の性欲を感じたとたんに、病気になるのです」
「どのような症状がでるのかね」
「強烈な発熱と吐き気に頭痛。好意を持った異性を諦めるまで症状は収まりません」
「それは凄い発明だ。性犯罪を撲滅することができそうだが、正常な恋愛も妨害することにならないかね」
「大丈夫です。相思相愛なら発動しません」
「なるほど、それなら安心だ。それにしても、この研究室は熱いのう。それに急に頭痛と吐き気が襲ってきたような。これはマユミ君に介抱してもらわないと。奥の部屋には宿泊用のベッドもあるしのう」
「私は涼しいぐらいです。教授にはお伝えしませんでしたが、いま人体実験をしているところです。どうやら教授に”病の恋”が発動したようです。実験成功です」
「なぬ、もしかして入室したときに吹き付けたあのスプレーか。無許可で人体実験とはなんと酷い」
「薬入りの刺身を食べさせようとした教授の言葉とは思えませんが」
「細かいことは気にするな。それにしても、なぜマユミ君は人体実験の相手にワシを選んだのかね。ワシとマユミ君は相思相愛だから”病の恋”が発動するわけがない」
「異性に迷惑をかけている自覚がないことも発動条件です。いいから倒れる前に帰宅してください。救急車を呼びたくないので」
「なにを言うかね。わたしは熱などこれっぽっちも……吐き気も頭痛も……うーん」
 ついに倒れた教授の周りに、ハエが嬉しそうに集まる。その一方で、マユミに近づくハエはぽたぽたと落ちていく。
「どうやら教授はハエと相思相愛のようですね。おめでとうございます」

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