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【SS】齊藤想『魔女の消しゴム』 [自作ショートショート]

TO-BE小説工房(第25回)に応募した作品です。
テーマは「消しゴム」でした。

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『魔女の消しゴム』 齊藤想

 オー・ヘンリーの傑作短編に、『魔女のパン』というパン屋を営む中年女性が主人公の作品がある。彼女は貧しい画家に恋をしていた。その画家はいつも、古いパンを2個だけ購入して、彼女の店を出る。
 彼女は同情心から彼のパンにそっとバターを挟む。そうしたら次の日、画家は血相を変えて彼女の店にやってきた。
 彼はパンを食べるためではなく、設計図の鉛筆の線を消すために購入していたのだ。彼女が挟んだバターのせいで、完成直前だった彼の作品はダメになってしまったのだ。

 というような話だ。
 実は、いまの私は彼女と似たような境遇にある。貧しい画家に恋する乙女。オー・ヘンリーの短編との違いといえば、彼女はパン屋。私は文房具屋。彼女は経営者で、私はただのアルバイト。けど、そんなのは大した違いではない。愛する人がいる。その人が毎日のように来店する。そのことが大事なの。
 私の愛しい人は、今日も粗末な身なりでお店にやってくる。
「いらっしゃいませ」
 私は精一杯の笑顔を彼に向ける。
 彼は店長がいないときだけやってくる。彼は少し恥ずかしそうにうつむくと、狭い店内をぐるりと一周し、消しゴムのコーナーで足を止める。彼はそこで小脇に抱えたスケッチブックを開いては、消しゴムの試し消しをする。
 ときには勝手にパッケージを明けて、お試し用に使ってしまう。お店からすれば褒められた行動ではない。けど、私はそれを見て見ぬ振りをする。
 お試し用の消しゴムは彼のためにある。何でも消せる強力な一品。彼はポケットから鉛筆を出しては、何かを描く。そして、消す。
 彼は消しゴムが買えないほど貧しいのかもしれない。そのような彼のために、店長には内緒で、特殊用途の高級消しゴムを試供品コーナーに置いたりする。最後の一粒まで黒鉛を取る素晴らしい商品だ。この商品を置いたとき、彼は嬉しそうにほほえんだのを、私は見逃さなかった。
 彼はどのような絵を描くのだろうか。あの優しそうな瞳、優雅な指先。きっと、美しい女性をデッサンしているに違いない。裸の女性が、彼の前で艶めかしい肢体をさらす。
 そのような想像をして、ときおり胸が痛くなる。
 ふっと目があった。
 彼が私のことを見ている。大きく開かれたスケッチブック。細身のジャケットから伸びる腕が小刻みに動く。そして、ときおりレジに向かう彼の視線。
「描かれているのは私だ」
 そう気がついて、私は嬉しくなった。何の変哲も無いこの私。髪の毛はボサボサ、メガネはやぼったく、スタイルだってずんどう。こんな私を、彼は、モデルとして認めてくれている。
 彼は消しゴムのためではなく、私のためにこのお店に通ってきてくれている。
 彼はスケッチブックを閉じると、さわやかな笑顔とともに店を出た。言葉は交わしていないけど、お互いの気持ちが通じたようで、私は幸せだった。

 彼との余韻に浸る幸せな時間は、外から聞こえてくる店長の罵声によって遮られた。軽い乱闘騒ぎのあとで、がさつな店長が、店を出たばかりの彼の華奢な腕を捻り上げながら入ってきた。
 どうやら近くで店の様子を見張っていたらしい。
「お客様に何をするのですか」
 私の精一杯の抗議に、店長がだるまのような目を向ける。
「お前の目は節穴か」
 店長が彼のジャケットをひっくり返すと、そこから高級文房具が山のように出てきた。
「彼は窃盗の常習犯だ。店内でスケッチブックを広げて毎日のように堂々と万引きしているのに、顔を赤らめて見て見ぬふりをするとは何事か!」


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