【掌編】齊藤想『現場百回』 [自作ショートショート]
これは「5分ごとにひらく恐怖のとびら 百物語」に応募した作品です。
テーマは5つから選ぶことができて(1憤怒・憎悪、2邪悪・悪意、34嘆き、不吉、5畏怖・恐れ)、本作では本作では5畏怖・恐れを選択しています。
―――――
『現場百回』 齊藤 想
刑事には「現場百回」という言葉がある。事件現場を何度も訪れることで、事件解決につながる糸口を見つけられるというありがたい教えだ。
広瀬哲郎は先輩の教えを忠実に守っているうちに、幽霊と会話できるようになった。
今度の事件も、広瀬の出番だ。
殺されたのは、近所でも有名な酔っ払いだった。男はさっそく幽霊となり現れた。
「あいつだよ、あいつ。あの角のアパートに住む女だよ。いきなりおれの目の前にきて”うるさい”とか”くさい”とかさんざん悪口を浴びせてきて、あげくのはてに路上でブスーッとだよ。ひどくないかい」
男は死んだ後も酔っぱらっている。広瀬はため息をついた。
「もう少し冷静に話してくれないかな」
「だから、あの女だよ。若くて、髪の毛が長くて、モデルをやっていることを鼻にかけている嫌な女さ」
広瀬は、酔っ払いが誰を指しているのかすぐに分かった。現場近くにあるアパートの二階で独り暮らしをしている大学生で、広瀬がひそかに憧れている女性だ。
「見まちがいじゃないかな。友里恵さんが人殺しをするとは思えないけど」
「おれは殺された本人だぜ。間違えるわけないだろ」
「暗闇で酔っぱらっていれば、勘違いすることもあるだろうさ」
「いい加減にしろって」
幽霊が怒り出すので、仕方なく彼女のアパートに向かうことにした。
今日は大学が休講なのか、彼女は部屋にいた。いつもより血色が悪い。
「あら、広瀬さんじゃない。今日はどうされたのかしら」
「実はこの近くで酔っ払いが殺害されまして、その聞き込みのためにご近所を回らせていただいております」
酔っ払いは余計だ、と幽霊が突っ込む。
「あらそう、かわいそうに。けど、昨日は調子が悪くて家で寝ていたの」
「何か争うような物音は聞いていますか?」
「それも何も……」
「なんだ、この野郎」
幽霊は友里恵さんに襲い掛かろうとするが、もちろん幽霊なのですり抜ける。
そのとき、友里恵さんの背後にやせ衰えた老婆が立っているのが見えた。その老婆がゆらりと前にでると、友里恵さんの体をすり抜ける。
こいつも幽霊だ。
広瀬は事件の真相に気がついた。老婆の幽霊が友里恵さんの体を乗っとり、殺人を犯したのだ。
視界の隅に、包丁の光が見えた。
彼女にこれ以上、罪を重ねさせてはならない。広瀬は彼女の手を掴んだ。確かな感触があった。しかし、包丁は友里恵さんとは無関係に、高々と上げられている。
そんな馬鹿な。
うろたえる広瀬の横で、老婆の細腕を、酔っ払いがつかんだ。
「公務執行妨害の現行犯で逮捕する」
広瀬は何がおきたのか、分からない。
酔っ払いが老婆の腕に手錠をかけながら、広瀬に説明する。
「幽霊のお前には分からないと思うが、この老人がいまの友里恵さんだ。お前は友里恵さんに殺されたんだよ」
「ど、どういうことだ」
「お前にしたらショックだろうし、信じたくないだろうが、それが真実だ。警察からしたら、お前は迷惑なんだ。愛するひとに殺されたショックでいまだに成仏できず、幽霊となってありもしない真犯人を追い続けて、そこら中で幽霊騒ぎをひきおこして」
「デタラメばかり言うな!」
広瀬は酔っ払いにつかみかかったが、手はむなしく空を切った。
「友里恵さんは何度も傷害事件を起こしている常習犯だ。これで、お前も友里恵さんに殺されたことを理解しただろ」
「では、目の前にいる幽霊はだれだ」
「さあね」
刑事は首をふった。
そうか、と広瀬は思った。これは死んでしまった友里恵さんの綺麗な心なのだ。何かが彼女の心を壊し、生きながら幽霊にしてしまったのだ。
広瀬は美しい姿の友里恵さんの手を取ろうとした。彼女となら成仏できる。そう思ったが、友里恵さんに冷たく払われた。
友里恵さんは、憎悪の籠った目で、広瀬のことをにらみつける。
「だれがお前と成仏するか、このストーカー野郎。私がこうなったのは、誰のせいだと思っているのか!」
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テーマは5つから選ぶことができて(1憤怒・憎悪、2邪悪・悪意、34嘆き、不吉、5畏怖・恐れ)、本作では本作では5畏怖・恐れを選択しています。
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『現場百回』 齊藤 想
刑事には「現場百回」という言葉がある。事件現場を何度も訪れることで、事件解決につながる糸口を見つけられるというありがたい教えだ。
広瀬哲郎は先輩の教えを忠実に守っているうちに、幽霊と会話できるようになった。
今度の事件も、広瀬の出番だ。
殺されたのは、近所でも有名な酔っ払いだった。男はさっそく幽霊となり現れた。
「あいつだよ、あいつ。あの角のアパートに住む女だよ。いきなりおれの目の前にきて”うるさい”とか”くさい”とかさんざん悪口を浴びせてきて、あげくのはてに路上でブスーッとだよ。ひどくないかい」
男は死んだ後も酔っぱらっている。広瀬はため息をついた。
「もう少し冷静に話してくれないかな」
「だから、あの女だよ。若くて、髪の毛が長くて、モデルをやっていることを鼻にかけている嫌な女さ」
広瀬は、酔っ払いが誰を指しているのかすぐに分かった。現場近くにあるアパートの二階で独り暮らしをしている大学生で、広瀬がひそかに憧れている女性だ。
「見まちがいじゃないかな。友里恵さんが人殺しをするとは思えないけど」
「おれは殺された本人だぜ。間違えるわけないだろ」
「暗闇で酔っぱらっていれば、勘違いすることもあるだろうさ」
「いい加減にしろって」
幽霊が怒り出すので、仕方なく彼女のアパートに向かうことにした。
今日は大学が休講なのか、彼女は部屋にいた。いつもより血色が悪い。
「あら、広瀬さんじゃない。今日はどうされたのかしら」
「実はこの近くで酔っ払いが殺害されまして、その聞き込みのためにご近所を回らせていただいております」
酔っ払いは余計だ、と幽霊が突っ込む。
「あらそう、かわいそうに。けど、昨日は調子が悪くて家で寝ていたの」
「何か争うような物音は聞いていますか?」
「それも何も……」
「なんだ、この野郎」
幽霊は友里恵さんに襲い掛かろうとするが、もちろん幽霊なのですり抜ける。
そのとき、友里恵さんの背後にやせ衰えた老婆が立っているのが見えた。その老婆がゆらりと前にでると、友里恵さんの体をすり抜ける。
こいつも幽霊だ。
広瀬は事件の真相に気がついた。老婆の幽霊が友里恵さんの体を乗っとり、殺人を犯したのだ。
視界の隅に、包丁の光が見えた。
彼女にこれ以上、罪を重ねさせてはならない。広瀬は彼女の手を掴んだ。確かな感触があった。しかし、包丁は友里恵さんとは無関係に、高々と上げられている。
そんな馬鹿な。
うろたえる広瀬の横で、老婆の細腕を、酔っ払いがつかんだ。
「公務執行妨害の現行犯で逮捕する」
広瀬は何がおきたのか、分からない。
酔っ払いが老婆の腕に手錠をかけながら、広瀬に説明する。
「幽霊のお前には分からないと思うが、この老人がいまの友里恵さんだ。お前は友里恵さんに殺されたんだよ」
「ど、どういうことだ」
「お前にしたらショックだろうし、信じたくないだろうが、それが真実だ。警察からしたら、お前は迷惑なんだ。愛するひとに殺されたショックでいまだに成仏できず、幽霊となってありもしない真犯人を追い続けて、そこら中で幽霊騒ぎをひきおこして」
「デタラメばかり言うな!」
広瀬は酔っ払いにつかみかかったが、手はむなしく空を切った。
「友里恵さんは何度も傷害事件を起こしている常習犯だ。これで、お前も友里恵さんに殺されたことを理解しただろ」
「では、目の前にいる幽霊はだれだ」
「さあね」
刑事は首をふった。
そうか、と広瀬は思った。これは死んでしまった友里恵さんの綺麗な心なのだ。何かが彼女の心を壊し、生きながら幽霊にしてしまったのだ。
広瀬は美しい姿の友里恵さんの手を取ろうとした。彼女となら成仏できる。そう思ったが、友里恵さんに冷たく払われた。
友里恵さんは、憎悪の籠った目で、広瀬のことをにらみつける。
「だれがお前と成仏するか、このストーカー野郎。私がこうなったのは、誰のせいだと思っているのか!」
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2023-06-12 21:00
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