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『強制力・禁則事項考察』 米田淳一先生(SF作家) [ショートショートの紹介!]

以前、SF作家の斎藤肇先生が、平日の月から金まで、毎日ショートショートをUPするという荒行をされていることを紹介いたしました(*現在はされていないようです)。
【該当記事:毎日ショートショートを発表する作家】
http://takeaction.blog.so-net.ne.jp/archive/c2301463375-1

それから特に意識して探しているわけではありませんが、たまたま電子書籍パブーで抜群に上手いショートショートを見つけたと思いきや、SF作家の米田淳一先生の作品でした。
さすがプロは違います。

米田先生は1997年に『プリンセス・プラスティック -母なる無へ』でデビューされました。
著作は13作にも及び、SFだけでなく架空戦記もの手がけています。
代表作であるプリンセス・プラスティックはシリーズ化され、現在はシーズン4に突入中です。
他にもHPでは時代小説、現代小説、鉄道物、さらにはショートショートなどを発表されて、多彩な才能をいかんなく発揮されています。
さらには、ブログで作り込んだ鉄道模型の画像もUPされています。
本物のようなリアルさです。こちらも注目です!

非常にありがたいことに、米田先生に承諾をいただきましたので、無料で公開されているショートショートをひとつ紹介いたします。
米田先生、ありがとうございます!

【米田淳一先生のHP】
http://ameblo.jp/yonebor/

【電子書籍パブー】
http://p.booklog.jp/users/yoneden

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『強制力・禁則事項考察』 米田淳一先生(SF作家)


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 ある朝起きたら、天井が煤けた木の天井だった。

 驚いて私が目を疑うと、江戸落語のままの男の声が聞こえた。
「おまえさんゴミ捨て場に捨てられていたよ。名前は?
 俺は瓦版屋の速水。速水屋という瓦版屋をやっている」
 私は「草野です。でも」と言いかけたが、速水は続けた。
「さて、あんたどうする? 行き倒れとしても、うちはおまえさんにタダ飯食わせるほど儲かってないんだ。
 今のご時世、読馬屋とか奨学家も必死だし、大手の江壇館も活版時代に乗り出すんだ。
 瓦版不況まっただなかなんだよまったく。ウチみたいな零細はいつ潰れるかわからん」
 そうか! これ、江戸時代だ!
「速水、さん」
「なんだい」
「私、未来からきたんです!」
「なにいってんだい『ゴミの旦那』。頭悪い話は嫌いだよ」
「ゴミ。ひどい。でも、いえ、それより、暦を見せてください!」
「はいよ。嘉永六年の六月二日だよ。あんたの持ち物と袖長はそこにある。なんだいその変な黒い弁当箱と手鏡は」
 私はケータイを見た。幸いバッテリーが生きている。
 ケータイのメモを見た。
「浦賀に船が来ているはずです! 黒船ってやつです!」
「なんだいそりゃ」
 その時、この瓦版屋に駆け込んだ男が叫んだ。
「浦賀にとんでもないものがきやがった!」
「なんだいそりゃ」
「それが、黒船っていうんだ!」
 速水は眼を丸くして私の方を向いた。


 それからは必死だった。
 速水屋は黒船のことを話してくれというので、記憶しているとおりに蒸気機関やペリーの話を話した。
 当然それが全部裏付けられ、それは速水屋の瓦版に載り、それが飛ぶように売れた。
 おかげで速水は私のことを『ゴミ旦那』からネタ元になってくれる『先生』と呼ぶようになった。昇格である。
 私は未来の文明の話、民主主義から飛行機、コンピュータ、ペニシリンと次から次へと喉が乾き手が動かなくなるほど話を話し、書きまくった。
 それと同時に昔から思っていた江戸時代の不明だったことを聴きまくった。おかげでこの時代の寺社が金融機関であることも、その金庫がわりのものが何かを知ってしまった。道理で同じ街に寺がいくつもあり、しかもそれぞえが塀と門で守られているのかがわかった。これで過去のこの世界を精密に知ることができる。
 しかし嫁との生活を懐かしく思った。
 忙しい日々だからこそ思ってしまうのだろう。
「いつもあなたの話は長いんだから」
 そう言ってくれた嫁のことが懐かしくなった。
 とはいえどうすることもできない。今は江戸時代だし、バック・トゥ・ザ・フューチャーみたいに1.21ジゴワットを集めるとかいう話は無理そうだし、デロリアンもドラえもんもいない。

 何かを得ると、何かを失う。
 元の世界ではかなわなかった夢、作家「先生」として売れっ子になった。
 でも、懐かしい嫁との平成の暮らしは、ない。

 そう思った時だった。
「おい!太平和睦だ!」
「えっ、大政奉還じゃなくって?」
「ああ! 薩長と幕府が和睦し、日本が攘夷で一致した!
 もちろん英米仏露の四ヵ国連合はカンカンだ。
 これまで日本の各藩が輸入した武器はすべて幕府が没収、今度編成される統合幕府軍のものだからな!」
 おかしい! そんなはずが! そんな歴史聞いたことがない!


 それからあと、私の運命は、また坂を転がるように落ちていった。
 幕府は必死に武器を生産、また黒船も私の話を元に和船技術と折衷で生産し、統合幕府軍のもと、幕府太平洋艦隊と日本海艦隊を作った。勝海舟が艦隊奉行となった。
 こんな頭の悪い架空戦記作家の書くような話は思いつきもしなかったので、ただ驚いたが、当然それを予見できなかった私の瓦版原稿は価値をすっかり失った。
 速水は私を「ハズシ先生」と呼ぶようになった。降格である。

 それからあとはもっと苛烈だった。
 ついに四カ国連合艦隊と幕府艦隊による相模湾沖海戦が勃発。
 日本独立戦争が始まった。
 幕府は総力戦体制をとった。
 残念なことに幕府太平洋艦隊は猛烈な砲撃戦の後、奮闘にもかかわらず壊滅した。
 しかしそれと同時につくっていた台場や海堡といった沿岸要塞が艦隊の江戸や大阪への外国の侵攻を食い止め、そのなか壊滅した太平洋艦隊の代わりに幕府日本海艦隊が津軽と下関経由で急行中で、その到着を待って江戸を守ることとなった幕府軍は相模湾で上陸阻止戦を展開した。

 夕暮れの中、江戸湾での砲撃戦の音が遠くに聞こえる。海堡や台場と、突入してきた四カ国艦隊の艦艇との砲撃戦だ。
 これから夜戦になる。
 統合幕府軍の切り込み隊は突入してきた艦隊へ小舟で乗り付けての白兵戦も行い、抵抗するという。
 薩摩藩と会津藩の剣士が統合幕府軍として激闘を繰り広げているのだ。

 その夕暮れの中、「ゴミのハズシ旦那」とすっかり呼び方も落ちる底まで降格するほど売れなくなって、速水に部屋を整理しろと言われてしょんぼりしていたそのとき、私のLLLバッテリつきのノートPCが埃をかぶっていた。
 これがパラドックスや強制力ということなのか。
 悔しくなった。
 こんなことだったら、タイムスリップ、タイムマシンのことを描いてやろう、と思った。
 もともとこんなことになったのも運命なら、それに流されるのではなく抵抗しようと思った。
 そのノートPCは幸運にも起動した。
 ウェブどころか電源もないが、バッテリは満充電のままだった。
 そのバッテリが切れるまでに、この時代に来るまでのウェブ閲覧のキャッシュとダウンロードしていたさまざまな資料で、時間理論を調べることにした。
 必死になった。

 そして思い出した。
 そういえばタイムマシンのことを書こうとして眠って、起きたらこの時代に来ていたのだった。
 そして、その話は書こうとしても描けなかった。
 それが強制力や禁則事項というやつなのだろうか。

 そして、行き着いた。
 すべて可能性があり得る多世界解釈理論。
 パラドックスはない。逆にこの現世に存在していることがパラドックスという理論だった。
 そして最後に、零秒標識というパースを見た。


 結局、全ては物理的な気まぐれなのだ。
 シュレーディンガーの猫や物理的重ねあわせ、量子論の末がそれだった。
 そこまで私は裏切られたのか、と思った。

 でも、これで戻れる可能性も出てきた。
 それも確定したものではない。
 何もかもが確率的なのだ。
 不条理だ。
 あまりにも不条理だ。
 
 普通に理屈を考えたら、出口は全くありえない状態だ。

 だが、禁則事項や強制力、パラドックスというものは、多世界という考え方が十分理解出来ていないから、可能性世界の形成ではなく「一つの正史」にこだわりすぎるために生じ、必要に思えるのだ。
 作成したもうひとつの歴史との関係で衝突してパラドックスが生じると考えたり、さらに都合の悪いことが起きると写真から人の姿が消えたり人々の記憶が操作されるとしてしまう。
 しかし、正しい歴史も創作した歴史も、創作から離れたディストピアでさえも、無限個に存在する可能性世界の一つに過ぎない。
 そして我々はその一つの可能性にいるのではなく、すべての可能性世界にいる存在を共有しているのだ。
 私たちは別のところで常にある、不滅の存在なのだ。
 だからどうやっても禁則事項も強制力もパラドックスも働かない。
 働きようがないし、タイムマシンをそれらとは自由につくり、それで移動することができる。
 そもそも我々命は皆、すでに生まれた時からそれぞれの存在はあやふやだけど、同時に想像力というタイムマシンともしもボックスを根源に組み込んであるのだ。

 だからこそ、まだ望みはある。
 それって、とても幸せだよな。

 どんなに売れなくても、こうしていられるんだから。

 気づけば眠っていた。



 そして、起きた。。
 そこには、江戸の速水屋の天井ではなく、いつものアパートの天井があった。

 戻ったんだ!
「あなた、ずいぶん眠ってたわよ。イビキひどいから外に買い物いってたわ」
 嫁の声が聞こえた。

 戻れた!
 江戸のことが思い出された。
 覚えている!
 江戸の金融の話もちゃんと覚えている!
 そりゃそうだ、この存在している世界はいくつもある可能性の一つで、本質的な存在はただ一つしかないのだ。
 だから、可能性のいくつかを覚えていても、それはなんらパラドックスにならない。
 未来も過去も干渉することはない。
 しかし並行して無限に存在しているので、未来も過去も確定していないし、過去の話をしても、それは一つの可能性に過ぎないのだ。


 なんだろうこの感じ。
 虚しいけど、でも、懐かしい。
 嫁が冷蔵庫を開けて、私を上目遣いで見ながらアイスを食べている。
 家で買っていた猫も普通に眠っている。

 それを見て、よかった、と思った。

 戻れたんだ。

 そのとき、つけっぱなしの液晶テレビでニュースが流れた。
「本日、経産奉行が現在も事態収拾のために対策が行われている福島発電処の事故にともない、原子力保安奉行所と経済産業奉行所の組織改組について具体的な合議に入りました。
 菅将軍の米大統領との会談については相模湾戦争終結記念日に行う方向で実務者協議を進めるとのことで岡田筆頭老中は調整中と答えました。
 節電のため江戸城では城内の空調を28度に設定し、また『涼務装束令』で各大名・奉行が裃を省略した装束での登城となりました。江戸城霞丸の第1・第2新高層合同殿でも節電のために昼間の電気灯燭を減らしています。
 江戸町奉行の石原殿は自らの自動販売機と利便店の節電についての発言の影響についてさらに語りました」

 私は一瞬、凍りついた。
 でも、話そうと思った。
 この不条理について、自分で調べたこの全てについて。
 嫁は「なあに?」と聞いてきた。
「いいわ、聴くわよ。
 でも、いつもあなたの話、長いんだから」
 と笑った。


(終わり)

著作権者:米田淳一
(当作品の転記、転載につきましては、米田淳一先生の了解を得てください)

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いかがでしょうか?
タイムスリップ物ですが、米田先生のSF作家としての側面と、架空戦記作家としての側面の双方が垣間見れる佳作だと思います。
オチもいいですし、ラストの家内との会話が、家族の大切さをじんわり出しているように思います。

重ね重ねになりますが、米田先生には感謝です。
1日のアクセス数が300〜600という小さなブログではありますが、これからも、よろしくお願いいたします。

『ピアノの失恋』 Tome館長さん [ショートショートの紹介!]

Tome館長さんの作品を紹介するのは2回目です。
(前回の記事 『忘れたい女』 → http://takeaction.blog.so-net.ne.jp/2011-05-23 )

Tome館長さんは短い作品にこだわりをお持ちで、今回も原稿用紙1枚程度の超短編です。
短い作品というと、詩のような形式でまとめてしまう方が多いのですが、Tome館長さんは詩的な雰囲気を漂わせながらも、構造や文書はあくまで小説という形式を守っています。
そこが、Tome館長さんの魅力だと思っています。

前口上はここまでにして、ぜひともTome館長さんの作品をお楽しみください!


【Tome館長さんのブログ・Tome文芸館】 → ほぼ毎日更新中!
http://poetome.exblog.jp/

【FC2 小説】
http://novel.fc2.com/user/10003215/

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『ピアノの失恋』   Tome館長さん


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ピアノの恋.jpg


ピアノがピアニストに恋をした。

 
ピアニストの指先が
ピアノのキーに触れると、

ほんの少し高めの音が出てしまう。


調律師を呼んでみたが、

調律師に恋していないピアノは
美しく正確な音を出すばかり。

「完璧ですね」

なぜか涙目の調律師。


ピアニストには
愛するフィアンセがいた。

ふたりがピアノの前に並んで
仲良く連弾とかしようものなら、

ピアノは嫉妬に狂って
とんでもない不協和音を響かせる。


とうとう恋するピアノは
ピアニストにきらわれてしまい、

隣町の楽器屋に売られてしまった。


音楽家たちの噂によると、

さる異国のピアノ愛好家に
大層高く買われたそうである。

 
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若いピアノというのは音が一定せず、やはりある程度の年数を経たピアノの方が好まれるようです。
ホロヴィッツなど多くのピアニストは、自分専用のピアノを持ち歩いて各国の演奏会に出演します。
こう書くと、ピアニストはいつも完璧に調律されたピアノで演奏していると思われがちですが、ピアニストたちのなかでも特に繊細な感覚の持ち主だったミケランジェリは、調律がされてなくて音が狂ったピアノで練習していたそうです。

ピアニストもピアノもいろいろです。

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『冷蔵庫にメンマがぎっしりと詰め込まれていた件について』 sink 掴さん [ショートショートの紹介!]

ぼくはメンマが大好きです。
あのコリコリとした食感が、ラーメンにぴったりでたまりません。
けど、大好きなメンマが突然冷蔵庫にぎっしりと詰まっていたら……という想像を広げてくれたのが、sink 掴さんの『冷蔵庫にメンマがぎっしりと詰め込まれていた件について』です。

【sink 掴さんのFC2小説のページ】
http://novel.fc2.com/user/10742839/

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『冷蔵庫にメンマがぎっしりと詰め込まれていた件について』 sink 掴さん

*初出 ”FC2 小説”(2011・6・8)
http://novel.fc2.com/novel.php?mode=rd&nid=104299&pg=1
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直に、ぎゅうぎゅうに、詰め込まれている
驚愕だった。

ビールを飲もうと思って冷蔵庫をあけたのだが、そこにはメンマがぎっしりと詰め込まれていた。

パッケージなどはない。メンマがそのまま直に、ぎゅうぎゅうに詰め込まれている。

「おい、あんた。」

思わず冷蔵庫の扉を閉めてしまった。だって、メンマに声をかけられるなんて思ってなかったしさ。

比喩でも擬人法でもない、本当にメンマが俺に声をかけてきたのだからたちが悪い。

だが、メンマごときに冷静さを欠いてはいけない。俺は強気に出ることにする。まずはもう一度冷蔵庫を開けてみよう。

「何いきなり閉めてんだ、こら。」

「…すいません。」

思わず謝ってしまった。いかんいかん。

「まぁいい。なぁ、あんた年幾つだ?」

「えっと、21歳です。」

俺はメンマの質問に素直に答えてしまっていた。

「んじゃ、学生か?」

溢れんばかりに詰め込まれているくせに、偉そうなメンマだった。

「いや、学校には行ってません。」

「フリーターか?それともニートか?」

「…フリーターです。」

「ほぉ、そうかい。…楽しいか?」

「え?」

「楽しいか、って聞いてんだよ。フリーターは。」

「えと…まぁまぁです。」

「嘘付け。つまんねぇだろ。」

メンマは横暴だった。

「はい。本当はつまらないです。」

俺は正直だった。

「で、何でフリーターなんかやってんだよ。」

「いえ、特に意味は…。」

「叶いもしねぇ夢を追っかけてる、そのくせにろくな努力もしようとしねぇ。社会に束縛されたくない、俺は自由に生きていきたいとかくだらねぇプライドがある。就職先が見つからない。どれだ?」

「…二番目です。」

「で、自由に生きてみた感想はどうよ。」

「結構、良いと思います。」

「本当は?」

「こんなんで良いのだろうかと時々不安になることがあります。」

「ったく、てめぇは。無駄に人生を浪費しやがって。」

「…なんか、ごめんなさい。」

気付いたらメンマに説教されている俺がいる。

「人生に目標とかあるか?」

「…いや、特にないです。」

「金、女、名声。どれだ?」

「二番目です…。」

「どーせ彼女もいねぇんだろ?」

「…。」

俺は沈黙したが、結果的に肯定してしまっていた。

「気になるやつはいるのか?」

「…います。」

「じゃあ、コクって来い。」

「いや、それは…。」

「なぁ。」

「はい。」

「お前、童貞だろ。」

「ぎくっ!」

「やっぱそうか。何か自身なさそうだしな。」

どうしてメンマにそんなこと言われなければならないのだろう。

「一口食ってみな。」

「え?」

「だぁかぁらぁ、俺を一口食ってみろって言ってんだ。」

俺は大量のメンマの中の一つを摘んで、食べてみた。コリコリした、メンマの歯応えだった。
「美味いか?」

「美味しいです。」

「嘘付け。」

「…はい、普通のメンマです。ごめんなさい。」

本人の言う通り、味はいたって普通だった。

「お前、ラーメン好きか?」

「はい。」

「俺が入ってなかったらどうだ?」

「少し嫌です。」

「あぁ、余計な気は遣わなくていい。正直に言ってみろ。」

「別になくても平気です。」

「あんだと、こら。」

正直に言ったら怒られた。

「でも、少し寂しい感じするだろ。」

「…気にはなります。」

「ラーメンにはメンマがあって当然だと思うか?」

「それは思います。」

「俺はな、無くてもいいけど無いと寂しい存在なんだよ。」

「はぁ…。」

「他にもあんだろ?福神漬けとかふりかけとか納豆とかよ。」

「えぇ。」

「俺ら結構よくツルんでてよ。したらさ、ある日納豆が言うわけ。人間を応援してみようぜって。」

どうやら喋るのはメンマだけではないらしい。

「それで、お前の担当が俺になったっつーわけ。」

「…別のものが良かった。」

「うるせぇ。俺だって来たくて来たわけじゃねぇよ。それに、納豆がそのまま糸引いて詰め込まれてるよりはマシだろ?」

「それは、確かに。」

俺はその光景を想像してみる。きっと気持ち悪いし、間違いなく臭い。

「よし、なぞなぞだ。」

突然の出題だった。

「今をフッとばして叩いたら、何が生まれるよ?」

「…全くわかりません。」

「ちったぁ真面目に考えろ。」

メンマに言われて暫く考えたが、答えは見つからなかった。

「すみません、降参です。」

「正解は…『命』だ。」

「…あぁ、なるほど。」

漢字を想像してみると、理解できた。

「まぁ、あれだ。」

「?」

「もがいてみりゃいいんじゃねぇか?一度きりの人生をよ。それが生きるってことだろ。違うか?」

「…。」

俺は答えられなかった。そもそも、さっきのなぞなぞとの関連性が全くわからない。

「まぁ、自分の命をお前がどうしようが俺はしったこっちゃねぇけどな。」

メンマがやれやれといった様子で言った。いや、表情とか動作はないんだけどさ。ただ単にそんな気がしたっていうかさ。

「でも、俺はもがいてるぜ。熱いラーメンの中でな。そこが俺の生きる場所だし、それが俺の生き様だ。…俺ぁよ、ささやかでもいいから美味いって思ってくれればいいんだよ。無いと寂しいって思ってくれりゃあ、それでいい。」

メンマは熱く語っている。

「俺にはこんなことしか言えねぇ。後は自分でどうにかしろや。」

それからメンマは言葉を発しなかった。俺が静かに冷蔵庫を閉めて、部屋に戻った。

翌日、冷蔵庫は元の状態に戻っていた。俺は牛乳を取り出して、そのままごくごくと飲む。

「…ラーメンでも食いに行くか。」

朝の光の中、何だか少しだけ前向きになれた気がした。


 (終わり)
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メンマ以外にもいろいろな話が作れそうですが、このストーリーにはメンマがぴったりですね。
無いと寂しい……というフレーズが、数ある食品のなかで作者にメンマを選ばせたところなのかなと想像します。
キャビアじゃ、この話にそぐいませんからね。
このようなところに、作者のセンスが光っていると思います!
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『総理大臣改造計画』 こやま智さん [ショートショートの紹介!]

ぼくは基本的には政治ネタを扱わないことに決めています。
理由はいろいろありますが、政治ネタはどうしても論争に巻き込まれがちなので、いろいろと面倒なことを避けたいというのが最大の理由です。

と、ここまで前振りしておいて、どこかの国の総理大臣を彷彿とさせる、こやま智さんの『総理大臣改造計画』を紹介いたします。
一見すると政治ネタですが、主義主張を全面に出しているわけではないので、政治ネタ特有の臭みがありません。
そのため、だれもが楽しめる快作に仕上がっていると思います。
素直に笑ってください(笑)

なお、当作品はあくまでフィクションですので、お間違えなきように!


【こやま智さんのFC2小説のページ】
http://novel.fc2.com/user/3166621/

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『総理大臣改造計画』 こやま智さん

*初出 ”FC2 小説”(2011・6・12)
http://novel.fc2.com/novel.php?mode=tc&nid=104649
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技野官房長官は悩んでいた。首相がアホだったからだ。

だが、アホでも党首である。反原発でもある。
原発を自ら余計危険なものにしておいて反原発もないものだと思うが、肝心なのは、他は与野党ともに原発マネーに汚染されていることだった。この煮ても焼いても国民のためになる働きをしない首相を交代させたいのは山々だが、原発を廃止できるかもしれない千載一遇のチャンスでもあるのだ。技野は、国家にも呼ばれたときの電力会社社長の薄ら笑いを忘れることができない。
彼がその能力不足ゆえに醜態をさらすのを防ぐことは、技野の能力を持ってしても難しかった。

そこで、技野はある決断をした。

首相を交代できないなら、首相を改造してしまえばいい。

技野はあらゆる手段を講じて、世界一の無免許医と呼ばれる通称ブラック・ジャージ、略してBJに手術を依頼した。
BJは二つ返事で引き受けると、翌朝にはジョギング中の総理の後頭部をブラックジャックで殴りつけて手術室に運び込んだ。SPは何していたんだろうと思ったが、良く考えれば震災当日に福島に行ったまま姿を見ていない気がする。
まあよかろう。どうせ頭部を手術するのだし。あくまで技野は前向きだった。

BJは手術を終えた後、技野に手術内容を説明した。
なぜ手術前にしないのかと聞いたら、脳を見ながら成り行き任せで手術したからだという。話の内容は原発のパラメータ同様ちんぷんかんぷんだったが、脳を大学時代にまで若返らせ、さらに論理的思考をする部位に外付けの演算装置を取り付けたのだという。ファンレスにするのにえらい金がかかったと自慢していたが、必要経費はすべて秋葉原のショップだった。

ともかく、総理は2日ほどで退院した。
さぞかしマスコミが騒ぐだろうと思っていたが、ほとんどの人間が仕事がスムースに進んでるなあとしか感じていなかった。技野も忘れかけていたほどだ。
術後最初の国会答弁がうまくいくかどうかを気にしている人もいなかった。
毎回のことだからだ。

予想以上に、手術の効果は素晴らしかった。

白民党の総裁を科学的論理と豊富なデータで打ち負かしたのを皮切りに、杜民党、たちやがれ日本、共彦党の論敵をばったばったと切り捨てたかと思いきや、今度は国民に向かって丁寧な技術解説を始めた。ニュースキャスターも真っ青である。
ただ、最後の「すべて私にお任せください」という台詞だけはいただけなかった。
こういうのは大体、参謀の紅野の入れ知恵だが、決まってろくなことにならない。

ともかく、総理の人気はV字回復し、原発廃止の市民運動などにも俄然勢いがつき始めた。
そんな時、

総理に異変が起きた。原発安全説を唱え始めたのだ。

技野があわててBJに問い合わせると、何者かが送り込んだウイルスに外部ハードディスクのデータが上書きされたのではないか、という回答が返ってきた。
もはやパソコントラブル110番だなあと嘆きつつ対処を求めると、プロテクトがかかっているので、BJにももはや外部からのリカバリーは不可能ということだった。
かくして、BJも正しいデータに上書きするためのウイルスを送り込むようになり、事態は総理大臣の記憶装置をめぐる秋葉原サイバー戦争の様相を呈してきた。
ちなみに、このウイルスを送り込んだのは対立勢力ではなく、単なる有害サイトの迷惑メールだったことがのちに判明する。このメールを開いたのは総理自身であることに疑いの余地はなかった。

困ったのは国民である。朝令暮改もいいところで、数分ごとに主張が逆転する。
「首相の意思はどこに」という見出しが毎日一面を飾るようになり、自治体も電力会社も自衛隊も、自分たちの考えで動こうと言う意思は徐々に消えうせようとしていた。

そして、総理就任から450日目の朝、とうとう総理はつぶやいた。
「私は一国の首相だ。私の意思で決めたい」
振り出しに戻った徒労感で脱力する技野に、たたみかけるように命令した。
「決断力と実行力をアップする手術をしてほしい」
いいかげん疲れ果てていた技野は、BJを呼びつけて、手術を依頼した。

「本当にいいんですね」とBJが念を押す。
技野は力なく笑って答えた。
「もともと国民が選んだ総理です。彼の決断は尊重すべきです」
すると、首相を改造する前の不安感は消え失せ、やけにすっきりした。
自分で発言してみて、はじめてその正しさに気がついたのだ。


『放射線が怖いので亡命します』

翌朝、首相官邸で見つかった書き置きである。
考えてみれば当たり前のことだ。
あの首相に決断力と実行力があったなら、真っ先にこれをするだろうことは、十分に予想できたはずなのだ。技野は己の不明を恥じて頭を抱えた。
BJに電話してみたが、やはり、という言葉しか返ってこなかった。

もはや、腹をくくるしかない。
技野は記者会見での釈明の台詞を頭の中で繰り返した。

「ただちに国政に影響はありません」

 (終わり)
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こやま智さんの本職はプログラマーです。
途中の改造シーンや、ウィルスに汚染されるところなど、さらっと書いているように見えますが、知らないひとが書くとどこか上滑りした描写になってしまいがちです。
技術を持っていると描写が強くなります。
そんなことを思いました!

『およげ!たいやきくん』 京極 黎 さん [ショートショートの紹介!]

今日は、京極黎さんの『およげ!たいやきくん』を紹介します。
京極さんは短編を中心としながらも、ときおり詩も書かれています。

今回紹介するのはショートショートですが、京極さんの文体がユーモラスな内容とマッチして、それがまらオチを引き立てているなかなかの一品だと思います。
ショートショートですので前口上はここまでにして、ぜひとも、お楽しみ下さい!


【京極黎さんのFC2小説のページ】
http://novel.fc2.com/user/3498366/

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『およげ!たいやきくん』 京極黎さん


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 「およげ!たいやきくん」という歌があって、僕は小さい頃それが大好きだったのだが、一方ではくだらないと馬鹿にしていた気がする。たいやきは泳がないし泳げないということを、その時の僕は知っていたのだろう。実に驚くべき幼い愚かしさである。

 それでは今の僕がなにを知っているかというと、たいやきには泳ぐやつもいるということを知っている。なにを馬鹿なことを、と幼い僕は笑ったかもしれない。妙にませて生意気だった頃の僕ならば、あるいは。

 しかし今の僕は断言できる……たいやきには泳ぐやつもいると。なぜなら僕は今、まさにそいつを見ているのだから!

「ようやくわかっていただけたようでございますね」

 耐熱ボウルの中から、たいやきが得意げに僕を見た。やつの口は小麦粉でしっかり閉じられているので、どうやってしゃべっているのかはさっぱりわからない。だがしかししゃべっているのは確実だった。

 たいやきは胸びれでぴしぴしと耐熱ボウルを叩いた。もっとも、胸びれは身体にくっついているから、体当たりしているようなものだ。耐熱ボウルが水を入れたまま不安定に揺れた。もし僕のパイレックスが割れたら、それはたいやきのせいだ。

「たいやきが泳げないだなんて、そりゃあ真っ赤な嘘でございますね。誰がそう決めたんだかあたしは知りませんが、まあたいがい馬鹿な方なんでございましょうね。お顔を拝見したく思うことでございますね」

 たいやきはとてもプライドが高いらしかった。ひどく気取った、きざな、それこそ気障な、文字通り気に障るしゃべり方をする。焼き魚もどきの分際で、よくも偉そうに言えたものだ。真っ赤な嘘もなにも、僕だってこいつの他にはしゃべって泳げるたいやき――歌って踊れるアイドルにちょっと似ている――なんか見たことも聞いたこともない。

 そこで僕は、馬鹿にするくらいいいだろうと思って、たいやきに向かって笑った。たいやきには眼球もないから見えているのかどうかもわからないのだけれど、きっと見えているんだろう。

「いくらお前が泳げたって、僕までは全然まったく、届かないんだからね。悔しかったら、跳んでみるといいさ」

「なんですって、口からでまかせをおっしゃい。あたしはそんなのてんで楽勝にやってみせてございましょう」

 たいやきは怒りのあまり、わけのわからない物言いをして、それからすぐに跳んだ。上へ、上へ、天井の近くまで行って、重力にしたがって落ちてきた。僕はたいやきを受け止めた。

「ほら跳んだでございましょう、これがあたしの実力でございますね」

「そうか、じゃあ僕の実力も見るといいよ」

 うれしそうにわめくたいやきをオーブントースターに入れると、声は急にくぐもって聞こえなくなった。僕はつまみをひねって、タイマーを10分にセットした。たいやきははしっこがカリカリしているくらいが好きなのだ。



(終わり)
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”三枚のおふだ”という昔話があります。
途中をすっとばしてオチだけ話すと、住職が山姥に「大きなものに化けられても、小さなものには化けられないだろう」と挑発し、小さくなったところで餅に挟んで食べてしまうという話です。
同様のオチは、西洋の話にもあったと思いますが、すぐには思い出せません。

なんとなく、ラストでその昔話を思い出しました。
シュールな終わり方が、ぼくのツボです。

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『水たまり』 川越敏司さん [ショートショートの紹介!]

今日は、川越敏司さんの『水たまり』を紹介します。
川越さんの本職は公立はこだて未来大学システム情報科学部の報科学部複雑系科学科准教授で、実験経済学, 限定合理性, ゲーム理論, 神学・聖書学(キリスト教弁証論、認識論、キリスト教倫理、救済論)、障害学などの研究をされています。
論文も精力的に発表されており、語学力を生かした翻訳も多数こなされています。

今後が期待される若手研究者のひとりです。


そのような川越さんが、多忙の合間をぬって2010年から短編小説を書かれています。
何度か最終選考に残っていますが、そのなかでも小説現代ショートショートコンテストで最終選考に残られた『水たまり』が特に味わい深い一品だと思います。
突然の話にもかかわらず、快く紹介の承諾をしていただきました川越さんに感謝です!


【川越敏司さんのHP:Kawagoe Laboratory】
http://www.fun.ac.jp/~kawagoe/index-j.html


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『水たまり』 川越敏司さん


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 連日の大雨が続いた後、ようやく空には晴れ間が見えた。
 会社からの帰り道、ふと見ると、ランドセルを背負った男の子が道の真ん中で立ちすくんでいる。どうしたんだろう。そういぶかりながら近づいてみると、少年の目の前に大きな水たまりがあって通り道をふさいでいるのがわかった。
 その水たまりは、少年の背丈では飛び越えるには大きすぎた。かといって、長靴をはいていないので、その真中を歩いて渡ることもできない。それで立ち往生しているのだ。
 わたしは少年に近付いていった。わたしのようなひ弱な女性でも、たかが小学生一人、その脇を抱えて水たまりの向こう側に渡してあげるくらいできるだろうと考えたからだ。
 声をかけようとしたその瞬間、ふいに意を決したように少年はひざを曲げ、水たまりに向かって思いっきりジャンプした。
 うそ!
 わたしはあわてて両手を目の前で交差させて身体をひねり、全身がびしょぬれになるのを防ごうと目を閉じて身構えた。
 ......あれ、わたし濡れてない?
 迫りくる泥水のシャワーを予期していたわたしは、恐る恐る目を開けてみた。見ると、水面は何事もなかったように静かで、少年の姿は消えていた。
 とっさに周囲を見回したが、周りにはどこにも隠れられそうな場所はない。いったいあの少年はどこに消えたのだろう。心霊現象でも見たのだろうか。わたしは怖くなった。
 幸か不幸か、辺りには誰もいない。早くこの場を立ち去るのが賢明だろう。そう思って、大きな水たまりを大股で乗り越えようとその淵に立つと、濁った水面に映る自分の姿があった。それだけでなく、並んで立つあの人の姿も見えた。
 わたしは恐ろしくなって背後を振り返った。もちろん、あの人はここにいるわけがない。
 もう一度水面に目を戻すと、彼がその手を伸ばしてわたしを招いている。わたしは震えが止まらない手を伸ばして、取りつかれたように彼のいる方にゆっくりと進んでいった。
 気がつくと、わたしの背後の空に水たまりが見えた。わたしは彼に手をひかれながらゆっくりと階段を下りて行く。そこは美しい花が咲き乱れるかぐわしい庭園だった。
 わたしたちは手を握ったままベンチに腰かけた。醜く言い争ったあの最後の日のことを思うと、わたしは何を話していいかわからず、気まずい思いで沈黙していた。
 そんなわたしに彼はやさしくしてくれた。次第にためらいと恐れは消え、わたしの心に出会った頃の気持ちが蘇ってきた。
 それからわたしたちは小さなコテージでお茶を飲み、白い清潔なシーツのベッドの上でやさしく愛し合った。
 彼がわたしの髪をそっとなでる。わたし幸せ。ずっとこのまま彼の腕の中で眠っていたい。そうつぶやくように彼を見上げると、彼はかなしそうな眼をしてわたしを見ている。
「そろそろ君はもとの世界に戻らないといけないよ」
「いやよ! 帰りたくない。わたし、ずっとここであなたと暮らしたい」
「きみはこの世界の住人じゃないから、それは無理なんだよ」
 そう言って彼はベッドから起き上がった。
 わたしはシーツを顔までかぶってすねてみせたが、結局彼に説得されて、あの階段のあるところまで戻った。
「明日また、会える?」と、彼の方を振り返ってわたしは尋ねた。彼は笑顔で頷いた。わたしは重い足取りで階段を上り、もといた世界に戻った。
 翌日、わたしは再びあの水たまりの前に来ていた。昨日よりも大きさが小さくなっていて少し不安になったが、水たまりの奥を覗き込むと、昨日と同じく彼の姿が見えた。わたしたちは再びあの美しい庭園に向い、小さなコテージで愛し合った。
 さらに翌日。少し小雨が降った。傘を差しながらあの水たまりの前に行くと、そこには数人の小学生がいて、水たまりの中でばしゃばしゃと水しぶきを跳ね上げていた。
 わたしはあわてた。傘を投げ捨て、水たまりに駆け寄り、小学生たちを脇に追いやる。水面の乱れが収まるのを待って、その中を覗き込む。そこに映っているのは、髪を振り乱したわたしと不思議そうに眺める小学生たちの顔だけだった。
 わたしは小学生たちの好奇の目も気にせず、水たまりの上にジャンプした。でも、もう下の世界に続く階段は見えてこない。どうしよう。やっとやさしかった頃の彼が戻って来たというのに。どうすればもう一度彼に会えるだろう。
 泣きながら家に帰ると、シャワーを浴びるため、わたしは風呂場に向かい、汚れた服を脱いだ。浴室に入ると、いっぱいに水を張った湯船の底から、彼が無表情にわたしを見上げていた。


(終わり)
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こういう不思議な作品は阿刀田先生も好きだと思うんですよね。
別れて終わりじゃなくて、もう一段あるのが、ショートショートらしくていいですね。
彼の「無表情」の意味をどうとるかによって、受ける印象が分かれそうです。

ふと、星新一さんの『ブランコの向こう側』を思いだしました。

『街角の落し物』 海野久実さん [ショートショートの紹介!]

今日は海野久実さんの『街角の落し物』を紹介します。
ぼくのブログを読んでくださっている方にはお馴染みですが、海野さんはストーリーテラーとしてトップクラスの腕前をお持ちです。
最近はツィッター小説を盛んに執筆されていますが、同時並行で掌編も書かれています。
その中でも、不思議な味わいを持つこの一編を、海野さんにお願いして紹介させてもらえることになりました。
いつもありがとうございます。

ということで、作品です!

【海野久実さんのHP:まりん組・図書係】
http://marinegumi.exblog.jp/


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『街角の落し物』 海野久実さん


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街なかでよく見る光景がある。
それは道路のそばの電柱だったりガードレールだったり交通標識だったりする。
そんな所に、例えば冬ならマフラーとか、手袋が片方とか、かけてあるのを誰でも見た事があるのではないだろうか。
それはたぶん誰かの落とし物で、たまたま通りがかった人がとりあえず拾ってしまう。
交番へ届けるほどの物でもなく、持ち帰ってゴミとして処分するのもめんどくさい。
だが、それはまだきれいで、このまま放って置いて車に轢かれるままにするのももったいないような気がする。
そして、拾った人が同じ道を落とし主が探しに戻って来る事を想像し、見つけやすいように電柱の金具にかけたりした物なのだ。
「ちゃんと見つけてもらうんだぞ」と呟いたりする人もいたかも知れない。

ある日の事、あなたはとある町の歩道のない道路を歩きながら電柱の金具にかけてある帽子に目が行く。誰かの落とし物だなと思いながら、横目で見て通る。少し見覚えがある気もする。
しかしあなたは歩調を少しも変える事なく通り過ぎてしまう。

あくる日。同じ道を通ってあなたが仕事から帰って来ると、その電柱にはまだ帽子がかけられており、新しく紺色のマフラーが反対側にかかっているのだ。
その時は一瞬あなたは立ち止まってしまう。
そしてすぐに歩き出しながらやはり見覚えある気がするのを不思議に思う。
それから2~3日は変わった事は起こらない。ただ電柱には相変わらず帽子とマフラーが寂しげに引掛けられていて、風に少し揺れたりするのだ。

その落とし物たちが気にならなくなった頃に、あなたはまた新しい落とし物が増えているのを見つける。
今度は靴だった。なぜかちゃんと二つ揃っていて、それはたぶん拾った人がした事だろう左右の靴ひもが結ばれ、それが電柱にかけてある。
今度はあなたは立ち止まり、じっくりと観察する。
見覚えがあるような気がするのは、やはり思い過ごしだと思うし、それが自分の物だとは全く考えられない。
帽子は真っ赤なニット帽でリボンが付いていた。マフラーは紺色で飾り気のない男物。靴は小学生の男の子が履きそうなヒーローの絵のついたスニーカー。持ち主の顔を想像しても、それぞれ品物によって違う。でも何か共通する物をあなたは感じる。その感じがあなたに見覚えがあるような気持ちを抱かせているのかもしれない。

あくる日にも新しい落とし物をあなたは見つける。いや、すでに誰かによって見つけられた落とし物が展示されているのを見つける。
それはバッグだった。ベージュ色のショルダーバッグだ。
多分中には大した物が入っていなかったはずだ。現金でも入っていれば、拾い主は交番へ届けたはずだから。
さりげなくバッグを開き、中を確認するとハンカチらしい物が見えただけだった。
あなたは誰も持ち主の現れないそんな落とし物たちに少し寂しさを感じながら通り過ぎる。

数日が過ぎ、仕事帰りのあなたはまた同じ道のりを歩いている。
今日はいつもと何かが違っていた。
電車をいつもの駅で降りた頃から、その思いは大きくなって行った。
そして、あの落とし物がたくさんぶら下がっている電柱が見えてくる頃にあなたは歩きながら気が遠くなり、そのまま道に倒れてしまう。
いわゆる心不全だった。
「その人」があなたを見つけた時にはあなたはもう死んでいたのだ。そうでなければ「その人」は救急車を呼んだに違いない。
「その人」はあなたが完全に死んでいるのを確かめると、走って来る車に轢かれないようにずるずると引きずり、電柱までやってくる。そして電信柱を眺めて少し考えると、そこにかけてある物をみんな外した。
そしてあなたの服の後ろの襟を電柱の金具に引っ掛ける。あなたは一度電柱の周りを半周ほどぐるんと回って、すぐに落ち着く。
「その人」はそれまでに自分が拾って電柱にかけておいた物を一つ一つあなたに着せ始める。
あなたは帽子をかぶっていなかったので、ちょうど帽子は頭に。
もう暖かかったので、マフラーをしてなかったあなたの首にマフラーが。
バッグも何も持っていなかったあなたの肩に斜めにショルダーバッグが掛けられた。
そして、靴を履いていなかったあなたの足に、ちょっと窮屈なスニーカーが何とか収まった。
「その人」はちょっと不思議に思っている。
なんでこの人は靴を履いてなかったんだろうかと。

あなたは電柱にぶら下がり死んでいる。
あなたは気が付いているのかも知れない。あなたもこの街の落とし物なんだと。誰も探しに来てくれない寂しい落とし物の一つになってしまったと。
それだからあなたは同じ落とし物たちに親しみを感じていたんだと。

落とし物たちを拾って誰かが探しに来てくれる時のために電柱にかけておいてくれる優しい「その人」は、しばらくあなたを見ていたが、やがて歩き出す。
その歩いて行く道の、次の電柱にも少し落とし物がかけられている。そしてそのまた向こうの電柱にも。
でもあなたにはそれがもう見えなかった。


(終わり)
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いかがでしょうか。
冒頭のシーンが、誰もが経験していて、だからといって目立つ光景でもない。
たれもが記憶の隠れ家を探したくなるような、そのようなツボをついたうまい出だしだと思います。
切ないようで、不思議な余韻の残るラストもいいですね。
センスが問われる作品ですが、だからこそ、はまっている作品を見つけるとうれしくなります。

もちろん、海野さんの作品は”はまっている”と思います。
こういう作品、大好きです!
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茶林小一さんの作品集『緑乃帝國』 [ショートショートの紹介!]

今日は茶林さんの作品集である『緑乃帝國』を紹介します。


【茶林さんの作品集】
『緑乃帝國 Vol.1』
http://p.booklog.jp/book/25123

『緑乃帝國 Vol.2』
http://p.booklog.jp/book/25125

『緑乃帝國 Vol.3』
http://p.booklog.jp/book/25132


【茶林さんのHP:御茶林研究所】
http://chabayashi.web.fc2.com/


作品のジャンルは幅広くて、バカSFからちょっとHな作品まで、なんでも揃っています。
いろいろな顔をお持ちの茶林さんですが、特にちょいHな作品が冴え渡ります。
『緑乃帝國 Vol.1』収録の『チョコレート痕』、『ゴッドハンド』などはなかなかの出来栄えだと思います。
ショートショートなので内容紹介ができないのが残念ですが、ぜひとも実際に目にして確かめてみてください!

ということで、これから茶林さんの作品は要チェックですよ〜。


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『忘れたい女』  Tome館長さん [ショートショートの紹介!]

今日はTome館長さんの『忘れたい女』を紹介いたします。
Tome館長さんは小説現代ショートショートコンテスト4回入賞の実力者でありますが、小説以上に絵画の個展を5回開催するなど、美術の世界で才能を発揮されています。
Tome館長さんの作品を、ぜひとも絵と同時にお楽しみ下さい!


【Tome館長さんのブログ・Tome文芸館】 → ほぼ毎日更新中!
http://poetome.exblog.jp/

【FC2 小説】
http://novel.fc2.com/user/10003215/

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『忘れたい女』   Tome館長さん


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表紙(忘れたい女).jpg


列車は深い闇の底を走っていた。
おれは疲れ果て、眠りかけていた。


突然、隣席の女が吠えた。
驚いたのなんの、猛獣かと思った。

「ご、ごめんなさい」

思わず謝ってしまった。
寝ぼけて迷惑かけたと思ったのだ。

体も顔も小さな女だった。

「す、すみません」

女も謝ってきた。可憐な声だった。

「どうしたんですか?」

尋ねると、うつむいてしまった。

細い肩が震えていた。
そこに手を置くべきかどうか迷った。


やがて、女は小さな声でつぶやいた。

「思い出してしまったの」

こちらは首を傾げるしかない。

「なにを?」

女の声は、ますます小さくなった。

「どうしても、どうしても忘れたいことを」



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ホラーのワンシーンのような作品です。
化け物とか、凄惨な場面で脅かすのではなく、なにげない一コマのようでいて、心理的に恐怖を与えてしまう。
絵と作品が一対となって、独特の空気を生み出しているのだと思います!
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『遅れた時計のように』   奈々生詠さん [ショートショートの紹介!]

今日は奈々生詠さんの、『遅れた時計のように』を紹介いたします。
奈々生詠さんは、「出会い」と「別れ」をテーマに、少し切ない恋愛短編小説を書かれています。

特にこの作品は、遅れた時計の意味が、後半になり徐々に明らかになっていく佳作だと思います。
あんまり書くとネタバレになってしまいますので、まずはお読みください~。


【奈々生詠さんのブログ・『春秋館』はどこですか?】
http://blogs.yahoo.co.jp/sweetvillage24
【FC2 小説】
http://novel.fc2.com/user/3874703/


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『遅れた時計のように』   奈々生詠さん


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 今日もまた五分遅れている。

 和哉は、自分の左手に巻かれた銀色の腕時計を苛立ちながら眺めた。

 何度電池を換えても、何度しっかり秒単位で合わせても、毎朝この時間に

確認すると、必ずと言っていい程きっかり五分遅れているのだった。

 まるで聞き分けのない子供のように。

 いや、子供というよりは……。

 和哉は時計のねじを巻きながら、半年前に別れた彼女の事を思い出した。

 この欠陥時計を和哉に贈った張本人でもあり、不思議な事に時計が遅れる

ようになったのも、ちょうど彼女と別れた頃からだった。

 三年間付き合っていた彼女は、秒刻みに生きている和哉には考えられないほど

時間にルーズな女だった。

 待ち合わせは必ず十五分遅刻し、約束の時間に電話してもまず出て来ない。

化粧は三十分。一緒に街を歩いていても、気づけば後ろにいない。

 とにかくとんでもない女だった。

 何があっても、いつか別れる時が来るのなら、それは自分からに違いないと

思っていた。

 しかし、別れを切り出したのは彼女の方だった。


"和哉。

 あなたは知らないかもしれないけど、愛にもカタチはあるのよ。

 カタチのないものだけが愛じゃないわ。

 見えなくても、ちゃんとカタチはあるの。

 大事に大事に守ってやらないと、壊れてしまうものなのよ。

 突き進むばかりじゃ駄目なの。

 時には休んで殺して許して温めて、たこやきを頬張りながら歩く事だって

 必要なの。

 振り向きもしないあなたは気づかないでしょうけどね"


 別れ間際に彼女が言ったセリフ。

 そんな、解り切った事を何故彼女は言ったんだろう。壊れるものだと解って

いるなら、何故わざと俺を怒らせるような行動をしたんだろう。

 そうだ。今考えれば、あの行動はわざとだったとしか思えない。


 和哉は、今更ながらに彼女の行動を疑問に思いながら、きっちり時間を合わせた

時計に満足すると、都会の真ん中にあるビルの一角の、小さな事務所に向かった。


 その日は、一日とても気分が悪かった。

「係長、お客様です」

「係長、見積書に判子をお願いします」

「係長、本部から電話です」

「係長、お茶が入りました」

「係長、僕の子供の写真見て下さい。昨日一歳の誕生日だったんです」


 うるさい。うるさい。うるさい。

 俺の名前は係長じゃない。

 福原和哉っていう名前があるんだ。

 係長なんて呼ぶな。

 俺を係長なんて呼んだ奴は誰だ。

 全員前へ出てきて一列に並べ。

 全員一発ずつぶん殴ってやる。


 それでも和哉は、そんな感情を押し殺し、黙々と与えられた仕事をこなした。

すぐ隣のデスクでは、加齢臭を漂わせた課長が事務所全体に睨みを利かせている。

中間管理職の息苦しさを改めて実感するが、今更逃げる訳にもいかない。


 午後八時過ぎ。和哉は疲れ切った身体でアパートへと向かった。近くの

コンビニでカップ酒とチーズかまぼこだけ買い込んで。

 嫌味過ぎる程明るい満月が、スポットライトのように自分だけを照らしている

ように感じ、益々空虚な想いに足取りは重かった。


 涙を誘うのが上手な映画や小説なら、こんな日にアパートに帰ると、昔の

彼女がドアにもたれて俺の帰りを待っていてくれたりするんだろうか。

 でも現実はそう甘くない。

 アパートに帰っても、灯りの点かない狭い六畳一間と、乾いた冷たい空気が

俺を待っているだけ。

 例え彼女が誰かと結婚する事が決まっても、所詮風の噂で耳にする程度。

これ見よがしに招待状やポストカードが郵便受けに届くなんて事もない。

 人はそこまでドラマチックにできてやいないのさ。


 和哉は、ぬるいカップ酒を煽りながらいつの間にか深い眠りに落ちていた。

眠りの中、知らない男の声がずっと耳の奥に響いていた。


 
 お前の思い通りに動かない時計なんか、なんで後生大事に持ってるんだ?

 しかも去って行った女から貰った胸くそ悪い時計じゃないか。そんなもの

とっとと捨てちまえよ。


 わかってるさ。なんだかんだ言って三年も付き合って来れたんだもんな。

本当はお前は怯えていたんだ。知らないうちに彼女がいなくなっているのが

恐くて、振り向く事ができなかったんだな。

 自分がしっかりしなくちゃって、いつもいつも肩に力入れて生きていたんだな。


 本当は、彼女に言いたかった言葉、もっと他にあったはずだったんだな……。 



 深い深い眠りの底で聞いた声は、本当は和哉が一番よく知っている声だった。



 翌朝、二日酔いのする頭で目を覚まして枕元の腕時計を確認すると、やはり

きっかり五分遅れていた。だけど、何故か昨日と同じ苛立ちは感じなかった。

 この半年、直し続けた時計の時間を、今日はねじを巻くのをやめてみる。

時計にも、ちょっと位息抜きが必要なのかもしれない。

「時計が遅れて遅刻しました」

 そんな中学生みたいな言い訳をする自分を想像し、薄っぺらいベッドに

横たわったまま、なんだかおかしくて苦笑いしてみた。


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この時計には二重の意味があります。
苛立ちの対象としての意味と、管理する対象としての時計とです。
主人公は気がついていませんが、本当は何か管理していなければ生きていけません。
が、最後にそのくびきから解き放たれます。
彼氏の性格が原因で、恋は終わってしまいますが、これは救いの物語だと、ぼくは解釈しています。


ブログの日付を見ると、この作品を書かれたのは2008年だそうです。
最近は長編に力をいれられていて、最後にかかれた短編が2009年4月なので、ぜひとも2年ぶりの新作を、と期待してしまいます!

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