SSブログ

『強制力・禁則事項考察』 米田淳一先生(SF作家) [ショートショートの紹介!]

以前、SF作家の斎藤肇先生が、平日の月から金まで、毎日ショートショートをUPするという荒行をされていることを紹介いたしました(*現在はされていないようです)。
【該当記事:毎日ショートショートを発表する作家】
http://takeaction.blog.so-net.ne.jp/archive/c2301463375-1

それから特に意識して探しているわけではありませんが、たまたま電子書籍パブーで抜群に上手いショートショートを見つけたと思いきや、SF作家の米田淳一先生の作品でした。
さすがプロは違います。

米田先生は1997年に『プリンセス・プラスティック -母なる無へ』でデビューされました。
著作は13作にも及び、SFだけでなく架空戦記もの手がけています。
代表作であるプリンセス・プラスティックはシリーズ化され、現在はシーズン4に突入中です。
他にもHPでは時代小説、現代小説、鉄道物、さらにはショートショートなどを発表されて、多彩な才能をいかんなく発揮されています。
さらには、ブログで作り込んだ鉄道模型の画像もUPされています。
本物のようなリアルさです。こちらも注目です!

非常にありがたいことに、米田先生に承諾をいただきましたので、無料で公開されているショートショートをひとつ紹介いたします。
米田先生、ありがとうございます!

【米田淳一先生のHP】
http://ameblo.jp/yonebor/

【電子書籍パブー】
http://p.booklog.jp/users/yoneden

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


『強制力・禁則事項考察』 米田淳一先生(SF作家)


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 ある朝起きたら、天井が煤けた木の天井だった。

 驚いて私が目を疑うと、江戸落語のままの男の声が聞こえた。
「おまえさんゴミ捨て場に捨てられていたよ。名前は?
 俺は瓦版屋の速水。速水屋という瓦版屋をやっている」
 私は「草野です。でも」と言いかけたが、速水は続けた。
「さて、あんたどうする? 行き倒れとしても、うちはおまえさんにタダ飯食わせるほど儲かってないんだ。
 今のご時世、読馬屋とか奨学家も必死だし、大手の江壇館も活版時代に乗り出すんだ。
 瓦版不況まっただなかなんだよまったく。ウチみたいな零細はいつ潰れるかわからん」
 そうか! これ、江戸時代だ!
「速水、さん」
「なんだい」
「私、未来からきたんです!」
「なにいってんだい『ゴミの旦那』。頭悪い話は嫌いだよ」
「ゴミ。ひどい。でも、いえ、それより、暦を見せてください!」
「はいよ。嘉永六年の六月二日だよ。あんたの持ち物と袖長はそこにある。なんだいその変な黒い弁当箱と手鏡は」
 私はケータイを見た。幸いバッテリーが生きている。
 ケータイのメモを見た。
「浦賀に船が来ているはずです! 黒船ってやつです!」
「なんだいそりゃ」
 その時、この瓦版屋に駆け込んだ男が叫んだ。
「浦賀にとんでもないものがきやがった!」
「なんだいそりゃ」
「それが、黒船っていうんだ!」
 速水は眼を丸くして私の方を向いた。


 それからは必死だった。
 速水屋は黒船のことを話してくれというので、記憶しているとおりに蒸気機関やペリーの話を話した。
 当然それが全部裏付けられ、それは速水屋の瓦版に載り、それが飛ぶように売れた。
 おかげで速水は私のことを『ゴミ旦那』からネタ元になってくれる『先生』と呼ぶようになった。昇格である。
 私は未来の文明の話、民主主義から飛行機、コンピュータ、ペニシリンと次から次へと喉が乾き手が動かなくなるほど話を話し、書きまくった。
 それと同時に昔から思っていた江戸時代の不明だったことを聴きまくった。おかげでこの時代の寺社が金融機関であることも、その金庫がわりのものが何かを知ってしまった。道理で同じ街に寺がいくつもあり、しかもそれぞえが塀と門で守られているのかがわかった。これで過去のこの世界を精密に知ることができる。
 しかし嫁との生活を懐かしく思った。
 忙しい日々だからこそ思ってしまうのだろう。
「いつもあなたの話は長いんだから」
 そう言ってくれた嫁のことが懐かしくなった。
 とはいえどうすることもできない。今は江戸時代だし、バック・トゥ・ザ・フューチャーみたいに1.21ジゴワットを集めるとかいう話は無理そうだし、デロリアンもドラえもんもいない。

 何かを得ると、何かを失う。
 元の世界ではかなわなかった夢、作家「先生」として売れっ子になった。
 でも、懐かしい嫁との平成の暮らしは、ない。

 そう思った時だった。
「おい!太平和睦だ!」
「えっ、大政奉還じゃなくって?」
「ああ! 薩長と幕府が和睦し、日本が攘夷で一致した!
 もちろん英米仏露の四ヵ国連合はカンカンだ。
 これまで日本の各藩が輸入した武器はすべて幕府が没収、今度編成される統合幕府軍のものだからな!」
 おかしい! そんなはずが! そんな歴史聞いたことがない!


 それからあと、私の運命は、また坂を転がるように落ちていった。
 幕府は必死に武器を生産、また黒船も私の話を元に和船技術と折衷で生産し、統合幕府軍のもと、幕府太平洋艦隊と日本海艦隊を作った。勝海舟が艦隊奉行となった。
 こんな頭の悪い架空戦記作家の書くような話は思いつきもしなかったので、ただ驚いたが、当然それを予見できなかった私の瓦版原稿は価値をすっかり失った。
 速水は私を「ハズシ先生」と呼ぶようになった。降格である。

 それからあとはもっと苛烈だった。
 ついに四カ国連合艦隊と幕府艦隊による相模湾沖海戦が勃発。
 日本独立戦争が始まった。
 幕府は総力戦体制をとった。
 残念なことに幕府太平洋艦隊は猛烈な砲撃戦の後、奮闘にもかかわらず壊滅した。
 しかしそれと同時につくっていた台場や海堡といった沿岸要塞が艦隊の江戸や大阪への外国の侵攻を食い止め、そのなか壊滅した太平洋艦隊の代わりに幕府日本海艦隊が津軽と下関経由で急行中で、その到着を待って江戸を守ることとなった幕府軍は相模湾で上陸阻止戦を展開した。

 夕暮れの中、江戸湾での砲撃戦の音が遠くに聞こえる。海堡や台場と、突入してきた四カ国艦隊の艦艇との砲撃戦だ。
 これから夜戦になる。
 統合幕府軍の切り込み隊は突入してきた艦隊へ小舟で乗り付けての白兵戦も行い、抵抗するという。
 薩摩藩と会津藩の剣士が統合幕府軍として激闘を繰り広げているのだ。

 その夕暮れの中、「ゴミのハズシ旦那」とすっかり呼び方も落ちる底まで降格するほど売れなくなって、速水に部屋を整理しろと言われてしょんぼりしていたそのとき、私のLLLバッテリつきのノートPCが埃をかぶっていた。
 これがパラドックスや強制力ということなのか。
 悔しくなった。
 こんなことだったら、タイムスリップ、タイムマシンのことを描いてやろう、と思った。
 もともとこんなことになったのも運命なら、それに流されるのではなく抵抗しようと思った。
 そのノートPCは幸運にも起動した。
 ウェブどころか電源もないが、バッテリは満充電のままだった。
 そのバッテリが切れるまでに、この時代に来るまでのウェブ閲覧のキャッシュとダウンロードしていたさまざまな資料で、時間理論を調べることにした。
 必死になった。

 そして思い出した。
 そういえばタイムマシンのことを書こうとして眠って、起きたらこの時代に来ていたのだった。
 そして、その話は書こうとしても描けなかった。
 それが強制力や禁則事項というやつなのだろうか。

 そして、行き着いた。
 すべて可能性があり得る多世界解釈理論。
 パラドックスはない。逆にこの現世に存在していることがパラドックスという理論だった。
 そして最後に、零秒標識というパースを見た。


 結局、全ては物理的な気まぐれなのだ。
 シュレーディンガーの猫や物理的重ねあわせ、量子論の末がそれだった。
 そこまで私は裏切られたのか、と思った。

 でも、これで戻れる可能性も出てきた。
 それも確定したものではない。
 何もかもが確率的なのだ。
 不条理だ。
 あまりにも不条理だ。
 
 普通に理屈を考えたら、出口は全くありえない状態だ。

 だが、禁則事項や強制力、パラドックスというものは、多世界という考え方が十分理解出来ていないから、可能性世界の形成ではなく「一つの正史」にこだわりすぎるために生じ、必要に思えるのだ。
 作成したもうひとつの歴史との関係で衝突してパラドックスが生じると考えたり、さらに都合の悪いことが起きると写真から人の姿が消えたり人々の記憶が操作されるとしてしまう。
 しかし、正しい歴史も創作した歴史も、創作から離れたディストピアでさえも、無限個に存在する可能性世界の一つに過ぎない。
 そして我々はその一つの可能性にいるのではなく、すべての可能性世界にいる存在を共有しているのだ。
 私たちは別のところで常にある、不滅の存在なのだ。
 だからどうやっても禁則事項も強制力もパラドックスも働かない。
 働きようがないし、タイムマシンをそれらとは自由につくり、それで移動することができる。
 そもそも我々命は皆、すでに生まれた時からそれぞれの存在はあやふやだけど、同時に想像力というタイムマシンともしもボックスを根源に組み込んであるのだ。

 だからこそ、まだ望みはある。
 それって、とても幸せだよな。

 どんなに売れなくても、こうしていられるんだから。

 気づけば眠っていた。



 そして、起きた。。
 そこには、江戸の速水屋の天井ではなく、いつものアパートの天井があった。

 戻ったんだ!
「あなた、ずいぶん眠ってたわよ。イビキひどいから外に買い物いってたわ」
 嫁の声が聞こえた。

 戻れた!
 江戸のことが思い出された。
 覚えている!
 江戸の金融の話もちゃんと覚えている!
 そりゃそうだ、この存在している世界はいくつもある可能性の一つで、本質的な存在はただ一つしかないのだ。
 だから、可能性のいくつかを覚えていても、それはなんらパラドックスにならない。
 未来も過去も干渉することはない。
 しかし並行して無限に存在しているので、未来も過去も確定していないし、過去の話をしても、それは一つの可能性に過ぎないのだ。


 なんだろうこの感じ。
 虚しいけど、でも、懐かしい。
 嫁が冷蔵庫を開けて、私を上目遣いで見ながらアイスを食べている。
 家で買っていた猫も普通に眠っている。

 それを見て、よかった、と思った。

 戻れたんだ。

 そのとき、つけっぱなしの液晶テレビでニュースが流れた。
「本日、経産奉行が現在も事態収拾のために対策が行われている福島発電処の事故にともない、原子力保安奉行所と経済産業奉行所の組織改組について具体的な合議に入りました。
 菅将軍の米大統領との会談については相模湾戦争終結記念日に行う方向で実務者協議を進めるとのことで岡田筆頭老中は調整中と答えました。
 節電のため江戸城では城内の空調を28度に設定し、また『涼務装束令』で各大名・奉行が裃を省略した装束での登城となりました。江戸城霞丸の第1・第2新高層合同殿でも節電のために昼間の電気灯燭を減らしています。
 江戸町奉行の石原殿は自らの自動販売機と利便店の節電についての発言の影響についてさらに語りました」

 私は一瞬、凍りついた。
 でも、話そうと思った。
 この不条理について、自分で調べたこの全てについて。
 嫁は「なあに?」と聞いてきた。
「いいわ、聴くわよ。
 でも、いつもあなたの話、長いんだから」
 と笑った。


(終わり)

著作権者:米田淳一
(当作品の転記、転載につきましては、米田淳一先生の了解を得てください)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

いかがでしょうか?
タイムスリップ物ですが、米田先生のSF作家としての側面と、架空戦記作家としての側面の双方が垣間見れる佳作だと思います。
オチもいいですし、ラストの家内との会話が、家族の大切さをじんわり出しているように思います。

重ね重ねになりますが、米田先生には感謝です。
1日のアクセス数が300〜600という小さなブログではありますが、これからも、よろしくお願いいたします。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0