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【掌編】齊藤想『ラベルの彼女』 [自作ショートショート]

TO-BE小説工房第70回に応募した作品です。
テーマは「ラベル」です。

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『ラベルの彼女』 齊藤 想

 そろそろラベルを貼り変えようか、と私は思った。
「おーい、ミヤコ」
 台所に向かってそう呼びかけると、アンドロイドが近づいてきて、私の横に座った。
「なんでしょう。朝食の後のお茶で淹れようと思っていたのに」
「うむ」と私は威厳をこめた。
「お茶も良いが、働きづめでミヤコも疲れただろう。少し休んでいなさい」
 私は大丈夫ですよ、とミヤコは朗らかに笑う。いつも温和で、理想的な妻だ。
「頑張りすぎも体に毒だ。私に任せない」
 そう言うと、私はアンドロイドの胸からミヤコと書かれたラベルをはがした。ミヤコがただの機械に戻る。
 次に、私はアンドロイドにニコルと書かれたラベルを貼り付けた。ニコルは大学三年生だ。元気で、少し甘えん坊なところがある。
「ねえパパ」
 ニコルがすり寄ってくる。
「なんだい」と私はパパとして答える。
「たまには良い服を着たいなあ」
 ニコルは自分が着ている洋服を見て、拗ねた様子になった。さっきまでミヤコだったのだから、服装の趣味が合わないのは当然だ。
「服ならけっこう持っているじゃないか」
「そうかもしれないけど、女の子はいつも新しい服が欲しくなるものなのよ。まあ、とりあえず着替えてくるね」
 ニコルは子気味良い音を立てて二階へと上がっていった。二階にはニコルの服がたくさん置いてある。
 ニコルが着替えてきた。化粧もばっちり決めてきた。表情こそアンドロイドだが、ぐっと大学生らしくなる。
「今日はどこかいく用事はあるのか」
「うーんと」
 ニコルは少し考える仕草をした。アンドロイドに予定などないのだが、話の糸口としていつも聞いている。
「そうねえ、たまにはパパの夕飯でも作ってあげようか」
「夕飯ならミヤコのほうが……」と言いかけて止めた。たまにはニコルの手料理も良いだろう。
「じゃあ、頼むよ」
 私はスーツに袖を通した。その様子にニコルが驚いている。
「なに、パパまだ働いているの? よい年なんだから、もう引退すればよいのに」
「そうしたいのは山々だが、働かなければいけないんだ。私の夢のために」
「宝くじが当たればよいのに」
「そうだな」と私はつぶやいた。
 夕方になった。ニコルの手料理はひどいものだった。けど、それはそれで楽しいものがある。
「お疲れさん」
 そういうと、先ほどまでニコルだったアンドロイドに、今度はキラリのラベルを貼り付けた。キラリ高校二年生で、もの静かな優等生タイプだ。
 キラリになったアンドロイドは、何が起こったのかわからない様子で時計を見た。
「もうこんな時間。勉強しないと」
「勉強なんて……いや、勉強は必要だな。今日は高校で何か面白いことはあったか」
「特にないよ。そうねえ、体育の上島先生が少しイライラしていて、言うことを聞かない男子生徒に怒鳴っていたぐらいかな」
 何度も聞いた話だが、私も初めて聞いたようにうなずく。なにしろ、キラリの時間はその日で止まっているのだ。
 キラリは着ている服が気になっているようだ。さきほどまでニコルだったのだから、露出の多い服に戸惑っている。
「やだ、私、変なにおいがする。いつ香水をつけたのかしら。お風呂で落としてくる」
 キラリはそういうと、着替えを取るために二階へと上がっていった。

 夫婦と娘二人という平凡な家庭は、ある日に突然奪われた。なぜか我が家が資産家であると勘違いされ、外国から来た窃盗団に襲われたのだ。
 私はたまたま出張で不在だったものの、妻のミヤコと娘のニコルとキラリが凶刃の犠牲となった。
 私の夢は家族を復元することだ。仕事を続けてお金をため、ようやく一台目のアンドロイドを購入ばかりだった。
 私は、家族の記憶が埋め込まれたラベルを何度も貼り変えることで、少しづつ、家族との時間を取り戻そうとしている。
 たとえ偽物の家族だと分かっていても、これが私の生甲斐なのだ。
 私はまだ働かねばならない。いつか、アンドロイドを3台揃え、家族全員で食卓を囲める日がくることを願って。

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Randallded

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by Randallded (2021-02-02 18:38) 

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