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【SS】齊藤想『家伝の家電』 [自作ショートショート]

yomeba!に応募した作品です。
テーマは「家電」です。

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『家伝の家電』 齊藤想

 老舗には長年継ぎ足し続けた秘伝のタレがある。
町中華屋であるわが家には秘伝のタレこそないが、機能を継ぎ足して使い続けている電気釜がある。
 これぞ父が自慢する「家伝の家電」だ。
 本当は丸い電気釜なのだが、機能を継ぎ足しすぎて、追加した装置がタコ足のようになっている。その奇妙な形状から、我が家ではタコ型炊飯器と呼んでいる。
 父は常々言い続けている。
「当店は常連さんたちに支えられている。常連さんが求めるのは、うまい料理でも新しい料理でもなく、食べ慣れた味だ」
 炊飯器を新調すると、味が変わる。味が変わると常連さんは逃げる。だから壊れたら直し、壊れたら直して、同じ炊飯器を何十年も使い続けている。
「つまりは信用なんだなあ」
 よく分からないが、そういうことらしい。
 父はすっかりと変色した電気釜に、名店に伝わる「秘伝のタレ」と同じだけの価値を感じている。
 名店が名店であるためには、秘伝のタレといえども時代に合わせて改良を続けている。
 秘伝のタレは継ぎ足しているからこそ、味の変化は緩やかで、改良しても常連客が逃げることはない。
 父の考えでは、うちの炊飯器も同じだという。激しく変化させてはいけないが、止まり続けることも許されない。
 父は新しい炊飯器が発売になると、必ず電気屋でチェックする。ネットでの評判も加味して、良さそうだと判断すると似たような機能を継ぎ足していく。
 マイコン制御だの、遠赤外線だの、最新式の機能はほぼそろっている。ここまで器用な父が、なぜ電気屋に転職しないのか不思議でならない。
 ご飯が炊きあがると、着メロのような音楽が鳴る。
 父が炊飯器の蓋を開けると、まるで仙人が登場したかのような湯気が上がる。父は若返りの秘薬のようにその湯気を全身で浴びると、大きなしゃもじでほぐし、本日の炊きあがりを確認して満足そうな笑みを浮かべる。
 常連にしても、父の笑顔を見るために来店しているようなものだ。スマイルゼロ円。
 そんな父も年を取り、町中華屋を閉める日がやってきた。中華料理は尋常ではない火力を前に、重い中華鍋をふるい続ける過酷な仕事だ。頑健だった父も腰を痛め、中華料理を続けることができなくなったのだ。
 店内を整理し、売れる物は売り、ゴミにしかならないものは人手を頼んで処分してもらった。食器類は常連さんに譲り、最後に珍妙な炊飯器だけ残された。
 父は腕を組んで考えている。
「なにせ、こいつは「家伝の家電」だ。捨てるわけにはいかない。お前の家で使うわけにはいかないか」
 自分は丁重にお断りした。うちは平凡なサラリーマン家庭だ。業務用の炊飯器は必要ないし、置くスペースもない。
「わが家の守り神みたいなものだから、神棚に飾って拝めばいいんじゃないかなあ」
「ばかもーん」
 父が怒った。
「秘伝のタレを神棚にまつる老舗があるか」
 根拠はないが、ありそうな気がする。そう思ったものの、自分は黙っておいた。老舗が閉店したら聞いてみたい気もするが、そのような機会は一生訪れないだろう。
「それなら、お札で封印してから地下に埋めておくのはどうか」
 再び、父が怒る。
「ばっかもーん。こいつはタコの化け物ではない。秘伝のタレと同じく、使い続けることに意味があるのだ」
 じゃあ、どうするんだよ。
 自分が黙っていると、腕を組んで考えていた父がぼそっとつぶやいた。
「仕方が無い。寿司屋でも始めるか」
「すしや?」
「このタコ型炊飯器を使いづけるには、寿司屋が一番だと思うんだよな」
「腰を痛めたから廃業するのに、なんでまた店を開くんだよ。いまさら修行する年齢でもあるまいし」
 父は自分のことをじっと見た。
「お前は、このタコさんがかわいそうに思わないのか」
「だから大切に祭って上げれば」
「ばっかもーん。お前が寿司屋を開業すればよいではないか。おれだって、父からこの炊飯器を継いだのだ。お前をサラリーマンとして電気メーカ―に送り込んだのはなんのためだと思っているのか。この家伝の家電の改良を続けさせるためではないか」
「そんなこと知らないよ。たまたま選んだのが電気メーカーだっただけで」
「ばっかもーん。お前はいつから、そんなに親不孝者になったのか」
 父は一歩も引かない構えだ。
 どうやら、家伝の家電を継ぐしかなさそうだ。

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