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【掌編】齊藤想『場違い』 [自作ショートショート]

第21回小説でもどうぞに応募した作品その1です。
テーマは「学校」です。

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 『場違い』 齊藤 想

 亜妃がこの小学校に入学したのは、明らかに場違いだった。
 なにしろ、この中学校は都内の高級住宅街の真ん中にあるお嬢様学校だ。通っている生徒は大企業の重役の娘、芸能人の息子、さらには政治家の跡取りなと、いわゆるセレブの子供たちばかりだ。
 亜紀は貧しい母子家庭の娘だ。その亜紀がこの場違いな中学校に通うことになった理由は、母が富豪の住み込みの家政婦になったからだった。
 それまで、二人は生活保護で細々と生活していた。それがある日突然、富豪の執事がやってきた。モーニングに蝶ネクタイという正装だ。
 彼は、丁寧に、亜紀の母に頭を下げた。
「わが家の住み込み家政婦として、母娘を迎えたいと思います」
 理由は分からないが、母には予感があったようだ。
「時期がきたのですね」
「もうよい頃合いかと」
 こうして、亜紀と母は富豪の家に引き取られた。
 とはいえ、家政婦は家政婦にすぎない。あてがわれた部屋は母屋ではなく、日陰の離れだ。服もいままでのままなので、小学校にいけば亜紀のみすぼらしさは一目瞭然だ。
 富豪の娘は瑠璃子といった。亜紀は瑠璃子と一緒に小学校に行くよう執事から命じられた。
「お嬢様を、しかとお守りするのです」
 とは言われても、小学校における亜紀のヒエラルキーは最低だ。同級生はいかにもブランド物と思われる服装に身を固め、髪型もカリスマ美容師のお手製だ。百均の文房具を使っている児童も見たことがない。
 先生も何かが違う。言葉はハキハキして声も良くとおり、いつも背筋が伸びている。
 この学校は、全てが特別なのだ。
 亜紀は瑠璃子の身を守るどころか、ひたすら体を縮めて下校時刻を待つだけだった。
 執事は毎日聞いてくる。
「今日のお嬢様の様子はいかがですか?」
 亜紀はたどたどしく答える。
「いつもとお変わりありません。ほがらかで、お友達とも楽しそうに談笑されていました」
「どのような内容でしたか」
「それは……」
 亜紀は口ごもった。中には亜紀に話しかけてくれる同級生もいるのだが、瑠璃子からは門を出たら十メートル以内には近づくなと命令されている。
 執事は眉をひそめた。
「いけませんなあ、このままでは」
 亜紀は、ただ下を向くだけだった。
 しばらくして、亜紀は富豪の養子になることになった。
 富豪が母の仕事ぶりを気に入り、家族として迎えることになったのだ。部屋も離れから母屋に移された。庭を一望できる、二階の見晴らしの良い部屋だ。
 執事は、うやうやしく亜紀に言った。
「これもお嬢様のためです。いままでご苦労様でした」
 この日を境に、富豪の家から瑠璃子が消えた。富豪も執事も、まるで瑠璃子が最初からいなかったように、その名前を口にすることすらない。
 亜紀は瑠璃子の服を着て、小学校へ登校することになった。もちろんブランド物だ。
「あら、亜紀ちゃん」
 いままで視線すら合わせなかった同級生たちが、亜紀に声をかけてくる。
「ねえねえ、あの俳優さん、チョーかっこいいよね」
 セレブの子供たちといっても、会話は普通の小学生と変わらない。服装と持ち物が少し違うだけ。
 いままでの日常はなんだったのだろうか。
 しばらくして、同じクラスに転校生がやってきた。かつての亜紀と同じく、みすぼらしい服装をして、卑屈な表情をしている。
「瑠璃子といいます」
 彼女はそう自己紹介した。
 亜紀は理解した。全ては順番だったのだ。
 富豪たちは子供が生まれると貧しい家庭へ養子に出し、苦しい生活を体験させる。それを耐え抜いた子供だけ、呼び寄せられる。
 執事がつぶやいた「いけませんなあ」は、亜紀ではなく、瑠璃子に向けられた言葉なのだ。瑠璃子は失格の烙印を押され、里子に出されたのだろう。
 戻れるかどうかは、瑠璃子しだい。瑠璃子が耐え抜き、どこかの富豪に気に入られれば、元の世界に帰ることができる。
 これは瑠璃子のためなのだ。
 亜紀は嗜虐心を胸に秘めながら、瑠璃子に声をかけた。
「ねえねえ、あたなはどこから来たの?」

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