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『生命の通貨』 一田和樹 [ショートショートの紹介!]

前日に告知したとおり、『セラエノの小さな物語』の発案者であり、プロの物書きである一田和樹さんの作品を紹介いたします。

ぼくが知る限り、一田さんの作品が始めて活字になったのは1986年の小説現代12月号「道路掃除夫」です(ショートショートの広場2に収録されています)。
そこからしばらくは力を蓄える時期が続き、2009年から本格的に執筆活動を始めて僅か2年目の2010年に第3回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞(2010年)を受賞し、作家デビューを果たされました。

本作はアンソロジー収録予定作品ですが、告知も兼ねて特別に事前公開を許されました。
ご協力いただいた一田さんには感謝です。

【一田和樹さんのブログ】
一田和樹コンタクトポイント
http://kazukiichida.blog96.fc2.com/


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『生命の通貨』 一田和樹


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「人は金持ちとして生まれ、貧者として死ぬ」

 格言などではない。僕の生きる時代の冷たい現実だ。
 数年前、通貨の単位が、全世界共通の『ライフ』になった。ライフとは、寿命の単位でもある。1分の寿命が、1ライフ。70年間の寿命なら、60分×24時間×365日×70年=36,792,000ライフとなる。金と命がイコールになってしまったわけだ。
 20年前、人間の寿命は、免疫力の元になる『リディーム』という物質の量で、ほぼ決定されることがわかった。人間は、生まれた時に一定量の『リディーム』を持っており、体内で作られることはない。年齢とともに減少し、一定水準を下回ると、免疫力が低下し、なんらかの致命的な病が発病してしまうのだ。逆に、『リディーム』がたっぷりあれば、どんな病気にもほとんどかからない。『リディーム』は移植が容易だった。金持ちは『リディーム』を購入し、貧乏人は『リディーム』を売るようになった。『リディーム』市場ができて、活況を呈した。

 命を金で売買するのか、といった論争が世界中で繰り広げられた。長年にわたる論争の結果、命そのものを通貨単位とすればいい、という結論になった。どちらが大事とは決められないということだ。おかげで赤ん坊は、余命分のライフを持って生まれてくることになった。余命をまるまる売れば金持ちになれる。売らずに寿命をまっとうすれば、余命は減ってゆき、やがて死ぬ。「人は金持ちとして生まれ、貧者として死ぬ」とはそういう意味だ。
 長生きしたい者は、たくさんライフを稼いで、たくさんの『リディーム』を買う。太く短い人生を謳歌したい者は、自分の余命を売って得たライフで享楽的な生活を送るようになった。経済は活性化し、金利はこれまでにないほど高くなった。

 僕は自動販売機で缶コーヒーを買った。10ライフ、つまり10分間の寿命分の値段だ。高いのか安いのかよくわからない。でも確実に自分の寿命を削って消費しているのだ。通貨がライフになった時は、なんとなく怖くて、あまりライフを使う気にならなかった。でも、そのうち、びりびりするような刺激と興奮を憶えるようになった。自分の命を交換に、なにかを手に入れるなんて悪魔との取引のようだ。そして、僕は危険な投資にのめりこんでいった。
 5年前から僕は、借金取りに追われている。株取引で失敗し、多額の借金を作ってしまった。知人から絶対勝てるという情報をもらって、大勝負をかけたのだ。大儲けして、余命を伸ばすつもりだった。僕は、20年分のライフを担保に借金をして投資した。文字通り『命を賭した』勝負だった。
 しかし、知人の情報は間違っていた。僕が買った株は暴落し、紙くず同然になった。借金とりに捕まれば、担保にしていた余命をとり上げられてしまう。僕の余命から20年分を取られたら、あと10年しか生きられない。そんなことはいやだ。もっと生きていたい。僕は、株の暴落を知って、すぐに逃げ出した。

 逃亡中は仕事などできないから、闇業者にちびちびと余命を売って食いつないだ。
 だが、悪いことはできないものだ。闇業者から情報がもれたらしく、僕は借金とりに捕まってしまった。
「契約通りお前のライフをいただく」
 借金とりは冷たく言った。僕は観念した。
「30年分のライフをもらうぜ」
 借金とりがとんでもないことを言った。話が違う。30年は、僕の余命すべてだ。とられたら死んでしまう。
「そんなバカな。借りたのは20年分ですよ」
「利子だよ。利子」
 僕は愕然とした。利子がつくとは知らなかった。そういえば、借用書にそんなことが書いてあった。
「利口な連中は、あくせく働かないで、若いうちに自分の余命を全部銀行に預けるんだよ。それで毎年1年分の余命と生活費を、利子で受けとって生きていくのさ。オレたちは、あんたみたいな間抜けな連中から利子の余命をとりたてて、利口な連中にまわす。金、いやライフは天下のまわりものってわけだ」
 借金とりは、悪魔のように笑った。


(終わり)
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さすがはプロという完成度です。
シンプルな設定を100%使いこなすという、自分が理想としているショートショートのスタイルだと思います。
これからは各種執筆が多忙になるかと思いますが、個人的願望としてしては、一田さんにはぜひともショートショートを書き続けて、いつかショートショート集を出して欲しいなあと。
そんなことを願っています。



『セラエノの小さな物語』は明日配信開始予定です。
アドレスが決まりましたら、あたらめて告知いたします。
もちろん無料ですので、よろしくお願いします!


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コメント 2

雫石鉄也

面白かったです。
余命がそのまま通貨となり、それで経済が回っているというアイデアは秀逸でした。
ただ、構成が少しあたり前でしたね。
最初に、状況設定を説明して、それからお話がはじまる。冒頭は説明になってましたね。できたら、説明ではなく、描写で読者に判らしめる方がいいのでは、ないでしょうか。

>僕は自動販売機で缶コーヒーを買った。
これが書き出しで、以下のどこかに

>数年前、通貨の単位が、全世界共通の『ライフ』になった。ライフとは、寿命の単位でもある。1分の寿命が、1ライフ。70年間の寿命なら、60分×24時間×365日×70年=36,792,000ライフとなる。金と命がイコールになってしまったわけだ。
 この説明を入れて、それ以前を削除した方がすっきりすると思いますが。


by 雫石鉄也 (2011-02-14 09:53) 

せきた

一田和樹さんはじめまして。
サイトー塾、塾生のせきたと申します。

怖い話ですね。
大国の経済崩壊から、こんなことも起りそうな時代ですからね。

オチの部分で納得しながら青ざめました。
「その手があったか……」
でも、時すでに遅し。

素晴らしい作品を有難うございます。
by せきた (2011-02-14 15:42) 

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